修道院の財産は誰の手に渡ったのか
宗教改革シリーズの最終回は、プロテスタンティズムが広がったあとに何が起きたのか、そしてカトリック側がどう反応したのかがテーマです。深井さんは、良いことも悪いことも両方起こったと前置きします。
深井さんが最初に挙げた宗教改革の影響は、修道院がなくなっていったことです。修道院は財産として土地を持ち、農民に貸して耕作させていましたが、その財産を主権国家が没収するようになりました。
深井さんによると、修道院の財産を没収したことに宗教的な大義は正直あまりなく、立場が逆転し、お金に困っていた領主側が財産を欲しがった面が大きいといいます。没収された財産や経営の権利は、さらに売られていきました。
立場の逆転
プロテスタンティズムの台頭で、世俗の領主が教会より強くなる
財産の没収
お金に困った主権国家が修道院の財産を取り上げる
権利の転売
没収した土地や経営の権利がさらに売られていく
農民の困窮
金儲けだけを目的にする新しい持ち主が現れ、農民が困る
修道院の人々は、あくまでキリスト者として慈悲深くあるべき存在でした。一方で、売られた土地を手に入れた新しい持ち主には金儲けだけが目的の人もいたため、農民がかえって困る事態も起きたそうです。
本当になんていうか、ね、ルター(本人)はそんなこと考えなかっただろうなって思います。
カトリック内部から生まれた「腐敗の逆張り」
深井さんはシリーズの冒頭から、カトリックはただ腐敗していたわけではなく、内部に必ず純粋な人がいたと強調してきました。ルターもカルヴァンも、もともとはそうした純粋な人たちでした。
そしてカトリックの側にも、もう一人そうした人物が現れます。スペイン生まれのイグナティウス・デ・ロヨラです。深井さんは、日本ではあまり習わないものの、フランシスコ・ザビエル ── 1549年に日本へ来てキリスト教を伝えたイエズス会の宣教師。インドや東南アジアでも布教しましたのボスにあたる人物だと紹介します。
ロヨラが作ったイエズス会 ── 1540年にローマ教皇から正式に認可されたカトリックの修道会。教育と海外布教に力を入れ、現在も活動を続けていますを、深井さんは「腐敗の逆張り」と表現します。財産を全部放棄し、神のしもべとして布教に生きる組織だったからです。
もう誰からどう見ても腐敗してないんですよ。だって日本なんか誰だって行きたくないじゃん。
深井さんは、病院も薬もない新大陸や日本のような土地へ、死ぬかもしれないのに布教に行く組織だった点を挙げます。世俗的な得を何も求めず、宗教的なものに全振りした純粋な情熱の人たちが、カトリックの中から出てきたというわけです。
軍人から信仰へ、ロヨラの全振り人生とは
イグナティウス・デ・ロヨラは、スペイン貴族の家にロヨラ城で生まれ、最初は職業軍人になりました。しかし戦場で大砲の砲弾を受けて右足が粉砕され、軍人を続けられなくなります。
ロヨラは病院で回復を待つ間に、イエスの敬虔な弟子になることを決意しました。樋口さんはこれを、これまでのシリーズでも見てきた宗教者の「稲妻パターン」だと受け止めます。
深井さんも、クリスチャンの人に話を聞くと「いきなり確信した」と言っていたことを思い出し、信仰の転機は本当に急に来るのかもしれないと話します。
ロヨラ自身の言葉によれば、世俗的な事柄に夢中になっていたときは大きな快楽を味わっても、やがて飽きて虚しくなったといいます。ところがキリストの聖人伝を読むうちに、心が大きく安らいだそうです。
ロヨラがルターたちと違うのは、カトリック教会のしきたりに完全に服従することに平和を見出した点です。深井さんは、自分の目で黒と見えても教皇が白と言えば白、という姿勢だったと説明します。
聖書に照らしてローマ教会のあり方を問い直し、結果としてプロテスタンティズムを生んだ
カトリック教会のしきたりへの完全な服従に平和を見出し、教皇に忠実な組織を作った
その後ロヨラは聖マリアの姿が見えるといったビジョンを見るようになり、性欲も完全になくなったといいます。モンセラート修道院で徹夜の祈りを重ねるうちに、自分の中に霊的な力があると感じ始めました。
無一文のエルサレム巡礼はどうなったのか
深井さんが面白いと感じたのは、ロヨラの謙虚さです。ビジョンが見えることで自分を選ばれた人間だと思い、虚栄心が残っているのではないかとロヨラ自身が悩んだのです。
ロヨラはその悩みを解決するため、エルサレムへの巡礼を決めます。ただし、お金は1円も持たず、乾パンだけを持って無料で乗せてくれる船を探しました。
神がエルサレムに行くための手段っていうのを与えてくれるはずだって思ってるんですよ。彼(ロヨラ)は。
ロヨラはまずローマへ行き、物乞いをしながら何度か死にかけます。周囲は当然反対しましたが、お金を集める特別な努力はあまりせず、金持ちに会ってお金をもらいながら旅を続けました。
結局、イスラム勢力がいて危険だったため、ロヨラはエルサレムへ行くことは叶わなかったそうです。その後、ベネチアから歩いてバルセロナを目指しました。
その道中で、ロヨラはカール五世 ── 16世紀の神聖ローマ皇帝で、スペイン王も兼ねた人物。フランスとイタリアの覇権を巡って何度も戦いましたとフランソワ一世 ── 16世紀のフランス王。カール五世と長く対立し、イタリア戦争を戦いましたの戦争に遭遇します。両軍の間を普通に歩いていたためスパイと疑われて連行されましたが、話を聞いた側に頭がおかしいと判断され、釈放されたといいます。
勉強の苦しさを修行に変えた37歳の大学生
エルサレムに行けなかったことも、ロヨラは神の意思だと考えました。そして人々を救済しなければならないという大前提のもとで理由を考えるうちに、自分は勉強が足りないと気づきます。
当時のロヨラは、ラテン語を自由に読み書きできませんでした。しかも勉強はそこそこ苦手で、暗記がすごくしんどかったそうです。
すっごいしんどかったんだけど、そのしんどさの中に喜びを見出すんですよ。
ロヨラにとって、勉強のしんどさはそれ自体が修行でした。新しいことがわかり、魂のことについて理解が進む感覚がとても気持ちよかったといいます。深井さんは本筋とはあまり関係ないと認めつつ、面白かったからこそ紹介したと話します。
ロヨラは37歳で大学生になり、パリの大学へ向かいます。カール五世とフランソワ一世の戦争中で多くの人に止められましたが、ロヨラにはあまり関係ありませんでした。
パリで人文主義や神学を学ぶ中で、ロヨラは後の同志となるピエール・ファーブルやフランシスコ・ザビエルと出会い、神への献身と奉仕を誓い合いました。
7人から1500人へ、「イエスの軍隊」の広がり
勉強を一旦終えたロヨラは、志を同じくする仲間とイエズス会を作ります。最初のメンバーはわずか7人で、ロヨラ、ピエール・ファーブル、ディエゴ・ライネス、アルフォンソ・サルメロン、ニコラス・ボバディリア、フランシスコ・ザビエルらでした。
深井さんは、7人のベンチャーが1500人規模まで成長したようなものだと表現します。イエズス会はローマ教皇にも認められ、ローマ教会の正式な機関として認定されました。
イエズス会は、上の言ったことは絶対に守るという規則を持つ、中央集権的な修道会でした。深井さんは、作り方がプロテスタンティズムとはまったく違うと指摘し、超厳しい軍隊のような組織だったと説明します。樋口さんも、イエズス会の名前自体がイエスの軍隊という意味らしいと補います。
イエズス会は大学で軍人のような聖職者を育て、プロテスタント化した地域をカトリックに戻すなど、プロテスタントの強力なライバルになりました。
ルターの時代にはイエズス会がまだ台頭しておらず、ライバルとの競争はあまりありませんでした。一方でカルヴァン派はイエズス会と同時期に活動していたため、両者は強い競争関係にあったと話されています。ルターとカルヴァンの外部環境の違いの一つです。
ローマ教会自体も同じ時期に自己変革を進めました。華やかすぎる飾りや服装を控えたり、聖職者の腐敗を内部で取り締まったりしたそうです。
宗教改革は第一次世界大戦までどうつながるのか
深井さんは、イエズス会の誕生や三十年戦争 ── 1618〜1648年にドイツを主な舞台に起きた宗教戦争。のちに各国の覇権争いへと広がりましたを経て、世俗権力とローマ教皇権力の関係が一度確定したと整理します。その後、社会はダイナミックに変わっていきます。
深井さんが挙げた変化は、アメリカ開拓、フランスの絶対王政、エリザベス一世によるスペイン無敵艦隊の撃破、資本主義の誕生、そしてその反動としてのフランス革命です。
宗教改革
世俗権力とローマ教皇権力の関係が組み替わる
各国の変化
フランスの絶対王政、イギリスの台頭、資本主義の誕生
フランス革命
国民国家となったフランスにバラバラのドイツが太刀打ちできない
ドイツの近代国家化
近代化を進めたドイツに今度はフランスが勝てなくなる
第一次世界大戦
大きな流れの行き着く先として突入していく
深井さんは、この流れの背景にはオスマン帝国やローマの影響もあり、樋口さんは印刷技術という情報革命も挙げます。すべてが影響し合ってつながっていたのが宗教改革だった、というのが深井さんのまとめです。
すげえなんか点と点がぶわって繋がった感じがしますね。
ザビエルから島原の乱へ、人類史上最大の炎上
深井さんは、宗教改革の影響が日本にも及んでいると話します。ザビエルが日本で布教し、キリシタン大名や隠れキリシタンが現れ、島原の乱 ── 1637〜1638年に九州の島原・天草で起きた大規模な一揆。キリシタンへの弾圧も背景にありましたも起きました。
ロヨラが登場したのはプロテスタンティズムが出てきたからです。樋口さんも、プロテスタントの勢力が伸びたことが、カトリックが海外に目を向けるきっかけになったと応じます。
もうまさにガソリンが充満した部屋でマッチ擦っちゃった感じだよね。
ルターは純粋に議論したかっただけでしたが、その問いは社会全体へ燃え広がりました。本編はこのやり取りで締めくくられ、深井さんは20分で宗教を説明するのは無理だったと、シリーズが長くなったことを振り返ります。
社会はなぜ一足飛びに変わらないのか
シリーズ全体の感想として、深井さんは連鎖反応の大きさが面白かったと話します。ルター以前にも純粋な気持ちを持った人たちがいて、その人たちとルターの存在が世俗権力をひっくり返していく流れに、社会のあり方を感じたといいます。
深井さんは、思想も実利もどちらも大事だとよくわかったと語ります。企業経営の立場から見ても、実利だけでも思想だけでもだめだと感じているそうです。
樋口さんは、ルターの指摘を、世界を支える一番基礎の公式にバグがあると言うようなものだと例えます。F=maがもし違っていたら、その公式で生活してきた人は困るだろう、という感覚です。
深井さんはこれを受けて、ルター自身は一部を指摘したつもりでも、それが社会の根幹の一つだったと話します。ただし、信仰を基にした社会そのものが変わったわけではありませんでした。
要は何が言いたいかっていうと、その社会っていきなり真反対になったりしないんですよ。
深井さんは、このステップの順番が逆になることはあり得なかったと考えています。樋口さんは、オセロも1枚ずつしか裏返らないと例えました。
思想家と実務家、社会を変えるのはどちらか
樋口さんは、変わりたくない人が必ず出てきて、真理を追求する人を迫害する流れは当時も今も起きていると話します。
深井さんは、カトリックの状態はある意味で自然な帰結だったと見ています。キリスト教は秩序を立てなければ生き残れなかった系譜を持ち、当時のカトリックはその慣習を踏襲していたにすぎない、という見方です。
そこへ系譜を無視して純粋な思想を語る人が現れます。ただ、その人は実務家ではないので、その人自身が社会を変えるわけではないと深井さんは指摘します。
系譜を無視して純粋な理想を語る。理想主義だからこそ後続が生まれる
思想をバックボーンにして具体的な部分を変え、実際に社会を変える
深井さんは、この構図が世界史全体で共通していると話します。さらに、思想を利用して社会を変えた人の社会では、最初の思想家の思想は形が変わり、ほぼ消えているといいます。
ルターが思ったような社会にはなってないと思います。
深井さんは、ルターの主張を「ただし摩擦は考えないものとする」という物理の設問に例えた話も紹介します。聖書から見れば正しくても、現実の世界ではそれでは困ることがたくさんあるという意味です。
深井さんは、カトリック教会は時の権力者とうまく調和していたからこそ生き残れたのであり、その調和を腐敗と受け取る純粋な人たちが現れたと見ています。企業でもまったく同じことが起きており、歴史は繰り返すと話します。
なぜCOTENは歴史データベースを作るのか
深井さんは、こうした出来事を「こういうことはこう起こる」というモデルケースやテンプレートとして学ぶべきだと考えています。それを形にしたものが、COTENの作る歴史データベースです。
解釈が分かれることはあっても、社会構造には確からしいモデルがある、と深井さんは言います。そのモデルは歴史に詳しい人しか知らないため、構造を抽出して届けられたら役に立つと考えているそうです。
深井さんは、自分が一言ずつ話すよりもデータベースのほうが圧倒的に強そうだと話します。データベースが完成したらコテンラジオは終わるのかと聞かれ、そうなるかもしれないが、趣味では続けると思うと答えています。
認識は現実に変わり、未来は思った通りにならない
出演者の一人は、ルターやカルヴァン、カトリックが議論していたのは、神や教会をどう捉えるかという世界の認識だったと振り返ります。そのうえで、認識の仕方一つで世界は現実に変わりうると強く感じたと話しています。
その出演者は、認識を変える思想家、それを現実に落とし込む実務家、印刷技術という新しいテクノロジーの3つが同じタイミングでぶつかり、宗教改革が一気に進んだと整理しました。データベースも情報技術がなければ成り立たない点で、つながるところがあると見ています。
話はやがて、データベースができたときに出演者たちがルターのような役割を果たし、世界が燃え上がる可能性や、逆に燃やされる可能性にまで及びます。深井さん自身は思想を伝えることには興味がなく、思想のもとになる事実を体系的に取り出せる装置が必要だと考えているといいます。
データベースが政治利用とか宗教利用されたりする。俺はそんなはずじゃなかったのにと思いながら死に去る。
いやーでもいいじゃないですか。なんかそんな未来もね、美しいじゃないですか。
そうですね。思った通りにならない未来も美しいですよね。
歴史事業を一緒に作るサポーターの募集
最後に深井さんは、月1000円以上から参加できるサポーターを募集していると伝えます。これまではラジオのために支援してほしいという言い方をしていましたが、本心は歴史事業を進めるための支援がほしいのだと話します。
これ(データベース作り)はそもそも僕一人がやるべきものではないと思ってます。全人類が参与すべき事業だと思ってる
深井さんは、人類についての歴史を、みんながみんなのために作っていく旗振り役になれたら一番いいと語ります。樋口さんも、誰もが歴史上の人物なのだから歴史に関わってほしい、と呼びかけて番組を締めくくりました。
まとめ
宗教改革は、修道院の解散やイエズス会の誕生、近代国家化へ続く大きな連鎖を生みました。深井さんたちはその流れから、社会は段階を踏んで変わり、思想家と実務家の両方が必要だという構造を読み取り、その構造を誰でも使えるようにする手段として歴史データベースを位置づけています。
- 修道院の財産は主権国家に没収・転売され、新しい持ち主のもとで農民が困る事態も起きた
- ロヨラは軍人から信仰に全振りし、7人で始めたイエズス会を1500人規模の教皇直属の組織にした
- 宗教改革は近代国家化や第一次世界大戦、日本の島原の乱にまでつながる「人類史上最大の炎上」だった
- 社会は一足飛びに真反対へは変わらず、思想家の理想を実務家が形を変えて現実にしていく
- COTENはこうした社会構造のモデルを届けるため、ラジオを通じて歴史データベースを作っている





