新スタジオから始まる「振り返れば奴がいる」
この回は、いつもの田川市のイイカネパレットではなく、福岡市のアクロポリスというスタジオで収録されています。音響エンジニアが立ち会うガチの音楽スタジオで、深井さんは「収録が自分を緊張させる」と話します。
テーマは「振り返れば奴がいる。マルクスとエンゲルス、世界を変えた二人の友情」です。まず樋口さんの正直な認識から話が始まります。
ちょっとあのね、僕ぐらいになると、マルクスとエンゲルスが別の人っていうのもよくわかってないです。
今回扱うのは、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスという別々の二人です。マルクスについて樋口さんが持っているイメージは、頭がよくて難しい人、というものでした。
資本論っていう難しい本を書いた人。で、資本論が難しいっていうのだけめちゃくちゃ知ってる。
樋口さんは、資本論の中身は知らないまま、「難しいことのたとえ」として資本論という言葉を使ってきたと打ち明けます。この距離感からスタートするのが、この導入回の入口です。
そもそもマルクスとエンゲルスは何をした人か
楊さんが、二人の基本情報を整理します。カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは、19世紀のドイツ、正確にはプロイセン王国 ── 19世紀のドイツ地域にあった王国。のちのドイツ統一の中心となった国で、マルクスもここの出身ですで生まれた思想家で、友人同士かつ共同研究者でした。
二人が生きたのは、資本主義が発達し、社会が目まぐるしく変化していた時代です。その中で楊さんは、彼らがやったことをこう要約します。
じゃあ資本主義っていうのは何なのか、社会の構造というのは何なのかについて包括的に分析した人っていうのが、簡単な彼らのやったことになります。
楊さんは、二人の影響が思想にとどまらなかった点も挙げます。マルクスたちの思想に影響を受けて、後の時代にソ連や中華人民共和国といった社会主義国家が誕生し、現実の世界にも影響を及ぼしました。
今なお研究や論争が続いていて、最近では日本のマルクス研究者である斎藤幸平 ── 『人新世の「資本論」』などで知られる日本の思想研究者。近年のマルクス再評価の代表的な論者ですさんの著作がベストセラーになっていると紹介されます。
なぜ「色」を落としてフラットに見るのか
楊さんの整理を受けて、深井さんはマルクスのイメージがそもそも悪いことに触れます。資本主義国家の中では「ちょっとやばい人」という見られ方をされてきた、という指摘です。
マルクスのイメージって結構悪いんだよね、正直。その資本主義国家の中ではちょっとやばい人みたいな。
一方で、そのマルクスやエンゲルスの思想は今の社会に大きな影響を与え続けています。深井さんは、リーマンショックのように資本主義の限界が感じられる局面が来ると、マルクス研究がまた注目される、という時代性を説明します。
だからこそ、この回のねらいは、貼られた「色」をなるべく落とすことにあると深井さんは言います。マルクスは思想家であり、かつ革命家でもある人物です。
深井さん自身は、コミュニストでもなく、賛成でも反対でもないという立場を明確にします。政治的な主張のためではなく、一人の社会科学者としてマルクスを見た、という姿勢です。
分かった気になるのが一番難しい、資本論の手強さ
深井さんは、マルクスを社会科学者として見て、「ひたすら賢い」と評価します。そのうえで、資本論の難しさには独特の構造があると言います。
資本論は最初は難解に見えますが、少し勉強すると分かった気になれます。深井さんは、この「分かった気になる」ことが一番難しいと話します。
簡単に反論できちゃうんですよ、資本論って。
特に今ビジネスをしている人から見ると、「これおかしいじゃないか」という反論が思い浮かびやすいと楊さんは補足します。マルクスの時代からデータや実績が積み上がっているぶん、反論できる感覚を持ちやすいからです。
しかし、資本論をちゃんと勉強していくと、にわかには反論できないことが分かってくると深井さんは言います。この回のシリーズでは、簡単には否定できない論だと分かるところまでを伝えたいと語られます。
二回説明・研究者への直撃取材という異例の作り方
今回のシリーズは、番組の作り方そのものが異例です。楊さんは、これまで台本を一切見ずにナチュラルな反応で収録してきたと明かしますが、今回は内容が難しすぎました。
そのため、樋口さんにも一度説明したうえで、二回目の説明を本番にするという新しいスタイルを初めて取ったと説明されます。それでも「分かった気にはなった」という状態だといいます。
それが一番危ないやつですよね。
さらに、日本のマルクス研究の第一人者である佐々木隆治 ── マルクス研究者。資本論の解釈について踏み込んだ著作で知られ、この回では番組がコンタクトを取って直接話を聞いています先生に、二回にわたって話を聞いたと語られます。深井さんたちは多くの資本論の本を読んだ結果、その多くが誤解に基づいて書かれているらしいと感じたためです。
佐々木先生に直接質問し、自分たちの理解度を深めたうえで、番組で用意した説明の妥当性まで確認したといいます。その評価がこの回の手強さを物語ります。
初学者に対してはそれぐらいでいいかもね。正確ではないけどね。
深井さんは、この期間はマルクスのことしか考えていなかったと振り返り、髪と髭がもじゃもじゃの楊さんを見て「マルクスかな」と思うほどだったと冗談を交えて話します。
資本論は資本主義を批判する本ではない
この回でくり返し強調されるのが、資本論の位置づけです。楊さんは、後世が語る「マルクス主義」と、カール・マルクス本人の議論には大きな乖離があると整理します。
深井さんも、レーニンやスターリン、毛沢東らが語った話と、マルクス本人が語った話を同一視してはいけないと念を押します。マルクスの論は政治に利用され、国際的な利害関係が絡んだ結果、さまざまなバイアスがかかった状態で語られてきたからです。
そのうえで深井さんは、資本論の目的を説明します。多くの人がここを取り違えている、という指摘です。
資本主義を批判したいんだけど、彼はその批判するために書いてるわけじゃなくて、資本主義というものがどのようなメカニズムで動いているかということを明らかにしようとした書である。
漫画の解説などでは資本家が人間的に悪い悪役として描かれがちですが、資本論が言いたいのはそこではない、と深井さんは言います。資本論が扱うのは資本主義というモデルの構造です。
レーニン・スターリン・毛沢東らが政治に利用した思想。国際的な利害関係が絡み、強い色がついている
資本主義のメカニズムを分析しようとした社会科学者・思想家。政治利用された話とは乖離がある
経営者・深井さんが読んだ資本論の手応え
深井さんは、自分が経営者であり、自社の株を持つ大株主でもある立場から資本論を読んだと話します。読みながら「いや、そうじゃないだろう」と、いろいろな反論を思いついたそうです。
搾取搾取って言うけどさ、みたいな感じになるんですけど。
ただし深井さんは、資本主義そのものが時代とともに形を変えている点も踏まえます。直前のシリーズで扱ったポスト資本主義の議論も引きながら、マルクスの時代と今とでは資本主義の姿が違うと整理します。
そのうえで、マルクスが指摘した資本主義のメカニズムの根幹は、どうやら今の社会でも動いているようだ、というのが深井さんの手応えです。そのまま当てはめられない部分はあっても、簡単には否定できない論だと分かってきた、と語られます。
楊さんは、この読み方をイメージで補います。資本論は、理科室の人体模型のようなものだ、という説明です。
個々のそれぞれの個人のケースの人体に対して適用できないものはあるにせよ、じゃあそれをもって人体模型が全く間違ってるのかっていうわけじゃない。
楊さんは、資本論を、議論のたたき台となる共通のフレームワークとして読んだ方がいいと話します。この読み方の提案が、フラットに見るという回の主題とつながります。
難解な資本論は、実はレベルを落として書かれていた
この回で語られる「恐ろしい事実」が、資本論の書かれ方です。深井さんによると、マルクスは当時の人たちに合わせて、資本論をかなり分かりやすく書いたらしいのです。
つまり、めちゃめちゃ難解と知られるあの資本論は、マルクスがレベルをすごく落として書いた本だ、という指摘です。本当はもっと多くのことや個別ケースを書きたかっただろうと深井さんは推測します。
ただし、楊さんはそこに限界もあったと補足します。マルクスも、これ以上分かりやすくすると別の話になってしまうというギリギリを攻めていた、というのです。
それ以上わかりやすくしちゃうと違う話になっちゃうみたいです。ギリギリのところを攻めてる。
後段では、マルクスが多くの人と喧嘩し、ちゃんと嫌われていたという人物像も語られます。天才ゆえに当時の知識人にも理解してもらえず、レベルを下げても誰も分からない、という状況が起きたと説明されます。
マルクスを支え続けたもうひとりの天才、エンゲルス
ここからエンゲルスの話に入ります。深井さんによれば、マルクスの資本論を唯一理解してくれたのがエンゲルスでした。エンゲルス自身も、当時の知識人の中で群を抜いて優秀な人物だったといいます。
さらに驚くのは、エンゲルスが資本家の家の生まれだった点です。父が成功したビジネスパーソンで、エンゲルスはその長男でした。資本主義を打倒しようとする側に、資本家の跡取りがいたことになります。
そのエンゲルスは、自分の研究をある程度捨ててまでマルクスを支えます。お金を稼げないマルクスのために、やりたくない資本家の仕事を自分でやって、稼いだお金を渡し続けました。
評判の面でも二人は対照的です。エンゲルスは周りから好かれていた一方、マルクスの葬式には12人しか参列しなかったと語られます。
マルクスは資本論の一巻を書き上げて亡くなりますが、大量のメモが残されていました。エンゲルスはそのメモをまとめ、資本論の二巻と三巻を出版します。エンゲルスの支援なしには、資本論は完成しなかったと深井さんは言います。
性格が悪く多くの人と喧嘩して嫌われた天才。葬式の参列者は12人。資本論の一巻を書き上げて死去
周りから好かれた天才で資本家の長男。やりたくない仕事で稼ぎマルクスを支援し、死後に資本論二巻・三巻を刊行
「管鮑の交わり」に重なる二人の友情
深井さんは、この二人の関係を中国の故事になぞらえます。友情を意味する管鮑の交わり ── 中国の故事に由来する言葉で、深い信頼で結ばれた友情を指す。管仲と鮑叔の関係が由来ですです。
故事の中身も二人によく似ています。管仲は性格が悪く嫌なやつだが、天才すぎて周りにはそのすごさが分からない人物でした。それを唯一理解できたのが、みんなから支持されていた鮑叔です。
鮑叔は、自分こそが天才だったからこそ、管仲がどれだけすごいかを理解できました。そして管仲のために生きると決め、自分が就くはずだった立場に管仲を推したといいます。深井さんは、マルクスが管仲、エンゲルスが鮑叔に重なると語ります。
この構図があるからこそ、シリーズのタイトルには「友情」という言葉が入っています。導入回は、この二人の関係を軸に、次回への橋渡しで締めくくられます。
次回はまず時代背景を扱い、そのあとマルクスの人生に入っていきます。最初のテーマは、彼が生まれたプロイセンがどういう国かというところです。
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まとめ
この回は、思想家マルクスと、彼を支えた資本家の子エンゲルスを、貼られた「色」を落としてフラットに見直すシリーズの導入です。資本論は資本主義を批判する本ではなく、そのメカニズムを分析した書であるという読み方が、二人の友情の物語とともに提示されました。
- マルクスとエンゲルスは、プロイセン出身の別々の思想家で、友人かつ共同研究者だった
- この回のねらいは、政治利用でついたマルクスの「色」を落とし、社会科学者としてフラットに見ること
- 資本論は資本主義を批判する本ではなく、資本主義のメカニズムを分析した書だと整理される
- 難解な資本論は、実はマルクスが当時の人向けにレベルを落として書いたものらしい
- 資本家の長男エンゲルスが自分の研究や収入を割いてマルクスを支え、死後に資本論二巻・三巻を刊行した





