コロンビアから田川へ、4人目のスピーカーは誰?
「性の歴史」シリーズの第1回は、本編に入る前にゲストの紹介から始まります。以前、人類学の番外編に出演した室越龍之介さんが、株式会社COTENに正式に加入しました。
深井さんによると、COTENの調査はもともと深井さんと楊さんの2人だけで行っていたわけではありません。最澄と空海の回のころから、室越さんやメンバーの橋本さんたちにも手伝ってもらい、5人ほどで調べる分業体制になっていたといいます。
あのコテンって、もともと調査を僕とヤンヤンだけでやってるわけじゃなくて。
信長編や教育の歴史編もこの体制で作られてきました。今回の性の歴史も一緒に調べたことから、室越さんにスピーカーとして参加してもらうことになったそうです。室越さんはコロンビアから、収録スタジオのある田川まで来ています。
樋口さんと室越さんはZoomでは何度も話しており、オフ会や読書会のような勉強会も一緒に行ってきた間柄です。ただ、直接会うのはこの日が初めてでした。
ポッドキャスト業界では僕が熟練なんで。
なぜ「18歳以上推奨」のシーズンなのか
本編のテーマは「性の歴史、人類が紡いだ愛とセックスの物語」です。室越さんのデビュー回であり、4人での収録を試す最初の回でもあります。樋口さんは「ヘビーなテーマ」と受け止めつつ、素直にワクワクしていると話します。
深井さんはワクワクしてかまわないとしたうえで、注意を促します。今回は古今東西の性の扱われ方、規制やタブーを一通り調べた結果、聴く人の常識が揺らぐ内容になったといいます。
性の歴史をこうやって通しで聞いて、常識が揺らぐっていうのは、ちょっと他のやつに比べると生活が変わる可能性が高くなっちゃうんで。
そのため、このシーズンは18歳以上の視聴を強く推奨しています。18歳未満の場合は、保護者が先に聴き、子どもに聴かせてよいか判断してほしいと深井さんは呼びかけます。
深井さんによれば、卑猥な話をしたり性を揶揄したりするわけではなく、あくまで真面目な内容です。ただ、性は人が一定の社会規範の中で生きている領域であり、若いうちに性の常識が揺らぐとどんな影響があるかわからない、というのが年齢制限の理由です。
楊さんも、学術的に避けられないセクシャルな表現が多く出てくることを、もう1つの理由に挙げています。深井さんは、性は人格の根幹に近い部分なので、少し距離を置いて聴くくらいがちょうどいいとまとめました。
性欲の対象は本能か、それとも社会か
深井さんは、この回でいきなり結論から話します。性欲があることや、何に興奮するかは本能的・生物学的なものだと感じられがちです。しかし、性の歴史を調べると、その感覚が崩れていくといいます。
深井さんは、スパルタ編で話した例を挙げます。古代ギリシアでは男性同士のセックスがごく一般的でした。生物はもともとストレートだと考えていた深井さんにとって、この事実はそうではない可能性を示すものだったといいます。
さらに深井さんは、性欲の湧き方や「男性はこういうものに興奮する」といった現代の合意も、ほぼすべてが社会的に決まっているらしいと話します。
楊さんは、教育の歴史編で扱った子ども観と同じ構図だと補足します。昔の子どもは、お金や愛情をかけて育てる存在ではありませんでした。今の常識も社会が作った価値観の1つであり、性も同じだという指摘です。
樋口さんが「食う寝るセックスは本能だと思っていた」と言うと、深井さんは線を引きます。セックスすること自体は本能ですが、何を性欲の対象にし、何をしてよく、何をしてはいけないかは社会が決めているので、実はとても柔軟だといいます。
セックスをすること自体
性欲の対象、何に興奮するか、何をしてよく何をしてはいけないか
深井さんは具体例を次々に挙げます。ロマンティックな恋愛は、ベドウィン ── アラビア半島などの砂漠地帯で暮らしてきたアラブ系の遊牧民。ラクダやヤギの遊牧を中心に生活してきましたのように、はしたないものと見なす部族もあったといいます。騎乗位を強く禁じ、正常位しか認めない社会もありました。
女性のバストを性的なものとして隠す社会もあれば、露出している部族もあります。深井さんによれば、これは胸に限った話ではなく、体のほぼすべての部位が、社会によって性的な対象になりうるといいます。
友達に最近マスクの隙間からちらっと見える唇に興奮するって言ってる友達がいたんですけど、それもちょっと近いかもしれないですね。
一方で、深井さんは危険な例にも触れます。子ども同士の性行為を認める社会や、大人の男性と子どもの女性の性行為を長く許容してきた社会もありました。深井さんは、すべての社会で禁止されている性行為も、すべての社会で許容されている性行為もないと話します。
だからこそ深井さんは、性の常識がまだ形成されていない人には聴かないでほしいと繰り返します。過去の話を今の常識にしてはいけません。今の社会には今の規範と法律があり、楊さんも「それを破ってほしいという主張ではない」と念を押しています。
性はなぜ研究されてこなかったのか
深井さんは、性について語ること自体が歴史的に隠されてきたため、性の資料は少ないといいます。ただし、記録がないという意味ではありません。裁判資料などには「これはダメなこと」として記録が多く残っています。少ないのは、性というテーマで体系的に研究した成果です。
楊さんは、アカデミーの世界でこうした研究があまり評価されてこなかったと補足します。深井さんも、同性愛や性病の変遷を研究すると言っただけで偏見にさらされたり、色物扱いされたりすることがあったと話します。
性をテーマとしてまとめて研究する人たちが出てきたのはごく最近です。深井さんは、その研究者たちも今なお蔑視されている面があるだろうと見ています。
こうした事情から、深井さんは性を人類にとって非常にデリケートな領域だと位置づけます。そのうえで、セックスが私的な行為として扱われてきたことは、どの時代にもほぼ共通していると話しています。
人間はなぜ「ずっと発情期」なのか
人類の歴史に入る前に、深井さんたちは人間とほかの動物の違いを調べました。その結果、ほとんどの哺乳類は子どもをつくる目的以外のセックスをしていないことがわかったといいます。
例外として挙がったのが、ボノボ ── アフリカのコンゴ川左岸に生息する類人猿。かつてピグミーチンパンジーと呼ばれ、チンパンジーと近縁ですが別の種とされていますです。室越さんによれば、ボノボはコミュニケーションのために性行為をするとされています。深井さんは、イルカも生殖以外の目的で性行為をするらしいと付け加えました。
哺乳類の発情期は基本的に時期が限られています。人間はある意味で常に発情期にあたるため、ほかの動物から見るととても変わった動物だと深井さんは話します。人間が何のためにセックスをするのかは、まだはっきりわかっていません。
室越さんは、人間の特徴を整理します。人間はパートナーを持ち、長期的な関係の中で男女が共同で子育てをします。しかも、テリトリーを持つほかの動物とは違い、同じ年頃の異性が周りに大勢いる環境でパートナー関係を保っています。
室越さんによれば、人間はいつでも妊娠できる可能性がある一方で、そのタイミングが男性の側からはわかりません。多くの動物は、発情期になると尻や顔が赤くなるなどのシグナルを出しますが、人間にはそれがありません。
室越さんは、その背景として子殺しのリスクを挙げます。ライオンのように、ほかのオスの子どもを殺してメスを妊娠可能な状態に戻す動物は多くいます。人間にも同じリスクがあったとすると、女性は子どもを守るためにパートナーをつなぎとめる必要があった、という仮説が立てられます。
室越さんによると、進化生物学者や人類学者の説は大きく2つに分かれます。1つは特定の男性に「自分の子だ」と信じさせる説、もう1つは父親を特定できなくして子殺しを防ぐ説です。
妊娠時期がわからない男性と一緒にいることで、特定の男性に自分の子だと信じさせる
複数の男性と関係を持つことで、誰も自分の子ではないと言い切れず、子どもを殺せなくなる
室越さんは、ここで強く注意を促します。これは進化の過程でそうなったのではないかという話にすぎません。今の女性がそのように考えて行動しているわけではなく、その2つは混同されがちだといいます。
楊さんも、この説を現代の家族や女性の概念にそのまま当てはめるのは正しくないと続けます。深井さんも、この説には突っ込みどころが多い単なる仮説だとしたうえで、本で読める範囲では、ほかの有力な説はまだあまり出ていないと述べました。
性行為と妊娠のつながりはいつわかったのか
深井さんは、さきほどの説と少し矛盾する別の説も紹介します。紀元前9000年ごろになって、ようやく性行為と妊娠のつながりがわかってきたのではないか、という説です。
人間の妊娠期間は長く、性行為から出産まで約10ヶ月かかります。そのため、性行為と出産を結びつけて考えていなかった人々も、実際にいたらしいといいます。
このつながりに気づいたきっかけとして、深井さんは新石器時代の家畜化を挙げます。これも仮説ですが、牛や羊を飼って観察するうちに、オスとセックスしたメスが妊娠すると気づき、人間も同じではないかと考えるようになったというものです。
それまでは、女性が一人でに妊娠しているように見えていた時期もあったのではないか、と楊さんは話します。樋口さんも、妊娠する女性としない女性がいて、1回のセックスで妊娠するとも限らないので、理由がわからなかったはずだと応じます。
深井さんによれば、セックスを重ねると蓄積して子どもが生まれると考える人たちもいました。原始社会では集落の中で比較的自由にセックスが行われていたため、子どもを「みんなの子」と本気で考えていたケースもあったといいます。
だってこの子がどの父親だけを引き継いでいる、母親と父親だけの子だってわかんないじゃないですか。
楊さんは、子どもが生みの親に所有される必要性は、もともと薄かったのではないかと話します。インフラが整った今とは違い、当時は共同で子どもを育てることこそが子育てのインフラであり、子どもの生存率を上げたとする説もあるといいます。
楊さんは、その後の母系社会から父系社会への移行にも触れます。移行の理由には諸説ありますが、その1つが生産力の向上です。
富の余剰
生産力が上がり、社会に富が生まれる
所有と格差
富をそれぞれが所有し、格差が生まれる
相続の欲求
男性が、自分の財産を自分の子どもだけに継がせたいと考える
父系社会
子どもと親を紐づけ、父親の権力が強まる
樋口さんは、信長編で扱った家制度と似ていると反応します。楊さんは、親が誰かわからない状態から、パソコンのフォルダ分けのように子どもと親を紐づける方向へ、社会の力学が働いたのではないかと説明しました。
精液を飲む成人儀式から見える、性の神聖視
深井さんは話を戻し、子どもが生まれるメカニズムそのものは長いあいだ解明されていなかったと指摘します。セックスすると子どもが生まれることはわかっていても、精子と卵子の受精によって生まれると判明したのは19世紀ごろです。顕微鏡がなければ、そのしくみは確かめられませんでした。
深井さんは、この理解の変化が性の概念に大きく影響したと話します。近代医学が解明するまで、出産は神秘的な体験であり、神聖なものとして扱われていました。何が子どもを生む力を持つと考えられていたかによって、何が神聖視されるかも変わっていったといいます。
男性なしで生まれる感覚
女性が一人で妊娠しているように見える
女性器信仰
子どもを生む力を持つ女性器が神聖視される
男性の役割の発見
妊娠に男性が必要だとわかり、男性の権力が上がる
ペニス信仰
精液やペニスが神聖視されるようになる
楊さんは、財産の話よりも、深井さんが挙げた妊娠の理解の変化のほうが、父系化の最初の理由ではないかと話しています。
精液を崇拝する例として、楊さんはニューギニアのバルヤ族を紹介します。バルヤ族の成人儀式では、年長者の精液を飲まなければなりません。学者の解釈の1つは、男性は母親の胎内、つまり女性の世界で育ったため、男性性を取り戻すために年長者の精液を飲む、というものです。
楊さんによれば、同じニューギニアのサンビア族でも精液は魔法の物質として崇拝されていました。少年が一人前の男性になるために、年長の男性たちの精液を口にする儀式があったといいます。
深井さんは、サンビア族の儀式は性的行為ではなく宗教的な儀式だと確認します。楊さんも、精液を通じて祖先の霊を受け取るといった意味を持つ宗教行為だと説明しました。
深井さんは、性は社会規範の中でも最も強いタブーの1つであり、今の社会では完全に犯罪になる行為が、文化として次々に出てくると念を押します。別の社会の話として、今の社会を忘れずに聴くことが、このシリーズを聴くうえでの前提です。
一回忘れないと全員犯罪者に見えちゃうんだけど、その別の社会での話だというふうにして聞いてもらわないと。
次回は、メソポタミア、オリエント、ヘブライ人などの社会で性がどう扱われていたかを取り上げる予定です。収録の最後には、来る前は少しエロい気持ちになっていたけれど、まったくイメージと違ったという感想も出ていました。
まとめ
「性の歴史」シリーズの第1回では、性欲の対象やタブーのほとんどが、本能ではなく社会によって決められてきたという全体の見取り図が示されました。人間が常に発情期にある理由の仮説や、妊娠のしくみの理解が信仰や父系社会に影響した可能性を通して、性の常識が時代とともに大きく変わってきたことがわかります。
- セックスすること自体は本能でも、何に興奮し、何を禁じるかは社会ごとに大きく異なる
- 性は隠されてきた領域で、テーマとしての研究はごく最近まで進んでこなかった
- 人間がいつでも性行為をする理由については、マイホームパパ説とたくさんの父親説という仮説がある
- 妊娠のしくみの理解が、女性器信仰からペニス信仰への変化や父系社会化に影響したとされる
- 過去の性文化は別の社会の話として、今の規範や法律を忘れずに聴くことが前提になる





