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例えば私は、 空手をやったこと:つらすぎたし負の遺産も大きすぎて未だに影響しているけれど、いまの自分に確実につながっている ピアノをやったこと:親の「やりたいと言って始めたことは一定期間やりきらせたい」という方針で6年間やめさせてもらえなかったし、いまの自分につながっている感覚がない ということで、後者を「本当に無駄だった。あれがなければ」とつい思ってしまいます。 しかし、 因果は無数に存在し、すべてを認知することなど不可能、 と考えるとあれも決して無意味ではなかったのかもしれない、確定しなくていい、確定しようとするほうが傲慢、 と今回思いました。