なぜ今、人文学が必要なのか
株式会社コテンのミッションは、人類が人類をもっと深く理解することに貢献することです。コテン代表の深井さんは、この理念を説明するために、まず今の時代をどう捉えているかから話し始めます。
深井さんの見立てでは、今はさまざまな考え方が一斉に出てくる時代です。孔子 ── 中国・春秋時代の思想家。仁と礼を重んじる儒家の祖とされ、その言行は『論語』にまとめられていますや孫子の時代、ソクラテスの時代にも多様な思想が生まれましたが、今回はそれが「調和」へ向かうと深井さんは考えています。
めちゃくちゃ数の多い人たちが同時に存在するのに、お互い協力し合うっていう時代に突入する感覚がとても強くあるんですよ。
その時代に大切になるのが、深井さんがもともと好きだった人文学、つまり人間について考えることだといいます。自分がどんな人間で、他の人がどんな人で、今がどんな時代かを総合的にポジショニングできると、仕事や人との関係を自覚的に築けるようになるからです。
深井さんは、自分を知るには他人を知るしかないと強調します。人間には絶対的な理解はできず、比べることでしか自分を理解できないという考えです。
さらに深井さんは、他者を自分の文脈ではなく相手の文脈で理解することが大切だと話します。自分の文脈で理解すると、理解できない人と調和できないからです。人文学は相手を理解するための学問であり、文学部が縮小される流れとは逆に、今こそ重要になると深井さんは考えています。
歴史データベースで何を変えようとしているのか
人文学には哲学、歴史、社会学などさまざまな領域があります。その中で深井さんが選んだのは、いちばんわかりやすい歴史でした。歴史はケーススタディの積み重ねで、極端な例が多く、違いが見えやすいからです。
チンギスハンを理解することができるスキルがあったら、周りにいる僕とちょっと違った人なんてもっと簡単に理解できるなと思っていて。
一方で、深井さんは歴史の学習には大きな壁があると指摘します。興味がなければ学ばないうえ、何百冊も本を読んでようやく共通点が見えてくることが多く、学ぶコストが非常に高いのです。
深井さんは、その共通点こそ人類の英知であり、誰でもアクセスできる形にすべきだと考えています。コテンがAIを使って開発しているのは、例えば「部下に殺された人」だけを集めて共通点を探せるような、検索できる歴史データベースです。
課題
歴史は何百冊も読まないと共通点が見えず、学ぶコストが高い
手段
AIを使って、共通項で検索できる歴史データベースを開発する
効果
歴史のケーススタディに、興味の有無を問わず触れられるようになる
目的
人々が自分や社会をより理解しやすくなる
データベース開発は技術者と進める超地道な作業で、大企業との連携の話も進んでいるといいます。それだけではコテンが何者か伝わらないため、広報活動としてコテンラジオをやっている、と深井さんは説明します。
樋口さんは、自分が番組で担っている役割を「歴史から何か役に立つ情報を学ぼう」くらいの入口を作ることだと話します。深井さんも、学び方や解釈は人それぞれでよく、触れる機会を提供したいのだと応じます。
「全員モルモット」とはどういう意味か
コテンの理念を聞いた樋口さんは、強く共感したと話します。樋口さん自身の人生の目的も「人間とは何かを知る」ことで、会社で掲げている「自由」というテーマも、その中の1つの活動だというのです。
深井さんも「全く一緒」と応じ、複数のスタートアップやベンチャー企業の経営に同時に携わっているのも、さまざまなケーススタディを並行して見るためだと話します。主体者として参加しながら、冷静に観察する自分もいるといいます。
樋口さんは、自分が運営する施設について、言い方が難しいと前置きしたうえで次のように語ります。
まあまあはっきりと言うと、僕全員モルモットなんですよ。
それはもちろん僕も含めてなんですけど、こういう状況とか環境とかに、誰をどういう形でポンと放り込んだらどういう動きをするかとか、どういう反応するかとかっていうのを全員をそうやって見てる。
樋口さんは、このモルモットという言葉は愛を持って接したうえでの表現だと補足します。いちばん優秀なモルモットは、感情まで分析でき、これまでの文脈もわかる自分自身だといいます。ただ、自分を知るには他人と比べる必要があるとも話します。
樋口さんは、今生きている人たちと比べて自分を分析しているのに対し、深井さんはそれを時間軸を超えてやっているのではないかと問いかけます。深井さんの答えは、歴史が好きという感覚は実はなく、人間と社会をずっと研究している感覚だ、というものでした。
深井さんは、番組でよく時代背景を語るのも、その環境に身を置いたら自分はどう感じるかを聴き手にも考えてほしいからだと話します。同じ見方で現代を見ると、本人に直接聞ける分、むしろ鮮明にわかるといいます。
社員でもプロジェクトでもない、イデオロギーで集まる組織とは
話の流れで、楊さんも自身の経歴を語ります。農業、貿易、コンサル、環境、アート、ライターと、多様な業界に実際に入ってきた楊さんは、業界やコミュニティごとに文化、言語、意思決定の仕方、組織の成り立ちが違うことが面白いと話します。
深井さんによると、コテンの実稼働メンバーは3.5人ほどで、全員が知的好奇心だけで生きているといいます。組織づくりでも社員にすることにこだわらず、土日だけ参加するなど、人に合わせた割合で関われる形を目指しているそうです。
樋口さんは、よく言われる「プロジェクトベースで働く」という考え方もまだ正解ではない気がすると話します。これに対して深井さんは、理念に賛同した人が集まる「イデオロギーベース」になっていくのではないかと答えます。
多分だからプロジェクトがいいから集まってるわけじゃなくて、なんかダチが集まって、家族が集まって、チームになってみたいな。なんかそういう感じなんですよね。
樋口さんは、知人たちが無償で集まって街の祭りを復活させる例を挙げます。一見プロジェクトでも、実際は「失われた祭りを復活させたい」という思いへの賛同で人が集まっているという見方です。
深井さんはさらに、複数のイデオロギーに同時に所属する働き方が当たり前になると話します。深井さん自身、コンサルとして関わる会社にもフランス革命に参加するくらいの感覚で加わっているといいます。
樋口さんは、この変化をパソコンのファイル管理にたとえます。昔の人は地域や会社という「フォルダ」に入っていたけれど、今は複数付けられる「タグ」の時代になってきている、という比喩です。
地域や会社など、1つの場所に人が入っている
複数のタグが付き、どれか1つに完全には所属しない
樋口さんは、GmailやFinderのタグの概念を例に、テクノロジーの進化と人間社会の変化が同じ形に向かっているように感じると話しています。
歴史は繰り返すのか、未来は予測できるのか
樋口さんが「歴史って繰り返してるんすか?」と尋ねると、深井さんは繰り返す領域と繰り返さない領域があると答えます。
深井さんによれば、組織の中で感情から生まれる人間の挙動は、どの時代でも同じです。一方で、ヒトラーの台頭はラジオという技術がなければ起こりえず、再現性があるようで実はないといいます。
組織や権力構造の中で、感情から生まれる人間の挙動
ラジオ技術に支えられたヒトラーの台頭のような、技術や条件に依存する出来事
さらに深井さんは、歴史は予測にはあまり使えないと話します。学べば学ぶほど、社会構造や社会変化は人知を超えていて、絶対に予測できないことがわかってくるからです。
ただし深井さんは、調和の時代になるという予測はできるとも述べます。そのうえで、過去の一要素が似ているからといって同じ結果になるとは言えず、似ているところと似ていないところの両方を見なければ意味がないと説明します。
樋口さんは、秀吉がいなかったら徳川家はあったのか、雨が降るかどうかで原爆の投下先が変わったという話もある、と例を挙げます。小さなことで歴史は大きく変わるため想像しにくい、という受け止めです。
それでも深井さんは、現状を理解することには大きな価値があると話します。現状を理解している人間は選択も決断もできるというのが、その理由です。
「わかったつもり」が一番危ないのはなぜか
予測できない社会について、深井さんは「わからない」という謙虚さを持つことが大事だと強調します。
社会を自分は何も分かってない、自分のことも分かってないし、他者のことも分かってない。
(だからこそ)いろんな情報を集めた方がいいし、いろいろ吸収した方がいいっていう謙虚さがないと、分かったつもりになっちゃうのが一番危ないなって思って。
すぐに「これがいい、これが悪い」と価値判断に入るのは人文学から遠い姿勢だ、という話も出ます。コテンの中では、そうした態度を「人文学のセンスがない」と表現するそうです。
例として挙がったのがヒトラーです。悪者とされていることは理解したうえで、いったん判断を置き、なぜ彼が生まれたのかを落ち着いて学ぶ必要があると語られます。
彼を彼の文脈で理解しないとダメなんですよ。
樋口さんも、障害者施設で起きた殺人事件について、事実だけで非難するのではなく、なぜ犯人がそう考えたのかを紐解く必要があると話します。時代によってそうさせられた可能性もある、という見方です。
結論ではなく理由を問う姿勢について、出演者の間では、すぐに「ダメ」と言われると議論と思考が止まってしまう、思考はちょっとした圧力で止まりやすい、という話になります。
樋口さんは、コテンラジオを聴いて、人や時代背景、文化の違いを理解することは頭の良さではなく、誰でも意識を持てばできることだと教わった気がすると話します。これに対して深井さんとみられる話者は、それは行為ではなく精神のスタンス、つまり構えの問題だと応じています。
番組でいちばん好きだった場面はどこか
収録の最後に、樋口さんとみられる話者が、これまでの配信で一番好きだった場面を挙げます。スパルタ、吉田松陰、コミュニケーション史の回も面白かったとしたうえで、選んだのは直近の宗教の回でした。
その回で、深井さんが「宗教とかいう括りがそもそも近代からのものだ」と、珍しく強い口調になった場面があったといいます。深井さん自身も、少し言い過ぎたと振り返っています。
話者は、語り部である深井さんの思想や人間らしい一面が見えたことが面白かったと話します。歴史そのものだけでなく、語る人間の考え方が見えることも番組の魅力の1つだという受け止めです。
最後は、楊さんのSNSが不思議な話題で盛り上がっているという雑談に移ります。深井さんが楊さんを「不思議ちゃん」と評し、和やかな雰囲気で収録は締めくくられました。
まとめ
株式会社コテンは、多様な価値観が協力し合う調和の時代に向けて、人間を相手の文脈で理解する人文学の力を社会に届けようとしています。そのための入口として、歴史を検索できるデータベースの開発とコテンラジオの配信を続けています。
- 人間は他者との差分でしか自分を理解できず、だからこそ多様な人間や社会を知ることが大切になる
- 歴史は違いが見えやすい人文学の入口であり、コテンはAIを使った歴史データベースで学ぶコストを下げようとしている
- 働き方は、社員やプロジェクトよりも、理念に賛同して集まる「イデオロギーベース」へ向かうと語られた
- 歴史は予測には向かないが、現状を理解することで選択と決断ができるようになる
- 相手の文脈で理解することは頭の良さではなく、誰でも持てる構えの問題だと語られた



