世界の民主主義国は減っている?V-Dem研究所の格付け
民主主義の歴史編の最終回は、各国の民主主義の歩みを見てきたうえで、現代の民主主義が抱える課題と論点を整理する回です。楊さんは、答えを出すより、リスナーが考えるきっかけを提供したいと話しています。
楊さんが最初に紹介したのは、スウェーデンにあるV-Dem研究所 ── スウェーデンのヨーテボリ大学を拠点とする研究機関。「Varieties of Democracy(民主主義の多様性)」の略で、世界各国の民主主義の度合いを指標化して毎年報告書を出していますの調査です。この研究所は、公正な選挙、基本的人権の尊重、言論の自由などの基準で各国の民主主義を格付けしています。
V-Dem研究所の2022年の発表では、自由で民主的とされる国や地域は60で、非民主的とされる国と地域は119でした。深井さんは、非民主的な国が倍以上あることに驚いています。
だから、こう、民主主義がこの世界すべての国にとって受け入れられてるものっていうわけではないということですよね。ファクトとしてね。
一方で、これはあくまで研究所の見解であり、非民主的とされた国の中には自分たちを民主的だと考える人もいるだろう、という指摘も出ています。
さらにV-Dem研究所は、行政府が立法府と裁判所によって制約される「自由民主主義国」が2012年をピークに減っていると見ています。深井さんは、世界はどんどん民主主義化していると思っていたので、感覚とだいぶ違うと話しています。
かつてはそういう考え方がやはり支配的でしたけれども、やはりいろいろ、まあ経済不安だったりとか、社会不安とか、戦争によって、このぐらついてるっていうのが今の世界ですね。
民主主義はなぜ「デリケートなシステム」なのか
楊さんは、アメリカの政治学者ラリー・ダイアモンド ── 民主主義研究で知られるアメリカの政治学者。スタンフォード大学の研究者で、世界的な民主主義の後退に警鐘を鳴らす著作を多く出していますの本を引きながら、民主主義の脆さを説明します。
ダイアモンドさんによれば、平和の構築や正義・平等の実現において、民主主義ほど優れた政治体制はありません。けれど民主主義は社会や経済が安定しないと根付かず、社会の変化や移民、暮らしの不安が生じるたびに容易に揺らぐといいます。
その例としてダイアモンドさんが挙げるのがアメリカです。2008年の金融崩壊以降、2016年の時点でも家計所得の中央値は1999年の水準までしか回復していないと書かれています。深井さんは、リーマンショックのことだろうと補足しています。
加えて、親よりも裕福に育つアメリカ人が著しく減り、特に農村部で激減しているといいます。自分の所得や地位の転落を目の当たりにすると、人々は民主主義を脅かす扇動的な主張に影響されやすくなる、というのがダイアモンドさんの見立てです。
経済の停滞
金融崩壊後、家計所得の中央値が回復しない
地位の転落
親より裕福になれない人が増える
扇動への傾斜
民主主義を脅かす主張に影響されやすくなる
出演者の間では、2016年という年代から、トランプ大統領の当選を念頭に「民主主義が揺らいでいる」と言っているのだろう、という受け止めも出ています。
ハンガリーとポーランドに見る、EUの綻び
楊さんが次に挙げたのは、EU加盟国でありながら親ロシアの姿勢をとるハンガリーです。EUは民主主義を理念として作られた共同体といえますが、ロシアがウクライナに侵攻した際、ハンガリーはロシアからエネルギーを買うためにロシアと結びつきました。
EUがロシアからの石油の輸入を禁じると燃料代は倍に値上がりしました。EU各国がロシアと距離を取る中、ハンガリーはいち早く天然ガスの安定供給を取り付けたといいます。
楊さんは、ハンガリーの動きはEUの綻びとも見られるし、民主主義の理念より自国の経済を優先した結果とも見られると話します。樋口さんとみられる出演者は、生活があるのだから文句を言えない部分もある、と反応しています。
ポーランドでも別の形で揺らぎが起きています。ウクライナと国境を接するポーランドは対ロシアの最前線で、2022年の時点で690万人を超える避難者を受け入れました。戦闘の長期化で燃料代が上がり、漁に出られない漁師が失業するなど市民生活が圧迫されていったといいます。
ポーランドがEUに財政支援を求めると、EUは5兆円の支援に応じる代わりに、民主主義の改善を条件にしました。背景には、保守与党「法と正義 ── ポーランドの保守政党。2015年から2023年まで政権を担い、社会保障の拡充で支持を集める一方、司法やメディアへの介入をEUから批判されました」によるメディア規制、LGBTの人々への差別的な政策、最高裁判所への人事介入があったと楊さんは説明します。
楊さんによれば、最高裁への人事介入は三権分立の理念からすると絶対にやってはいけないことです。EUの条件に対し、当時のポーランドの首相は「経済的な罰則を持ち出して脅迫するなど、到底受け入れられない」と反発しました。
ロシア侵攻後、エネルギー確保のためロシアと結びつき、天然ガスの安定供給を取り付けた
財政支援の条件として民主主義の改善を求められ、首相が「脅迫」だと反発した
民主主義を支えるのは「信念」だった
楊さんはダイアモンドさんの議論に戻り、民主主義を打ち立て、機能させ続ける条件は何かを紹介します。答えは、民主主義の正当性に対する「深くて無条件の信念」でした。
ダイアモンドさんによれば、民主主義は他のどんな政府の形よりも優れているという信念が広く共有されている必要があります。経済が下がって収入が激減しても民主主義にこだわる気持ちがなければ、この脆弱なシステムは維持できないといいます。
ダイアモンドさんはもう一つの難しさも指摘しています。古くから民主主義の国では専制政治の記憶が薄れ、人々が民主主義を当然のものとみなしてしまう傾向があるといいます。
そういう状況にこそ民主主義は、人間は民主主義の脆弱性を見失いがちだと。それ(民主主義)にコミットすることにあまり力を入れない傾向があるというふうに彼は指摘してて。
樋口さんとみられる出演者は、ハンガリーの件をめぐって別の見方も示しています。EUから離れることを民主主義への反発と捉えることもできますが、単にEUと仲が悪くなっただけとも読めるため、民主主義の敗北かどうかは何とも言えないという感想です。
ホッブズが想定した人間は、現実の人間と噛み合っているか
楊さんが挙げたもう一つの論点は、近代の政治思想が想定した人間像と現実の人間がずれているのではないか、という指摘です。
ホッブズ ── 17世紀イギリスの思想家。『リヴァイアサン』で、国家のない「自然状態」を想定し、人々が契約によって国家をつくるという社会契約説の基礎を築きましたが自然状態を想定したのは、合意形成に関わる現実の変数をいったん脇に置き、共通の人間モデルで思考実験をするためでした。楊さんは、それ自体は必要な過程だったと話しています。
そのとき想定された人間は、自立した個人であり、理性を持ち、自分の利益を追求し、命が惜しいから暴力を避けたいと考える存在です。けれど楊さんは、現実の人間はこのモデルに全部が当てはまるわけではないと指摘します。
そもそも自立した人間っていない。これはもう社会福祉の歴史でもやりましたよね。生まれた瞬間、人は誰かに依存しているというふうでもあるし。
自立した個人で、理性を持ち、自分の利益を追求し、暴力を避けたいと考える
生まれたときから誰かに依存し、感情に振り回され、思いも寄らない行動にも出る
民主主義はこの人間モデルの上に組み立てられているのに、現実の人間はモデルどおりに動かない。そこにバグが起きているのではないか、というのがこの指摘の中身です。
出演者からは、ホッブズは例外がないという前提の原理原則として考えたのだから反論があるのは当然、という補足も出ています。そのうえで、違う文化圏では人間像も違い、イスラム圏などはまったく異なるという話に広がります。
日本についても、自立した個人という概念が希薄ではないかという意見が出ました。楊さんは、近代民主主義の側も個人の側も、常にチューニングし続ける必要があると話しています。
民主主義を疑うことは、なぜ語りにくいのか
人間モデルの議論をめぐって、出演者の一人は、こうした話題はそれだけで怒る人が出てくるタブーになっていると指摘します。民主主義を疑う、自分たちには無理なのではないか、という含みを持つ話は、公の場ではまだ語りにくいといいます。
テレビで同じことを言ったら何が起きるかを想像すると危うい。それでも本当は考えなければいけない根幹の一つだ、という認識で出演者は一致しています。
出演者はさらに、ホッブズやジョン・ロック、ルソー ── 18世紀の思想家。『社会契約論』で、人々の共通の利益をめざす「一般意志」に基づく政治を説き、フランス革命にも影響を与えましたは数百年前の人であり、今はもっと多くのデータがあるのだから、更新された人間観に基づく政治思想もあり得るはずだと話します。ただ、難しくて誰もできていないのが現状です。
ルソーとかもホッブズとかもさ、やっぱり宗教内乱があって、(人間の内面で)合意をするのがもうまじめっちゃむずいから、一旦ちょっと初期化してモデル化してシミュレーションしようっていうふうな方向に向かったんだと思いますよ。
楊さんは、人間を自分の利益を追求する存在と一度定義した思想家たちの努力を評価したいと話します。当時は共通して合意できるラインを作らなければいけない状況であり、わかりやすく複雑性のないモデルであることも大事だった、という見方も出ています。
代表者は「全体の奉仕者」になれるのか
次の論点は、出演者が「元も子もない」と前置きした代表制の問題です。日本国憲法は、全ての公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではないと定め、両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織すると書いています。
憲法上、選ばれた議員は全国民の代表です。けれど現実には、議員は自分に投票してくれた人や支持母体におもねります。その結果、議会が利害調整の場になり、公共性が発揮されにくくなるという指摘です。
出演者はこれを、ルソーの言う一般意志が乏しく、特殊意志 ── ルソーの用語で、個人や集団が自分の利益を求める意志。その総和が「全体意志」で、共通の利益をめざす「一般意志」とは区別されますと全体意志で政治が行われている状態と言い換えています。楊さんは、ルソーも一般意志は代表されないとして直接民主制を勧めていたと補足しました。
では直接民主制はどうか。インターネットがある今なら技術的にはできるかもしれませんが、全ての法律を全員で決議するのは新しい問題を生みそうで、めちゃくちゃ大変そうだという反応が出ています。
出演者はさらに、政治家の仕事には「選挙に勝つこと」と「政治をすること」の2つがあると整理します。やりたい政治のために選挙に勝つことは重要ですが、選挙に勝つのが大変すぎて政治ができなくなることも原理的に起こり得るといいます。
選挙に勝つ必要
やりたい政治のために多くの支持を得なければならない
支持母体への配慮
投票してくれた人や団体の意見を反映せざるを得ない
利害調整の場へ
議会で公共性が発揮されにくくなる
出演者は、これは個々の政治家が悪いという話ではなく、仕組みとしてそうなってしまう問題だと強調します。ただ、その仕組みの中でどれだけ公共性を発揮しようとするかは、政治家個人の意志の問題だという見方も示されました。
構造的にバグにはめ込まれてるけど、でもそのバグを何とかしようと頑張るしかないっていう風に思ってますよね。
民主主義は放っておいたら崩壊する?
ここまでの論点を並べたうえで、出演者は現代の民主主義を「発展途上で、気を抜けばいつでも崩壊する脆弱なもの」とまとめます。元も子もない問題もあれば、現状維持すら難しい問題もあるという整理です。
出演者の一人は、民主主義は放っておいたら崩壊するのだろうと繰り返し、赤ちゃんのように世話をし続けなければいけないものだと例えています。V-Dem研究所のデータでも減っているとされ、測られた当事者は不満かもしれないが、比較的フラットに見ても減っているのだろうという見方です。
3日間の収録を終えて、樋口さんが感じた「恐怖」
本編を終えたエンディングでは、全12回の振り返りが始まります。一時は16回になりかけたシリーズを12回に収め、収録は史上初の3日間にわたりました。
樋口さんがまず挙げたのは、社会契約説をまとめて聞けたことでした。そのうえで一番衝撃だったのは、民主主義を多数決や意思決定のプロセスといった「システム」だと思っていたのに、ワイマール期のドイツなどを見ると、実は信じて保ち続ける理念だったと気づいたことだといいます。
樋口さんは、一人ひとりが理念として持ち続けないと民主主義は簡単に崩壊し、崩壊したころにはもう遅いという点に恐怖を感じたと話しています。ドイツは主権を手にしたのに、不安になったときにそれを明け渡し、ヒトラーの独裁へつながっていきました。
もう一つの難しさとして樋口さんが挙げたのは、民主主義では主権を持つ人が非常に多いことです。何人かのキーパーソンを説得すれば変わるものではなく、全員が理解しなければならない。そのことを、12回聞いて改めて「むちゃくちゃむずい」と感じたといいます。
希望はあるかと問われた樋口さんは、絶望まではしていないと答えます。これまで普通に享受していた民主主義について、初めてその原理の難しさを考えたからこその「むずさ」だという整理です。
社会契約はそもそも「いびつ」でストイック
樋口さんの感想を受け、出演者は社会契約説の前提から考えます。社会契約説では放っておけば自然状態であり、人々が能動的に約束して初めて社会契約が成り立ちます。そのため社会契約状態は超人為的で、放っておいてもそうはならないといいます。
契約は本来、何をしなければならず何を得られるかを理解した理性的な主体同士が結ぶものです。出演者は、中身もわからず契約を結んで放っておくのは、たとえば3000万円の賠償金が発生する保険契約を理解せずに結ぶようなもので、民主主義を放っておくのはそれに近いと例えています。
一方で、この考え方はかなりストイックでもあります。人は一生ずっと政治を真面目に考え続けられるわけではなく、経済活動も家庭もあり、バカンスしたい時期もあるという指摘が出ました。
ルソーの言う自由も、ご飯を食べたいときに食べることではなく、理性的な自分が決めたことを自分で守ることでした。筋トレすると決めたら実際にすることが自由であり、できなければ自由ではない、という考え方です。
ご飯を食べたいときに食べるなど、したいことをすること
理性的な自分が決めたことを、自分で守ること
本当に人間はそれほどストイックなのか、という問いは残ります。ただ、それに代わる哲学について合意がとれていないのも現状だと出演者は話しています。
民主主義は本当に「いいもの」なのか
樋口さんは、日本で民主主義を享受していて強烈な不満はないとしたうえで、民主主義ではない国の人々がどのくらい政治に納得し、幸福を感じているのかが気になったと話します。自然と民主主義をいいものと思って生きてきたからこそ、本当にいいものかという問いから考え直したいといいます。
出演者の一人は、民主主義がいいものかどうかを問い直すことは、現代においてまだタブーだと指摘します。同時に、考える自由はもちろんあるとも述べています。
フランス革命の以後のさ、そのフランスのドタバタを見てさ、いろんな思想家たちがさ、やっぱ原点思考をしたんですよね。
出演者は、ゼロベースで考えるにしても過去を踏まえなければ後戻りするだけだと話します。楊さんも、踏まえずに考えると感情的に考えているだけだったり、ポピュリズムに流されて考えたつもりになったりしかねないと付け加えています。
楊さん自身の感想は、改めて政治は難しいというものでした。これはネガティブな意味ではなく、価値観やニーズがバラバラな人たちの意見対立を調停し、1つの決定を下さなければいけないという、政治の営みの苦しみを感じたという話です。
単にいろんな人の意見を聞いてさ、これもそうだよね、これも正しいよね、みんな違ってみんないいよね。じゃあダメなんですよね。政治って。
楊さんはもう一つ、政治思想家の偉大さも挙げます。彼らが人生をかけて残した古典が今の時代に読み直され、再解釈され、新しい思想が芽生えていく流れが「エモい」と話し、古典を読む大事さと面白さを改めて感じたといいます。
歴史を知ることは「援用パワー」になる
深井さんとみられる出演者は、まず今回のシリーズがとにかく面白く、勉強が面白すぎて体を壊したほどだったと振り返ります。そのうえで、難しいというより解像度が上がったのがポジティブな収穫だったといいます。
たとえば、ポピュリズムがどういう時に起こり、どこがどう危ないのか。議会で利害調整だけしていることが、なぜ良くないとされるのか。そうしたことを、ルソーならこう説明できると語れるようになったといいます。
自分の意見に思想家の議論を援用できるようになったことは、今後政治を語るうえでのエンパワーメントだという見方です。歴史を学ぶ価値の一つはそこにある、と話しています。
一方で、新しい人間観に基づく新しいシステムを考えることは重要だとしつつ、インターネットの時代には何を言っても必ず批判されるという難しさもあります。批判されることを良しとしない文化では新しいものは生まれず、状況を改善できないだろうという懸念が語られました。
楊さんはこの状況を「形を変えた言論抑圧」「閉じられた言語空間」と表現しています。出演者は、叩かれることを過度に悪いと捉える感覚を変えないと、今の社会から新しい理論やシステムは生まれにくいと話します。
民主主義は失敗を重ねて育つ「積み上げ型」
出演者は、社会が経験から学べる試行回数はそう多く残されていないかもしれないと指摘します。イギリスでは国王と議会が何度も争い、フランスも何度も革命を起こしましたが、人類が滅びることはありませんでした。けれど今は、世界大戦で一瞬ですべてが終わる可能性もあるといいます。
だからこそ、議論ができる状態や異質な意見を受け入れられる世界へ早く向かう必要がある。ところが現実の世界は、アメリカと中国が互いをパージし合い、話し合いができない逆の方向に進んでいるという認識です。ただし出演者は、暗い話ではなく変えていける前提で話していると付け加えています。
シリーズを通して出演者が強く感じたのは、歴史の再現性の高さでした。この再現性を知ったうえで次の行動を打たなければ、試行回数を無駄にしかねないといいます。
起業もそうなんだよね。失敗せず成功するなんてありえなくて。どれだけ失敗したかなんですよね。
起業家でもある深井さんは、スタートアップのエコシステムも、失敗を重ねた土台の上にユニコーン企業が生まれるものだと話します。民主主義も同じで、フランスやイギリスのように何度失敗したかの上に育ってきたもので、過去を踏まえて育て続けなければならないという見方です。
ストイックな自由を、教育で支えられるか
深井さんとみられる出演者は、ストイックさを全員に求めることに疑問を持ちつつも、原理から考えれば、自由でありながら自分たちを統治するにはストイックさが必要だろうと話します。
そのうえで、樋口さんが感じた「全員が理解しなければならない難しさ」は、教育でかなり解決できるという考えを示します。小学校のころから、自治意識や独裁への忌避といった民主主義に重要な要素を歴史とともに伝え、実践的に学ばせ、失敗をシミュレーションさせるという構想です。
実現には長い年月がかかるものの、今よりずっとできている状態になるだろうという見立てです。唯一の解や最高の世界だとは思わないが、民主主義を浸透させるならそうすればいい、と話しています。楊さんとみられる出演者は、シチズンシップ教育 ── 社会の一員として政治や地域に主体的に参加する力を育てる教育。イギリスでは2002年に中等教育の必修科目になりましたという分野が実際にあり、取り組む団体もあると補足しました。
「個人」と「世間」を両方持つダブルスタンダード
深井さんとみられる出演者がもう一つ挙げたのは、近代西洋哲学を基礎にした政治思想が「インディビジュアル(個人)」を前提にしている点です。これは欧米の文化であり、アジアや日本はそもそも個人をベースにした世界観を持っていないのではないかといいます。
個人という概念を十分にインストールしていないのに、個人を前提とするシステムを走らせている。この状態をどうするかについて、教育で対応できるという感覚を持ちつつも、根本的には個人の概念を本当に取り入れるのかが問い直されていると話します。
この出演者の結論は、個人の概念とそうでない概念の両方を持ち、場面に応じて使い分けるべきだというものです。すべてがダブルスタンダードになりますが、それを許容する世界が重要になると考えています。
個人を前提としない文化が台頭する中で、コンフリクトを起こしかねない
ホッブズ以降の政治哲学の積み重ねを無視することになる
個人ではないものがイメージできないという樋口さんに対し、出演者は、日本はそもそも「世間」で動いていると答えます。法の前に世間で裁かれ、芸能人が不倫をすると世間に謝るといいます。
不祥事を起こした芸能人が介護職に就いたり、寺で修行したりするのも「禊」の感覚だという見方も出ています。穢れを落とすような宗教的な行為なのに、それを宗教と思っていない精神性があり、そこに個人の概念を100パーセント埋め込むのは難しいと話しています。
それでも勉強することは大事で、教育することも可能だというのがこの出演者の考えです。どちらにすべきと決めつけず、難しさを冷静に見ているという姿勢が示されました。
おすすめ書籍と、次回のケマル・アタチュルク
最後は恒例のバリューブックス ── 長野県上田市に拠点を置く古書の買取・販売会社。コテンラジオの書籍提供を担当し、番組の参考文献も同社のサイトで紹介されていますの書籍紹介です。バリューブックス経由で購入された本の利益を出版社に還元する企画ですが、今のところ出版社から、どういう名目で受け取ればいいかわからないと断られているそうです。受け取り手が見つからない場合は、私的には使わず、人文知の交流につながる何かに使うと説明しています。
紹介された本は3冊です。1冊目は宇野重吉先生の『民主主義とは何か』(講談社現代新書)で、ギリシャから一通りの流れがわかり、番組と合わせて読むと理解が深まる概観の本だとしています。
2冊目は中正昌樹先生の『今こそルソーを読み直す』(生活人新書)で、文章がわかりやすく読みやすいと紹介されました。3冊目は清水書院の「人と思想」シリーズ第13巻『ロック』で、イギリス議会政治の概観やホッブズ、ジョン・ロックの思想がうまくまとめられているといいます。「人と思想」シリーズは全体としてコンパクトで読みやすく、哲学を概観したい人におすすめだと話しています。
告知では、COTEN CREWへの参加が呼びかけられました。スポンサーがいないからこそ自由にテーマを選んで話せており、それを支えているのがクルーの制度だという説明です。出演者は、これもまさに放っておいたら崩壊するものだと冗談まじりに重ねています。
準備が本当に大変だったという今回のシリーズについて、出演者は調査チームをねぎらいました。次回のテーマは、オスマン帝国末期に登場し、今のトルコ共和国をつくった建国の父ケマル・アタチュルク ── トルコ共和国の初代大統領。オスマン帝国崩壊後に独立戦争を指導し、政教分離や文字改革など急速な近代化を進めましたです。
まとめ
民主主義の歴史編の最終回は、V-Dem研究所の調査やハンガリー、ポーランドの事例から、現代の民主主義が揺らいでいる現実を確認しました。そのうえで、人間モデルのずれや代表制の構造的な限界といった論点を示し、民主主義を支え続けるには信念と努力、そして教育や議論できる環境が必要だと語られています。
- V-Dem研究所の2022年の発表では、民主的な国や地域は60、非民主的な国と地域は119で、自由民主主義国は2012年をピークに減っているとされる
- ラリー・ダイアモンドは、民主主義は経済や社会の不安で揺らぐデリケートなシステムで、維持には深くて無条件の信念が必要だと説く
- 近代政治思想が想定した自立的で理性的な人間像と現実の人間のずれや、代表制が利害調整の場になる構造が、民主主義のバグとして指摘された
- 出演者は、民主主義は失敗を重ねて育つ積み上げ型のもので、教育や議論できる環境づくりで支えられると語った
- 個人の概念と日本的な「世間」の感覚を両方持つダブルスタンダードを許容する、という考え方も示された


