急がば回れ!会社の危機に生きた対話と文学
歴史を面白く学ぶコテンラジオの番外編に、丸井グループ代表取締役社長の青井浩氏がゲスト出演。フランス文学を専攻し、詩人ポール・ヴァレリーの研究に打ち込んだ青井氏が、経営危機を乗り越える過程で、文学や哲学から得た「対話」の力をどう活かしたのか。数字を追うだけでは見えない、人間理解と長期視点の経営について語ります。その内容をまとめます。
フランス文学専攻、建築のメタファーを研究
青井氏は大学でフランス文学を専攻し、卒論ではポール・ヴァレリーフランスの詩人・思想家(1871–1945)。「風立ちぬ、いざ生きめやも」の一節で知られる。哲学・科学・芸術を横断する万能の知識人として活躍した。を取り上げました。ヴァレリーはプラトンの対話編古代ギリシャの哲学者プラトンの著作形式。師ソクラテスと様々な人物との問答を通じて、真理を探究していく。になぞらえた建築家の対話を著しており、青井氏はその中で「建築」がどんなメタファーとして機能しているかを研究しました。
建築ってすごく代表的なメタファーなんですね。カテドラルだと神性を表したり、数学的な構造を表したり、音楽のように空間に溶け出す感覚を表したり。
西洋文化の中で、建築は合理主義と情緒の両方を象徴します。青井氏はそこに、人間の思考や感じ方の深層を読み解く手がかりを見出していました。
経営危機と「意味」の喪失
青井氏は2005年、44歳で社長に就任しました。しかし入社2年目で経営危機に直面。上場以来初の赤字を2度経験し、株価は2,500円から300円まで急落しました。買収の危機も現実味を帯びる中、青井氏が気づいたのは「数字以外に頑張る目標がない」という組織の疲弊でした。
何のために頑張ってるのか、業績や数字以外に頑張る目標がなかったんです。社会的な意味、お客様への価値提供、そういう大義がないまま、KPIをひたすら追求していました。
売上を上げろと言われても上がらず、社員も疲弊していく悪循環。青井氏はまず、この循環を逆転させる必要があると考えました。リストラや事業構造転換の前に、組織と人の心を「正しい循環」に戻すこと。そのために選んだ手段が、**対話**でした。
対話が生んだ組織の変化
青井氏は「お客様のお役に立つために進化し続ける」「人の成長=企業の成長」という経営理念を掲げ、社員一人ひとりと対話の場を設けました。就業時間中、店舗でも行われたこの試みは、当初「こんな忙しい時にやってる場合か」と反発を受けました。
しかし粘り強く続けるうちに、社員たちは自分が働く理由を思い出し始めます。
ある社員は、最後の勤務日にお客様が菓子折りを持ってきてくれたことを思い出して。「自分はやっぱり人に喜んでもらうことにやりがいがあった」と。
こうした対話を重ねることで、社員それぞれの思いが少しずつ重なり、経営理念への共感が生まれていきました。青井氏は「浸透させる」のではなく、「気づく」ことを大切にしました。
変化を実感したのは、店舗会議での発言が変わった瞬間でした。「これって本当にお客さんが望んでることでしたっけ?」という問いかけが現場から出るようになったのです。
急がば回れ、長期視点の経営
対話による変革には時間がかかります。業績が悪い中で立ち止まることには、勇気と覚悟が必要でした。楊睿之氏が「急がば回れ」という言葉を口にすると、青井氏は「まさにそれがモットーです」と応じました。
創業家3代目として、青井氏には4年や6年ではなく、10年、20年という長期視点が許されていました。この時間軸が、対話という地道な取り組みを可能にしたのです。
数字を単純化し、すぐ成果が出る施策を優先。工業化社会では有効だったが、変化の激しい時代には限界がある。
複雑な因子を複雑なまま理解し、時間をかけて組織文化を変える。遅く重いが、持続的な成長につながる。
深井氏は「シンプルな数式にすれば短期的な成長は出る。でも長期で見たときに本当にそれでいいのか」と指摘しました。青井氏の選択は、まさに「複雑なものを複雑なまま扱う」覚悟だったと言えます。
8つの同時進行と曼荼羅チャート
では、短期と長期のバランスはどう取ったのか。青井氏の答えは「8つぐらいのことを同時進行する」でした。これは金剛界曼荼羅密教の宇宙観を図式化したもの。中央に大日如来を配し、周囲に8つのマス(九会曼荼羅)が配置される。悟りに至る道筋を視覚的に表現している。の構造に似ていると青井氏は言います。
8つぐらいのことを同時進行していかないと、何かを成し遂げることはできない。あれかこれかではなく、目標に向けて多方面に手を打つ。
これは大谷翔平選手が使った曼荼羅チャート目標達成シート。中央に大きな目標を置き、その周囲8マスに達成に必要な要素を配置。さらに各要素に対して8つの具体的行動を書き込む。と同じ発想です。一つの数字を追うのではなく、複数の施策を組み合わせることで、短期的なキャッシュイン、中長期的な体質改善、資産形成などをバランスよく進められます。
楊氏は「一見矛盾するようなことを同時にやる」ことの重要性を指摘しました。数字だけで経営を測れた時代から、ブランド、文化、関係性など、複数の次元を総合的に判断する時代へ。その中で矛盾を許容し、多面的に動くことが、むしろパフォーマンスにつながるのです。
人文知が支える横断的知性
青井氏の経営スタイルには、人文知が色濃く反映されています。対話、無知の知、長期視点、そして**インプットの多さ**です。楊氏は「人文知的な経営は、9対1ぐらいでインプットが多い」と表現しました。
膨大な数のインプットに対して、非言語領域の思考を張り巡らせながら、横断的知性を発揮して、1つのアウトプットをする。そういう感覚です。
従来の経営は、インプットとアウトプットが一対一で結びつくシンプルな図式でした。しかし、青井氏の実践は違います。対話を通じて社員やお客様の声を大量に集め、それを言語化できない形で咀嚼し、最終的に質の高い意思決定につなげる。このプロセスは、文学研究のアプローチと重なります。
青井氏も「経営はアートとサイエンスの融合で、どちらかと言えばアートが8割」と語りました。野中郁次郎経営学者(1935–)。知識経営の第一人者として世界的に知られる。「暗黙知」と「形式知」の概念を提唱し、組織の知識創造プロセスを理論化した。が指摘するように、知識社会ではアートの部分、つまりリベラルアーツの出番が増えているのです。
COTENカードと新たなつながり
最後に、丸井グループとCOTENの協業で誕生した「COTENカード」が紹介されました。利用金額の0.1%がCOTENに還元され、0.4%がユーザーにポイントとして還元される仕組みです。
青井氏は「カードを出した時に、コテンのファンなんですか?って話が弾んだら嬉しい」と語りました。さらに、店舗でファン同士のオフ会を開いたり、グッズを共同企画したりするアイデアも飛び出しました。
コテンラジオの感想を言い合いたいのに、周りに聴いてる人がいないっていう声、よく聞くんです。そういう横のつながりができたら嬉しいですね。
青井氏は「感動や思い出が形になるのがグッズ。密教の道具のように、思いを圧縮して持つことができる」と応じました。カードやグッズが、ファン同士をつなぐメタファーになる可能性が語られました。
また、青井氏自身が出演する丸井のポッドキャスト「リサーチPod」も紹介されました。5年にわたり200回以上配信されている番組で、「めちゃめちゃ緩い」とのことです。
まとめ
フランス文学を学び、対話の力を経営に活かした青井浩氏。経営危機の中で「急がば回れ」を貫き、社員一人ひとりと向き合い、長期視点で組織を変革しました。数字だけを追うのではなく、人間理解と関係性のデザインを重視する姿勢は、まさに人文知の実践でした。
「立ち止まること」「問いかけること」「無知の知を自覚すること」。これらは、変化の激しい時代において、むしろ競争力の源泉になるのかもしれません。青井氏の経営は、人文知が単なる教養ではなく、現実の経営課題を解決する実践的な力であることを示しています。
- フランス文学専攻の青井氏は、建築のメタファー研究を通じて対話の重要性を学んだ
- 経営危機の中、数字以外の「意味」を取り戻すため、社員全員と対話を重ねた
- 「急がば回れ」の長期視点と、8つの施策を同時進行する曼荼羅チャート的発想
- 人文知は「立ち止まる」「問いかける」「無知の知」を司り、横断的知性を支える
- COTENカードを通じて、ファン同士の新たなつながりが生まれる可能性
