パソコンを置いて8日間、なぜベトナムだったのか?
この番外編は、『諸葛亮孔明』シリーズの収録を終えたあと、福岡市内の出張収録で録られました。普段は深井さんと楊さんの二人で番外編をしていますが、今回は樋口さんも加わっています。
テーマは、ゴールデンウィーク明けに「それぞれ休みに何をしていたか」です。最初に話し始めた深井さんは、ゴールデンウィークに海外旅行へ行っていました。
深井さんは歴史の仕事をしていて、趣味としても休日に歴史の本をたくさん読む人です。ただ今回の休みは、起業してから一番仕事をしなかったといいます。
マジでパソコン持って行かなかったんです。
今回は妻と行く旅行だったんで、本当に妻と楽しむっていうのもあったし。ただね、本は持ってったんです、やっぱり。
行き先はベトナムで、期間は全部で8日間です。ただし深井さん夫婦がベトナムを選んだ理由は、積極的なものではありませんでした。
1週間ぐらい前に決めたんですよ、僕たち。どこ行くか。ずっと二人で結論出ずにグダグダグダグダやってて、気づいたらもうベトナムしか空いてなかった。
ほかの行き先は60万円ほどの枠しか残っていなかったそうです。それでも深井さんは、結果的には最高の旅で、素晴らしい国だったと振り返っています。
訪れたのは、北部の首都ハノイと、国の真ん中あたりにあるリゾート地のダナンです。ゴールデンウィークの時期でも、ダナンは33度ほど、ハノイでも28〜30度ほどあり、短パンで過ごせる気候でした。
樋口さんも前年にタイとベトナムを回っていて、真冬に南部のホーチミンを訪れた経験があります。真冬でも半袖でバイク移動できるほど暖かく、暖かいだけでありがたいと共感しています。
深井さんは、ベトナムの都市部は日本と比べものにならないほどゆったりしていたと話します。本をたくさん読もうと思っていたのに、結局ほとんど何もしなかったそうです。
玄関も廊下もない家と、路地で囲む夕食
深井さん夫婦は海にあまり興味がなく、ベトナム滞在中はひたすら街を歩き回りました。深井さんの趣味の一つは異文化を知ることで、海外では現地の日常生活を見たいのだといいます。
普段の深井さんは一人で海外へ行き、中国などで街をぐるぐる歩き回るのが定番です。今回は妻との旅行でしたが、結局同じように民家を眺め、リアルな生活感を見に行ったそうです。
楊さんに「衝撃を受けたことは?」と聞かれ、深井さんがまず挙げたのは、ベトナムの家の造りでした。深井さんが通った通りでは、昼間は玄関のドアが開けっぱなしになっていたといいます。
(日本だと)玄関があって、廊下があって、その先に部屋があるじゃないですか。もう玄関も廊下もなく、いきなりリビングルームがあって、ドアが開けっぱなしなんで。
そのソファでくつろいでる家族と家族みんなでなんかこう、ドラえもん見てるのとかがもう丸見えなんです、外から。
樋口さんがそれを「境界線のなさ」と言い表すと、深井さんは自分の中にあった感覚に気づかされたと話します。
開けっぱなしのリビングでは2〜3歳の子どもが遊んでいて、夕食どきには路地にテーブルと椅子を並べ、家族で鍋をつつく光景も見られました。深井さんは、外と内の概念がこれだけ違えば人生も全然違うだろうと感じたそうです。
樋口さんは、こうした開放的な暮らしには暑さが大きく影響していると考えています。暑い土地では外で寝ても死なないけれど、北海道で外に寝れば死んでしまう、寒い土地では家を閉じてしっかり造る必要があるのでは、という見立てです。
昼は玄関を開けっぱなし、路地で家族が夕食。外で寝ても死なない
外に出ていられず、家を閉じてしっかり造る必要がある
たった2時間で「仕事どうでもいい」になった理由
ベトナムで深井さんの心境はどう変わったのか。深井さんは、たった8日間の滞在なのに、南国的な「仕事とかどうでもいい」という気分になったと打ち明けます。
こんなにスタートアップとかで働いてんのに、普段。もう行って、もう2時間ぐらいで、もう仕事とか(どうでもいいだろ)。
樋口さんは「生まれて初めて海外旅行に行ったOLが『やっぱ世界だよね』と言っているのと同じ」と茶化し、深井さんも「簡単に感化されました」と認めます。
ただ、深井さんは海外旅行の経験が豊富です。近くてすぐ帰れるアジアが多く、中国の都市をよく巡り、ヨーロッパにも行ったことがあります。それでも今回が、初めての東南アジアでした。
深井さんが特に印象に残ったのは、ベトナム語の響きです。タイ語もそうですが、ベトナム語の発音は「ホワホワ」「ホワーン」と柔らかく聞こえたといいます。
例えば何て言うんだろうね、あの言語でなんかこう、軍隊の命令とか俺できないと思った。わかる?敬礼とか言えない感じのなんかこう。
柔らかい感じで言語でこうやってたら、まあベトナムの人はそうじゃないだろうけど、俺は全部どうでもよくなった。
深井さんは「ベトナムの人はそうじゃないだろうけど」と断りを入れています。言葉の柔らかさがベトナムの人の気質を表すという話ではなく、あくまで旅行者の深井さん自身が感じたことです。
行き当たりばったりで向かった町タイニンで何があったか
樋口さんも前年のベトナム旅で、深井さんとよく似たことを感じていました。樋口さんの旅のやり方は、同じホテルに泊まり続けて同じ街で生活し、観光地にはなるべく行かず、その日やりたいことをその日に決めるというものです。
同行者は、世界一周旅行をしている同期の芸人、エック矢沢エック矢沢さんです。最初は寺院などを回っていたものの、途中から「コーヒー飲みに行こう」という流れになったといいます。
カフェでぼんやりしていると、目の前にバスが来ては人を乗せて走り去っていきます。気になった樋口さんが管理人らしき女性に尋ねると、タイニンという都市との間を往復する長距離バスだとわかりました。
タイニン聞いたことねえなつって。明日乗るかっつって。で、次の日乗って行ってみたいな、もうそういう、なんかもうマジでそういう生活。
深井さんも、ベトナムにいると行き当たりばったりで計画なしに動きたくなると共感します。樋口さんはタイニンを「日本でいうと直方ぐらい」と例えますが、深井さんと楊さんから「直方は伝わらない」「福岡以外の人も聴いている」と突っ込まれました。
行ってみるとタイニンは宗教の町で、大きな寺院がそびえていました。樋口さんは宗教の名前を「タイニン教だったかな」と曖昧に覚えている程度でしたが、このタイミングがなければ一生来なかった場所だと感じたそうです。
夜は砂利と砂の地面の上に出ている、とても質素な露店で食事をしました。そこでは地元の家族も食事をしていて、樋口さんはその雰囲気がとても良かったといいます。
Google翻訳で家族と話していると、少し離れた店からとても大きなカラオケの音が聞こえてきました。YouTubeと音響機器だけで、店先でカラオケをしていたのです。
そこから泥酔したおじさんが「日本人、こっち来いよ」と絡んできました。矢沢さんが「こいつはミュージシャンで歌が上手い」と樋口さんを指さし、樋口さんは渋々参加することになります。
そこでスタンドバイミーとかを歌って。そしたらめちゃくちゃ盛り上がってみたいな。で、帰ってきたらもうなんかうわぁみたいになって。君良かったみたいになって一杯奢ってもらうみたいなのがあって。
さらに樋口さんが翌日も同じ露店に行くと、同じ家族が同じものを食べていたそうです。深井さんは「同じもん食ってんだ」と驚いていました。
カフェでぼんやり
目の前のバスが気になり、行き先を尋ねる
翌日バスでタイニンへ
知らない町は、寺院がそびえる宗教の町だった
夜の露店
地元の家族とGoogle翻訳で会話
隣のカラオケ
酔ったおじさんに呼ばれて歌い、一杯奢ってもらう
誰も気にしない路上カラオケと、市場で眠る売り子
路上カラオケは、深井さんもベトナムで遭遇していました。最初は誰かがテープを大音量で流していると思ったものの、やけに歌が下手なので音のほうへ近づいてみたそうです。
変なあんちゃん二人がなんか腰の高さぐらいまであるでっけえスピーカー二つ並べて、なんかこんな椅子にこうやって浅くすっげえ浅く座りながら、こんなだらけながら歌ってるんですよ。
もうツーブロックぐらいにもうその音が響き渡ってるけど、もう誰も全く気にしてない。何が?みたいな。日常ですけどみたいな感じでやってて。
深井さんは「日本でやったら瞬殺だな」と思ったといい、樋口さんも「クレームが来て、賠償金だなんだで営業できなくなる」と応じます。深井さんは、こういうことも「どうでもいいんだ」と感じたそうです。
樋口さんは、タイニンの市場で見た光景も紹介します。50代半ばから60歳くらいの女性が肉か魚を売っていて、ハエがたくさんたかった商品の前で寝ていたというのです。
でお客さん来て、つって起こして、これつって払って、うーってやってるんですけど、こいつ幸せなんやろうなと思って。
満員電車の顔と、日本の「過剰サービス」
深井さんは、市場の女性の話から中国旅行を思い出します。中国でも、日本より人々がだいぶ幸せそうに見えたといいます。
それを(中国の人は)表しやすいのかもしれんし、本当に幸せなのかもしれんけど、道端でみんなでおっさんとおばさんが集まってマージャンしてるんですよ。
当時東京に住んでいた深井さんは、満員電車で周りの人の顔を見ると「全員死ぬ直前みたいな顔」に見えたそうです。その対比から、中国のほうが幸せそうだと思ってしまうのだと話します。
中国にルーツを持つ楊さんは、日本では人の目による判断が入るせいで、行動の範囲が良くも悪くも狭いと指摘します。中国はまず自由にやってみて、注意されて初めて少し気にする感覚で、最初から空気を読んだりルールに従ったりはしないといいます。
だって店って物を買うところだから、ちゃんと物さえ金を受け取る上で物さえ渡してくれたらそれでいいんじゃないですか。別に店員さん、お客がいない時に何したって別にいいんじゃない。
樋口さんは日本のサービスは過剰だと思う一方で、自分自身もサービスが悪いと腹が立つと認めます。そのうえで、バンドで台湾のフェスに出たときのコンビニでの出来事を話しました。
ホットショーケースのソーセージを頼むと、店員が手を滑らせて床に落とし、それをそのまま拾って紙袋に入れて渡してきたそうです。日本のセブン-イレブンで同じことをされたら怒るはずなのに、台湾ではあまりに自然に渡されたため、樋口さんはそのまま食べてしまいました。
で、これは僕が相手が日本人だったら多分怒ってます。
深井さんも、中国人やベトナム人には怒らないことでも、日本人相手だと怒ってしまう感覚があると共感します。3人が出した答えは、相手が日本人だと期待値が高くなる、ということでした。
それがだから期待値が高すぎて本当に窮屈なんでしょうね。
自然に渡され、汚いと思いながらも食べてしまった
期待値が高いので、怒っていたはず
大富豪と釣り人の逸話は何を語るのか?
樋口さんは、期待値の高さを「基準値の違い」とも言い表します。昔の貧しい家庭にはエアコンも車もなく、食事は煮干しと白飯だけということもあったが、今はどんなに貧しい家庭でもそこまではない、という例えです。
そこから樋口さんは、よく知られた逸話を持ち出します。金持ちの社長が、島でのんびり釣りをしている人に「その時間でビジネスを立ち上げて金持ちになれ」と勧めたという話です。
それじゃあ金持ちになってどうしたいんだって逆に質問されたと、社長に。したら、社長は、うん、あの、君の暮らしのように悠々自適に釣りをするような、ゆったりとした人生を送りたいって言ったって話なんですよ。
深井さんは、釣り人はもうそれをやっているのだから「これ以上働かなくていい」と言われてしまった話だとまとめ、働けば働くほど良いと考える文化とそうでない文化の違いだと整理します。
一方で樋口さんは、社長は働く過程で多くの人に利益を残しているので、一周してそこにたどり着くのも良いと補足しています。是非ではなく、そういう話があるということだと念を押していました。
楊さんは、東南アジアに行くと、働くことは価値観や生き方の一つにすぎないと感じると話します。深井さんも、能力を上げることや成長することも「選択的価値観」だと考えています。
なんか成長したいみたいなこと別にベトナムにいる間は、いや、ベトナムの方、多分思ってる方たくさんいらっしゃいますけど、あんま思わなかったですね。
深井さんは、休暇で行っていたことも大きいだろうと付け加えています。
3000円で貸して5000円で借りる友達は損をしているのか?
樋口さんは、矢沢さんがベトナムで聞いた話を紹介します。矢沢さんは「頭が悪いという意味でのバカが多い」と言っていたそうですが、樋口さんは蔑む意味ではないと断ったうえで、具体的なエピソードを話しました。
矢沢さんの現地の友人Aは、友人Bに頼まれて自分のバイクを貸しました。料金は日本円の感覚で1か月3000円ほどです。
ところが自分のバイクがなくなったAは移動手段に困り、別の友人Cから5000円でバイクを借りたそうです。それでもAは、損をしたとは思っていませんでした。
樋口さんは、Aの行動を「幸福・不幸の判断を今だけでしている」と読み解きます。貸すときは「友達が困っていて、しかも3000円もらえる」、借りるときは「5000円払えばバイクが手に入る」と、その瞬間ごとに判断しているという見方です。
友人Bに貸す
1か月3000円ほどで自分のバイクを貸す。「友達は困っているし、お金ももらえる」
足がなくなる
自分の移動手段がなくなって困る
友人Cから借りる
5000円でバイクを借りる。「払えばバイクがある」
結果
差し引き損だが、本人は損したと思っていない
特に日本人とかって人生で考えるじゃないですか。未来、将来幸せにするために今とか、過去これだけ○○に対して投資をしているから、その分をリターンもらわないと不幸だっていう感覚。でもより多分今ここっていう感覚が強いような感じがします。
深井さんは、どちらも大事で、優劣のない価値観だとしたうえで、「バランスが大事」と応じます。樋口さんは、日本人は特に「過去にこれだけしたからもったいない」という感覚が強いと感じているそうです。
「コストを払って生きる」日本人の感覚
深井さんは、日本人を批判したいわけではない、自分も日本人だからと断ったうえで、日本社会には「コストを払って生きている」感覚の人が多いと話します。ここでいうコストとは、我慢して頑張ることです。
で、自分より頑張ってないやつ、我慢してないやつがムカつくみたいな話を聞くことがあるんです、直接。
なんかだったら(我慢を)しなければいいじゃんって思うわけです。自分がね、他の人にムカつくぐらいだったら、しなかったらいいのに。
樋口さんは、社会通念として頑張るほうがかっこいいとされ、休むことへの罪悪感があり、頑張らないと社会的評価が下がるのだと背景を挙げます。深井さんも、頑張る「べき」と思っているのだと応じました。
深井さんが問題にしているのは、自分と相手のどちらが幸せかではなく、相手のほうが楽をしていることに腹を立てる人が多いことです。リターンではなく、払っているコストの優劣で判断する価値観が、良くも悪くも濃厚だと感じてきたといいます。
我慢や頑張りの量を比べ、楽をしている人に腹が立つ
自分にとって何が得られるか、自分が幸せかで考える
隣の席のやつがさ、仕事してようがしてまいが、自分の人生に。チームとしては関係あるけど、自分の幸せに関係ないでしょ、本来。
樋口さんが「寝てない自慢もそうですよね」と付け加えると、深井さんは、寝ていない自分に比べて、定時で帰る人に腹を立てる構図だと応じます。
樋口さんにも、一時期「寝てない」を、さも自分はお前らより頑張っているという調子でよく口にしていた時期がありました。あるときそれがダサいと気づいたそうです。深井さんも「昨日寝れんかった」とよく言うと苦笑していました。
楊さんは、中国にルーツを持つ立場から、日本にいる間は「頑張ってなくない?」と言われるとやはり気にすると話します。頑張っていない人がいても、その人が幸せならいいと思う一方で、日本で仕事をしていくうえでは周りの目を無視しきれないという実感です。
「可愛い」文化と農耕、そして暖かい気候
樋口さんは、以前どこかで語った「可愛い」文化の話と結びつけます。日本人は可愛いものが好きで、外国人は強いものが好きなのは、日本では弱い存在が助けられて生存率が上がり、海外では強いほうが単純に生存率が上がったから、という説です。
海外のゲームにガチムチ系のキャラクターが多く、日本ではひょろっとしたキャラクターが多いのもそのためだ、という話を樋口さんは引き合いに出します。弱い存在になることも、コストを払う感覚とつながっているのではないか、という見立てです。
深井さんはここから、日本人のコスト志向を農業と結びつけて考えます。農業ではリターンが想像を超えることがなく、収入が決まっているため、どれだけ節約するかに目が向くのかもしれない、という仮説です。
別に農耕民族なんか世界中にいるんだけど、特に日本人がなんでそうなのかって俺もまだわかんないけど、そこはあるかもね。
深井さんは「可愛いほうが強い」という話も、外敵がいない環境だから成り立つと考えます。外から攻められる環境なら強い人間が有利ですが、そのコミュニティで生きていくしかない環境では、強いよりも可愛いほうが助けられて生き残れる、という整理です。
実際、日本では支出が増えたら収入を増やすより節約しようとする、と深井さんは自分の昔の経験も交えて話します。ただし悪いことではなく、傾向としてあるかもしれない、という言い方にとどめています。
農業中心の暮らし
リターンが想像を超えず、収入がほぼ決まっている
節約に目が向く
収入を増やすより、支出を減らすことを考える
コストを払う感覚
我慢や頑張りの量で物事を判断しやすくなる
楊さんは、純粋に気候の暖かさも関係していると考えます。中国の北と南、日本の沖縄と東北のように、暖かい地域では厳しい自然の中で生き延びるためのコストをかけなくてよいからです。
樋口さんも、ベトナムやタイでは家がなくなっても最悪死なないと応じ、楊さんは「外で寝てもいいし、魚を釣ればいい」と続けます。深井さんは、和辻哲郎 ── 日本の哲学者・倫理学者。著書『風土』で、気候や地理の違いが人間の気質や文化に影響するという考えを論じたことで知られますが書いた話だと触れていました。
気候だけはどうにもならない、だから南国に住みたい
暖かさの話から、樋口さんはいつか南国に住みたいと思ったと話し、深井さんも「俺もすげえ思った」と同意します。樋口さんがそう思う理由は、暖かければ死なないことと、自分が寒いのが嫌いなことです。
気温以外の大体は頑張ればなんとかなるんですよ、人間って。例えば(属する)コミュニティに今属してないっていうのは、頑張って友達作ればいいし、仕事も頑張ってそこで見つければいいし、なかったら作ればいいし。
樋口さんによれば、人間関係も仕事もお金も言語も、努力やネットでどうにかできます。気候だけは人間の力でどうしようもないからこそ、暖かい場所で生きたいという思いがあるのだといいます。
最後は樋口さんが「何の話?これ」と笑い、深井さんが「雑談」と返して、ゴールデンウィーク明けの番外編は締めくくられました。
まとめ
深井さんの初めての東南アジア旅は、玄関も廊下もない家や路上の夕食、誰も気にしない路上カラオケを通じて、自分の中の「うちと外」の感覚に気づく旅になりました。3人の話は、日本の期待値の高さや、我慢という「コスト」で物事を測る価値観、暖かい気候と暮らしの関係へと広がっていきます。
- 深井さんはベトナムで、ドアを開けっぱなしの家や路地での夕食を見て、日本人ゆえの「うちと外」の概念に気づいた
- 相手が日本人だと期待値が上がり、同じことでも腹が立つ。その期待値の高さが窮屈さにつながっていると3人は話す
- ベトナムでの3000円で貸して5000円で借りるバイクの話から、樋口さんは「今ここ」で幸福を判断する感覚を読み取った
- 深井さんは、日本では我慢というコストの優劣で判断する価値観が濃いと感じ、農業や外敵の少なさとの関係を仮説として語った
- 樋口さんは、努力でどうにもならないのは気候だけだと考え、いつか南国に住みたいと話している






