旗持ちのはずが指揮官に?ジャンヌの甲冑と軍旗
ジャンヌ・ダルクはイングランド側に果たし状のような手紙を送り、いよいよ本格的な戦争の準備に入ります。深井さんは、少女が王太子に認められて戦場に行くこと自体が「すごい異例」だと強調します。
ジャンヌは王太子に、体にぴったり合う甲冑を作り直してもらいました。あわせて軍旗も作られ、天使や王家のシンボルがいっぱいに描かれた、鮮やかで「ちょっとうるさめ」のデザインだったといいます。
この彼女がこれ(軍旗)を戦場で振るとすごい士気が上がるっていうのがこの後起こるんですけどね。
楊さんによれば、王太子側がジャンヌに旗を持たせたのは、もともと旗持ちの役割を与えるつもりだったからだと考えられています。軍旗を持つ人は厳密には戦闘に加わらず、軍のアイデンティティや神が約束した救済を象徴する存在でした。
つまり王太子たちは当初、ジャンヌを「神のメッセージを伝えるチアリーダー」として扱おうとしていたと楊さんは説明します。ところがジャンヌは軍の中で動くうちに、単なる旗持ちではない振る舞いを重ね、勝手に軍を指揮し出すようになっていきます。
旗を持ち、神のメッセージを伝える象徴的な役割。戦闘には加わらない
剣や槍は振るわないまま、旗を振って軍を事実上指揮してしまう
深井さんは、ジャンヌが剣を振るったり槍で刺したりはせず、旗を振っていただけだと確認します。そのうえで、ジャンヌの動きを「旗振るジャンルの最高バージョン」と表現しました。
本当に旗振ってだけなんだけど、その旗振るジャンルの最高バージョンみたいなのをやっちゃって、めっちゃ軍隊動かしちゃうみたいな。
戦のプロたちと、素人の少女
ジャンヌはこの時点で兵士2名を伴っていましたが、さらに人数と馬が加えられ、「ジャンヌ親衛隊」のような一団が形成されました。ただしジャンヌは将軍にも指揮官にも任命されたわけではありません。
戦の専門家としては、アランソン公 ── フランス王家の血を引く貴族。ジャンヌと共に戦った主要な指揮官の一人として知られますや、前回語られたオルレアン籠城戦のリーダーであるドゥノア伯がいました。
さらに、映画や演劇にも登場するジャンヌの戦友として、ジル・ドレ、「憤怒」を意味するあだ名で呼ばれたラ・イル、ポトンド・ザントライユポトン・ド・ザントライユらが一緒に戦います。深井さんは、この人たちは戦のプロで、ジャンヌは初めて戦争に行く完全な素人だったと整理します。
当然誰も旗振り以外何も期待してないっていう状態で戦争に行くと。
一方で、ジャンヌ本人は指揮官のつもりでした。楊さんは、ここから周囲の想定とジャンヌの思い込みがすれ違う「ドリフ的な展開」になっていくと話し、深井さんも「勘違いが勘違いを呼ぶ」と応じています。
なぜ女性が軍を率いることは受け入れられなかったのか
楊さんは、ジャンヌの周りの人たちには反発の気持ちがあったと説明します。ジャンヌは戦も政治もわからない少女で、甲冑を着ていても中身は女性だと見られ、無知無学な農民とも受け取られていました。
そのうえジャンヌは、何かというと神の声を持ち出し、早く攻めろとせっついてきます。周囲がジャンヌに引っかかった根本には、当時の男性側にあった「戦は男がするもの」という価値観がありました。
楊さんによれば、当時は女性が戦に参加することは自然の道理に反すると考えられていました。女性は体が弱く論理的でなく、戦略を組み立てられず、臆病さが戦場で伝染して軍に悪影響を与える、という先入観が強くあったといいます。
前提
女性は男性より劣った存在だとみなされていた
帰結
劣った女性が優れた男性を指揮するのはありえない
男性側の懸念
女性の指揮を認めると、自分がより劣った存在だと認めることになる
楊さんは、当時の文学や伝説には架空の女性戦士や女傑が登場したものの、現実の戦争に女性の存在を受け入れる人は全くいなかったとされる、と付け加えます。当初は「なんて思い上がりの小娘なんだ」という見方が周囲にありました。
2つの裁判の記録は信用できるのか
深井さんによると、特に戦果を出す前の初期、ジャンヌは指揮官たちから冷ややかに見られていました。それでもジャンヌ本人は、強いリーダーシップを取ろうとしていたといいます。
ジャンヌにまつわる記録には、処刑につながった裁判と、死後に行われた復権裁判 ── 処刑から約四半世紀後に行われた、ジャンヌへの有罪判決を見直す裁判。最終的に有罪判決は無効とされましたという2つの裁判のものがあります。後者の記録には、ジャンヌの槍の扱いが巧みで、戦闘隊形の指示や大砲操作が熟練の将軍のようだったと称賛するものもあります。
どちらの裁判も非常に政治的裁判で、結論ありきの裁判なんで、処刑する時の裁判は彼女に不利なことばっかり言ってるし、その後の裁判っていうのは彼女に有利なところを盛って言ってる
ジャンヌに不利な証言ばかりが出されたと考えられる
ジャンヌに有利な点を盛った証言が出されたと考えられる
深井さんは、17歳で槍を使ったことのない少女が甲冑を着て馬に乗り、槍を巧みに扱うのは考えにくいと話します。旗を振っていただけという見解のほうが妥当だろう、というのが二人の見立てです。
ジャンヌ自身も処刑裁判では、戦争の指揮官だったのかという問いを否定しています。女性が指揮していたとなれば不利になるからです。一方で「王が自分に1万人の兵士を与えてくれた」とも語っており、深井さんは、本人は指揮官のつもりだったのだろうと推測しています。
「神が言ってますんで」に将軍が反論できない理由
ジャンヌは戦争のプロである将軍たちにも、まったく気を使わずに言いたいことを言いました。深井さんは、その理由を「自分が聞いているのは神の声だから、伝えないといけない」というジャンヌの立場に見ています。
神が言ってますんで、今攻めた方がいいですみたいなことをめっちゃ言うんですよ。
将軍たちからすれば、今は攻め時ではなく、状況を理解して戦略を立ててから攻めるのが当然でした。それでも、キリスト教が社会のOSになっている時代に「神が言っている」と言われると、違うと感じても反論ができません。
深井さんはこの状況を、現代で「マーケティングのデータが全部揃っていて、データで出ている」と言われる感覚にたとえます。感覚的には今じゃないと思っていても、データで出ていると言われれば、嘘だとは言いにくいというわけです。
ジャンヌの言葉づかいも強烈でした。会議に呼ばれなかった場面では、貴族である将軍に向かって「我が主の命令は、あなた方の命令よりもはるかに賢くて確実なのです」「間違っているのはあなたの方なのです」と言い放ったと紹介されています。
ジャンヌはさらに、自分がもたらしているのは天の王の援助であり、神は聖王ルイ ── カペー朝のフランス王ルイ9世。敬虔な信仰で知られ、死後に聖人として列聖されましたとシャルルマーニュの要請に応えてオルレアンを憐れんでいる、とも語ったといいます。
証拠ないし、否定したら神否定してるみたいになるし、ここまで来ちゃったし。
深井さんは、一度王太子に認められ、悪魔ではないとされ、実際にここまで来て、このトーンで言ってくる、という条件が重なった状態を「35重のバグ」と表現しました。
神の声とマーケティングデータは何が同じか
樋口さんは、マーケティングデータは実際にデータとして出ているが、神様はデータとして出ないのでは、と疑問を投げかけます。深井さんは、形は違っても受け取る側の感覚はおそらく同じだと答えます。
データもさ、いやそれちゃんとマーケットのペルソナにミートしたデータ出してるの?みたいなのあるじゃん。これも一緒なんだよ。それ本当の神の声なの。
深井さんによれば、社会の調査はもともと曖昧で、完璧なデータは出せません。正しければ信じ、正しくなければ信じないという意味で、データも神の声も同じ構造だと深井さんは話します。
本当にペルソナに合ったデータか疑う余地はあるが、「データで出ている」と言われると反論しにくい
本当の神の声か疑う余地はあるが、否定すれば神を否定することになり反論できない
楊さんも、大手の戦略コンサルティングのレポートやホワイトペーパーに「こう書いてあるから」と言われる感覚に近いと例を重ねています。こうして将軍たちは少女の言うことを聞かざるを得なくなり、普段なら起こらない異常な状態が生まれていきます。
娼婦を追い出したのは「徳ゲージ」のため?
ジャンヌは兵士たちにもさまざまな要求をしました。その1つが、軍隊に娼婦を連れてくるなというものです。深井さんによると、当時は軍に娼婦がついてくるのがスタンダードでしたが、ジャンヌは「神の軍なのだから、いやらしいことはしないでください」と求めました。
楊さんは、この行動の背景に中世の戦争観があると説明します。中世では、あらゆる勝利は神の審判の結果だと考えられていました。楊さんはこれをゲームにたとえ、徳ゲージを貯めないと神が勝利をもたらしてくれないという観念があったと話します。
徳を積む行動
祈る、罪を告白する、娼婦を排除する、盗んだものを食べない
徳ゲージが貯まる
精神的な清らかさを保ち、宗教領域での力を蓄える
神が勝利をもたらす
勝利は神の審判の結果だと考えられていた
でもなんかそれは理解できます。
楊さんは、ジャンヌが単に娼婦を嫌っていたのではなく、勝利のための徳ゲージを貯める行動の1つだったと強調しています。深井さんも、目に見えない力から見放されないよう続けることが大事だったと補足しました。
ついに来た救世主。ジャンヌのオルレアン入城
ジャンヌが到着したとき、オルレアンはイングランド軍に半年以上包囲され、兵糧攻めでかなりギリギリの状態でした。守りが強固だったから半年持ちこたえたものの、一度は降伏しようかという話まで出ていたといいます。
深井さんは、オルレアン市民の気持ちになってみてほしいと語ります。神の声を聞いた乙女が王太子のもとを訪ね、自分たちを助けに来るらしいという噂を市民は聞いていました。
もう本当に負けそうな時についに来るわけで、本当に。期待しちゃうわけですよね。
オルレアンの城壁は2.7キロにも及ぶため、イングランド軍は完全には包囲できていませんでした。楊さんによれば、外と繋がる一本の道だけが残り、そこで王太子側と連絡を保てたと書く本もあります。ジャンヌは戦う前に、その合間を縫って入城しました。
イングランド軍から見れば、ジャンヌは悪魔に惑わされた魔女でした。イングランド軍も同じキリスト教徒で、自分たちこそ神の軍だと思っていたため、この時点では負けるとは考えていなかったと深井さんは説明します。
ジャンヌは入城にあたり、糧食を携えていました。兵糧攻めにされていたオルレアンの人々にとって、食べ物を持ってくる存在はそれだけで救世主です。
だってアンパンマンやもん。
ただし楊さんによると、糧食を送る際には一悶着がありました。ジャンヌは補給よりも、とにかくオルレアンを囲むイングランド軍を攻めたいと考え、将軍とぶつかったという記録があります。深井さんは、ジャンヌの認知では神が言っている以上、攻めた瞬間に勝てるのだから早くやるべきだと思っていたのだろうと話します。
聖歌と熱狂で上がる「士気ゲージ」
オルレアンに入ったジャンヌは、当然のように熱烈に歓迎されます。市民は「聖なる軍隊が来た」と沸き、大聖堂でみんなで聖歌を歌い、ジャンヌに触れようと人々が集まりました。
大聖堂で聖歌を歌って楽しいみたいな、勝てるかもみたいになるみたいな。
楊さんはこの状態を「士気ゲージが上がる」と表現しました。深井さんは意味の切れ目としてここで今回を終え、次回の焦点を示します。
戦争の能力も経験も何にも持ってない少女がどうやって実際に戦争に勝っちゃうのか。
深井さんたち自身も、調べる前はそれがなぜ可能だったのか疑問に思っていたといい、その答えは次回で明かされます。
まとめ
ジャンヌ・ダルク編第7回は、戦の素人で旗持ちとして期待されていた少女が、神の声を盾に将軍たちを動かし、包囲されたオルレアンに入城して街の士気を一気に高めるまでを描きました。反論できない「神の声」は、現代の「データで出ています」に近い構造だという見立ても示されています。
- 王太子側はジャンヌを旗持ちの象徴として送り出したが、本人は指揮官のつもりで軍を動かしていった
- 当時は女性が軍を率いることが受け入れられず、戦のプロたちには強い反発があった
- 2つの裁判は政治的で、ジャンヌの武勇を称える記録には誇張があると考えられる
- 神の声を否定できない時代の認知フレームが、将軍たちを少女に従わせた
- 食糧を携えたジャンヌの入城で、限界だったオルレアンは熱狂に包まれた





