最強の将軍ブラウンシュヴァイク公は、なぜパリを前に引き返したのか?
前回までのフランス革命編では、王様の王権が停止したところまでが語られました。その裏では、フランスと周辺国との戦争が並行して進んでいます。
深井さんによると、オーストリア側にはブラウンシュヴァイク公 ── 神聖ローマ帝国の諸侯ブラウンシュヴァイク公国の君主。18世紀後半を代表する名将の一人とされ、対フランス連合軍の司令官を務めましたという最強の将軍がいました。フランス軍は負け続け、要塞を次々と落とされ、ブラウンシュヴァイク公はパリのすぐ近くまで迫ってきます。
マジで強えんですよ、この人(ブラウンシュヴァイク公)。もう、なんか泣く子も黙るブラウンシュヴァイク公みたいな感じで。
ところがブラウンシュヴァイク公自身は、実はあまり戦う気がありませんでした。穏便に着地させようかという程度の構えでしたが、以前のオーストリア側と同じように「王様に手を出したらパリを壊すぞ」という脅しをかけ、フランス側はそれをまた真に受けます。
ここでフランス軍には「確変」が起きていたと深井さんは話します。自分たちの住むパリまで攻め込まれ、まさに窮鼠猫を噛むような状態になっていたのです。
フランス軍が強くなった背景として、深井さんはいくつかの条件を挙げます。共和制のもとで優秀な者は身分を問わず出世できる体制があり、兵はイデオロギーを軸に全国から集まり、しかも崖っぷちの背水の陣でした。
基本キレてる。
ブラウンシュヴァイク公の目には、銃を構える正規軍に対し、剣に帽子を載せて回してみせるフランス兵が異様に映りました。戦えば犠牲が出ると感じたうえ、キャリアの最後を失敗で終わらせたくない思いもあったといいます。
さらに遠征の距離が長く、途中に兵を置いてきたせいで軍は縮小し、食料の問題も抱えていました。こうした事情が重なり、ブラウンシュヴァイク公は戦略的撤退を選びます。
もともとやる気がない
穏便に着地させるつもりで、軽く戦って帰ろうという構え
フランス兵が異様
追い詰められたフランス兵の様子を見て、戦えば犠牲が出ると判断
遠征の消耗
長い距離で兵が減り、食料の問題もあった
戦略的撤退
長期戦は不利と見て、一度引くことを決めた
フランス軍からすると、ほとんど戦わずに敵が引いたため「自分たちの力で追い返した」ように見えました。この勝利でフランス軍は大きな自信をつけ、この後強くなっていきます。
これは人間のね、あれですよ。本質ですよ、これ。
自己肯定感ですよ。
1票で歴史が変わる、ルイ16世の死刑判決
攻めてきた軍を追い返し、王権も廃止したフランスですが、ルイ16世はまだ生きていました。ルイ16世はタンプル塔 ── パリにあった中世の塔。革命期には国王一家の幽閉場所として使われましたに幽閉されており、その処遇を議会で議論することになります。
この議論で前に出てくるのが、ロベスピエール ── フランス革命期の政治家。弁護士出身で、後にジャコバン派の指導者として恐怖政治を主導した人物として知られますと、その右腕のサンジュストです。深井さんによると、サンジュストは25歳ぐらいの中性的なイケメンで、ロベスピエールは当時30代前半、弁護士出身で正義感がとても強い人物でした。
議会では、以前の憲法に王は神聖不可侵とあることを根拠に、処刑はできないと主張する人たちもいました。それに対してサンジュストは初めての演説で、王様である時点で死刑だと感情論をぶつけ、議会は大きく沸きます。
もう勢いで全部決まっちゃってるから、ちゃんと運営できてない。だから人権一番大事にしてる人たちが、そういうのを全然大事にできてないっていう面白い状況が起こってます。
革命側の考えでは、王様の存在自体が自分たちの掲げる平等に反する犯罪でした。そのため裁判も必要ないとされ、投票で処遇が決められます。
深井さんの説明では、わずか1票差でルイ16世の死刑が決まりました。エピソード説明では、この票差には諸説あるとされています。
深井さんはさらに、議員になっていたオルレアン公が死刑賛成に投じていた点を挙げます。オルレアン公が反対していれば国王は生き延び、王政の復活もたやすかったかもしれないと深井さんは見ています。
樋口さんはこれをバタフライエフェクトにたとえ、ちょっとした違いで歴史が変わると受け止めました。
死刑が決まっても動じない王に、マリー・アントワネットは何を見たのか
深井さんによると、ルイ16世は死刑が決まってもまったく動揺しない人でした。いいことが起きても悪いことが起きても、ずっと普通のままだったといいます。
マリー・アントワネットは、それまでルイ16世をひどく嫌っていました。15、16歳ほどで嫁いでから7年ほど夫婦関係がなく、優柔不断な性格もあって、ずっと軽蔑していたと深井さんは話します。
愛人を作って遊んでいたマリー・アントワネットでしたが、タンプル塔で幽閉されてからは、平静を保ち続けるルイ16世に尊敬の念を抱くようになります。
優柔不断な夫を軽蔑し、愛人を作って遊んでいた
幽閉されても誰に対しても態度を変えない夫に尊敬と愛情を抱いた
もう自分が追い込められた時に、ルイ十六世何も変わんないと。もう誰に対しても態度が変わらない。
ヴァレンヌ逃亡事件の影響もあり、国王夫妻は周囲から辛く当たられていました。それでも深井さんは、二人が最後にとても人間的に成長したと語ります。
当時の二人は30代で、樋口さんは「我々ぐらい」と驚きます。深井さんは、自分がちょうどロベスピエールぐらいの年齢だと付け加えました。
ルイ16世が改良したギロチンと、かき消された最期の言葉
国王一家は強い恨みを買っていたため、両親の処刑後、ルイ16世の子供はひどい虐待を受け、最後には亡くなったと深井さんは話します。楊さんは、その子がルイ17世だったと補足しました。
ルイ16世の処刑について、深井さんはギロチンにまつわるトリビアを紹介します。ギロチンの刃を斜めにするよう提案したのは、ルイ16世本人だったというのです。
ギロチンは苦しませずに命を絶つための人道的な処刑方法として作られました。人道的な処刑を推進していたルイ16世は、首がすっぱり切れるように刃を斜めにしたほうがいいと、制作の会議で発言したとされます。
その時にルイ16世が斜めにしたやつで本人が死ぬみたいな。
ルイ16世は処刑の直前、自分の死がみんなにとって良い結果になることを望むと語りました。しかし処刑する側にとっては恨まれる王でいてもらう必要があり、その言葉は太鼓の音でかき消されたといいます。
(ルイ16世は)太鼓とか叩いて。
処刑される前日に普通に寝てました。普通に熟睡。
マリー・アントワネットもつらい経験を経て、人間はつらいことを経験して初めて深みが増すといった話をするようになったそうです。エピソード説明によると、マリー・アントワネットもこの時期に処刑されています。
深井さんはこれを人間ドラマとして紹介し、樋口さんは人が変わる姿が見られるのは嬉しいと応じました。物語は次回、さらに新しい展開へ進みます。
まとめ
王権停止後のフランス革命は、敵の撤退を自分たちの勝利と受け取った勢いのまま、法より感情で国王の死刑を決めるところまで突き進みました。その渦中で、動じないルイ16世と変わっていくマリー・アントワネットの姿が描かれた回です。
- ブラウンシュヴァイク公はやる気のなさや遠征の消耗から撤退し、フランス軍はそれを自分たちの勝利として自信をつけた
- サンジュストの感情的な演説を経て、ルイ16世の死刑は深井さんの説明で361対360、1票差で決まった(諸説あり)
- 幽閉されても態度を変えないルイ16世に、マリー・アントワネットは尊敬と愛情を抱くようになった
- ギロチンの刃を斜めにするよう提案したのはルイ16世本人で、そのギロチンで自身も処刑された





