仏教の出家は、なぜ「形から入る」のか?
この番外編は、コテンラジオの宗教回の収録を終えた流れで始まります。楊睿之さんは冗談めかして「ハゲ教に入ります」と切り出しました。
楊さんによると、本人の意に反して髪を失ってから、仏教の出家 ── 家庭や世俗の生活を離れて仏門に入ること。髪を剃る剃髪は、世俗との縁を断つ象徴的な儀式とされていますが形から入ることの意味に、初めて実感が持てたといいます。
髪を剃るっていうのが、髪とはいえ体の一部なんですよ。これを断ち切るっていう感覚が確かに自分の中にあったんですよね。
楊さんが断ち切ったと感じたのは、髪の毛という物質だけではありませんでした。それまで周りから見られていた自分の見た目も、一緒に手放した感覚があったといいます。
これで、もしかして笑われるかもしれない、これで何かバカにされるかもしれない。でももうないもんねみたいな。この骨格で勝負するしかないっていう。
深井さんは、32歳の楊さんが悩みの中で獲得した哲学を聞いて驚き、多くの人に聞いてほしいと考えたそうです。そこで、この回のテーマを「ハゲのリベラルアーツ ── もともとは古代ギリシャ・ローマに由来する、人が自由であるための教養を指す言葉。現在は幅広い基礎教養の意味で使われます」と名づけました。
写真に写った頭頂部、3日間食事が喉を通らなかった衝撃
楊さんが薄毛に気づいたのは、大学を卒業して3年ほどたった頃です。それ以前から親に髪が少ないと言われることはありましたが、前髪を垂らせていたため、本人は気にしていませんでした。
最初のきっかけは、福岡に帰ったときに参加したセミナーの写真でした。ネットに上がった写真で頭頂部が白っぽく写っていても、楊さんはライトの反射だと考えていました。
決定的だったのは、その数か月後に友人と食事したときの写真がFacebookに上がったときです。光の加減では説明できないと気づき、家の鏡で確かめると、頭頂部の髪は本当になくなっていました。
親からの指摘
髪が少ないと言われても、前髪が垂らせたので気にしていなかった
セミナーの写真
頭頂部が白く写ったが、ライトの反射だと思っていた
Facebookの写真
光とは関係なく、髪がないとわかった
鏡で確認
頭頂部の髪がないことを確かめ、愕然とした
マジで3日間ぐらい食事通りませんでした。
楊さんは、そのときのショックを視力が落ちたこととは違う種類のものだったと振り返ります。男性として、生き物としての強さを失ったように感じたといいます。
楊さんは、まず育毛剤のサイトを調べ始めました。しかし製品の種類は非常に多く、「効く」「効かない」というレビューも大量にあり、どれを信じればよいのかわからなかったそうです。
育毛剤の焦りから、1日で決めた剃髪へ
楊さんは信頼できそうな会社の育毛剤をいくつか試しました。ただ、育毛剤は使い続けないと効果が出にくいとわかっていながら、楊さんは使い続けられなかったといいます。
毎日のように僕、髪の毛、鏡の前で見るようになりましたし。なんだったらその携帯でこうやって毎日撮ってましたもん。
穏やかに過ごしたい性格の楊さんにとって、髪の変化を毎日確かめる生活は「バグ」のようなものでした。そうした状態が1か月ほど続いたあと、楊さんは育毛剤を続けることにむなしさを感じるようになります。
楊さんの父親も薄毛で、昔は育毛剤を使っていましたが、効果はなかったそうです。楊さんはそのことを思い出し、心の平安を保つために、悩みの原因そのものを取り除くことに決めました。
割と1日のうちに決めた。もういっか。もう俺の運命だと思ったんですよね。
楊さんはバリカンを買い、髪を全部剃りました。植毛については、人工物を植え付けることに抵抗があったため、選びませんでした。深井さんは、悩み始めてから1か月ほどで吹っ切れた早さに感心しています。
ハゲを介して笑い合える、新しい人間関係
剃った直後の楊さんは、周りの目が怖かったといいます。日本では相手が気を遣って理由を聞かず、黙って薄毛だと思われるかもしれないことも気になっていました。
ところが、実際にはあからさまにバカにする人はおらず、周りの人は普通に接してくれました。中には理由を聞く人もいて、楊さんは「ストレスがたまりまして」と笑いで返せるようになります。
以前の楊さんは見た目を気にして、髪をいじったり伸ばしたりしていました。そんな楊さんが自虐で人を笑わせられるようになったこと自体が、本人にとって大きな発見でした。
ミーティングとか遅刻した時に、いや、すいません、ちょっと髪型のセッティングしてました。なんかそういうことが言えるようになって。
見た目を気にして髪をいじり、毎日薄毛を確かめて心が落ち着かなかった
ハゲを自虐ネタにして、人と笑い合える関係を築けるようになった
大学時代の楊さんを知る深井さんは、2年ほど前に再会したとき、剃った後の姿に「真のヤンヤン」という印象を持ったそうです。楊さん自身も、髪という「蓋」がなくなったことで、自分を出せるようになったと語っています。
ダウンタウン松本さんの坊主と、樋口さんの金髪
樋口さんは、ダウンタウン ── 松本人志さんと浜田雅功さんによるお笑いコンビの松本人志さんが、著書の中で坊主にした理由に触れていることを紹介しました。松本さんは、コントの準備中に髪をセットするのが嫌だったと書きながら、その理由は面倒だからというだけではないとも書いているそうです。樋口さんは、そこに「自分とは何か」を問う感覚があるのではないかと推測しています。
樋口さん自身は、大学1年から10数年間、髪を金色に染め続けてきました。結婚式でサプライズとして黒髪に戻し、評判もよかったため1年ほど黒髪で過ごしましたが、違和感に耐えられず金髪に戻したといいます。
まず金髪にした瞬間にわってなって、これ俺やんってなって。
二人の話を聞いた深井さんは、自分は本当の自分を見つけられているのかと自問しました。それに対して、だいぶ執着を手放せているほうだという言葉が返ってきます。
話は楊さんの肌にも及びます。百貨店の化粧品売り場で肌を測ったところ、実年齢より若い数値が出ました。秘訣を聞かれて「ストレスなく過ごすこと」と答えると、販売員に半ば怒られたというエピソードが笑いを誘いました。
芸人は人間として一番美しい職業なのか?
会話は、こんまりメソッド ── 片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんが提唱する片付け法。ときめくかどうかを基準に、持ち物を残すか手放すかを決めますにも広がります。捨てることを通して本当に必要なものを見極めるという考え方が、剃髪の話と重なるからです。
続いて、芸人こそ人間として一番美しいのではないか、という見方が示されます。ハゲ、太っていること、貧乏、さらには普通すぎることまで、あらゆる特徴を笑いに変えて人を幸せにしている、というのがその理由です。
この見方の核心は、そのもの自体は何も変わらなくても、見え方を変えるだけで価値になるという点にあります。お笑いは、マイナスにもプラスにも面白さを見いだせる世界だと語られました。
これを受けて深井さんは、自分を好きになれない人も、お笑いの思考回路を使えば自分を受け入れやすくなるかもしれないと話します。さらに、ある会社や家族の中では否定される性質も、別の視点を持つ人が隣にいれば輝く性質になりうる、という話へ続きました。
会社や家族の基準では、ダメだと否定される
同じ性質が、面白く光り輝くものとして発見される
深井さんは、お笑いをそうした視点で見たことはなかったと驚きます。最後は「ハゲで良かった」「みんなハゲましょう」と笑い合って、この回は締めくくられました。
まとめ
楊さんにとって、薄毛は男性としての強さを失ったと感じるほどの衝撃でした。しかし髪を剃って原因ごと手放したことで、楊さんは心の平安と、笑いを介した新しい人間関係を手に入れました。エピソード説明にある「ハゲとは遺伝子が与えてくれる出家」という言葉には、執着を捨てることで自由になれるという、宗教回にもつながる気づきが込められています。
- 楊さんは写真をきっかけに薄毛を自覚し、3日間食事が喉を通らないほどのショックを受けた
- 育毛剤を使いながら毎日髪を確かめる日々に疲れ、1日で剃髪を決めた
- 剃ったあとは自虐で人を笑わせられるようになり、以前より自分を出せるようになった
- 髪という「蓋」を捨てたことで解放されたという感覚は、出家や断捨離にも通じる
- お笑いは、見え方を変えることで、どんな性質にも価値を見いだす営みとして語られた


