保守的なユダヤ人家庭から、16歳でアメリカへ
前回はエマ・ゴールドマンのアナーキストフェミニズム、つまりアナーキズムとフェミニズムが融合した思想が紹介されました。今回はそのエマ・ゴールドマン自身について、もっと詳しく掘り下げる回です。
楊さんによれば、伊藤野枝はエマ・ゴールドマンの思想を自分の中に取り込み、彼女をロールモデルにしていきます。そのため、エマ・ゴールドマンの人生を語ることは、そのまま伊藤野枝の人生を語ることにつながると説明されます。
エマ・ゴールドマンは、皇帝がまだいた時代の帝政ロシアが支配するリトアニアで生まれました。当時最も差別されていたユダヤ人として生まれ、家庭はとても保守的だったといいます。
エマ・ゴールドマンの父親は「女に学問は必要ない」という考えの持ち主で、娘を早く結婚させようとしました。エマ・ゴールドマンはそれに反抗する日々を送っていたそうです。
家父長主義的な家庭から逃れるため、エマ・ゴールドマンは16歳でアメリカへ移民します。移民先では縫製工場で働き、朝早くから夜遅くまでミシンを踏み続ける過酷な生活だったと語られています。
ヘイマーケット事件、投獄、そして看護師へ
アメリカでもアナーキストが活動していた時代に、エマ・ゴールドマンが衝撃を受ける事件が起きます。楊さんが読んだ本には、証拠もなくアナーキスト4名が絞首刑に処されたと書かれており、これがヘイマーケット事件 ── 1886年にシカゴで起きた労働者集会での爆弾事件と、その後の裁判。アナーキストらが有罪とされ処刑され、公正さを欠いた裁判として知られていますです。
ヘイマーケット事件をきっかけに、エマ・ゴールドマンはアナーキズムに関心を抱きます。なぜ貧しい移民や自分のような女性が抑圧されるのかを、社会問題として解釈し、行動につなげる枠組みをアナーキズムから手に入れたと楊さんは説明します。
その後のエマ・ゴールドマンは、アナーキズムの集会やストライキなどの労働争議に参加し、闘争の先頭に立ちます。同時に、警察の迫害に常に追われる日々でもありました。
ニューヨークの失業者集会では、経営者が仕事もパンも提供しないなら「パンを奪ってしまえ、それが我々の神聖な権利だ」と訴えたといいます。この発言が暴力の扇動とされ、エマ・ゴールドマンは逮捕・投獄されました。
えー、激しいな。
楊さんは、この主張にはいろんな立場があってよいとしたうえで、当時の労働者が置かれていた状況は今とだいぶ違うという前提を踏まえたほうがいい、と補足しています。
エマ・ゴールドマンは反戦運動にも関わり、講演会で女性の避妊を取り上げて普及を試みるようになります。避妊の話が出てきた背景には、監獄で医師の助手として採用され、出所後に看護学校で資格を取り、看護師や助産師として医療の現場に入った経験がありました。
なぜアナーキズムだけではダメだったのか?
ここから楊さんは、エマ・ゴールドマンの思想の根幹に入ります。エマ・ゴールドマンの目的は女性を解放して自由にすることで、そのためにはアナーキズムとフェミニズムの両方が必要だったといいます。
エマ・ゴールドマンの根幹にあるのは、いずれ女性が解放されるという時間軸ではなく、今ここで女性にとって理想的な状況を作り出したいという考えです。深井さんは、この「今ここ」がアナーキズムの考え方なのかと確認しています。
それでもアナーキズムだけでは足りなかった理由の1つは、アナーキストのほとんどが男性で、女性はマイノリティだったことです。そのため、アナーキズムの活動の中では女性の利益が必ずしも優先されない構造ができていったと楊さんは説明します。
普通に考えたらそれはそうですね。マイノリティだから。
男性アナーキストの多くは、革命が起きて理想社会が到来すれば女性の問題も解決される、と考えていました。出産、避妊、生理、性別役割分担、家父長制といった女性特有の課題は、女性にとっては切実でも、男性アナーキストにとっては「ワンオブゼム」の優先度が低い問題だったといいます。
将来の革命で理想社会が実現すれば、女性問題もいずれ解決される
今困っているのだから、今ここで解決しなければならない
楊さんは、この構造には再現性があると指摘します。マイノリティの中にもさらにマジョリティとマイノリティが生まれ、属性を掛け合わせるほどマイノリティ性が際立ち、新たな差別や偏見を生むというフラクタル構造です。
例として挙げられたのが、1920年代のアメリカです。女性解放運動で女性が参政権を獲得した一方、同じ女性でも黒人女性の権利はなおざりにされたそうです。
これ永遠にありそうやな。
もう1つの理由、アナーキズムの師匠が求めたもの
楊さんは、属性が交差することで排除が生まれる考え方をインターセクショナリティ ── 日本語では「交差性」。人種、性別、階級などの属性が重なり合うことで、単独の属性では見えない差別や不利益が生じるとする考え方ですと紹介し、同じ構造がアナーキズムの中にも現れたと説明します。
アナーキズムだけではダメなもう1つの理由は、運動の中にも既存社会の男女関係がそのままスライドしていたことです。男尊女卑のような関係性が、自由を掲げる運動の内側でも保存されていたといいます。
エマ・ゴールドマンは、自分のアナーキズムの師匠のような人物と恋人になりました。しかし、その師匠が彼女に求めたのは性的な対象としての女性で、共に自由を求めて戦う同志だと思っていたエマ・ゴールドマンは強い違和感を覚えたそうです。
グラフでいうと、縦横線があって、4象限あって、アナーキズムであるないがあって、横軸が。
横軸がフェミニズムであるないがあって、これでいうと相手(師匠)はアナーキズムではあるがフェミニズムではない人やった。
楊さんもこの整理に同意し、2軸がちょうど交わったところにエマ・ゴールドマンがいたとまとめます。
「家庭を解体しよう」と説いた対等な愛
アナーキズムだけでは女性の問題は後回しにされ、運動内の男性と関係を結べば男尊女卑が駆動される。これがエマ・ゴールドマンの違和感の根底であり、フェミニズムとアナーキズムの両方が必要だった理由だと楊さんは説明します。
そこでエマ・ゴールドマンは、アナーキズムの包摂範囲を女性に広げ、まず家族や結婚に焦点を当てました。家庭を女性を抑圧する場と定義し、結婚と家庭という「神聖な領域」こそ女性の抑圧の根源だと主張したといいます。
楊さんは、これはあくまでエマ・ゴールドマンの時代の文脈での発言だと断りつつ、性や愛が抑圧にならない場を作ろうという主張だったと説明します。
エマ・ゴールドマンは経済の平等だけでなく、対等な愛も説きました。女性だけが一方的に男性へ愛を捧げる構造はおかしい、という問題提起です。
この考え方は伊藤野枝にも影響を与えています。男性と家庭を作ると自分が全部犠牲になって尽くす関係性を排除したい、というのが伊藤野枝のテーマでもあったと楊さんは語ります。
主流派フェミニズムへの疑問、「二重の重荷」と「機械人形」
一方で、フェミニズムだけでもダメだった理由として、エマ・ゴールドマンには当時の主流派フェミニズムが機能不全に見えていたことが挙げられます。女性の権利獲得や社会進出は進んだものの、実際はどうなのかと疑問を投げかけたのです。
アナーキストのエマ・ゴールドマンは、そもそも国家をあまり信用していませんでした。すでに腐敗している国家というシステムに女性が参政しても、どうにもならないのではないかという考えです。
さらにエマ・ゴールドマンの目には、当時の女性参政権運動は「女性はまず家庭を守る人」という前提の延長で政治参加を認めるものに映りました。既存のしきたりの上に立っているだけではないか、だから女性はまず家庭から解放されるべきだ、というのがエマ・ゴールドマンの主張です。
社会進出した女性たちは、外で働いたあと家でも家事と育児を背負わされ、心身ともに疲弊していました。エマ・ゴールドマンはこれを「二重の重荷」と捉えています。
うーん、この問題ね。全然今だにある議論ですよね。
楊さんによれば、社会で働くかどうかは選べても、家事育児からは逃れられません。そのため多くの女性は、どうせ重荷を背負うなら結婚して家庭にいるほうがマシだと考えたといいます。
選べないんですよね、事実上ね。
社会進出
外で仕事を得て経済的に自立できるようになる
帰宅後
家庭では古いしきたりが駆動し、家事育児を背負わされる
疲弊
仕事と家庭の両方の重荷で心身が消耗する
二者択一
家庭に入るか、恋愛や出産を避けて仕事に振るかを選ぶしかなくなる
逆に、仕事を重視して自由な恋愛や母親になることを避けた女性たちもいました。エマ・ゴールドマンは、仕事のために機械のように働くそうした女性たちを「機械人形」と呼んでいます。
それはそれでね。じゃあ自由なのかっていうと、難しいですよね。
法律ではない規範が心を縛る。「愛を取り戻せ」の意味
自由と独立を得たはずなのに、家庭の自由と社会の自由を両立できない。この状況から抜け出す鍵として、エマ・ゴールドマンは伝統、偏見、慣習に目を向けました。
伝統や慣習は法律で決められているわけではなく、内面化されて自分の心を縛っています。エマ・ゴールドマンは、女性の解放には古いしきたりからの規範を切断し、自分の心を新しく生まれ変わらせる必要があると説きました。
そのうえでエマ・ゴールドマンは、最も重要な権利は「愛し愛される権利」だと述べています。人として自由に人を愛し、人からも人として愛されたい、それが大前提ではないかという主張で、今回のエピソードタイトルの「愛を取り戻せ」もここから来ているそうです。
これでも難しいですよね。なんかもう刷り込まれているから、社会に完璧に。
政治とかだったら誰か責任者がいて、そこにリーチをすればいいみたいな、分かりやすいやり方がまだあるかもしれないですけど、文化やから。
だって現にこれ(規範の問題)今全然まだ解決できてないですからね、現代でも。
エマ・ゴールドマンは、女性が内面を解放すれば日常の思考が変わり、行為も変わり、日々の生活に新しい状況が生まれると表現しています。楊さんは、雲の上の話ではなく、身近な生活から変えていこうという主張だと強調します。
規範の切断
心を縛る目に見えない規範を断ち切る
思考の変化
日常的な考え方が変わる
行動の変化
思考に合わせて行為も変えざるを得なくなる
新しい状況
身の回りの生活に今までと違う状況が生まれる
深井さんは、男性に働きかけることが出発点ではない点がミソだと受け止めます。楊さんも、主流派フェミニズムが進めた制度改革の意義を認めつつ、エマ・ゴールドマンは女性の内心を縛る規範の破壊を訴えた、ラディカルでありながら生活に焦点を当てた思想だと評価しています。
「今ここでノーと言え」という現在志向
エマ・ゴールドマンの思想を家庭で本気で実践すると、既存社会への反逆と見られかねません。楊さんは、まさに伊藤野枝のように親族から嫌われ、世間から叩かれるような衝突が起きると説明します。
アナーキズムは、今ここで理想的な状況を作りに行く思想です。エマ・ゴールドマンにとってそれは、しきたりや習わしに対して今ここでノーと言えということでした。
楊さんは、この思想は未来志向ではなく圧倒的な現在志向だと言います。女性にとっての目の前の現実である結婚、家庭、恋愛、出産、育児の場でノーと言え、とエマ・ゴールドマンは強く訴えました。
なんかアナキズムってね、無支配主義っていうのが本質、本丸じゃないですか。それと今ここでって、その時間軸の話って相関性があんまないような。
今ここで感めっちゃ強いなっていう。なんか面白いですね。
ガンディーの塩の行進に見る「すでに自由であるかのように振る舞う」
ここからは、収録し損ねた部分を別途補足収録した内容です。楊さんは、今ここで理想状況を作り出すとは、すでに自由な社会に生きているかのように振る舞うことだと整理します。
権力構造やヒエラルキー、しきたりが存在しないかのように無視して、いきなり自由に振る舞う。未来の変化を悠長に待っていたら死んでしまうのだから、今自由に振る舞え、というエッジの効いたスタンスだと語られます。
イメージしやすい例として挙げられたのが、アナーキズムの文脈ではないと断ったうえでの塩の行進 ── 1930年、ガンディーがイギリスの塩の専売制に抗議して海岸まで行進し、自ら塩を作った運動。インドの独立運動の象徴的な出来事とされますです。イギリスの専売制で自由に塩を作れなかったインドで、ガンディーは法律を無視し、海岸まで行進して塩の塊を拾い集めました。
自分たちの塩を自分たちで取っているだけ、という振る舞いは、既存の権力や慣習に依存しない世界がありうるという可能性を世界に示します。それを見た別の人が刺激を受け、自分の場所で同じように振る舞い出すという循環が生まれると楊さんは説明します。
楊さんは、ガンディーの軸はサティヤーグラハ ── ガンディーが唱えた非暴力抵抗の思想。「真理の把持」を意味し、暴力を用いずに不正に抵抗することを重視しますでありアナーキズムではないと補足しつつ、塩を拾うシンプルな行動が非協力運動の合図になった点が同じだと述べます。
具現化
無支配という理想状況の一部を、自分の行動でいきなり実践する
可能性の提示
支配に依存しない世界がありうることを小さくても示す
波及
それを見た人が、自分の場所で同じように振る舞い出す
社会変革
サイクルが大きくなり、権力の集中や一方的な支配が排除されていく
まあそういう特徴としか言えないですね。
伊藤野枝が娘に「エマ」と名付けるまで
楊さんは、良い悪いや好き嫌いは別として、この時代にこうした思想が出てきたとまとめます。そして伊藤野枝は、エマ・ゴールドマンの思想を本で読んで強い衝撃を受けました。
伊藤野枝は「こんなふうに女性は生きていいんだ」と共鳴し、エマになりたいと思うようになります。後に生まれた娘には、エマという名前をつけたそうです。
もうそんなに分身のように。
伊藤野枝はエマ・ゴールドマンの人生を「なんという素晴らしい、そして生きがいのある人生だろう」と語っています。意思を無視された結婚を強いられ、自分を殺す規範にはめ込まれていた伊藤野枝にとって、最大の願いはただ生きがいが欲しいということでした。
エマ・ゴールドマンの思想は、伊藤野枝の苦しみや窒息するような感覚を受け止め、言語化してくれるものでした。楊さんは、キャッチャーのグローブにボールがバシッと収まったような出会いだったと表現します。
この先の伊藤野枝は、家庭、男女関係、仕事で悩みながらも、「今ここで理想的な状況を作り出す」というエマ・ゴールドマンの思想を軸に決断を重ねていくと説明されます。
なるほど。もう乗り移っちゃったんですね、エマ・ゴールドマンさんが。
次回は視点を青鞜に戻し、世間から猛烈なバッシングを浴びて崩壊していく中で、伊藤野枝がどう動いたのかが語られる予定です。
まとめ
エマ・ゴールドマンは、男性中心のアナーキズムでも、家庭を前提にした主流派フェミニズムでも女性は解放されないと考え、両者を掛け合わせました。その核は、内面化された規範を断ち切り、今ここの生活で自由に振る舞うという実践の思想で、伊藤野枝の生き方の軸にもなっていきます。
- エマ・ゴールドマンは家父長的な家庭から16歳で渡米し、ヘイマーケット事件を機にアナーキズムの活動家となった
- アナーキズムの運動では女性問題が後回しにされ、男尊女卑の関係もそのまま持ち込まれていた
- 主流派フェミニズムは家庭の役割を前提にしており、社会進出した女性に「二重の重荷」を負わせていた
- 解放の鍵は法律ではなく内面化された規範を断ち切り、今ここで「ノー」と言って自由に振る舞うことだった
- 伊藤野枝はこの思想に深く共鳴し、娘にエマと名付けるほどエマ・ゴールドマンをロールモデルにした




