高い税でも手厚い福祉、北欧モデルの正体とは?
コテンラジオの社会福祉シリーズ第4回は、福祉の話題で必ず名前が挙がる北欧を取り上げます。楊さんは、北欧を「社会福祉ゲームをやり込んだ人たち」とたとえ、いわゆる北欧モデルがどういう経緯で形成されたのかを紹介すると切り出します。
北欧モデルの1つ目の特徴は、高い負担の代わりに高い水準の福祉を受けられることです。日本の消費税が10%なのに対し、スウェーデンの標準税率は25%あり、国民負担率も2019年時点で日本の44%に対してスウェーデンは56%と高いと楊さんは紹介します。
高っ。
2つ目の特徴は、普遍主義 ── 福祉の対象を所得や職業で選別せず、市民権に基づいてすべての住民に同じように提供するという考え方的・包括主義的であることです。スウェーデンの福祉は、貧困層だから、公務員だからといった区別をせず、住民全員に一律に支給されるといいます。
3つ目は、お金ではなくサービスで渡す現物給付 ── 現金を支給するのではなく、保育や医療、職業訓練などのサービスそのものを提供する給付の形です。家族支援でいえば、手当だけでなく保育園や託児サービスに力を入れているのがスウェーデンの特徴だと楊さんは説明します。
4つ目は積極的な労働市場政策です。スウェーデンでは失業保険を払うだけでなく、職業訓練や教育で早く労働市場に戻れるよう支援します。ただし楊さんは、これは良くも悪くも「休んでいられない」仕組みで、常に復帰を求められるという側面もあると付け加えます。
5つ目は、社会民主主義系の政党が福祉国家の成立に大きな役割を果たしたことです。楊さんの説明では、社会民主主義とは革命や暴力ではなく、議会制民主主義に沿って平和的に社会主義を実現していこうという考え方です。
スウェーデン型の福祉国家は、高い経済成長と雇用を保ちながら福祉を充実させる、資本主義と社会主義のハイブリッドのような仕組みだと楊さんは話します。企業を国際市場で競わせて税収を確保し、その富を国民に大きく分配するという発想です。ただしこの形も、90年代以降のグローバル化や移民の増加を受け、福祉の一部民営化などの方向修正がなされていきます。
なぜ北欧の代表としてスウェーデンを語るのか
北欧モデルの特徴は北欧の全ての国で同じなのか、と樋口さんが尋ねます。楊さんは、北欧4か国は文化的な均質性が高く、協調した政策を取ることもあるため、目指す方向は似ていると答えます。
一方で、第二次世界大戦前後に北欧4か国がたどった運命は大きく異なりました。ソビエトやドイツに攻撃された国がある中で、スウェーデンだけはうまく中立を維持できたため、帝国主義の国々の中でイギリスが典型例だったように、北欧ではスウェーデンを典型的なモデルケースとして取り上げられるといいます。
さらに楊さんは、スウェーデンが北欧で一番大きな国なので、事例に出すと説得力がありそうだという理由も冗談まじりに明かします。
誰の都合?トークの都合。その視点だったとは知らなかったです。
紙と鉄の産業革命が生んだ労働者の政党
スウェーデンの話に入るにあたり、楊さんは以前のエピソードで扱った社会福祉の成立条件、つまり資本主義社会・産業社会・国民国家・民主主義を意識して聞いてほしいと前置きします。
スウェーデンの産業革命はイギリスより遅く、19世紀後半に工業化が始まります。代表的な産業は木材加工業と製鉄業です。とくに製紙業は、新聞・雑誌・書籍といった紙のメディアの需要拡大とともに伸び、森林の多いスウェーデンで産業革命を牽引する産業の一つになったと楊さんは紹介します。
19世紀の間に北欧諸国の人口は死亡率の改善で2倍になり、仕事が増えた都市部へ農村から人々が移り住みます。都市で増えた労働者は団結し、社会主義運動が起こり始めます。
その流れの中で、1889年にストックホルムで社会民主労働党が発足します。19世紀末の欧州では、ドイツ・フランス・イギリス、そして日本でも社会民主主義系の政党が生まれており、スウェーデンの動きもその世界的なムーブメントの一つでした。
同じ時期には、もう一つの重要なアクターである労働組合の全国組織、通称LOも生まれ、徐々に力を持つようになります。さらに議会主義を求める運動から普通選挙制が整い、労働者の意見を政治に届けるルートができあがっていきます。
工業化
19世紀後半、製紙業や製鉄業が発展
人口移動
人口が2倍になり、農村から都市へ労働者が移住
労働者の団結
社会主義運動が広がり、1889年に社会民主労働党、LOが誕生
民主化
議会民主制と男子普通選挙制で労働者の声が政治に届く
世界に先駆けた国民皆年金は、なぜ選ばれたのか?
戦前のスウェーデンの福祉政策も、はじめはイギリスと似た道をたどりました。貧しい人を救済する救貧政策は、取り締まりの性格が強かったと楊さんは説明します。
その一方で、1913年に国民老齢年金制度が創設されます。この制度の特筆すべき点は、全国民を対象とする統一的な制度だったことです。他国の年金は賃金労働者専用や職域別だったのに対し、スウェーデンの制度は仕事の有無や性別にかかわらず加入を認め、少額ながら名目上は国民皆年金でした。番組の調べでは、どうやら世界に先駆けて実現したそうです。
楊さんが紹介する説明の一つは、当時のスウェーデンの政策決定者がドイツやフランスなどの年金制度を反面教師として研究したというものです。労働者だけの年金では包括的でなく不公平が残ると考え、それなら全員を対象にしたほうがメリットが大きいという結論に至ったといいます。
働いていない人は受け取れず、結局その人の生活を別に支える必要が残る
一括して徴収し、一定の年齢で全員に支給するほうが社会全体の利益になる
対象を広げれば国のコストは上がるはずだ、と樋口さんが確認すると、楊さんは、法律を作るときに税負担の増加を理由に反対した人たちがいたので、多分コストは上がったと答えます。
ただ、そこで国はコストをかけてでも全員を救う選択をした方がいいっていうふうに研究で判断したっていうことですね。
楊さんは、ここに後発国のメリットを見ます。中国の経済的躍進を「ジェネリック資本主義」と呼ぶ人がいるように、先行事例が多いほどキャッチアップしやすく、振り切らないバランスの取れた制度設計ができたのではないかと話します。
もう一つの背景として番組内で議論されたのが、スウェーデンの置かれた状況です。スウェーデンにとってロシアは歴史的な宿敵で、領土を取られた経験もあります。巨大な国の隣にある小さな国だからこそ、団結して合理的な判断をしないと生き残れないというマインドが働いたのではないか、と楊さんは考えます。
人口規模も小さいし、同質性も高いからコンセンサスも得やすいし。
でかければでかいほどいろんな人がいたりとかしますからね。
「国民の家」というスローガンが示したもの
スウェーデンは2つの世界大戦を経て、福祉国家として大きく出来上がっていきます。戦間期の1930年代に社会民主党が政権につき、1976年まで44年にわたって与党であり続け、福祉国家の路線を固めました。
社会民主党が掲げたスローガンは「国民の家」です。楊さんは、労働者だけでなく全ての階級を代表しようとする意思が込められ、階級闘争ではなく協調の精神を重視したと説明します。
同時期の日本の標語って(欲しがりません)、勝つまではとかなのにね。
楊さんによれば、スウェーデンの政治の特徴は合意と協調を大事にする「合意形成優先型の政治」です。社会民主党は与党でありながら反対派の政党とも議論を尽くし、時には妥協もしたといいます。特定のグループの利益ではなく、意見がぶつかる相手も含めて全体最適を目指す姿勢でした。
みんな集まるとよし、わかった。飯食おうと。ここ家だと。家で飯食おうみたいな。
ただしスウェーデンは資本主義を否定したわけではありません。格差を生む根本である資本主義と市場経済には手をつけず、富を生むエンジンとして市場を残し、出口の配分をグリップするという方法を取ったと楊さんは話します。
共産主義国家のような経済体制では社会全体の生産量が足りなくなるため、多少の不平等は許して自由競争で効率よく生産し、出てきた不平等を後から是正するのが最も合理的だという判断だったといいます。樋口さんは、それは税金を何%取るかというバランスの問題で、スウェーデンはそこを多めに取っているのだと受け止めます。
戦火を避けたスウェーデンとアメリカの意外な役割
第二次世界大戦でスウェーデンは中立政策を守りながら、状況に応じて立ち回りました。前半はドイツに鉄鉱石や軍需品を輸出し、後半は連合国に協力姿勢を示したと楊さんは紹介します。その結果、戦火に巻き込まれず産業基盤やインフラが残り、いち早く福祉国家の建設へ進めました。
戦後のスウェーデンには、アメリカ主導のブレトンウッズ体制 ── 第二次世界大戦後に築かれた、ドルを基軸とする固定相場制の国際通貨体制。各国が輸出しやすい為替水準を認める面がありましたとマーシャルプラン ── アメリカが戦後ヨーロッパの経済復興のために行った大規模援助計画。共産主義の拡大を防ぐ狙いもありましたも追い風になります。スウェーデンもアメリカからの資金注入で経済復興の糸口をつかみました。
戦後すぐ、スウェーデンでは国民皆年金の充実と全国民を対象とした医療保障が整えられます。1947年には、親の経済状況にかかわらず全員を対象とする児童手当制度も国際的に早い時期に導入されました。
深井さんは、他国の皆保険・皆年金の年表を示しながら、アメリカの支援によって日本やヨーロッパでは実現したのに、当のアメリカはバラク・オバマまで国民皆保険を導入できなかったという点を面白がります。
自分のところで実装できてなかったシステムの他のところで実装するの手助けしたっていう形ですよね。
樋口さんは、アメリカはそもそも福祉国家ではなく夜警国家 ── 国家の役割を治安維持や国防など最小限にとどめ、それ以外は個人や市場に任せるべきだとする国家観側なので、実装できなかったというより望んでいなかったのではないかと指摘します。深井さんも、オバマケアには今も自助努力を骨抜きにするという反対があると応じます。
消費税はなぜ「消費」にかかるのか?
楊さんはアメリカの役割をもう一つ挙げます。アメリカは同盟国の軍事費の大部分を負担したため、日本を含む同盟国は浮いたリソースを公共投資や社会福祉に回すことができたといいます。
その後、1950年代後半から70年代前半にかけて、スウェーデンは福祉国家の黄金期を迎えます。1960年には間接税、いわゆる消費税が先進国に先駆けて導入され、ほぼ全ての財とサービスに課税し、その財源を社会福祉に充てるルートができました。
楊さんは、税金はその時代に一番お金が動くものにかけられると説明します。昔は土地の賃料、次に企業への法人税や所得税、そして消費が経済をドライブするようになると消費に税がかかり、最近では環境税も出てきています。
土地
かつては土地の賃料が一番の税収源
企業・所得
法人税や所得税が中心に
消費
消費が経済を動かす時代に消費税へ
環境
自然環境を持続的に使うための環境税
同じ職種なら同じ賃金、連帯的賃金政策の衝撃
スウェーデン独自の雇用政策として楊さんが紹介するのが、連帯的賃金政策です。職種間の賃金格差は合理的な範囲で維持しつつ、同じ職種であれば企業の利益率にかかわらず同一賃金にするという原則でした。
たとえば利益率の高い企業と低い企業で働く事務職は、普通なら給料に差があっても不思議ではありません。しかしスウェーデンでは、職種が同じなら同じ賃金にするよう求めたといいます。
芸人やったらダウンタウン松本人志と渋谷の小劇場でやってる芸人が同じ賃金になるってことでしょ。
樋口さんが最低賃金を上げるイメージかと尋ねると、深井さんは「上下を抑える」のだと答えます。利益率の高い事務職の賃金を抑え、低い事務職を引き上げて均すことで、社会を安定させ、同質性を担保する発想だといいます。
この政策と対になるのが積極的労働市場政策です。技術革新や国際市場の変化で斜陽化・倒産する企業を、スウェーデンはあえて保護しません。その代わり、失業した人に職業訓練を受けさせ、より生産性の高い産業へ移していく設計になっています。
同一職種同一賃金
企業の利益率にかかわらず賃金を均す
低生産性企業の淘汰
斜陽化や倒産をあえて保護しない
職業訓練
失業者に教育を提供する
成長産業への移動
より生産性の高い産業で再び働く
自然淘汰は進めるけど、あぶれた人はちゃんと救いますねっていうことですね。
さっきの自由市場みたいなものはかなりがっちり守りつつも、その結果として出る格差みたいなのは分配によって相当是正するっていう原則をここまで徹底してるってことですよね。
松本人志さんクラスの人にとっては損ではないか、という樋口さんの問いに、楊さんは、ダウンタウンの松本さんと小劇場の芸人しかいない社会なら革命が起きかねないと返します。競争で出た不平等を均すほうが社会は安定し、みんなのためになるという考え方です。
樋口さんは、それを嫌ったのがアメリカだったのではないかと話します。アメリカは勝ち上がれば巨万の富を得るアメリカンドリームを見ており、芸人の世界にも同じような夢があるからだといいます。
これを受けて深井さんは、番組はスウェーデンを称揚しているわけではないと強調します。北欧とアメリカはそれぞれ一つの極であり、どちらも良いと考える人がいて、ほかにもさまざまな社会のあり方がある、という立場です。
別に(コテンは)北欧みたいにならなきゃいけないと思ってないし、アメリカみたいにならなきゃいけないとも思ってない。
政府・労働組合・経営者が同じテーブルにつくコーポラティズム
北欧モデルのもう一つの重要な特徴がコーポラティズム ── 政府・労働団体・経営者団体の三者が協議して、賃金や労働政策などを決めていく政治の仕組みです。スウェーデンでは一時期、この三者が賃金や労働の政策決定に一緒に関わる体制がすごく完成されていたと楊さんは紹介します。
日本に乱暴に置き換えると、経団連と連合(日本労働組合総連合会)と政府が春闘などで翌年度の賃上げを話し合い、決めた方針に組合や労働者がそれぞれ従う体制が、非常に高度にできているイメージだといいます。
深井さんが注目するのは、高度に組織化された労働運動です。マルクス・エンゲルス回で協力を得た立教大学の佐々木良二先生も、労働者の団結や連帯が社会変革に大事だと話していたと紹介し、イギリスで選挙権や社会保障が獲得されてきた歴史を思い出してほしいと呼びかけます。
スウェーデンの労働組合は日本と違い、政府や経営者団体と対等に交渉できる力を持っていました。頂上団体のLOの下に多くの下部組織があり、三者で決めたことに下の団体も従う集権的なヒエラルキー構造ができていたといいます。
労働組合の組織率の差も大きく、スウェーデンでは90年代以前に90%以上の時代がありました。一方、日本は1980年代頃で30%ほど、2019年には16.7%だと楊さんは紹介します。
経営者側にもSAFという頂上団体があり、楊さんは「労働者業界のドン、経営者業界のドン、そして政府」が国の形を話し合うイメージだと表現します。組合側も自分たちの賃上げだけを求めず、インフレ回避のために賃上げを抑制することもあったといいます。
政府も、賃上げを抑えてもらう代わりに社会保障を充実させるという交換条件を出すなど、全体最適をゴールにした政策決定が行われていました。
社民党の下野、それでも福祉国家が支持された理由
1970年代以降、先進国に低成長の時代が訪れ、その波はスウェーデンにも及びます。福祉国家の優等生でも福祉のマイナス面が意識され、象徴的な出来事として社会民主党政権が与党から外れ、右派政権が登場します。
無情な。無情っていうのは諸行無常だな。
ただし、政権交代後もスウェーデンの福祉国家の根幹にはあまり大きな変化が見られなかったという説があると楊さんは紹介します。国民の大多数が福祉の縮小にほぼ常に反対し、分断を避けて統合するために福祉国家を維持しようとする社会的なマインドが選挙行動にも表れていたという説明です。
楊さんは、道徳的に福祉国家を支持するロジックもあると話します。一般に、富裕層は自分から取られたお金が失業者に回ることを嫌い、福祉国家に反対しがちだとされますが、スウェーデンではその考え方がそれほど機能していなかったらしいといいます。
だから国に好意的で、国に信頼があって、国じゃない他の人にも信頼があるんよ。
楊さんは、高度な福祉国家として一度成功し、国民がそれを味わったからこそ信頼が保たれているのかもしれないと話します。
とはいえ変化も起きていました。経営者団体が自由主義的な主張を強め、コーポラティズムの解体が始まり、福祉国家に抑制をかける動きにつながっていきます。根幹はいじられなかったものの、経済が停滞すると社会福祉の維持は難しくなると楊さんはまとめます。
余裕があると社会福祉できて、余裕がなくなるとできなくなるみたいな。
移民の増加が揺さぶる「仲間」の範囲
スウェーデンでは移民も大きく増えています。2021年のデータでは、1000万人以上の人口のうち200万人が外国生まれで、移民問題への政治家のスタンスが選挙の勝敗を左右する争点になっていると紹介されます。
深井さんは、経済停滞とこの「どこまで仲間か」という問題が福祉の歴史で繰り返し現れると応じます。スウェーデンでは移民の失業率が本国出身者より10%ほど高く、「フリーライドしているのでは」という声も出始めているといいます。
移民の中で多いのは、内戦が起きたシリアからの難民です。スウェーデンは人道的に難民を受け入れ、定着や就労のために支援していますが、それがスウェーデン人には割を食っている感覚につながりました。深井さんは、相互の信頼で成り立っていた高度な福祉システムに、疑心暗鬼が生まれるきっかけになったと指摘します。
(スウェーデン人とシリア難民が)僕たちは仲間だよねっていう風に認知を変容させたらもういいんじゃねえのっていう話だけど、人間の認知っていうのはそのように操作可能なものではないから難しいよねっていう話になって。
「福祉」という言葉はひとつではない
最後に樋口さんは、「福祉」という言葉自体に段階があると問題提起します。年金、障害者支援、社会保険などさまざまなものがあり、どの福祉が誰にどこまで届いているかは時期によって変わるはずだという指摘です。
深井さんも、障害の歴史編で扱ったように何を障害とみなすかで届けるサービスも変わるため、福祉は単一ではなく多様で、時期によって違うと応じます。
スウェーデンじゃない国の方がある職種とかある立場の人だったらスウェーデンだったら受けられないけど、他のとこだったら受けれるとかもあるかもしれないです。
樋口さんは、スウェーデンは福祉国家だから福祉がすごいと一括りにして、分かった気になるのは難しいと締めくくります。次回へと話は続きます。
まとめ
スウェーデンの福祉国家は、遅れてきた産業革命、労働者の団結と民主化、小国ゆえの協調マインド、そして戦後のアメリカの支援といった条件の上に築かれました。高い税負担と市場の競争を組み合わせ、国民の信頼で支えられてきた一方、経済停滞や移民の増加によって、その信頼の前提が揺らぎ始めています。
- 北欧モデルは高負担・高福祉、普遍主義、現物給付、積極的労働市場政策を特徴とする
- 1913年の国民老齢年金は、他国の制度を反面教師にして全国民を対象にした
- 「国民の家」を掲げた社民党は、市場をエンジンとして残しつつ配分を大きく是正した
- 連帯的賃金やコーポラティズムは、全体最適を目指す合意の文化に支えられていた
- 経済停滞と移民の増加が、「どこまで仲間と思うか」という福祉の根本問題を再び浮かび上がらせている




