マッキンゼーからiモードまで、13職目の経歴とは?
コテンラジオの番外編に、IT評論家の尾原和啓さんがゲストとして招かれました。本編のシリーズを収録している最中でしたが、急遽出演をお願いすることになったといいます。
樋口さんが読み上げた尾原さんのプロフィールは、とても1人分とは思えない量でした。京都大学大学院で人工知能を研究したあと、マッキンゼー、Google、iモード、楽天の執行役員、2回のリクルートなどで事業立ち上げと投資に携わり、現在は13職目だといいます。
経産省の対外通商政策委員や、産業技術総合研究所の人工知能センターのアドバイザーなども務めてきました。シンガポールとバリ島を拠点に活動し、TEDの日本オーディションやBurning Japan ── アメリカの砂漠で開かれる参加型イベント「Burning Man」の日本版として行われているイベント。参加者が自ら表現や場をつくる文化で知られていますにボランティアで関わるなど、西海岸の文化事情にも詳しい人物です。
著書『アフターデジタル』は11万部、『モチベーション革命』は2018年にAmazon Kindle Unlimitedの年間1位を獲得しました。近著の『プロセスエコノミー』は予約の段階でAmazon書籍総合ランキング1位となり、発売前から1万部の増刷が決まっていたそうです。
僕も久しぶりに、もう一気に集中して読めた本に出会った感じですね。
ちょっとどうします?あと3回ぐらい(プロフィールを)読み上げます?みんなついてこれてます?
あまりの経歴の多さに対して、尾原さん自身は「インターネットのプラットフォームの始まりの歴史のところを転々としてきた人」と一言でまとめています。
樋口さんは、10代のリスナーにはiモードがピンとこないかもしれないと補足しました。尾原さんによると、iモードは携帯電話でインターネット的な情報を取れるようにし、なにより絵文字入りのメールを簡単に打てるようにしたサービスでした。樋口さんは、今のスマートフォンにつながると言っても過言ではない仕事だと受け止めています。
「予言っぽい」アドバイスはどこから来るのか
深井さんと尾原さんの出会いは、共通の知り合いである出版社の方の紹介でした。六本木ヒルズのおしゃれなレストランで食事をしたのが始まりだといいます。
尾原さんの側は、深井さんにずっと会いたかったと話します。ベンチャー界隈ではコテンラジオを聴いていない人は「モグリ」と言われるほどで、時代を変えようとする人間は、時代がどう変わるのかを知らなければいけないからだと説明しています。
深井さんは、知り合って以来、事業についてのアドバイスを継続的に受けてきたそうです。その洞察の深さを言葉にしようとして、思わず自分の名前に引っかけたダジャレになってしまいました。
本当に何て言うんですかね、もうインサイトの深さが深いって言ったら表現が浅くなるぐらい深い感じで。言語表現できない。
浅いと深いとそれ(の話を)喋ってるのが深井さんなんで、ちょっともうむずいな。
尾原さんが経営者にコテンラジオを勧める理由は、事業と歴史の変化の起き方が似ているからです。尾原さんによると、時代の必然性の準備が整ったところに個性のある英雄が現れ、その掛け算で変化が前倒しになり、ある地点で特異点が生まれます。これはスタートアップにも歴史にも共通する構造だといいます。
尾原さんは、iモードの立ち上げ、リクルートの紙からネットへの移行、Androidの立ち上げ、日本のベンチャーのグローバル化など、技術の必然性が高まる場面の裏方をプラットフォーム側からずっと担ってきました。そのため、相手の個性と時代の必然性を掛け合わせると、選択肢はこれくらいに絞られる、という見立てができるそうです。
なんかね、具体的に言ってもあれだけど、(尾原さんから)もらったアドバイスが後で現象として起こるんですよ。
予言っぽいんですよ。ちょっとなんかすげえなと。
初対面の5分でコミュニケーションを変えた理由
楊さんは、尾原さんが初めて深井さんに会ったときの印象を尋ねました。深井さんは照れながらも、その答えを聞くことになります。
尾原さんは、番組であれだけ深い話を堂々と話す深井さんは、アドリブ型の人だろうと想像していたそうです。ところが実際に会うと、相手が出したキーワードを自分の中で発酵させてから、よいものにして出してくるタイプでした。そのため、最初の5分間でコミュニケーションのやり方を変えたといいます。
全然気づいてないそれ(話し方を変えられたこと)を。
尾原さんは、3人それぞれとの話し方も明かしました。樋口さんは典型的な丁々発止のアドリブ型なので、ネタをポンポン投げてコールアンドレスポンスで返してもらいます。楊さんはいじられる中で力を発揮し、ありえないものを出してくれるタイプなので、初対面からいじる口調で話していたそうです。
一方で深井さんには、種を多めに、少し遠めに置いておくのだといいます。すると深井さんがそれを拾ってつなぎ、思いがけない形にしてくれるのが楽しいのだそうです。
今まで聞いた深井君の評論の中でめちゃくちゃ刺さりました。
ここで尾原さんは、深井さんが感じていた「予言っぽさ」の正体を説明します。尾原さんは深井さんがつないで星座にしそうな星を置いているだけで、深井さんがそれを星座にし、星座には物語が生まれる。その物語の中で深井さんが自分から動くので、予言が当たったように見えるのだといいます。
尾原さんは、こうした働きを「コンステレーション ── 英語で「星座」を意味する言葉。心理学者ユングは、一見無関係な出来事や心の要素が意味のあるまとまりとして配置される状態を指してこの語を用いました」と呼び、ユング心理学の言葉だと紹介しています。
だから予言っぽくなるんだ。
どの文化圏とも話せる「越境者」はどう生まれたか
深井さんが尾原さんをすごいと感じる点の1つは、あらゆる領域に精通し、本当にいろいろな人と話していることです。樋口さんも、各分野のトップクラスのプロと対等に話していると続けます。
尾原さんは、前日にも東京大学の量子コンピューターの研究者と話していたそうです。深井さんは、賢い人や社会的に成功した人とも、コテンのような毛色の違う人たちとも普通に話せることに驚いています。
そうだよね、違う文化圏を行き来できるっていうことですよね。
だから全文化圏で会話ができてる状態ってことだと思うんですよね、それって。
その理由を問われた尾原さんは、「歴史は越境者が加速させる」と話し始めます。尾原さんは3歳のころから、自分はここにいてはいけない人間だと感じていたそうです。
ここにいてはいけないと感じるからこそ、まだ何も起きていない新しい場所のほうが居心地がよい、と尾原さんは説明します。新しい場所には、まだそこに馴染んでいない人ばかりが集まるからです。そのため、新しいものが立ち上がるところをずっと渡り歩いてきたといいます。
本の題材が幅広いのも、越境者としての役割と関係しています。経済本でありながら人間の成長を書いた『プロセスエコノミー』、中国で起きている新しい動きを扱った『アフターデジタル』、世の中を変える技術を扱うディープテック ── 大学の研究成果など、科学的な発見や高度な技術にもとづいて社会課題の解決を目指す技術や事業の総称ですの本、さらに東芝でデジタル戦略を統括する島田さんの本まで手がけてきました。
尾原さんは、新しい人の言葉を他の人に伝わる言葉に変換し、物語を紡ぐのが自分の仕事だと語ります。楊さんが「いまだに何をやっている人か説明できない」と言うと、尾原さんは6年前からバリ島とシンガポールに拠点を移し、企業へのアドバイスを中心に執筆や委員を務めているとして、自らを「フリーターみたいな感じ」と表現しました。
でも(尾原さんは)真のフリーターかもしれない。本当に。
変化の時代に人が欲しがるのは地図か、羅針盤か
樋口さんは、ずっと聞きたかった質問をぶつけます。ベンチャー界隈の人たちは、なぜコテンラジオやコテンという会社にハマるのか、という問いです。
尾原さんの答えは、変化の時代に人は地図より羅針盤を欲しがるというものでした。
尾原さんによると、正解が決まっている時代は目的地までの地図があり、どの道を選べば最短でたどり着けるかを競うゲームになります。しかし変化の時代は、大きな方向性は見えていても、海路なのか空路なのか陸路なのか、どう行けばたどり着けるのかがわかりません。
そのような時代に必要なのは、この方向に行ってはいけない、この方向のほうが筋がいい、と示してくれる羅針盤です。尾原さんは、手っ取り早い変化の時代の羅針盤こそが歴史だと話します。
目的地までの地図があり、どの道を選べば最短でたどり着けるかを競う
方向はわかっても行き方がわからない。進むべき方向を示す羅針盤が求められる
尾原さんの「羅針盤」のたとえを受けて、樋口さんは、過去から今への流れを知れば、未来の方向を点ではなく線で理解できるということだろうと言い換えています。
尾原さんはそれに同意したうえで、さらに大事な点を挙げます。右と左のどちらに進むべきか正解がない時代に、自分の楽しさや自分らしさが増すのはどちらか、時代を持続的に変えていく方向はどちらかを判断する材料が欲しい、という需要もあるといいます。
アンラーニングはなぜ難しく、なぜ歴史で学べるのか
変化の時代に羅針盤を得るために、尾原さんが最初に必要だと考えているのはアンラーニング ── 一度身につけた知識や価値観、成功パターンを意識的に手放し、学び直すこと。「学習棄却」とも訳されますです。尾原さんは、番組の教育をテーマにしたシリーズシリーズ名が好きすぎると話しつつ、この点を語りました。
尾原さんによると、戦後の日本人は、資本主義という便利でわかりやすく拡張できるパターンを手に入れてしまいました。そのため金融資本主義から抜け出すには、まず金融資本主義をいったん忘れる必要があります。しかし、成功体験があるからこそ、アンラーニングはとても難しいといいます。
アンラーニングってある意味学んだことを一回捨てるみたいなイメージですよね。
尾原さんは、コテンラジオはある種「アンラーニングの塊」だと言います。コテンラジオで語られる歴史は、前の時代が限界に来て、ほころびがあちこちに出ている場面から始まるからです。
例に挙がったのは織田信長です。尾原さんの説明では、地方で農耕がうまくいくようになったことで貴族による統治にほころびが生まれました。同時に、地方の生産性が上がったことで、侍を専業にでき、土地に縛られず動かせる兵をつくれる準備も整っていきました。
そこに、そうした選択をしなければ生き残れない土地に生まれ、しかも蛮勇を備えた織田信長が現れます。歴史の必然的な準備と英雄の個性の掛け算によって、貴族社会から武家社会へ、さらに戦国の動乱期へと時代が変わっていった、というのが尾原さんの見立てです。
時代の限界
地方の農耕が発展し、貴族による統治にほころびが出る
時代の準備
生産性が上がり、土地に縛られない専業の兵をつくれるようになる
英雄の登場
その選択をしないと生き残れない土地に、蛮勇の信長が生まれる
変革
貴族社会から武家社会、戦国の動乱期へと移り変わる
尾原さんは、コテンラジオの掛け合いもアンラーニングを助けていると話します。貴族時代の常識が限界を迎え、楊さんが鋭いツッコミを入れ、新たな人物が現れると樋口さんが「マジか」と乗ってくる。その流れの中で、リスナーはワクワクしながらアンラーニングできるのだといいます。
歴史コンテンツが溢れる中で、なぜコテンラジオなのか
樋口さんは、歴史のコンテンツは腐るほどあり、陳腐化したコンテンツと言ってもいいほどだと話します。そのなかで、なぜコテンラジオが聴かれているのかは、メンバーの間で長年の疑問だったそうです。
尾原さんの答えは「簡単ですよ」でした。他の歴史コンテンツは変化の点しか教えてくれない一方で、コテンラジオは、ある常識が次の常識に変わるビフォーアフターを、必然と英雄の個性という偶然の両方とセットで語っている。そういうものは意外とないといいます。
大河ドラマや塩野七生さんの小説もありますが、尾原さんは、長すぎて現代人には読みづらいところもあると指摘します。またドラマは英雄に注目しすぎるのに対し、コテンラジオは時代の構造変化への比重が高く、そのうえで英雄の個性があるから変化が起きてしまう、と描いているのが特徴だそうです。
めっちゃわかりやすかったけど僕これ。
樋口さんは、自分は番組をつくる側でありながら、コテンラジオの一番のファンであり、リスナーでもあると話します。樋口さんが魅力に感じているのは、英雄の個性も構造の中に入れて、人間はこういう構造の中ではこう振る舞う、と俯瞰して語る点です。
一人称目線じゃないんですよね、結構。神の目線で深井さんが全部を俯瞰して見てくれるっていうのが。
シンプルに多分社会科学なんでしょうね。
尾原さんは、それこそが羅針盤だと続けます。時代の構造変化という大きな分岐点に立ったとき、経営者が右と左のどちらを選ぶべきかを考える材料になる、という意味です。英雄がその個性ゆえにこう動き、その個性のせいでのちにこうなってしまう、という話まで含めて語られるからだといいます。
ホームページで僕同じことを一応言語表現してるんですけど、小原さんの今の表現の方が圧倒的にわかりやすかったから、そっちに変える。
この発言で深井さんは「小原さん」と呼んでいますが、尾原和啓さんのことを指しています。
英雄の物語が好きか、構造が好きか、その配合の違い
尾原さんは、ここまでの説明はベンチャー経営者がコテンラジオを好む理由だと断ります。一般のリスナーの場合は、英雄の個性に惹かれる部分と、時代の必然性の構造に惹かれる部分の配合が人によって違うはずだといいます。
尾原さんは、この点について、ビリギャルの坪田さんや編集者の垣内さんと対談するとよいと提案しました。
尾原さんによると、ビリギャルは、成績が底辺だった女の子が大学に受かるまでの個性のストーリーとして楽しまれる一方で、中には受験のノウハウも入っています。ドラゴン桜になると、受験の構造の説明が多めになるそうです。
選ばれた人が成長していく、エモい成長ストーリーに惹かれる
受験などの構造を知るノウハウに惹かれる
尾原さんは、より多くの人は英雄の個性の成分が強めなのではないか、と個人的な見方を述べています。深井さんはそれに対して、自分の中には抗いもあると明かしました。英雄の物語はドラマなどでみんながやっているからです。
深井さんによると、何パーセントかの確率である人たちが生まれ、ある場所に集まると、化学反応が起きてしまう。その背景がどうだったかをずっと説明しているのがコテンラジオなのだといいます。
深井さんは、マス向けにつくらなかったことがよかったのだろうと振り返ります。マス向けにすると、第1話の吉田松陰 ── 幕末の長州藩の思想家・教育者。松下村塾で高杉晋作や伊藤博文らを育て、安政の大獄で処刑されましたのように、その人物がどれほど面白いかの話になりがちだからです。
吉田松陰、やっぱ世界史通じてすごい面白い人だなと思ってて。あんなぶっ壊れた人なかなかいない。
樋口さんは、初期はテーマごとに語り口を変えていたと振り返ります。吉田松陰は人間ストーリー、スパルタは俯瞰、といった具合です。最近の織田信長のシリーズでは、尾原さんが言うように、信長本人が登場するまでに3回かけています。
深井さんはその理由として、記録がしっかり残っている人物とそうでない人物がいることを挙げます。自伝やバイオグラフィーが残っている人物なら、ドラマチックに語れるときは語りたいといいます。
尾原さんは、コテンラジオが英雄の弱さにも注目する点も魅力だと話します。ドラマは英雄を持ち上げ、恋愛や人間関係での弱さは描いても、ヒーローとしての弱さはあまり描きません。コテンラジオは、英雄にもダメなところがあり、たまたまそれがカバーされた、途中でボロが出始めた、という話までするからです。
ガンディがめっちゃ家族不幸にしたみたいな話めっちゃ好き。
深井さんは、吉田松陰の回のころから、偉人を神格化せずに語るスタンスをメンバーで共有していたと話します。よくよく勉強すると偉人はみんなやばい人たちで、社会にあまり適合できていないのでは、という結論に自然と至り、それをそのまま話そうとしてきたそうです。
なぜ変化の時代には「全員が経営者」になるのか
尾原さんは話を戻し、英雄の弱さも含めて学べることは、経営者が自分の羅針盤を鍛えるのにとても役立つと言います。さらに、変化の時代には全員が経営者にならなければいけない、と続けました。
尾原さんによると、時代のルールが決まっているときは、他人がつくったルールの中でゲームを一番うまく攻略できる人が強く、だから官僚がすごかったりします。一方、変化の時代には、自分でゲームのルールをつくり直せる人が生き残りやすいといいます。
他人がつくったルールの中で、ゲームを一番うまく攻略できる人が強い
自分でゲームのルールをつくり直せる人が生き残りやすい
多分会社員の方でも経営者マインドがないとってことですよね。
尾原さんは副業を例に挙げます。副業が認められているなら、会社員としての本業とサブの仕事をどう組み合わせるかというポートフォリオを考えることになり、それだけでも経営だといいます。
尾原さんは、個人が歴史の羅針盤を自分の中に持つことが大切だと話します。歴史は過去の常識を上書きしてきたものなので、自分が30年、40年うまくいってきたパターンもたまたまにすぎず、次はいかようにも上書きされる。それを楽しく学べるのだといいます。
今の自分が超信じてるその成功法則がどういう条件の下だとそれが機能するかっていうことを俯瞰して見れてるみたいな。
これが正しいのはこういう状況とこういう状況で、こういう社会だからだみたいな。そこがすごい大事だなっていう気がしてますね。
樋口さんも、成功体験については「自分が優れていたから」という結論になりがちなので、一歩引いて俯瞰的に分析するのが重要だと同意しています。
尾原さんは、日本は焼け野原から「東洋の奇跡」と呼ばれる躍進を遂げ、この50年の上り方は半端なかったと話します。ただ、時代にはまったからこそ、ルールが変わったときに過去のルールにしがみつき、次のルールに移れなくなる危険がある。尾原さんは、40代以上の日本人は全員コテンラジオを聴いたほうがいいとまで言いました。
『アフターデジタル』はなぜ日本に希望を示せたのか
尾原さんは、最近売れている自分の本は、すべてこのアンラーニングの法則で書いていると明かします。その例として、『アフターデジタル』の中身を説明しました。
『アフターデジタル』の出発点は、リアルにいるときも人はずっとスマホを見ている、という観察です。旅行では事前に予定を決めず、現地でスマホを見て行き先を選び、Instagramで一番映える場所に行き、店では食べログやGoogleマップのメニューを見て注文する。尾原さんは、リアルのインターフェースがすべてスマホになってきていると話します。
そうなると、ものの作り手とお客さんの関係が変わります。これまでは車を渡したら、その後お客さんとの接点はあまりありませんでした。尾原さんによると、テスラは購入後にアップデートで性能が上がったり、充電がよくなったり、自動運転が付いたりするといいます。
お客さんとは点でしか向き合えず、ものを売ったら終わり
ものを渡すのが始まりで、売ったあともつながり続ける中でいろいろなことができる
尾原さんは、この考え方が受け入れられた理由を日本の強みと結びつけます。日本のものづくりは、失敗せず安く高品質な「メイドインジャパン」として評価されてきましたが、今では中国製や東南アジア製と差がつかず、むしろ負けてきているといいます。
しかし、お客さんと線でつながると考えれば、もともとおもてなし大国である日本は、お客さんの先回りをすることで、アフターデジタルの時代にもう一度強くなれるのではないか。尾原さんがそう書いたところ、元経産大臣の世耕さんから、日本の進むべきデジタル化の道しるべだと評価されたそうです。
希望があるのがいいですね。
尾原さんによると、「お前はもうダメだ」と言われるとアンラーニングはしにくくなります。前の時代の成功方程式はダメになっているが、奥にあるおもてなしの精神を表に出せば次のゲームでも成功者になれる、と伝えると、人は喜んで次の冒険をしたくなるといいます。
性質は変わらないのに、時代によって価値が変わる
樋口さんは、コテンラジオで学んだ中国の話を思い出します。中国は官僚制が強固で完璧にできていたため、それによって栄えた時代もあれば、遅れた時代もあったという話です。
樋口さんが産業革命が中国で起きなかった理由に触れると、深井さんは、貴族の力が強かったためブルジョワジー ── 近代ヨーロッパで、商工業などで財をなした市民層。資本家階級を指し、産業革命や市民革命の担い手となりましたが育たなかったのだと補足しました。
それって多分中国ってずっと性質変わってなくて、変わってったのは環境で、環境が変わることによって同じ性質がメリットになったり、時にはデメリットになったりっていうのがあって。
だから何も変わってないのに、時代が変わると勝手に自分の価値が変わっていくっていう感覚があるっていうのが超面白い。
尾原さんは日本に当てはめて説明します。ものづくりの良さで勝てた時期がありましたが、ものづくりがハードウェアからネットの中のものづくりに移ると、日本は弱く、アメリカに大きく差をつけられました。
ただ、ネットの中のものづくりが一段落し、ずっと人と接点を持ち続ける時代になれば、日本のおもてなしの強さが立ち上がってくると尾原さんは見ています。インターネットが立ち上がってからの15年だけがネットのものづくりの時代だったので、アメリカにバトンを渡したが、ユーザーとつながり続けられればよい、という見方です。
深井さんは、日本の歴史は自己否定の歴史だと感じていると話します。外から来た情報をとても高貴なものだと思い、シリコンバレーで行われていることは自分たちより明らかにすごい、と受け止めてきたからです。
深井さんが今回の話をよいと思ったのは、アメリカのGoogleをみんなで真似しようという話ではなかった点です。自分たちの中にあるよいところを、今の時代にどう生かすかという視点を持てるからだといいます。
尾原さんは、これはコテンラジオの構成とも似ていると話します。時代の構造を把握すれば、その中で自分の個性が輝く部分がある、ということを伝えているからです。深井さんも、自分が教養を学んだほうがいいと言っている理由がまさにそこだと応じました。
リベラルアーツとは「時代の構造の上で奏でる技術」
尾原さんは、教養とはリベラルアーツ ── 古代ギリシャ・ローマに起源をもつ、自由人が身につけるべきとされた学問。のちに文法・修辞・論理・算術・幾何・天文・音楽の7科目にまとめられましたであり、自由になるための技術だと話します。ここでいう自由とは、好き勝手にふるまうことではありません。その時代にどんな構造が何を輝かせるのかを理解したうえで、自分が奏でることだといいます。
尾原さんは、古代ギリシャで音のハーモニーの理論をリベラルアーツとして学んだことを例に挙げます。どんな音楽が美しいかの理論がわかっていれば、自分が少し甲高い音を出しても、うまく乗せればハーモニーが生まれます。同じように、時代の変化という構造を理解していれば、自分なりの歌い方や体の動かし方でも、時代にハーモニーを重ねていけるといいます。
ちょっと表現がロマンチック。
成功体験に縛られてるっていうことが逆に不自由な状態っていうことですね。
尾原さんはここから、本題の『プロセスエコノミー』につなげます。『アフターデジタル』は、よいものを出すことを起点に、その後ユーザーとつながり続けるおもてなしの世界が来る、という本でした。一方『プロセスエコノミー』は、そもそもよいものではもう稼げなくなった現実を認めよう、という本だといいます。
尾原さんによると、インターネットが良くなりすぎ、メーカーの性能も上がりすぎたため、よいものをつくってもすぐに同じような高性能なものであふれてしまいます。差別化ができず、ヘトヘトになる安さの勝負になってしまう。尾原さんは、コンビニスイーツがこんなに美味しくて安い国はない、と例を挙げました。
ここで樋口さんが、本題のプロセスエコノミーに入る前に盛り上がりすぎて前編が終わってしまうと気づきます。尾原さんは、ストーリーラインを変えないようにしながら、ようやくプロセスエコノミーまでたどり着いたと笑いました。
今日これ(プロセスエコノミー)を話すつもりで今日来たのに。
深井さんは、次回でプロセスエコノミーの話をじっくり聞きたいと締めくくりました。前編は、その本題に入るための土台となる、歴史とアンラーニングの話で終わっています。
まとめ
前編では、尾原和啓さんの越境的な歩みを入り口に、変化の時代に歴史が羅針盤として役立つ理由が語られました。時代の必然性と英雄の個性の掛け算として歴史を見ること、成功体験を手放すアンラーニング、そして自己否定ではなく強みを捉え直す視点が、次回のプロセスエコノミーの話につながっていきます。
- 尾原さんは、変化の時代には地図よりも羅針盤が求められ、その手っ取り早い羅針盤が歴史だと話しています
- コテンラジオは、時代の構造変化と英雄の個性の両方をセットで語る点が、ベンチャー経営者に支持される理由だとされています
- ルールを自らつくり直す必要がある変化の時代には、会社員を含めて全員が経営者の視点を求められると尾原さんは見ています
- 『アフターデジタル』では、ものを売ったら終わりの関係から、売ったあともつながり続ける関係への変化に、日本のおもてなしの強みを重ねています
- 同じ性質でも時代によって価値が変わるという見方は、自己否定せずに次へ進むための考え方として語られました


