江戸帰還直後の慶喜は「うなぎが食べたい」と発言するなど、側近を戸惑わせる不可解な行動を見せた これは慶喜が死期をさとり、最後に好きなものを食べておきたいという、考えから、このような行動をした。ということはあり得ませんか?
AI回答(一般知識から回答)
徳川慶喜が江戸帰還直後に「うなぎが食べたい」と発言したエピソードは有名です。ご質問のように、死を悟り「最後の晩餐」として望んだという解釈も、当時の緊迫した状況を考えれば一つの推測としてはあり得るかもしれません。 しかし、多くの歴史家や研究者の間では、以下のような異なる背景があったと推測されています。 1. 恭順の姿勢を示すパフォーマンス 慶喜は朝廷に対して「戦う意志が全くないこと」を証明しなければなりませんでした。あえて世俗的な食欲を口にすることで、政治や権力への執着を完全に捨てたことを周囲や敵方にアピールしたという説です。 2. 精神的な逃避と極限状態 鳥羽・伏見の戦いでの敗走という未曾有の事態に直面し、精神的に極限まで追い詰められていた慶喜が、激しいストレスから現実逃避として日常的な欲求に執着したという心理的な見方もあります。 3. 貴族的なマイペースさ 慶喜は非常に多趣味で、独特の感性を持つ人物でした。周囲が国を挙げての大事に動揺する中で、本人は至って冷静、あるいは平然と自身の好物を優先するという、彼特有の浮世離れした性格が表れたものとする意見もあります。 結果として、慶喜はその後、上野の寛永寺にて謹慎生活に入り、徹底して恭順の意を示し続けました。自分の命を絶つことよりも、徳川家という家名を存続させるために、あえて生き恥をさらしてでも従順であり続ける道を選んだといえます。 したがって、あの発言は単なる個人の死の覚悟というよりは、高度な政治的判断、あるいは複雑な心理状態が絡み合った結果であると解釈されるのが一般的です。
なるほど…!