ジャンヌの死後、イングランドはなぜ劣勢になったのか
ジャンヌ・ダルクが火あぶりの刑に処されたあと、百年戦争はどう進んだのか。第12回は、深井さんによるこの問いの解説から始まります。
まずイングランド王は、シャルル7世のランスでの戴冠に対抗して、自分もフランス王として戴冠します。ただし会場はランスではなくパリのノートルダムで、深井さんによれば、誰もイングランド王をフランス王とは思わない結果に終わったそうです。
ランスでないっていうのも結構でかかったみたいで、どうにもなんない。
イングランド側の状況は、その後少しずつ悪化していきます。ノルマンディーの首都のような存在だったルーアン城の問題、支配地域への全面的な増税要求による民衆の反乱、パリ大学との決裂が重なりました。
イングランド側がカーンに新しい大学を作ったことで、パリ大学の権威や人間関係が横取りされる形になりました。深井さんは、この動きがパリ大学の反発を招いたと説明します。もともとブルゴーニュ派としてイングランド側についていたパリ市民も、増税や大学の創設によって、少しずつイングランドから離れていきました。
一方で、シャルル7世とブルゴーニュ公は和解へ向かいます。アルマニャック派とブルゴーニュ派の和解によってフランスの内乱は終わり、深井さんは、双方の資金が尽きてきたことが一番大きな理由だったと話しています。
フランスの内乱が終わったことは、イングランドにとって大打撃でした。百年戦争の後半戦は、そもそもフランスの内乱に乗じて介入する形で始まっていたからです。フランス側が一つにまとまったことで、シャルル7世はジャンヌの死から約5年後にパリを奪回します。
ジャンヌここまで予言してたからさ。一番最初の段階で。
ノルマンディー奪還、百年戦争の終結とイングランド王の「英国化」
パリ奪回の次にシャルル7世軍が狙ったのは、イングランド王が持つノルマンディー公領でした。深井さんが何度も強調するように、当時のイングランド王は、ノルマンディー公としての顔のほうが先にありました。
ジャンヌの死から約18年後、援軍の確保に苦しむイングランドに対してフランス軍が勝利を収め、シャルル7世の代でノルマンディー公領を取り戻します。深井さんは、ヴァイキングにこの土地を与えてノルマンディー公としてから長い年月を経て、ついに奪い返したことを「すごいこと」と評しています。
南西部のギュイエンヌも、フランスが取り返しました。中心都市ボルドーはワインをイングランドへ輸出していたため、ギュイエンヌの住民はどちらかといえばノルマンディー公側、つまりイングランド寄りだったといいます。
その結果、ドーバー海峡沿いのカレーを除いて、イングランド軍はフランスから撤退します。ジャンヌの死から20年余りで、百年戦争は終わりを迎えました。カレーは強固な城壁に守られていて、深井さんによればエリザベスの時代ごろまでイングランドが持ち続けたそうです。
深井さんが面白い点として挙げるのが、フランスの領土を失ったあとのイングランド王の変化です。イングランド王家はフランス人からイングランド人へと移っていき、英語を話すようになり、貴族の公文書も英語になっていきました。
貴族の公文書とかも英語になっていくし、これで僕たちの知ってるイギリスになっていくって感じですよね。
フランスに領地を持ち、フランス貴族文化の中にいる「フランス人」の王家
フランスの領地を失ってイングランドに引っ込み、英語を話す王家へ
百年戦争で変わらなかったこと、変わったこと
百年戦争を経ても、あまり変わらなかったこともあります。深井さんによれば、イングランドとフランスの王家はそれほど仲が悪くならず、その後も婚姻関係を結び続けています。
英仏の王家が婚姻を続けた理由として、深井さんは2つを挙げます。同じ格の結婚相手が少ないこと、そして親戚になれば相手の王位継承を主張できるという双方のメリットがあることです。
あわよくばお互い主張しちゃうぞっていうことで、婚姻とかは結構やるんですよね。
イングランド王が「イングランド王にしてフランス王」を名乗る習慣は、1800年ごろまで続いたそうです。深井さんは、フランス革命でフランス王が倒れたあとまで言い続けていたことに驚き、その背景に血統意識と、フランスを大きな国と見る感覚があったのではないかと推測しています。
一方、大きく変わったのはフランス王権の強さです。もともとフランス王家の持つ土地は多くありませんでしたが、シャルル7世はイングランド王が持っていた広大なノルマンディーやギュイエンヌを取り戻しました。
大貴族の連合体の、あまり強く出られないリーダーだったフランス王は、ここから段階的に絶対君主へと変わっていきます。深井さんは、強くなった王権がやがて行き過ぎて王が処刑されるという、その後のフランスの歴史の皮肉を指摘します。
領土の奪還
イングランド王が持っていた広大な土地をシャルル7世が取り戻す
王権の強化
大貴族のリーダーから、段階的に絶対君主へ変わっていく
行き過ぎ
絶対君主の子孫であるルイ16世の時代に革命が起き、王が処刑される
このフランス王権の流れについて、楊さんは時間軸のどこで区切るかで物語の印象が変わると話しています。百年戦争の終結で区切ればシャルル7世の大成功ですが、先まで見ればギロチンにかけられる王家の悲劇になる、という見方です。
偽ジャンヌ出現、兄たちも「本物」と認めた?
ジャンヌの死後、まず起きたのは偽物の出現でした。死から約5年後、クロード・デ・ザルモワーズという女性が、自分はジャンヌ・ダルクだと名乗り出ます。
偽ジャンヌの話はフランス北東部メスの年代記に残っていて、当時はスキャンダルだったそうです。驚くのは、処刑後も生きていたジャンヌの2人の兄、ピエールとジャンが彼女に会い、「これはジャンヌです」と認めたことです。
兄たちの証言を受けて、周辺の騎士たちも偽ジャンヌに贈り物をしました。オルレアンの会計簿にも、兄のジャンが「妹に会いに行く」として路銀を求めた記録が残っているといいます。
偽ジャンヌはジャンヌの戦友だったジル・ド・レ ── 百年戦争でジャンヌとともに戦ったフランスの貴族。のちに多数の子どもを殺害した罪で処刑され、童話『青ひげ』のモデルの一人とされていますにも雇われ、オルレアンにまで現れます。ジャンヌの顔を知る人が多いはずのオルレアン市が、彼女にワインを贈ったという話に、樋口さんは思わず反応しました。
俺もなんかジャンヌなんじゃないかって。これジャンヌやん。
偽ジャンヌはワインを受け取る前にオルレアンを去り、のちにパリで「ジャンヌではありませんでした」と自白します。それでも死刑にはならず、釈放で終わったそうです。
ここら辺の全ての意義がわからない。
兄たちの行動の理由は記録からはわかりません。深井さんは、妹が生きていたほうが兄たちに都合がよかった可能性や、単に似ていた可能性、生きていると思いたかった可能性を挙げつつも、推測の域を出ないとしています。
深井さんがこの偽ジャンヌの話で強調したいのは、ジャンヌが民衆の心に強く残っていたことと、当時の情報の曖昧さです。ジャンヌの地元同然のオルレアンでさえ「生きているかも」と考えたことが面白い、と話しています。
今だったらなんないじゃん。いや、生きてるわけないじゃんってなるんだけど、この当時やっぱ生きてるかもってなるっていう。
復権裁判の本当の狙いはシャルル7世の権威回復
ジャンヌの処刑から25年後、ジャンヌは魔女ではなかったとする復権裁判が行われます。深井さんによれば、このタイミングで行われた理由は政治的なもので、シャルル7世が自分の権威を回復したかったからです。
シャルル7世が王になれたのは、ジャンヌの力によるところが大きかったとされています。そのジャンヌが異端として火刑に処されたことは、シャルル7世自身の権威にとって傷でした。
ただし、復権裁判を開くにはハードルがありました。楊さんの説明では、ジャンヌは宗教裁判所で異端宣告を受けているため、判決を覆すには同じ宗教裁判所が必要で、聖職者でもないシャルル7世にはその権限がありません。そこで教皇の同意を得る必要がありました。
シャルル7世と教皇の橋渡し役になったのが、枢機卿 ── ローマ教皇に次ぐ高位の聖職者。教皇の最高顧問として教会の運営に関わり、教皇を選ぶ選挙権も持っていますのギヨーム・デストゥートヴィルです。楊さんによれば、彼はシャルル7世の支持者で、母方の祖母がシャルル7世の祖父シャルル5世の妹という、フランス王家に近い血筋でした。
それでも教皇はすぐには動けませんでした。イングランド側が裁判のやり直しに抗議していたこと、そして当時の教皇にとって十字軍が最優先の案件だったことが理由とされています。やがて教皇カリストゥス3世がジャンヌの問題に向き合う余裕を持ち、再審が実現します。
復権裁判で楊さんが「政治は面白い」と話すのが、イングランドを刺激しないための工夫です。国が主導した裁判に見えないよう、存命だったジャンヌの母イザベル・ロメに再審を請願させ、私的な動機による裁判という形にしました。
パリのノートルダム大聖堂で、イザベルはオルレアンの市民に支えられ、3人の高位聖職者の前で請願書を読み上げました。純真な信仰ゆえに無残な死を遂げた娘の名誉を回復したいという訴えは聴衆を強く揺さぶり、感情が怒りにまで高まって、裁判官たちが別室に避難したといいます。
おそらく政治的な理由があるとはいえ、この瞬間、この言葉は本気だろうから。
処刑裁判と復権裁判、正反対の証言はなぜ生まれたか
復権裁判は、処刑裁判とちょうど逆向きの政治的な裁判でした。深井さんによれば、シャルル7世の権威を裏付けるために、ジャンヌの処刑は間違いだったと言わせる場だったのです。
処刑裁判と復権裁判の記録は、どちらも今でも読めます。深井さんは両者のコントラストが際立っていると話します。
ジャンヌへの尋問が中心。内容にかかわらず有罪の判決になる前提で進んだ
ジャンヌに好意的な証言を集めた。神の声の問題は避け、手続きの不備を理由に処刑裁判を無効とした
楊さんの説明では、処刑裁判で最も決定的な罪とされたのは神の声の問題でしたが、復権裁判はそこをあえて争点にしませんでした。ジャンヌの生い立ちや、戦場でどれほど人柄がよかったかといった証言が集められています。
さらに、処刑裁判を担ったコーション ── ピエール・コーション。ボーヴェの司教で、イングランド側に立ってジャンヌの処刑裁判を主導した人物ら裁判官たちは、復権裁判のころにはすでに亡くなっていました。深井さんは、不備を起こした本人がいないので反論もできず、政治の都合のいいように決着できたと話しています。
なんで本当に全部政治の都合のいいようにフィニッシュしますね。
死後の評価はどう揺れ、なぜ聖女になったのか
民衆の間では、ジャンヌの死後も彼女にまつわる予言や民間信仰が残り、オルレアンではずっと英雄として扱われ続けました。深井さんは、ジャンヌの評価のその後の変遷を駆け足で紹介します。
ジャンヌの死から約100年後の16世紀には、ジャンヌは女性の功績を称える作品の主人公になります。深井さんが挙げたのは、アラン・ブシャールによる本や『難攻不落婦女誉れ』といった作品で、題名の強烈さに一同が驚いています。
その後のジャンヌ像について、深井さんの結論は、その時々の政治勢力に都合よく使われ続けたというものです。絶対王政の時代には魔女の手先と言われ、理性を信じる啓蒙主義者やフランス革命の担い手からは、神の声を聞いたという話が批判されました。
ジャンヌの評価が一気に広まるのは、ナポレオンがジャンヌを評価してからです。その後、ジャンヌはナショナリズムと結びつき「フランスの救国の英雄」とされますが、深井さんは、当時はまだフランスという国がなかったと念を押します。
そういう感じで新しい神話が作られるんだよね、ナショナリズムの時代って。
近代フランスで共和派と王党派が争った時代にも、ジャンヌはすべての陣営から、それぞれ別のロジックで担ぎ出されました。
| 陣営 | ジャンヌの描き方 |
|---|---|
| 共和主義者 | 国王に見捨てられ、教会に殺されたかわいそうな人 |
| カトリック勢力 | 宗教的信念に殉じた人 |
| 王党派 | フランス国王のために身を捧げた人 |
そして1869年、オルレアン司教デュパンルーがジャンヌの列聖を求める請願書を出します。調査は一度頓挫したものの1892年に再開され、段階を踏んで1920年に聖人となりました。
段階が上がる条件として、深井さんは、ジャンヌを思って祈った修道女の病気が治ったといった奇跡の認定を例に挙げています。一方、楊さんは、自分が読んだ1冊の本によれば、教会はジャンヌは異端ではないと明言したことはないらしいと紹介しつつ、確信は持てないと慎重に付け加えました。
騎士の時代の終わりと、中世が終わる瞬間
百年戦争の終結とともに、騎士の時代も終わります。深井さんによれば、百年戦争の終結をもって中世が終わったとも言われていて、カトリックを唯一の判断軸とするキリスト教観が、宗教改革やルネサンスを経て大きく変わっていく入口にあたります。
思ったより早いよね。
騎士が衰退した理由は、いくつもの要因が重なったものとして説明されています。
収入の減少
貨幣経済の発展とペストの流行で、所領からの収入が減り、戦争への意欲も下がる
傭兵の台頭
お金で兵を雇いやすくなり、長槍やクロスボウを使う傭兵団が強くなる
歩兵の強化
騎士の防御を貫く武器が進化し、部隊内で歩兵の割合が増える
稼ぎ方の多様化
軍務より安全に稼げる商業や工業が盛んになる
権威の低下
貴族以外も騎士を叙任できるようになり、騎士の価値が下がる
騎士の叙任権が貴族以外にも広がったことについて、樋口さんは「市役所で書類を書けば騎士になれる」ような状態だと例えました。こうして中世という時代が終わっていったと説明されます。
同じころ、メフメト2世がコンスタンティノープルを落とし、東ローマ帝国が終わりを迎えています。ほぼジャンヌと同時代の出来事であることに、樋口さんは「時代の変わり目って感じ」と感じ入っていました。
純粋さゆえに担がれる、ジャンヌという人物の魅力
エンディングでは、3人がジャンヌ・ダルク編全体の感想を語ります。楊さんが最初に挙げたのは、ピュアなクリスチャンのジャンヌが既得権益化した教会にそのまま突っ込み、排除されるという構図でした。
楊さんによれば、権威が揺らいでいた教会は信徒に純粋さを求め、その中から純粋さを極めたジャンヌのような人が現れて教会とぶつかります。のちのルターにも同じ構図が韻を踏むように見える、と楊さんは話しました。
死後に利用され続けたジャンヌについて、楊さんは言い方一つだとも話します。20世紀以降、ジャンヌはフェミニズム ── 女性の権利や地位の向上、性による差別の解消をめざす思想や運動の文脈でも、服装による女性の解放や既存社会への抵抗と重ねて語られてきました。利用されることは、忘れ去られるより価値があるとも捉えられる、という見方です。
樋口さんの感想は、ジャンヌという人の面白さでした。樋口さんは、ジャンヌが濁りなく生きて死んでいったこと、そして周囲の評価が大きく揺れても本人はずっと変わらなかったことに美しさを感じたといいます。
なんかそれが歴史の中である瞬間はうわーつって賞賛され、それが終わったらもういいわってなってるんですけど、本人ずっと変わらないじゃないですか。
樋口さんはさらに、ジャンヌの「謎の説得力」を、当時の男性社会のヒエラルキーの外にいたことから説明します。同じ立場の男性同士なら上下や敵味方を測り合いますが、ヒエラルキーの外にいる人は戦うべき相手と見なされにくい、という考えです。
でもなんかそこの外にいるからこそ、こう、何て言うんですかね、戦うべき存在じゃないというか。それで謎の説得力出たっていうのはあると思ってて。
樋口さんは、ヒエラルキーの外にいるからこその説得力の例としてマツコ・デラックスさんや美輪明宏さんを挙げ、深井さん自身もビジネスではなく歴史の人として見られているから、言葉に説得力を持つのではないかと話を向けました。
常に僕Xとか見ながらめちゃくちゃいいように勝手に解釈されてるなと思いながら見てますから。
深井さんは、リベラルからも保守からも自分の発言が援用されていると明かしつつ、それを悪いことだとは思っていないと話しています。
深井さんが見たジャンヌ・ダルクは喜劇だった
深井さんは、勉強する前はジャンヌがなぜあれほどの功績を残せたのかという問いを持っていました。勉強した結果、いろいろな「バグ」が重なり合った結果だとわかってきたといいます。
そのうえで深井さんが語ったのは、ジャンヌの物語は喜劇として面白かったという感想です。みんな真剣なのに、勘違いしながら大きな出来事になっていく様子を、三谷幸喜さんの映画のような感覚で見ていたそうです。
深井さんはもう一つ、人間の再現性も挙げます。2023年の日本で「預言者です」とXに現れても話を聞いてもらえるとは思えないのに、構図としては本当に変わっていない、という点です。
さらに深井さんは、樋口さんの指摘どおり、自分もジャンヌの構図に近いところにいると気づき、自分自身を滑稽だと感じたといいます。
深井さんによれば、自分の姿がジャンヌの構図に重なるという話は、台本チームでも大いに盛り上がったそうです。楊さんは、樋口さんもビジュアルが固定されている点で「預言者枠」だと返し、笑いの中で感想パートが締めくくられました。
ジャンヌ・ダルクと百年戦争を深く知るための本
最後に深井さんが、ジャンヌ・ダルク編の参考になる本を紹介します。入門向けと、より深く知りたい人向けに分けて勧めているのが特徴です。
| 書名 | 著者 | 深井さんの評価 |
|---|---|---|
| 教養としてのフランス史の読み方 | 福井憲彦(学習院大学名誉教授) | 予備知識がなくても読める。ジャンヌの時代性や和平の流れがよくわかる |
| ジャンヌ・ダルクの百年戦争 | 堀越孝一(学習院大学名誉教授) | やや難しいが、詳しく知りたい人向け |
| 百年戦争 中世ヨーロッパ最後の戦い | 佐藤猛(秋田大学准教授) | 百年戦争の本。覚悟して読む必要がある |
| ジャンヌ・ダルクの生涯 | 藤本ひとみ | 作家の本でエッセイ風。概要をつかむのにとても読みやすい |
深井さんのおすすめは、『教養としてのフランス史の読み方』と『ジャンヌ・ダルクの生涯』から入り、百年戦争をより深く知りたくなったら残りの2冊に進む読み方です。シャルルやルイ、フィリップといった同名の人物が多く出てきて整理が大変だったことから、データベースが欲しくなったとも話しています。
次回は豊臣秀吉と徳川家康を扱う予定です。以前の織田信長編とあわせて、日本の戦国時代を「ホトトギス周りは完璧」と言える状態まで理解できるように描いていきたい、と深井さんは意気込みを語りました。
まとめ
ジャンヌ・ダルクの死後、フランスは内乱を終わらせてイングランドをほぼ追い出し、百年戦争は終結しました。一方、ジャンヌ自身は偽物の出現、政治的な復権裁判、各時代の都合に合わせた語り直しを経て、1920年に聖女となります。本人は変わらないまま、周囲だけが意味を付け替え続けたという構図が、この回の中心にあります。
- 内乱の終結でフランスがまとまり、イングランドはカレー以外から撤退して百年戦争が終わった
- フランスの領土を失ったイングランド王家は英語を話すようになり、フランス王権は絶対君主へ向かって強まった
- 復権裁判はシャルル7世の権威回復のための政治的な裁判で、神の声の問題を避けて手続きの不備を理由にした
- ジャンヌは共和派、カトリック勢力、王党派、ナショナリズムなど、立場ごとに都合よく語られ続けた
- 深井さんはジャンヌの物語を喜劇と捉え、「預言者」を担ぐ構図が現代にも再現されていると語った





