テレビ東京の豊島晋作さんを「歴史弱者」が迎える
コテンラジオ番外編の今回は、深井龍之介さんが体調不良で欠席し、樋口聖典さんと楊睿之さんの2人でゲストを迎える回です。ゲストはテレビ東京報道局の報道記者でニュースキャスターの豊島晋作さんです。
樋口さんが紹介した豊島さんの経歴によると、豊島さんは1981年福岡県生まれで、樋口さんと生まれ年も出身地も同じです。東京大学大学院法学政治学研究科を修了後、2005年にテレビ東京に入社し、政治担当記者として総理官邸や与野党を取材しました。
その後、豊島さんはワールドビジネスサテライト ── テレビ東京が平日夜に放送している経済ニュース番組。略称WBSとして知られていますのディレクターやマーケットキャスターを務め、2016年から19年まではロンドン支局長兼モスクワ支局長としてヨーロッパ、アフリカ、中東を取材しています。現在は『ニュースモーニングサテライト』の解説キャスターです。
豊島さんは、テレ東BIZでウクライナ侵攻を多様な切り口で解説したシリーズでも知られています。樋口さんが「総再生回数4000万」と紹介すると、豊島さん本人は「5、6000万は超えている」と補足し、樋口さんが「50億」と大げさに言って楊さんに否定される場面もありました。
こんな弱小メディアに来ていただいてどうもありがとうございます。
本題に入る前に、樋口さんは聞き手2人の立場をはっきりさせておきたいと切り出します。樋口さんは自分を歴史弱者であり政治弱者でもあると述べ、明確な政治的立場も持たないと話しました。
今日はですね、本当に聞き手として、本当に一般大衆の目線で、本当に何も知らないっていう立場で聞いていきたいなと思います。
楊さんも、今回のためにウクライナ戦争を勉強した「ただ勉強した素人」だと自己紹介し、政治についても深く考えてきた方ではないと述べています。2人とも専門家ではない立場から、豊島さんに素朴な疑問をぶつける構図が最初に示されました。
「侵攻」ではなく「戦争」と呼ぶ理由とは?
楊さんはまず豊島さんの著書『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』を紹介します。コテンラジオは3月にウクライナ編を配信しており、その後およそ8か月が経ち、8月に出版された豊島さんの本を読んで今回の出演を依頼したといいます。
楊さんが本の中で特に印象に残ったのは、豊島さんがこの事態をはっきり「戦争」と呼んでいた点でした。コテンラジオのチームは、何と呼べばよいかわからず、内部では「ロシアによるウクライナへの侵攻」というテーマ名で制作し、配信では「ウクライナ編」としたそうです。
豊島さんによると、ロシア軍がウクライナ国境付近に集結していた1月27日ごろ、世間ではまだ「ウクライナ情勢」「ウクライナ危機」と呼ばれていました。その段階で豊島さんは、あえて「ウクライナ戦争というリスク」という動画を出していたといいます。
その判断の背景にあるのが、国際政治で使われる「意図」と「能力」という2つの考え方です。豊島さんは、ロシアが戦争をする意図を持つかどうかは未来のことでわからないものの、戦争を始められる物理的な戦力はすでに展開されていたと説明します。
豊島さんは当時、首都を限定的に攻略するシナリオから全土に侵攻するシナリオまでいくつかを挙げ、最悪の場合はウクライナがロシアに征服される可能性もあると解説していました。しかし2月、東からも北からも攻める最悪の全面侵攻が現実となり、「リスク」は本当のウクライナ戦争になってしまったといいます。
楊さんは、アフガン侵攻やイラク戦争のときも同様に、戦争が始まった瞬間には誰もそれを戦争だと思っていないことがあると指摘します。楊さん自身も、8月に豊島さんの本を読んで初めて「これは戦争だ」と感じたそうです。
豊島さんは、第一次・第二次世界大戦でも、始まった瞬間に当事者がどこまでそう理解していたかは議論があるだろうと応じます。そのうえで、2つの国家が軍事力を用いて全面的な戦闘を行い、局地的でもない以上、今回の事案は戦争に該当するというのが豊島さんの理解です。
「ウクライナ」を冠する理由について、豊島さんは戦場のほとんどがウクライナ領内だからだと説明します。イラク戦争も実際は有志連合とイラクの戦争でしたが、戦場がイラクだったため「イラク戦争」という呼び方にあまり争いはないと例を挙げました。
豊島さんは、正式な名称は数年後に世界史の教科書が決めることになるだろうとしつつ、「軍事侵攻」や「武力対立」という言い方は事態をオブラートに包んでいる印象があると語ります。罪のない民間人が死に、凄まじい理不尽と暴力が大規模に起きている以上、本質は戦争でしかないと考え、動画も本のタイトルも「ウクライナ戦争」で統一したといいます。
開戦から10月まで、戦況はどう動いたか
コテンラジオのウクライナ編の配信から時間が空いたため、楊さんがリスナー向けに開戦以降の経過を整理しました。豊島さんはこの整理について「今振り返っていただいた通りだと思います」と認めています。
楊さんの整理によると、2月24日にロシアの侵攻が始まり、3月22日ごろにキーウへの侵攻が最高潮に達しました。その翌日からロシア軍の撤退が始まり、キーウは陥落しないという空気が出てきます。
撤退した地域のひとつブチャ ── ウクライナの首都キーウ近郊の町。ロシア軍の撤退後、多数の民間人の遺体が見つかり、国際的な非難を集めましたでは、ロシア軍による虐殺が明らかになっていきました。ベラルーシ側から北部に侵攻したロシア軍は、4月中に完全に撤退したといいます。
一方で東部と南部の戦況は厳しく、4月にはドンバスでの戦いが激化し、5月にはマリウポリ ── ウクライナ南東部、アゾフ海に面した港湾都市。長期間の包囲戦の末にロシア軍に制圧されましたが陥落します。7月にはルハンシク州でのウクライナ軍最後の拠点リシチャンスクが攻略されました。
楊さんは、8月から風向きが変わったと続けます。ウクライナは8月に南部ヘルソン州で奪還を始め、9月には東部ハリコフ州でも奪還を開始し、戦況はウクライナ有利だと報じられるようになりました。
同時にロシアは政治的な動きを強めます。9月21日に部分動員を発表し、23日にはウクライナ4州でロシア編入のための住民投票を始め、30日には東南部4州の併合を宣言しました。
楊さんのまとめでは、ウクライナは北部を回復したあと東部と南部でも反攻に転じ、軍事的には有利になっています。ただしロシアは、占領しているウクライナの領土を政治的に編入しようとしている、というのが10月までの構図です。
「強いロシア軍」のイメージはなぜ崩れたのか
楊さんは、ロシアはすごく強い国だと思っていたと切り出し、豊島さんも「僕もそんな印象があった」と応じます。3月にはウクライナ全土が掌握されそうな勢いだったのに、ウクライナは思いのほか抵抗している、というのが楊さんの所感でした。
なんかロシアってすごく強い国だと思ってたんですね、やっぱり。
豊島さんは、数年前にイギリスのフィナンシャル・タイムズが、ロシアとウクライナが戦争になってもウクライナは簡単に勝てる相手ではない、という趣旨の記事を載せていたことを紹介します。正確にいつの記事かは思い出せないと断ったうえでの話です。
背景にあるのは冷戦期の歴史です。ソ連を中心とするワルシャワ条約機構 ── 冷戦期にソ連と東欧諸国が結んだ軍事同盟。NATOに対抗する東側陣営の軍事的な枠組みで、1991年に解体されました軍は通常戦力で世界最強とされ、NATO側は戦術核を使わないと勝てないのではと言われた時代もありました。その大きな一翼を担っていたのがウクライナ軍だったと豊島さんは説明します。
ただし、ウクライナはその後財政難で軍事予算が削られ、2014年にはハイブリッド戦争 ── 正規の軍事作戦に、情報操作やサイバー攻撃、身元を隠した部隊など非軍事的な手段を組み合わせて行う戦い方によってクリミアを電撃的に奪われています。豊島さんによれば、この成功体験から、ロシアには今回もあっさりいけるという読みがあった可能性があります。
西側の軍事当局者やインテリジェンスの世界でも、キーウは数日から2週間で陥落するという見立てがあったといいます。豊島さん自身も1月の解説でキーウ陥落もあり得ると話しており、「完全に見誤っていた」と振り返りました。
もう1つの理由が、ロシア軍そのものの弱さです。豊島さんは元自衛隊の関係者なども含め、作戦の進め方やロジスティクスの杜撰さに多くの人が驚いていると話します。
全面侵攻
約17、8万の兵力を全土に投入し、戦力が分散した
数的優位の喪失
本来なら4対1で戦えるはずが、各地で1対1の戦いになった
兵站の破綻
伸びきった補給線に弾薬や食料が届かなかった
結果
マネジメントができず、世界の軍事関係者も驚く弱さを見せた
豊島さんは、ロシアが強く見えていた理由にも触れます。国土の大きさ、プーチン大統領の強そうな雰囲気、核兵器、定期的な軍事パレード、ハリウッド映画的なイメージが重なり、さらに内部が見えにくい国ほど強く見えるといいます。
対照的に、民主国家は党派の駆け引きや軍内のいじめ、ハラスメントなどの問題が透明性ゆえに見えるため、あまり強そうに見えないと豊島さんは指摘します。ロシアはどこか過大評価されており、本当の実力は戦場で証明された、というのが豊島さんの見方です。
ロシアの目的は何で、戦争はどうなれば終わるのか
樋口さんは素人目線の疑問として、ロシアが何を目的に全方向から攻めたのかがわからないと尋ねます。首都を取りたかったのか、領土を広げたかったのか、それとも別の目的があったのかという問いです。
豊島さんの答えは、そもそもロシアの戦争目的が明らかになっていないというものでした。ロシアは、ロシア語系住民を「ネオナチ政権」から守るというざっくりした大義名分を掲げ、いまだに「特別軍事作戦」と呼び、何を達成すれば終えるのかのラインも引いていないといいます。
豊島さんの推測では、最大の目的は首都キーウを掌握し、ゼレンスキー大統領を殺害または拘束して親ロシア的な政権を樹立することだったはずです。しかし首都北部の空港に特殊部隊を送り込むヘリボーン作戦も撃退され、誤算に続く誤算で、作戦目的すら見失ったような状態になったといいます。
敵を自国領土から追い出すという明確な目標がある。家族や大地を守る戦いで士気も高い
何を達成すれば帰れるのか分からない。極東の部隊までシベリア鉄道で遠く送り込まれている
樋口さんはさらに、ウクライナやNATO側も含めて、この戦争の終了条件は何なのかと問います。豊島さんによると、最も明確に言っているのはゼレンスキー大統領で、ロシア軍を自国領土から駆逐すること、最近ではクリミアの奪還まで掲げています。
一方でプーチン大統領が何をゴールにしているかは見えず、それが一番不確実な点だと豊島さんは言います。当初はドンバスからクリミアまでの黒海沿岸を陸路でつなぐ「ランドブリッジ」の構築が目的と言われ、ロシアはそこを死守しようとするのではないか、と豊島さんは見ています。
そこ(プーチンが何も言わないところ)がめちゃくちゃ不気味だと思ってて。
樋口さんは、ウクライナ側の条件がロシアの撤退である以上、戦争を終わらせる鍵はロシアにしかないのではと確認します。豊島さんは、ウクライナにはロシア領内に進撃する余裕はなく、ロシア国内のタカ派を刺激する作戦は取らないだろうと答えました。
ただし豊島さんは、ウクライナ側にも変数があると付け加えます。ウクライナ軍がどれだけ善戦してロシア軍を苦しめるかは、ロシアの意思決定に影響する大きな変数です。そのうえで、最終的に侵略をやめて引き上げるかどうかはクレムリンにかかっていると整理しました。
アフリカはなぜロシアを非難しないのか
樋口さんは、日本から見ると全世界がウクライナの味方に見えるが、豊島さんの本ではそれもバイアスのかかった見方で、ロシア側につく国もあると書かれていたと話を振ります。
豊島さんは、全世界を対象にした世論調査はないとしたうえで、一般の人々のレベルでは、ロシアの行為を明確な侵略でダメだと考える人が人類の多数だろうと述べます。ただし国家レベルでは、国連の非難決議に相当数のアフリカ諸国が必ずしも賛同していない事実があるといいます。
インドや中国はロシアから資源を安く買っているため敵に回したくない、という国際政治のリアリズムがあると豊島さんは説明します。アフリカについては、イギリスやフランス、ポルトガル、スペインに散々侵略され、国境線も勝手に引かれた歴史から、西側を冷めた目で見ている面があるといいます。
コテンラジオの調査チームも、アフリカの指導者たちの発言を集めていました。樋口さんと楊さんが読み上げたのは、次のような発言です。
- 南アフリカのズマ前大統領: ロシアが挑発を受けたと感じたのは当然
- ジンバブエの大臣: ロシアは解放闘争時代から信頼できる同盟国
- ウガンダ大統領の息子: プーチン氏は完全に正しい
楊さんは、日本で接する報道とはトーンがまったく違い、自分たちとは違う認知を持つ人が世界にいることに新鮮な驚きを覚えたと話します。自分たちの認知が正しいという前提で見ると、大きな間違いをするのではないかという感覚も抱いたそうです。
豊島さんは、アフリカが植民地から独立する際に武器や援助を与えたのが当時のソ連だったと説明します。ソ連にも勢力拡大の狙いがあり、国際政治では道義心だけで他国を助けることはほとんどなく、利害の結果としての結びつきが今の支持につながっているといいます。
さらに、欧米と仲がよくない国にとっては、ロシア寄りの立場を示すほうが西側との交渉でバーゲニングパワー ── 交渉において相手から有利な条件を引き出す力。交渉力とも訳されますを得られると豊島さんは指摘します。そこに「西側も植民地支配をしてきたではないか」という一定の論理的な正しさが混ざり合っているといいます。
それでも豊島さんは、21世紀の現行国際法秩序のもとで隣国に攻め込み領土を奪うことを正当化するのは、極めて正しくないと考えています。ジンバブエに対しても、隣国からいきなり侵攻されたら当然戦うでしょう、という問いが成り立つからです。
NATOの東方拡大がロシアを追い込んだという見方について、豊島さんは一定の説得力があると認めます。ゴルバチョフは冷戦後にNATOも解体してよいのではと言っていたうえ、ソ連封じ込めを主張した外交官ジョージ・ケナン ── 冷戦初期のアメリカの外交官。ソ連の膨張を封じ込める「封じ込め政策」を提唱したことで知られていますですら、拡大はやりすぎだと言っていたといいます。
豊島さんはイギリスの政治家の言葉として「国家には永遠の敵も永遠の味方もない、あるのは永遠の国益だけだ」を紹介し、楊さんは「すげえ言葉やな」と反応しました。ただし豊島さんは、NATOの拡大と隣国を侵略してよいかは別のロジックであり、侵略の正当化にはならないと強調しています。
楊さんが、NATO側は各国が賛同して入っただけだと表明していると補うと、豊島さんは旧東欧諸国がソ連に支配された歴史から、民主的で自由な「家」に逃げ込んだ面があると説明します。一方で、受け入れにもっと時間をかけてロシアに説明すべきだったという議論もあるといいます。
冷戦後についても、西側はIMFや世界銀行を通じて援助したのにロシアは立ち直らなかったと言い、ロシアは急激な規制緩和で「ジャングルの資本主義」を持ち込まれ大混乱に陥ったと考えています。豊島さんは、互いへの無理解と認識の掛け違いが今につながっており、どちらかを簡単に善や悪と決めつけるのは間違いだと述べました。
「みんなで風呂に入って話せ」は実現できるのか
樋口さんは、アフリカの主張を支持するわけではないとしつつ、日本で報道に接している自分たちがそれをあまりに知らないのは危険だと話します。ロシアやNATOがそれぞれどう考えているかを整理しながら動けたはずなのに、30年、40年それをしてこなかった結果が今回の戦争ではないか、というのが樋口さんの考えです。
もうなんか僕とかからすると、全員集まってなんか風呂でも入りながら話せやって思うんですよ。
樋口さんは、各国の首脳が相手はこう思っているだろうという推測だけで、話もせずに動いているのではないかと問いかけます。
豊島さんは、指導者は国民に選ばれており、その国民は「祖父母が相手に殺された」という恨みや、歴史教科書で学んだ被害の記憶を抱えていると説明します。指導者同士が一緒に風呂やサウナに入っても、国に帰れば「なぜあんなやつと仲良くするのか」と責められるといいます。
それでも豊島さんは、実際にみんなで風呂に入って仲良くしようとした例があるとして、EUを挙げます。ブレグジットがあっても崩壊しないEUの強さの根には、ヨーロッパが最も多くの血が染み込んだ大陸かもしれないという歴史があるといいます。
殺し合いの歴史
英仏の百年戦争、独仏の長年の憎しみ合いで数え切れない人が死んだ
共同管理
争いの種だった独仏国境付近の石炭や鉄鋼をみんなで管理しようとした
ECからEUへ
議会をつくり、国を越えた選挙や政党も組織されるようになった
到達点
あれだけ殺し合ったから、もうバカはやめようという認識にたどり着いた
ただし、そこにたどり着くまでには長い時間がかかったと豊島さんは付け加えます。人類史は、互いにどう共存するかを模索する歴史であると同時に、互いをどう殺し合うかの歴史でもあるといいます。
豊島さんは本の着眼点について、田中家、佐藤家、山中家にそれぞれの正義があるように、国にもそれぞれの正義があると説明します。まず互いの論理を知ることから始めようというのが、この本の出発点だといいます。
「被害者」の物語が国内をまとめるロジック
樋口さんは、国益が絡むと本音と建前が分かれ、建前に合わせたプロパガンダで民衆が誘導されることもあると指摘します。その結果、個人が思わされているのか自分で思っているのかがわからず、フラットに見ることが難しいと感じたそうです。
樋口さんはまた、本にもあった「全員が自分を被害者だと思っている」という話に触れます。被害者のほうが支援や賛同を集めやすいから、みんなが被害者になるというバイアスを前提に見ないと、正確に認識できないという考えです。
豊島さんは、国家間で正義がせめぎ合うだけでなく、国内でも指導者は「隣の国はけしからん、俺たちを攻めようとしている」と言ったほうが国民が結束すると説明します。プーチン大統領がウクライナを「ナチスと同じことをしている」と語り、ロシア国内にもそれを信じる人が相当いるのはその例だといいます。
豊島さんは、中国が反日感情を煽ることで国内を結束させるロジックにも触れます。そのうえで、日本でも北朝鮮や中国への敵対的な世論を煽れば国内が結束するというロジックは十分に起こり得る、と理解しておくべきだと述べました。誰が何の目的でその主張をしているのかを見ておく必要がある、というのが豊島さんの指摘です。
個人を押し流す国際政治の「大波」とは
楊さんは、豊島さんの話に何度も出てきた「国際政治のリアリティ」が、市民や庶民の感覚とは乖離していると感じたと話します。その乖離自体が難しさであり、自分たちで整理して認知し続けることが大事ではないかと考えたそうです。
樋口さんは、一旦冷静になることを全員が身につけておくことが重要だと応じます。誰かが説得力のある主張をしたとき、すぐに同調するのではなく距離を置いて俯瞰することが、民主主義の世界では一人ひとりに求められると話しました。
よっしゃ、そうだそうだ、絶対そうだじゃなくて、なるほど、一旦そういう意見があるということはわかりました。で、他には?みたいな。
(民主主義の世界では)全員我々自身が一人一人思うみたいなことがやらないと、それの代表になるわけだから、その国の代表っていうのは。
豊島さんはここで、人間の運命に最も大きな影響を与えるものは何かを語ります。日々の喜びや悲しみを左右するのは家族や職場、会社の業績や景気といった身近なものですが、何の落ち度もないのに運命を突然動かすのは国際政治だといいます。
恋人に振られても新しい恋人を見つけられるように、特に先進国では人は自分の力で運命をある程度切り開けます。しかし国際政治は、人が全くどうしようもない大きな力で人を押し流し、生きるか死ぬかまで決めてしまうと豊島さんは語ります。
豊島さんが例に挙げたのは、キーウや北部で普通に学校や会社に通っていた人々です。ある日突然父親が爆弾で死に、あるいは戦争に行き、学校にも行けず、ロシア軍が来るからポーランドへ逃げるしかない。隣人や友達の家族もいきなり亡くなり、生活がそこで断絶するといいます。
学校に通い、会社に勤め、自分の力である程度運命を切り開ける日常
家族や隣人が突然亡くなり、国外へ逃げ、生活そのものが断絶する
豊島さんは、国際政治の波は日本人にとっても無縁ではないと続けます。ウクライナ戦争だけが原因ではないとしつつ、生活費やガソリン価格の上昇、出張の中止、コロナをめぐる各国の検疫対応でヨーロッパ留学の夢が消えたことなども、国際政治の流れが生んだものだといいます。
平和のうちに生きていると当たり前すぎて、国際政治のリアリティはなかなか感じられません。豊島さんは、牙をむけば日本人の運命も変えてしまう国際政治を考えるきっかけとして、今回の戦争を1つの教訓にしなければならないと語りました。
楊さんはこの話を受けて後編に展開したいと述べ、前編はここで締めくくられます。
まとめ
前編では、豊島晋作さんがこの事態を「戦争」と呼ぶ理由から始まり、開戦以降の戦況、ロシア軍の誤算、見えないロシアの目的、アフリカ諸国の立場、そして国際政治が個人の運命を押し流す現実までが語られました。立場ごとの論理を知りつつも侵略は正当化できない、という豊島さんの姿勢が一貫していた回です。
- 豊島さんは「意図」と「能力」の考え方から、侵攻前の1月の時点で「ウクライナ戦争のリスク」を指摘していた
- ロシア軍は全面侵攻による戦力分散と兵站の破綻で弱さを露呈し、戦争目的もいまだ明確にしていない
- アフリカ諸国がロシアを非難しない背景には、ソ連による独立支援の歴史と各国の国益がある
- 国家にはそれぞれの正義があり、指導者は「被害者」の物語で国内を結束させるため、誰が何の目的で語っているかを見る必要がある
- 国際政治は平和な時には実感しにくいが、ある日突然、大勢の人の運命を一度に変えてしまう


