子ども向けではなかったSpringin’、ダウンロードが8倍になった理由は?
前編では、中村俊介さんのプロフィールと株式会社しくみデザイン、プロダクトのKAGURA ── しくみデザインが開発した、体の動きで音楽を演奏できるアプリケーション。カメラに映った身振りで音を鳴らせるのが特徴です、そしてSpringin’が紹介されました。Springin’は、プログラムを書かずにプログラミング的なことができるアプリです。
中村さんによると、Springin’はもともと子どものために作ったものではありません。出発点は「作ることが楽しいのだから、みんな作ればいい」という考えで、ゲームなどのデジタル作品を作ったことがない人すべてに、作る人になってほしいという思いでした。対象には大人も含まれていたといいます。
転機は、2020年に小学校でプログラミング教育が必修化 ── 2020年度から小学校の学習指導要領にプログラミング教育が盛り込まれたこと。特定の言語を学ぶより、論理的に考える力を育てることが重視されていますされる1年ほど前に訪れます。特に宣伝もしていないのに、Springin’のダウンロード数が1か月で突然8倍に跳ね上がったのです。
それまでSpringin’は、何年もかけてじわじわと1万ダウンロードほどに届いた状態でした。そこへ突然8万ダウンロードという数字が出て、中村さん自身も驚いたと話しています。
調べてみると、翌年からのプログラミング教育に備えて情報を集めていた小学校の先生、特に私立校の先生たちが発端でした。中村さんの講演を聞いた先生をきっかけに「すごくいいツールがあるらしい」という話が広がり、教育機関から次々とダウンロードされていたのです。
8割が小中学生に。遊んでもらうまでが「クリエイター」
ダウンロード急増の理由がわかってから、中村さんはSpringin’を子ども向けにも打ち出すようになりました。その結果、現在のユーザーは8割ほどが小中学生だといいます。
中村さんは、この数字を「子どもでもできる」という設計が実現できた証拠とも受け止めています。そのうえで強調するのが、子どもたちが作る作品の質の高さです。
Springin’には、作るだけでなく、作った作品を他の人に遊んでもらえるマーケットがあります。アプリ内だけで使えるコインで、作品を売り買いする仕組みです。
中村さんがマーケットまで用意した理由は、作って満足するだけでは意味がないと考えているからです。他の人に遊んでもらうところまで含めてクリエイターだ、という考え方が、Springin’の設計の根っこにあります。
子どもたちがマーケットで次々とすごい作品を出す様子を見て、中村さんは「これはめちゃくちゃ効果があるのでは」と実感するようになったといいます。先生たちからも効果の声が届き、子どもたちが生き生きと楽しんでいる姿を見て、教育に使わない手はないと考えるようになりました。
コロナ禍での決断、Springin’への全振りと教育事業
中村さんの会社は、受託で作品を作る仕事を15年続けてきました。ただ、その仕事はすべてイベント関連で、人を集めたり、集まった人を楽しませたりするものです。新型コロナウイルスの流行は、この業態を直撃しました。
それまで中村さんは、イベントの制作事業とSpringin’を半々で進めていました。コロナ禍をきっかけに、このまま半々で続けるか、Springin’に全振りするかを決めなければならなくなります。
中村さんの答えは、作る側を15年やってきたのだから、今度はクリエイターを生み出す側に全振りするというものでした。2020年に、Springin’に集中する決断を下したと語っています。外出できない時期に、タブレットだけで作品を作って共有できることも強みになると考えたそうです。
全振りを決めた中村さんは、教育で「使える」と言うだけでなく、教育事業としてきちんと取り組むことにしました。最初に手をつけたのが、本当に教育効果があるのかの検証です。
中村さんは保護者を対象にアンケートを取り、有効回答150件ほどを集めました。論理的思考力や想像力など、効果があると考える6つの項目について、子どもにどんな変化があったかを具体的な行動でチェックしてもらう形式です。
集計すると、9割以上の保護者が効果を感じていました。想像力がついたと思う人は96%で、特に思わないと答えた人は4%しかいなかったといいます。中村さんは「嘘をついているんじゃないかと思うくらいいい数字」と笑っています。
この話を聞いた樋口さんは「大人もやったほうがいいかもしれない」と反応しました。中村さんによると、子どもにやらせていた母親が自分でも作り始め、今ではマーケットで超人気クリエイターになっている例もあるそうです。
(ちょうど)一昨日ぐらいに高校の授業してきたばっかりなんですよ、特別授業。子供たちと一日中関わった後にこの話聞いてるんで、もうやばいですね。ぞわぞわしてます。
中村さんは今、教育向けの法人サービスを作っています。Springin’でどう作品を作り、どう論理的に考えられるようになるかをまとめた教材に加え、作品を同じ塾や教室の中だけで共有できる機能を備えたパッケージです。先生が創造性やプログラミングを楽しく教えられるようにすることが狙いだといいます。
「気持ち悪い絵」と言われた少女に、シェアは何をもたらすか
樋口さんは、Springin’の簡単さ以上に「作品をシェアできる」点が鍵だと感じたといいます。その理由として、地元の田川で子どもたちと関わる中での体験を語りました。
樋口さんが出会ったのは、カブトムシの背中を米粒のように細かく描き込み、右半分はぐちゃぐちゃ、左半分は塗りつぶしたアーティスティックな絵を描く中学生くらいの女の子です。親や先生に見せたかと尋ねると、「こんな気持ち悪い絵を描いていないで、勉強しなさい」と言われたと答えたそうです。
樋口さんは強い憤りを感じつつも、親自身が作品を正しく評価する教育を受けていないのだから仕方ない面もある、と考えています。そのうえで、シェアできる環境の意味を次のように話しました。
(シェアできる環境なら、)お父さんお母さんは分からなくても、いろんな人がいいねって言ってるっていうことだけで、(変わる)。
それまでって本当に近い人からの評価がその自分の世界だけになってて、そこの評価を得れなかったら、自分ってダメなんだとか、これって価値ないんだっていう判断になると思うんですよ。
でもそれがより広くなると、わかってくれる人いるんだっていう勇気になると思うんですよね。
評価は親や先生など近い人だけ。認められなければ「自分はダメだ」と感じてしまう
多くの人に見てもらえる。わかってくれる人がいることが勇気になる
もっといろんな人見れるところで感想をいただけるような環境だったら、その中にもね、自分をモチベートさせてくれる感想とかも出てくるかもしれない。
中村さんも、この見方に強くうなずきます。Springin’ではダウンロード数が励みになるほか、荒れるのを防ぐためにコメントは自由記入にせず、ポジティブな言葉と絵文字だけを選べる仕組みにしています。
中村さんによると、子どもも大人もいる人気クリエイターからコメントをもらえると、子どもたちのテンションが大きく上がるそうです。楊さんはこれを「悪意がない、幸せなプラットフォーム」と表現し、樋口さんは「愛の設計思想」と評しました。
文字を使わないから世界へ。「TikTokのゲーム版」という構想
楊さんから「Springin’はこの先どうなっていくのか」と問われた中村さんは、2つの方向性を考えていると答えました。1つ目は教育です。
中村さんがSpringin’の一番の長所に挙げるのは、文字を使わないことです。言語に依存しないため国を問わず使え、日本から始めつつ、世界中の人が何かを作るのを助けるツールを目指しています。
教育面で中村さんが重視するのは、論理的思考に加えて試行錯誤です。エラーを恐れず何度も試せること、何度も試すのは悪いことではないというマインドを育てたいと話し、これは大人にも伝えたいと語りました。
2つ目の方向性は、子ども向けに閉じないことです。中村さんはSpringin’の設計思想もUIも子ども向けには作っておらず、自分が子どもだったら子ども向けの道具は使いたくない、と話します。子どもは真似事ではなく、大人が使う本物の道具が欲しいのだという考えです。
中村さんは、Springin’が世界で最初に手にするクリエイティブツールになると考えています。そこで作る楽しさを知り、グラフィックに進みたければAdobe ── PhotoshopやIllustratorなど、プロ向けのデザイン・映像制作ソフトを提供するアメリカの企業、ゲーム制作を深めたければUnity ── ゲーム開発で広く使われる開発環境。スマートフォン向けから大型タイトルまで多くのゲームが作られていますへ進めばよい、という位置づけです。
Springin’で作る
文字を使わず、気軽に作る楽しさを知る
共有して反応を得る
友達に遊んでもらったり、界隈でプチバズを起こしたりする
次の道を選ぶ
プロのツールへ進むか、Springin’内で稼ぐクリエイターになる
中村さんはこの構想を、端的に「TikTokのゲーム版」と表現しました。何億円もかけた大作ゲームも面白いけれど、深井さんがすき間時間に自分の顔を入れて作ったくだらないゲームが仲間内で話題になれば、その瞬間はそちらの価値のほうが断然高い、という例を挙げています。
中村さんは、今のSpringin’でもまだ簡単さは足りないと考えています。もっと気軽に作れるようにしつつ、ロジックを極める面は教育に生かす。この2軸でビジネスとしても成り立たせたいと話しました。
楊さんは「宇宙から猫が大気圏に突入するゲームを作りたい」と言い出します。趣味で映像まで作っていたものの、ゲームにするには道具と努力が足りなかったという話に、中村さんは、これまで「面白そう」で終わっていたことを実現するにはツールが必要だった、と応じました。
ブログ、TikTok、そして次はゲーム?作ったもので光が当たる世界
深井さんは、Springin’の動きがブログ登場時と似ていると指摘しました。
今まで自分が考えてることを誰かに発信しようと思えば、紙に書いて出版社に持って行って出版してもらうみたいな、ハードルが必要だったんですけど、ブログだったら今誰でも発信できるじゃないですか。
中村さんも同じイメージを持っていました。テクノロジーの進化によって、素人が扱えるものがテキストから映像へとリッチになり、次はゲームのようなインタラクションのあるものだ、という流れです。
中村さんが思い描くのは、ライブ配信中に絵の上手な人がその場でゲームを作り、アップしてすぐ視聴者に遊んでもらう光景です。これまでのゲームに必要だったパッケージ化や申請を、すべて飛ばせるといいます。
中村さんの根底には、クリエイターを支援したいという思いがあります。Springin’の中だけで稼げる仕組みができれば、仕事の少ない貧しい地域でスマホだけを手にした人が、面白い作品で世界的にヒットし、そこから抜け出すこともあり得ると語りました。
中村さんは、映像との違いにも触れます。映像では本人の可愛さや面白さが大きく影響し、純粋なコンテンツ勝負とは少し違う。中村さん自身も顔出しには興味がなく、作ったものが評価されることがうれしいタイプだといいます。
だからこそ中村さんは、表に出るのが苦手でも面白いものを作る人に光が当たるプラットフォームにしたいと話しています。樋口さんは、ものづくりを続ける人が多い芸工大らしい発想だと感じたようです。
遊ぶことは学ぶこと。勉強と遊びは対立しない
次回は中村さんの半生を聞くことになり、話はいったん締めくくりへ向かいます。その前に樋口さんは、Springin’のすごさを一言加えました。
いわゆる勉強とか国語、数学、理科、社会、プログラミングとかじゃなくて、(Springin’は)遊んでるだけっていうのがたまんないです。
本人勉強してるという感覚がない中で勝手に勉強されてるって理想の状態だと思ってるんで。
楊さんは、この回が教育のシリーズの直前に放送されることに触れ、教育の歴史を学んでわかったこととして、学ぶことと遊ぶことは同義だと語りました。
一番原始的な学びが遊びだと思うんだよね。子供は遊びながら学んでいるのであって、座学で想像する勉強っていうのは相当新しい勉強の仕方で、ごくごく一部でしかない。
楊さんは座学も大切だとしたうえで、今の社会では遊びを勉強の反対として扱いがちだと指摘します。ゲームや友達と遊ぶ代わりに座学をしなさい、と言ってしまうような場面です。
遊びは勉強の反対。遊ぶ代わりに座学をしなさいと言う
遊びは最も原始的な学び。座学はごく新しい一部の方法
樋口さんは拍手でこれに応え、楊さんは「だからどっちも大事だと思った」とまとめました。話し足りない内容は、次回に持ち越されます。
まとめ
Springin’は、子ども向けとしてではなく「誰もが作る人に」という思いから生まれ、教育の現場で見出されて小中学生へと広がりました。中村さんはコロナ禍で全振りを決め、教育効果の検証や法人向けサービスに取り組みながら、作ったもので評価される世界を描いています。
- Springin’はプログラミング教育必修化の前年、先生たちの口コミでダウンロードが1か月で8倍になった
- 遊んでもらうまでがクリエイターという考えから、作品を共有するマーケットとポジティブなコメント機能を備えている
- 保護者アンケートでは96%が「想像力がついた」と回答し、教育事業へ本格的に踏み出した
- 中村さんは文字を使わないSpringin’で世界を目指し、「TikTokのゲーム版」として作った人が稼げる場を構想している
- 楊さんは教育の歴史から、遊ぶことと学ぶことはどちらも人間にとっての学習だと語った





