1500作品を手がけた「クリエイタークリエイター」とは?
番外編のゲストは、株式会社しくみデザイン代表取締役の中村俊介さんです。司会の樋口聖典さんによると、深井龍之介さんも樋口さんも、中村さんとは以前から長い付き合いがあるといいます。
樋口さんが紹介した中村さんの経歴は、名古屋大学建築学科を卒業後、九州芸術工科大学の大学院でユニバーサルデザインを研究しながらメディアアーティストとして活動した、というものです。在学中に創作した作品はすべて何らかの賞を獲得し、賞金で学費を賄っていたそうです。
賞金稼ぎって。賞金稼ぎってなかなか聞かない職業ですね。
中村さんは芸術工学の博士号を取得後、九州工業大学の講師となり、在任中に「みんなを笑顔にする仕組みをデザインする」というビジョンを掲げてしくみデザインを設立しました。樋口さんも同じ九州芸術工科大学の出身で、中村さんは大学の先輩にあたります。
しくみデザインのAR楽器KAGURAは、アメリカのインテル社主催のコンテストと、ヨーロッパ最大級の音楽フェスSONAR ── スペイン・バルセロナで毎年開かれる音楽とテクノロジーの祭典。電子音楽のライブに加え、テクノロジー系の展示やカンファレンスも行われますのスタートアップコンテストでグランプリを受賞しています。KAGURAは何も身につけず、カメラの画像処理で体の動きから音楽を作る仕組みです。
しくみデザインはSMAPなどのコンサート映像演出や、テーマパークの参加型アトラクションなど、1500作品以上を手がけてきました。そのうえで中村さんは、設立15年目に「クリエイタークリエイター」になることを決めたといいます。
これ(クリエイタークリエイター)ってどういうことなんでしょう。ハンターハンターみたいなことじゃないですよね。
中村さんの答えは、自分の造語で一般的な定義はなく、「クリエイターを作る人」という意味だというものでした。その中心にあるのが、絵も音もプログラミングも感覚的に扱え、紙と鉛筆で描くような手軽さでゲームやデジタル作品が作れるアプリSpringin’です。Springin’には、すでに9万作品ほどがアップロードされているそうです。
九州の経営者仲間として始まった、深井さん・樋口さんとの縁
深井さんと中村さんの出会いは、九州の経営者仲間としてのつながりでした。深井さんは7〜8年前からの付き合いだと振り返ります。当時の深井さんはCOTEN設立のはるか前で、REVOという会社の取締役COOとして、レンタカー予約などモビリティ系のサービスを手がけていました。
当時のしくみデザインは、メンバーは今と同じでも、仕事の中心はクライアントの依頼に応えて作る受託制作でした。KAGURAはすでにありましたが、Springin’はまだ存在していなかったそうです。
シュンスケさんの仕組みデザインはみんな大人なんで、結構安定してるんですよ、人間関係が。で、我々すごい若かって、その時二十代とかで。
全然安定してないわけ、俺らが。喧嘩ばっかりしてね。それでなんかこう相談したりとかして。
深井さんによると、その後も社長同士で旅館や温泉に行って合宿をし、悩みを相談し合う仲が続いているといいます。一方の樋口さんは、中村さんが審査員を務めていたアワードに出たのが直接の出会いで、その縁からKAGURAのプロモーション音楽を手がけ、プロモーションビデオも樋口さんが関わるいいかねパレットで撮影されました。
深井さんが中村さんから受けた「ピュアさ」の影響とは
樋口さんから中村さんの人柄を聞かれた深井さんは、自分は中村さんから影響を受けていると答えました。そのキーワードが、事業に対する「ピュアさ」です。
雑念がない。何て言うんですかね。欲も悪くも雑念がなくて。
戦略的に資金を獲得していってとか、資金調達してみたいなことを、すごい賢いからできるんだろうけど、やるつもりがないですよね、ずっと。
中村さん自身は、やるつもりがないというより、自分を大きく見せることが「できない」と応じます。深井さんは20代の頃、無理をしてそうした振る舞いをしようとし、本来の人格と違う状態になっていたと明かしました。
深井さんは、中村さんのようなピュアな経営者と関わる中で、ピュアさの大事さに気づいていったと話しています。さらに深井さんは、中村さんを「すげえアーティスト」だと評しました。
深井さんの言うクリエイターとアーティストの違いは、クリエイターが会社の中で何かを作る人も含むのに対し、アーティストは株式会社の枠も超えている感じがする、というものです。作りたいものを先に作り、ビジネスモデルは後から考えるスタイルだと深井さんは見ています。
デモするだけなんだよね。やってみるだけ。目の前で使ってみるだけ。使ってみたらめっちゃすごくて優勝とかするの。毎回。
深井さんによると、Springin’は当初ビジネスモデルがなく、「これどうやったら儲かるんやろね」と話していたほどだったそうです。
なぜ「作る人」を増やそうと思ったのか?
Springin’を作ったきっかけについて、中村さんは2つの理由を挙げました。1つ目は数の問題です。15年かけて1500作品を作っても、それは知れている。もし15年で1500人のクリエイターを生んでいたら、世の中に生まれる作品の数は桁違いになると考えたといいます。
2つ目は、作る体験そのものの価値です。しくみデザインの作品はみんなが楽しめるものですが、中村さんは、結局一番楽しいのは作っている自分たちだと感じていました。人を笑顔にするためにものを作る過程こそが一番楽しく、作品を届けるだけでは、その体験を奪っているかもしれないと考えたそうです。
さらに中村さんは、自分が作る人になれたのは、幼少期から作る機会や褒められる経験に恵まれた運の部分が大きいと振り返ります。多くの人にとっては、プログラミングやデザインや音楽を先に勉強しなければならず、頑張った結果ごく一部だけが作り手になれる構造になっている、という問題意識です。
先にプログラミング・デザイン・音楽を勉強し、頑張った一部の人だけが作り手になる
まず敷居を下げて「何か作れた」という舞台に上げる。そこからはみんな自分で頑張る
中村さんは、先に頑張らせるから人はやらないのではないか、と考えました。この問題を解く手段として選んだのが、自身が芸工大時代から使ってきたテクノロジーとデザインの組み合わせです。
最短距離で作れる状態に連れて行けば、そこからすごいプロが生まれるかもしれないし、友達に見せる程度の在野のクリエイターも増えるかもしれない。中村さんは、そうなれば世の中は絶対に面白くなると話しています。
めちゃくちゃわかる。めちゃくちゃわかる。
iPadと1歳半の娘が教えてくれた可能性
Springin’の一つ手前には、ペイントーンというアプリがありました。名前のとおりペイントとトーンを組み合わせた、描いた絵に音をつけるだけのアプリです。
中村さんは2010〜2012年ごろにiPadが登場したとき、すごくいいデバイスが出たと感じました。ところが世の中の使われ方は、パソコンや紙でできることをタブレットでやると便利、簡単、というものばかりで、タブレットにしかできないことをしていないと感じたといいます。
中村さんが考えたタブレットならではの強みは、音と絵と、触るというインタラクションを自由に作れることでした。世の中のアプリはほとんどが「触ったら音になる絵」ではないか、と考えたそうです。
その発想で作ったアプリを、当時1歳半ほどだった中村さんの娘が普通に使いこなしました。ぐちゃぐちゃに描いた絵に自分の声を入れ、触って鳴らしていたそうで、そのデータは今も残っているといいます。
へー、たまらん。マジでたまらん。
音が鳴る絵ができると、今度は動かしたくなります。触ったらこうなる、という仕組みにはプログラミングが必要ですが、そこで急にプログラミングを勉強してくださいと言うのは違う、と中村さんは考えました。開発メンバーとも「文字は使いたくない」と盛り上がり、その後エンジニアが中村さんに内緒で絵が動くようにしてきたことが、開発の転機になったそうです。
重力はリンゴ、関係は人間関係。文字を使わないプログラミング
文字を使わずに、しかも勉強なしで作れるようにするために、中村さんがたどり着いた方法の一つが自然現象や物理現象のメタファーです。人は重力のような現象を、勉強しなくても生活の中で感覚的に身につけています。その感覚を、自分が描いたアイテムへの意味付けや機能付けに使えば、感覚をそのまま作品に落とし込めると考えました。
Springin’では、画面全体の重力をリンゴのアイコンで設定します。ニュートンにちなんだもので、方向と強さを決めて実行すると、画面上のものが一斉に落ちていきます。そこから、落ちてほしくないものには別のアイコンを与えていきます。
| アイコン | 絵に与える状態 | 元になったイメージ |
|---|---|---|
| リンゴ | 画面全体に重力(力の場)をかける | ニュートン |
| ピン | その場に留める | ピンで留める |
| 宇宙飛行士 | 重力を無視して浮かせる | 宇宙で浮く飛行士 |
| 分銅 | 重くする | 重さの分銅 |
もう一つの柱は「関係性」です。中村さんは、世の中は何かと何かの関係性で成り立っていると考えました。深井さんと昔からの友達で、その後樋口さんと知り合い、COTENができてから楊さんと友達になった、というような人間関係と同じように、アイテム同士の関係を決められればプログラムが書けるのではないか、という発想です。
たとえば、あるアイテムを触ったら、つながっている別のアイテムにジャンプの命令を送る、と決めれば、それがジャンプボタンになります。ぶつかった相手を消す、という関係も作れます。プログラミングの世界ではイベントやオブジェクト指向 ── データとそれを扱う処理をひとまとまりの「もの(オブジェクト)」として捉え、もの同士のやり取りでプログラムを組み立てる考え方と呼ばれる考え方ですが、使う人はそれを意識する必要がありません。
中村さんは、世の中にあるものをそのまま感覚的に作品作りに落とし込めれば、ほとんどの人が思い描いたものを作れると考え、何度も作り直してSpringin’を完成させたといいます。
「エラーがないアプリ」が4歳からの創作を可能にした
樋口さんは、一般的なプログラミングは英語と数字が画面いっぱいに並び、1文字間違えただけで動かないものだと説明しました。これに対し中村さんは、エラーの扱いも大事にしていたと話します。
中村さんの考えは、打ち間違いや構文の誤りでエラーを出すくらいなら、機械がわかった時点で直してほしい、というものです。人にそれを求めるから難しくなる、という思いから、Springin’にはエラーの表示そのものが存在しません。
その代わり、設定の仕方がおかしければ変な動きはします。中村さんは、それは設定がおかしいだけでエラーではないとし、予想外の動きが面白くて採用されることもあると話しています。
エラーっていうのはもうそれが間違いっていう価値の判断に入ってますから。これやっちゃいけないんだって思ってしまいますもんね。
Springin’の対象年齢は、一応4歳とされています。個人差はあり、もっと小さい子が親と一緒に使うこともあり、4〜5歳になると自分でできるようになってくるそうです。
画像編集ソフトの知識、プログラミングの知識、英語が必要で、対象年齢は少なくとも10歳以上。専門学校に行くレベル
Springin’なら文字を使わず感覚で作れ、4歳ごろから自分で作品を作れる
楽器が弾けない人のための楽器、KAGURAはどう生まれた?
話題はKAGURAの誕生に移ります。中村さん自身は楽器がまったく弾けませんが、小さい頃から弾けるようになりたい憧れはずっと持っていたそうです。弾けないのは練習が嫌いだからで、自分がしたいのは練習ではなく演奏なのだと気づいたといいます。
そこで中村さんは、頑張って練習するより、自分でも弾ける楽器を作ったほうが早いと考えました。樋口さんはこの発想に「やばすぎる」と驚いています。
中村さんの発想は、適当に体を動かしたら、いい感じの音を機械が鳴らしてほしいというものです。音楽理論もジャンルもすでに体系があるのだから、不協和音やリズムの乱れくらいは機械がなんとかしてほしい、というSpringin’のエラーと同じ考え方です。
ただし自動演奏では自分が演奏したことになりません。高い音にしたい、この楽器の音が気持ちいい、といった感覚的な選択は人間が行い、体の動きを読み取って素敵な曲にするのは機械に任せる、という役割分担です。
体を動かす
人は感覚的に動き、高さや楽器の音を選ぶ
カメラが読み取る
画像処理で体の動きを捉える
ルート音を決める
動きからルートを決め、プラス7やプラス3などコード上の音を割り出す
不協和音にならない
コード上の音だけが鳴り、リズムもいい感じに保たれる
中村さんは画像処理と音楽理論を少し勉強し、メジャーとマイナーのコード進行の中の音なら、ランダムに動かしてもそれほどおかしくならないことに気づきました。樋口さんも、だいたい6個ほどの音の組み合わせでできると補足しています。こうして、誰でも体を動かせばパフォーマンスができるメディアアート作品として、最初のKAGURAが生まれました。
哲学が貫かれてますね。
ものづくりを簡単にさせたいし、自分もしたいというのがもうぶち抜いてるんです。多分。
ギターのFコードと「正解を自分で作る」発想
樋口さんは、自身がいいかねパレットで取り組んでいる活動も、中村さんの思想に近いと語りました。例に挙げたのがギターです。樋口さんの世代では、ギターを買い、弦を張り替え、チューニングから自分でやる必要がありました。
Fっていうのが一番難しくて。で、これ(Fコード)を弾けるようになるまで二、三週間かかるんですよ。それで音楽やめていくんですよ。みんな。
さらに樋口さんは、ギターをある程度弾けても、作曲となるとまたハードルが大きく上がると指摘します。ギター歴20年でも、趣味でコピーはするが曲を作ったことはない、という人は少なくないといいます。
楽譜という正解があり、その通りに弾くのが難しい
正解がなく、自分が出したい音を正解と思えば正解になる
樋口さんにとっては、むしろゼロから作るほうが簡単だそうです。しかし多くの人は、音楽の正解は決められたものだと思っていて、正解を自分で作るという発想を持っていない、と樋口さんは話します。
その壁を越えるために、樋口さんは打楽器や、Macに無料で入っているサンプリング型の作曲ソフトGarageBand ── Appleが提供する音楽制作ソフト。用意された音素材(ループ)を並べるだけでも曲が作れ、MacやiPhone、iPadで使えますを使った活動をしています。Podcastも、機材や台本、編集をそろえなくてもスマホ1つで録れることを伝えているそうです。
深井さんも、樋口さんの活動と中村さんの思想は近いと応じました。次回は、中村さんたちがSpringin’で始めている教育事業の話を聞く予定だと予告して、前編は締めくくられます。
まとめ
前編で語られたのは、中村俊介さんの一貫した思想です。作ることの一番の楽しさを、勉強や練習という壁の手前で諦めさせないために、テクノロジーとデザインで敷居を下げる。その考えが、エラーのないSpringin’にも、練習なしで演奏できるKAGURAにも通っています。
- 中村さんは、15年で1500作品を作るより1500人の作り手を生むほうが世の中は面白くなると考え、「クリエイタークリエイター」を目指した
- Springin’は、重力などの物理現象と、アイテム同士の関係性をアイコン化し、文字を使わずにプログラミングできるようにしている
- Springin’にはエラー表示がなく、変な動きも創作の種になる。対象年齢は4歳とされている
- KAGURAは、楽器が弾けない中村さんが「練習ではなく演奏がしたい」と考えて作った、体の動きで不協和音なく演奏できる楽器
- 樋口さんは、ギターのFコードや「正解は決まっている」という思い込みが、多くの人を創作から遠ざけていると指摘した



