スタートアップは「システム」ではなく「カルチャー」だという指摘
番外編の主役は深井さんです。Xで「文章化したいけどできていないテーマ」として挙げていた「ローカルと後継ぎに可能性があるよね」という話を、今回はきちんと質問してもらいながら語ることになりました。
話の出発点は、日本社会がここ15年ほど、スタートアップを新しい産業にしようと頑張ってきたという事実です。背景には、時価総額ランキングの上位をIT企業が占め、日本の経済的プレゼンスが下がってきたという危機感があります。
深井さんは、スタートアップとベンチャーキャピタルが一体のものとして「金融システム」「ビジネスモデル」だと思われている点に、まず疑問を投げかけます。
このシステムだと思われてるんだけど、僕はこれをシステムだと思ってないっていう話から入るんですけどね。
(スタートアップの金融とビジネスは)明らかにシステムじゃなくてカルチャーなんだよね。シリコンバレーのカルチャーなんですよね。
深井さんの見立てでは、栄達を望むグリーディーな人たちが、リベラルなシリコンバレーに集まり、いろいろな条件が揃ってエコシステムが育まれた結果、確率論としてユニコーン企業が出てくる、という順番です。
活躍する個人も国も、真似ではなく自分の強みで価値を出している
深井さんはここで、いったん個人のキャリアの話に飛びます。どの領域でも突出して価値を出している人は、誰かを100%コピーしている人ではなく、必ず自分の強みを生かしている、という指摘です。
同じことが国にも当てはまります。日本は日本の文化を生かして世界に価値を出さないと、欧米スタートアップの完全な模倣では成功しない、と深井さんは言います。
その例として挙がったのが、古代の律令制の輸入です。政治システムだけを引っ張ってきて真似しようとしても、結局は魔改造され、安定した政権を作ったのは律令制とはかけ離れた江戸幕府だった、という歴史が引かれます。
深井さんは、この論点を4つの属性の掛け算として整理します。
深井さんは、成功者が語る成功譚についても、歴史を勉強する限りはほぼ運だと言い切ります。集中していたことも、世界の潮流に乗ったことも、持っている能力さえも自分で選んでいないからです。
努力はしてると思うんだけど、努力だけで決まったりしないから、良くも悪くもマジで運だなと思ってる。
ただし運任せでいいという話ではありません。4つの属性の強みをメタ認知して戦略に組み込むことが、成功確率、つまり世界に価値を出せる確率を上げる方法だと深井さんは強調します。
日本が世界で異質な価値を出したのは「リーダー不在」の場面だった
日本の強みを考えるうえで、深井さんが挙げる特徴は「リーダーが不在」であることです。織田信長でさえ、中国の皇帝や近代の欧米のリーダーと比べれば、まったくリーダーっぽくないと言います。
一方で、日本が世界的に異質なパフォーマンスを出した場面もあります。深井さんが挙げるのは、明治維新、戦後の復興、そして震災時のボランティア活動です。
(戦後の復興は)あんな焼け野原のボロボロ状態から世界2位まで行ったからね、一旦。
これらに共通するのは、明確なリーダーがいないことだと深井さんは指摘します。いたとしても中リーダー程度で、権限が分散しているというのです。
製造業もサービス業も、価値の源泉は「内発的モラル」だった
深井さんは自身のファーストキャリアの経験も引きながら、日本企業には「明確な指示がない状態で動けるやつが優秀だ」という感覚があると振り返ります。これを下手に欧米化して、細かく指示を出すやり方に変えても価値は出ないと考えています。
コテンも言語化できることは社内で全て言語化しているものの、完璧なアメリカ企業やヨーロッパ企業になろうとはしていません。深井さんは、このバランス感覚が超難しいと語ります。
実際に日本が価値を出しているのは、お客さんに喜んでもらうために動くサービス業や、いいものを作りたいと一人一人が思って品質が上がる工場だと深井さんは見ています。
(工場の品質向上は)マネジメントの力ではないと思ってるんですよね。
その証拠として深井さんが挙げるのが、メーカー時代の経験です。同じ生産方式が日本の工場ではできても、海外ではできなかったというのです。
海外だと(同じ生産方式が)できなかったんですよ。あのでっかい企業でさえ。内発的動機で動いてくれないんで。
楊さんも、日本の店舗スタッフが一人一人お客さんのために動く一方、海外ではそうではないという話をよく聞くと応じます。
日本人の強みは「世間感覚」から来る共同体感覚にある
深井さんは、この内発的モラルの源泉を「世間感覚」に求めます。欧米では古くていらないものだと思われがちですが、日本人はこの世間感覚で動いているという見立てです。
深井さんは、社会契約の考え方が日本には浸透しきっておらず、個人という感覚だけでなく共同体感覚で動いていると言います。自分さえ良ければいいとは思わない感覚です。
だからこそ、と話は最初のスタートアップ論に戻ります。IPOやストックオプションのために頑張れる人は少なく、ソーシャルベンチャー的なものの方が労働者は頑張れるというのが深井さんの主張です。
漫画やお笑いに投資していれば結果は違ったという仮説
深井さんは、日本が本当に強い領域として、漫画やお笑いといったコンテンツを挙げます。M-1のレベルは、海外のスタンドアップコメディとは産業としての規模やレベルが違うと言います。
漫画のすごさは、深井さんによれば「漫画家になりたい人が超多い」というエコシステムそのものにあります。裾野が広いからこそ、確率論として突出した才能が出てくるというのです。
IT・SaaSではなくコンテンツビジネスに投資システムを作っていれば、今の日本のSaaSを全部含めたものより儲かっていたかもしれない、と深井さんは仮説を述べます。
日本人に向くソーシャル事業と、金融が果たすべき役割
深井さんがもう一つ有望だと考えるのが、社会事業(ソーシャル事業)です。内発的モラルで動きやすい日本人と相性がいいというのが理由です。
いいことしてるっていうのは、目の前の人に対して何をすればいいかがわかりやすいんで。
製造業でもサービス業でも介護や福祉でも、やるべきことが身体的にわかる領域が日本人は強い、と深井さんは言います。あとは自律的に動ける環境を整えるだけだという見立てです。
ただし、今は儲からないと思われている点が課題です。深井さんは、それを儲かるようにするのは本来、金融の役目だと語ります。
(社会事業を儲かるように)ディスラプトすべきだし、新しいビジネスモデルを作るべきなんだよね。それが金融の仕事だと思う。
ソーシャル事業に必要な「利益以外の評価軸」と身体知
話はようやくローカルと後継ぎへとつながります。深井さんによれば、ソーシャル事業をやるうえで最大の課題は「新しい基準を作らないといけない」ことです。
利益っていうだけだと社会事業は測れきれないので、新しい基準をあと2、3個用意しないといけない。
楊さんが「評価軸みたいな」と応じると、深井さんは、複数の評価軸が複合的に加点され、総合判断される世界に突入しないといけないと説明します。
深井さんは、株主への利益還元を最大価値とする考え方は新自由主義的であり、欧米はすでにそこから脱しつつあると指摘します。日本はむしろ、それを今から真似しようとしている、というのです。
一方で、日本の商習慣はもともとマルチステークホルダーで、一つの基準では測れないものでした。ではどう測っていたのかというと、商売する人たちが身体感覚でバランスを取っていたと深井さんは言います。
バランス感覚は説明できないものだ、と深井さんは強調します。会話をしている今も、判断は言語化しきれないままウネウネ動いている、という例えが使われます。
言語化した時点で一部しか説明できないもんね。
なぜローカルと後継ぎに、その身体知が残っているのか
深井さんによれば、この身体知のスタイルが濃厚に残っているのがローカルと後継ぎです。理由は明快で、東京と上場企業は欧米を真似しすぎて、その文化がもうないからだと言います。
上場企業の社長は、自分の利益を最優先せざるを得ない環境に置かれています。株主への還元を求められるからです。それに対して、ローカルや後継ぎの会社は事情が違います。
自分だけが儲けすぎてサプライチェーンを破壊してもしょうがないし、地域に嫌われたら終わりなわけですよ。
このしがらみを扱う能力は言語知ではなく身体感覚であり、だからこそ修行と訓練が必要だと深井さんは言います。
(この身体感覚は)誰が今してるかっていったら、後継ぎ企業の人たちが一番してるはずなんです。
後継ぎは事業も選べず、生まれた瞬間から後継ぎとして、バランス感覚を英才教育として求められる人が多い、というのがその根拠です。もちろんピンキリだと断りつつ、ステークホルダーの観点で素晴らしい人が多い傾向にあると語られます。
欧米を真似しすぎて身体知の文化が薄い。仕組み上、自分の利益を最優先せざるを得ない
マルチステークホルダーへの配慮という身体知が残る。地域やサプライチェーンとのしがらみを扱う訓練を受けている
楊さんは、実際に何人かの後継ぎと話した実感として、時間軸が長い人が多いと付け加えます。先祖に顔向けできないことはできない、子や孫に継がせるかもしれないという感覚です。
(大宰府天満宮の西高辻さんは)千年前から千年後のことを考えてるみたいな。
深井さんは、時間軸が長いからこそ後継ぎは向いていると受けます。言語知でステークホルダー資本主義を語り始めた欧米よりも、すでに身体知を持つ人たちの方がバランス感覚として優れているはずだ、というのです。
優秀な人材が向かうべきは、後継ぎとローカルだ
では、なぜその強みが生かされていないのか。深井さんの答えは「人材が流入しないから」です。優秀な人材はスタートアップや大企業ではなく、そこに行った方がいいと言います。
個人にできることは、ローカルや後継ぎという働き方をイケてると思うこと、そして自分でイケてる状態にできると思うことです。
イケてるように自分でできるって思うのが大事だよね。自分でイカせるって思える人じゃないと、どうせ状況変わんないんで。
深井さんは、働く側の見極めも重要だと言います。四半期決算や自分の任期しか考えていない経営者の会社にいても、何も起こらないというのです。
国は「邪魔しない」、金融は自らをディスラプトせよ
国や金融ができることは何か、という楊さんの問いに、深井さんはまず国について「邪魔しないことです」と答えます。下手な助成金もつけない方がいいという、踏み込んだ主張です。
下手に助成金とかつけても、助成金目当てで集まる人とか出てきちゃう。
深井さんは、国の役割は民間がやっていることをまず観察し、成功事例を横に広げるときに税金を使うことに終始すべきだと整理します。パイオニアに絡まない方がいい、というのです。
五十年前とは違い、国ができることは減っていると深井さんは言います。樋口さんも、株式会社と国民国家の重みのバランスが変わっていると応じます。
一方で金融には、新しいシステムを作るべきだと厳しく求めます。
彼らが最も自分をディスラプトしてないよね。ディスラプトする人には投資してるけど、本人たちが自分たちのシステムをディスラプトしてない。
なぜ金融が変わりづらいのか。深井さんは、金融庁や金融法といった規制産業であることを一因に挙げます。やれることとやってはいけないことが法律で明確に決まっているため、保守的にならざるを得ないというのです。
楊さんは、みんなの銀行のアンバサダーとして学んだ経験から、この業界にはイノベーションのメリットよりミスのリスクを重く見る感覚が漂っていると補足します。ただし、それは悪いことばかりではないと双方が確認します。
フィンテックをIT企業に取られているのは、本来は自分たちがやるべきだった。金融が技術であることを理解してれば。
後継ぎ企業は、意義と意味で海外の超優秀人材まで狙える
最後の論点は、後継ぎ企業が優秀な人材に来てもらうために何を変えるべきか、です。深井さんは、中央の優秀人材を獲得することは十分可能だと言い切ります。
そのやり方は「意義と意味」をちゃんと出すことです。ここには言語知が必要になります。自分たちこそが意義と意味を最も出せる存在だという自己認知と他者認知を獲得することが大事だと語られます。
この意義と意味は、売上や利用者数といったスケーラビリティだけではありません。深井さんは、このエリアの人たちが異質な形で幸せになっていることも、世界に対する強い意味になると言います。
ここで深井さんの言う「優秀人材」とは、仕事を選び放題で、週2日ほど働けば自分の人件費を稼げるような人を指します。だからこそ残りの時間を、意義と意味に振れるというのです。
さらに深井さんは、この後は海外の超優秀人材の採用もいけると見ています。同時通訳の技術などで言語の壁が超えられれば、残るのは文化の壁だけになるからです。
本国で十分に稼いだ超優秀人材が、残りの時間で本当に意味のあることをやろうとしたとき、日本の異質さは強力な誘因になる、というのが深井さんの見立てです。
30年遅れでスタートアップやってます、ユニコーンはメキシコより少なく、世界に名だたるSaaSも一つも出てません、なんて言ったら誰も来ないですよ。
この後は労働者獲得の勝負になる、と深井さんは締めます。優秀な人材さえ採用できれば、事業は作れるという結論です。
まとめ
この回で深井さんが一貫して語ったのは、欧米型スタートアップの模倣ではなく、日本の身体知や共同体感覚を生かせるローカルと後継ぎ企業にこそ、世界に価値を出す可能性があるという見立てです。国・金融・個人がそれぞれの役割を見直すことで、その可能性は開けると語られました。
- スタートアップとVCはシステムではなくシリコンバレーのカルチャーであり、条件が揃わない日本にそのまま入れても確率論として機能しにくい
- 日本の強みはリーダー不在でも内発的モラルで自律的に動く点にあり、その源泉は個人だけでなく共同体を意識する世間感覚にある
- 利益以外の複数の評価軸をバランスさせる身体知が、東京や上場企業では薄れ、ローカルと後継ぎ企業に濃く残っている
- 国は邪魔せず成功事例を横に広げる役割に徹し、金融は自らのシステムをディスラプトして社会事業が回る仕組みを作るべきだと主張された
- 後継ぎ企業は「意義と意味」を打ち出すことで、国内はもちろん海外の超優秀人材まで採用できる可能性がある






