グラニコスの惨敗でダレイオスはなぜ焦ったのか
前回のグラニコスの戦いで、ペルシャ軍はアレクサンドロス率いるマケドニア軍に惨敗しました。グラニコスは今のトルコの端、小アジア ── 現在のトルコのアジア側にあたる半島地域。アナトリアとも呼ばれ、当時はペルシャ帝国の西端でしたと呼ばれる地域の端にあたります。
次の舞台になるイッソスは、そこからエジプトへ向かう途中にある土地です。深井さんによると、グラニコスの惨敗を受けて、ペルシャ皇帝ダレイオス3世 ── アケメネス朝ペルシャ最後の王。紀元前4世紀後半に在位し、アレクサンドロスとの戦いに敗れて帝国は滅亡に向かいますは動揺したといいます。
だって、自分が軍事的には一番信頼していたメムノンを派遣したのに、そのメムノンが負けたぞってことだから。
ダレイオスが頼みにしていたメムノン ── ロドス島出身のギリシャ人傭兵隊長。ペルシャに仕え、アレクサンドロスの東征初期に最も手強い敵の一人とされましたは、グラニコスで負けた後も生きていました。メムノンはアレクサンドロスが征服した土地の後方から、たびたび妨害を仕掛けてきます。
アレクサンドロスの大戦略は、進んだ後ろの土地を反抗させない土地にして、補給路を確実に確保するというものでした。メムノンの妨害は、まさにその補給路の安全を脅かすものだったと深井さんは説明します。
またアレクサンドロスの運の良さが。メムノンが病死するんですよ。
メムノンの病死で、ダレイオスはいよいよ本気で向き合わないとまずいと考え、ついに自ら出陣を決めます。
ペルシャ皇帝は20の民族を治める「王の中の王」と呼ばれる存在でした。深井さんによれば、皇帝本人が出るとなれば大人数を連れて行かないとメンツが潰れるため、20万人ほどを率い、妻や子どもなど家族全員も同行させたといいます。
国が動いてるね。
ゴルディオンの結び目と薬の手紙、伝説が積み重なる東征
グラニコスとイッソスの間には、アレクサンドロスにまつわる有名なエピソードがいくつかあります。深井さんが最初に挙げたのは、ゴルディオンの結び目の話です。
ゴルディオンという町にある馬車のロープには結び目があり、それを解いた者は世界の覇者になるというジンクスがありました。誰も解けなかったその結び目を、アレクサンドロスが解いたと伝えられています。
それ(結び目の話)はもうライターが捏造してますよ。
捏造してると思います。
もう1つは、アレクサンドロスが病気になり、同行させていた医者から薬を処方された場面の話です。薬を飲む直前に、目の前の医者が裏切って殺そうとしているという手紙が届きました。
アレクサンドロスはその手紙を医者本人に渡し、医者が読んでいる最中に薬を飲んだといいます。殺されるかもしれない状況で、相手を信頼していることを示すためでした。深井さんも、本当かどうかはわからないと断っています。
なんでそんなちょいちょいこうサブエピソードを挟んでくるんですか?
深井さんの答えは、時系列でこの時期のアレクサンドロスの話なので、後回しにせず一応紹介しておきたかった、というものでした。
大軍同士がすれ違う?イッソス直前の奇妙な展開
ダレイオスはイッソスを戦場に定め、アレクサンドロス軍の5倍以上ともいわれる軍勢で向かってきます。ただし、ペルシャ軍の兵力は説によって6万から60万まで大きな開きがあるそうです。
深井さんが読んだ中で最も信頼できそうなのは、ペルシャ軍が10万ほど、アレクサンドロス軍が3万ほどという数字でした。いずれにしてもアレクサンドロス軍は3分の1以下で、相当な劣勢です。
約10万。説によっては6万〜60万と開きがある
約3万。ペルシャ軍の3分の1以下
ここで、両軍が巨大な山脈の反対側をそれぞれ通ってしまい、すれ違うという出来事が起こります。攻めに行った側と迎え撃つ側が、互いに通り過ぎてしまったのです。
あれ?敵いねえみたいな。
先に気づいたダレイオスは、アレクサンドロス軍の裏から回り込みます。ダレイオスを攻めに向かっていたアレクサンドロスにとっては、後ろから敵が現れた形で、挟み撃ちを疑うほどの焦った状態から戦いが始まりました。
こんなに脚本としてなんか映像化しやすいやつないと思うんですけど。
それでもアレクサンドロスは状況を冷静に判断し、これは挟み撃ちではないと見極めて隊形を立て直したと、深井さんは判断力の高さを強調します。
弓兵を潰し、皇帝の横腹へ。騎兵突撃が戦況を決めた
ペルシャ軍の中央にはダレイオスがいて、その周りを「不死身の男たち」と呼ばれる1万人の部隊が守っていました。深井さんは、強いかどうかはわからないものの名前は強そうだと笑います。
アレクサンドロス自身は中央ではなく端の騎兵隊を率い、中央は父の代からの側近であるパルメニオン ── フィリッポス2世の時代から仕えたマケドニアの老将。東征でもアレクサンドロスの副将格として重要な役割を担いましたに任せました。パルメニオンは60歳以上、70歳ぐらいのベテラン将軍だったといいます。
アレクサンドロスの戦い方は、次のような順番で進みました。
豪華な馬車で余裕を見せていたダレイオスの前に、兵を吹き飛ばしながら愛馬ブケファラス ── アレクサンドロスの愛馬として知られる名馬。東征の多くの戦いで彼を乗せたと伝えられますで突き進むアレクサンドロスが迫ってきました。深井さんはその様子を漫画『キングダム』の飛信隊にたとえています。
何が起こったかっつーと、ダレイオスが怖くなって逃げます。
大将が逃げたと知ったペルシャ軍は、その時点で総崩れになります。本隊同士がぶつかる前に、端の騎兵突撃で戦況が決まったというのが、イッソスの戦いの要点です。
楊さんによると、ダレイオスは戦車で逃げようとしたものの、兵が密集していて逃げ切れず、わざわざ馬に乗り換えて逃げたといいます。
不死身の男たちは6000人死亡。桁違いの戦果
弓兵を失ったペルシャ軍との白兵戦で、アレクサンドロスの騎兵は不死身の男たちを次々と倒していきました。1万人いた不死身の男たちのうち、6000人が死亡したといいます。
全然不死身じゃねえ。
その後、壊滅したペルシャ軍の歩兵をパルメニオンが追撃しました。兵力20万人とする説をベースに計算した場合、ペルシャ軍の死者は次のとおりです。
深井さんは、最初に陣形を崩して敗走させているので、その後は戦うというより逃げる兵を倒しているだけだったと説明します。2回続けて圧倒的に多い軍に完勝したことで、超英雄アレクサンドロスの評価が固まっていきました。
すげえでけえ馬にでけえやつ乗ってバンバン人が吹き飛んでんでしょ、向こうから。それは逃げるわ。
お金も家族も置き去り。ペルシャは西半分を失い、アレクサンドロスは黒字へ
イッソスの敗走によって、小アジア全体、つまりペルシャ帝国の西半分がマケドニアの手に渡りました。さらに大きかったのは、ダレイオスが戦場に持ち込んでいたものです。
ダレイオスは何万タラントン ── 古代ギリシャの重さと貨幣の単位。1タラントンは銀約26kgに相当するとされ、非常に大きな金額を表しますともいわれる大金に加え、妻や子どもなど家族全員を連れてきていました。それらをすべて置き去りにして逃げたため、家族はアレクサンドロスに捕らえられます。
お金、家族、財宝、そして名誉と信頼まで失ったのが、このときのダレイオスでした。一方、借金だらけだったアレクサンドロスは、この戦いでついに黒字に転じます。
リスクをね、こう、もう全、全ツッパさせていたやつの回収をここでしましたよ。
最後の決戦ガウガメラへ。王の中の王が本気を出す
イッソスの戦いの後には、アレクサンドロスとダレイオスの最後の決戦、ガウガメラの戦いが控えています。
深井さんによると、ダレイオスは3倍以上の軍勢で自ら出陣したのだから負けるとは思っておらず、アレクサンドロスを少し舐めていたといいます。敗走したダレイオスは残りの国力をすべて結集し、ガウガメラでは本気を出してくるそうです。
ダレイオスの本気ガウガメラで見れます。
まとめ
イッソスの戦いは、自ら大軍を率いたダレイオス3世を、兵力で大きく劣るアレクサンドロスが騎兵突撃で敗走させた戦いでした。この勝利でペルシャは西半分を失い、アレクサンドロスは財政面でも大きく好転し、物語は最後の決戦ガウガメラへ向かいます。
- メムノンの病死を受け、ダレイオス3世は20万人ともいわれる大軍と家族を連れて自ら出陣した
- 兵力差は約10万対3万とされ、両軍が山脈を挟んですれ違うという奇妙な展開から戦いが始まった
- アレクサンドロスは弓兵を潰した後に騎兵で側面から突入し、恐怖したダレイオスの逃走でペルシャ軍は総崩れになった
- ダレイオスが置き去りにした大金や家族を手に入れ、借金だらけだったアレクサンドロスは黒字に転じた
- 次回は、ダレイオスが残りの国力を結集して挑むガウガメラの戦いが語られる





