80名超が集まったZOOMオフ会、オンラインで何が変わった?
コテンラジオの今回の収録は、前回に続き3人が離れた場所からのリモート収録です。本題の前に、樋口さんからいくつかの告知がありました。
1つ目は、先日開いたZOOMオフ会の報告です。出演者を含めて80名以上が参加し、記念撮影やリスナーからの質問への回答、リスナーとの対談、ゲストを交えたトークなどのコーナーで盛り上がったといいます。
オフ会の記念撮影では、楊さんの頭が光っている画面をスクリーンショットしてハッシュタグ付きでツイートしてもらった結果、樋口さんのタイムラインが楊さんの画像で埋まったそうです。
(タイムラインが僕の画像で埋まって)ツイッター社の人絶対びっくりしてますよ。
遠方ではノルウェーやオランダからの参加者もいました。深井さんは、これはオンラインだからこそできたことだと振り返っています。
(オフ会は)リアルに会って飲み会みたいな感じでやってたんですけど、コロナのせいでできないっていうことで、いろんな方が参加できた。これコロナ関係なくやりたいですよね。
Appleポッドキャスト1位、NHKニュースを追い抜いた日
2つ目の告知は、収録日の5月15日早朝に、コテンラジオがAppleポッドキャストの番組別ランキングで1位を取ったという知らせです。
これはすごいですよね。本当に。NHKニュースに勝ちましたもんね、この瞬間に。
深井さんは普段ランキングをあまり意識しないものの、この1位は狙っていたと話します。前年の段階で、楊さんと「3月ぐらいに取れたらいい」と話していたそうで、結果は2ヶ月ほど遅れての達成でした。
一方で楊さんは、1位になった以上は外での振る舞いに気をつけないといけないと口にし、「マイペースにやっていきましょう」と落ち着いた反応を見せています。
公式LINEスタンプで一番使われているのは誰?
3つ目は、コテンラジオ公式LINEスタンプの発売です。リスナーでイラストレーターの山口ピコさんが、自ら名乗り出てご厚意で描いてくれたものだといいます。
使用回数のランキングでは、楊さんの「OK」スタンプが1位でした。人気の高まりに対して、楊さん本人は少し引いた様子です。
早く人気を、人気を落としたいな。
深井さんのお気に入りは、3人が卵の殻から出てくるイラストの「生きてるだけでいい」というスタンプです。スタンプでこうしたメッセージ性のあるものは珍しい、という理由でした。樋口さんは、楊さんがアリを見ながら「なんで生きとるん」とつぶやくスタンプを一番に挙げています。
なぜ今、ヘレン・ケラーとアン・サリヴァンなのか
近況報告のあと、樋口さんが新テーマを発表します。前回のアメリカ開拓史は国に焦点を当てたマクロなテーマでしたが、今回は人物一人の人生に焦点を当てるヤバ偉人列伝シリーズです。
ヤバ偉人列伝ではこれまで、吉田松陰、諸葛孔明、ガンディー、ヒトラー、アレクサンドロス、高杉晋作などを取り上げてきました。今回はそこに初めて、ヘレン・ケラーとアン・サリヴァンという「ユニット」が加わります。
ヘレンケラーはすごいんですけど、アン・サリヴァン、どう考えてもすごいだろって話を(楊さんと)二人で前からしてて、いつか絶対やろうねって言ってたんですよね。
深井さんは、社会が殺伐としてきた今の時期に、ちょうどいいテーマだと考えたといいます。一方の樋口さんは、ヘレン・ケラーは子どもの頃に伝記で読んだ記憶があるものの、アン・サリヴァンについてはほとんど知らなかったと打ち明けています。
ヘレン・ケラーは「見えない、聞こえない、話せない」の三重苦 ── 視覚・聴覚・言語の3つの障害を同時に抱えた状態を指す表現。ヘレン・ケラーを形容する言葉として日本で広く知られていますで知られます。深井さんによれば、生まれつきではなく、1歳7ヶ月ほどで視覚と聴覚を失ったとされます。
名前の概念を知らない子が、なぜハーバードへ行けたのか
深井さんは、言葉を覚える前に目も耳も失った子どもの世界を想像してほしいと語ります。聞こえず見えない子どもに、どうやって言葉を教えるのかという問いです。
そうした状況で大変な人生を送りながらも、ヘレン・ケラーはとても楽観的でポジティブだったといいます。樋口さんも、ヘレン・ケラーは努力家でもあったと付け加えています。
アン・サリヴァンは20〜21歳ほどの若さで、7歳ほどのヘレン・ケラーの家に住み込みの家庭教師としてやってきます。当時のヘレン・ケラーは言葉を習得しないまま、癇癪を起こし続けていたそうです。
(ヘレン・ケラーに)どうやってこの子に言葉を教えていったりとか、マナーを教えていったりとか、世界がどうなってるか、どうやって教えていくのかって、どうやって教えます?
うわ、ちょっと全く想像がつかないですね。触るしかないですもんね。
深井さんによると、当時のヘレン・ケラーが持っていたのは嗅覚、味覚、触覚だけでした。そして最大の壁は、言葉以前の部分にあったといいます。
アン・サリヴァンは、名前という概念すら理解していない子どもに、とても忍耐強く教え続けました。深井さんは、これを障害児教育における大きな偉業と評価しています。
さらにヘレン・ケラーは、普通の受験を経てハーバード大学に進学します。当時は女子部にあたるラドクリフ大学 ── ハーバード大学と提携していた女子大学。1999年にハーバード大学へ完全統合されましたでしたが、現在のハーバード大学にあたるといいます。
7歳の時点で、物に名前があるという概念を知らない
20歳ぐらいで、普通の受験を経てハーバード大学(当時のラドクリフ大学)に入る
この落差について、深井さんは「天才だったのかどうか」も含めて、2人がなぜこの偉業を成し遂げられたのかをシリーズで紹介していくと話します。ヘレン・ケラーの両親をはじめ、周囲に素敵な人物が多いことも見どころだそうです。
サリヴァン先生の人生はなぜ「ハードモード」なのか
サリヴァン先生の教育の背景を知るため、話はまずアン・サリヴァンの生い立ちに移ります。深井さんは、勉強するまでサリヴァン先生の人生をまったく知らなかったと言います。
アン・サリヴァンはほぼ孤児でした。母親を亡くし、酒に溺れて働かない父親には幼い頃に捨てられています。5歳のときにはトラコーマ ── クラミジアの一種による感染性の結膜炎。「エジプト眼炎」とも呼ばれ、放置すると失明につながることがありますにかかり、本人も一度失明しています。
アン・サリヴァンには、背骨が曲がる身体障害を抱えた弟もいました。母親が8〜9歳頃に結核で亡くなったあと、10歳のときに姉弟2人で救貧院へ送られ、一家は離散します。
1866年生まれのアン・サリヴァンが入った当時の救貧院は、今の孤児院とはまったく違いました。犯罪者などが集まる場所で、食事も衛生状態も悪かったといいます。アン・サリヴァン自身も、着ている服1着しか持っていなかったそうです。
救貧院では目の手術を受けさせてもらえたものの、何度も失敗します。その間、入所から4ヶ月後に、弟のジミーが母親と同じ結核で亡くなりました。
救貧院は男女別で、アン・サリヴァンは弟とほとんど一緒にいられず、亡くなったあとで知らされたそうです。視力を失い、最後の肉親も亡くし、アン・サリヴァンは一度うつ状態になって食事もとれなくなります。
記録はあまり残っていないものの、救貧院のスタッフがキリスト教の愛について話したらしく、アン・サリヴァンは信仰を糧に立ち直っていったと考えられています。深井さんは、アン・サリヴァン自身が苦労を重ね、障害者の気持ちがわかる立場だったことを1つの前提として挙げています。
14歳で自分の名前も書けなかった少女の猛勉強
アン・サリヴァンが14歳のとき、救貧院に慈善委員会の人物が視察に来ます。アン・サリヴァンはその人物に、学校に行かせてほしいと懇願しました。
当時の救貧院では、学校に通う人はほとんどいなかったといいます。番組では、アン・サリヴァンの学びたいという意志の源について、信仰の影響や、酒浸りの父親のようになりたくないという反骨心、弟を亡くした悔しさなどが推測されていますが、はっきりしたことはわからないとされています。
こうしてアン・サリヴァンは14歳で、目の不自由な人が通う学校に入ります。ただ、自分の名前も書けず、礼儀作法も知らない状態でした。年下の同級生たちは算数も国語もできたため、アン・サリヴァンはひどくばかにされたそうです。
14歳という思春期に、周囲に心を開けない厳しい状況でした。それでもアン・サリヴァンは、救貧院には戻りたくないという思いもあってか、耐えながら勉強を続けたといいます。
首席卒業、そして最初の仕事がヘレン・ケラーの家庭教師に
アン・サリヴァンは、ほぼ目が見えない中でも猛勉強を続けていました。その後、手術を繰り返すうちに視力がだいぶ回復し、そこから学力が一気に上がったといいます。
ほぼ目が見えず、名前も書けない状態からの猛勉強
視力が回復して学力が一気に伸び、20歳で首席卒業
アン・サリヴァンは20歳で首席卒業し、卒業演説で「進んでこの世の中の重荷を負って、隣人を幸福にするために努力したい」という趣旨を語りました。番組では、キリスト教の影響だろうと話されています。
卒業後、アン・サリヴァンが見つけた仕事がヘレン・ケラーの家庭教師でした。初めての就職先であり、住み込みで、当時としては給料もかなり高かったといいます。そして、最初の仕事がそのまま一生の仕事になっていくのです。
樋口さんは、上司から仕事を教わることもないまま、いきなりこの大役に入ったことに驚いています。アン・サリヴァンは教育法も自分で模索し、独学しながら進めていったそうです。
樋口さんは、ここまでの話だけでもサリヴァン先生に相当な偉人感があると話し、深井さんも「もうこの時点で偉人」と応じます。次回はヘレン・ケラーの幼少期に話が移ります。
まとめ
ヘレン・ケラーとアン・サリヴァン編の初回は、ヘレン・ケラーの偉業を理解するための前提として、アン・サリヴァンの過酷な前半生をたどる内容でした。孤児同然で失明し、救貧院で弟を亡くした少女が、14歳から学び始めて首席卒業し、最初の仕事としてヘレン・ケラーの家庭教師になるまでが語られています。
- ヘレン・ケラーは1歳7ヶ月ほどで視覚と聴覚を失い、7歳の時点で物に名前があることを知らなかった
- そこから、ヘレン・ケラーは普通の受験を経てハーバード大学(当時のラドクリフ大学)に進学した
- アン・サリヴァンは失明、母と弟の死、劣悪な救貧院という逆境の中で育った
- アン・サリヴァンは14歳で自分の名前も書けない状態から学び始め、20歳で首席卒業した
- アン・サリヴァンにとって、ヘレン・ケラーの家庭教師は最初の仕事であり、一生の仕事になった



