承久の乱の3年後、北条義時は何を残したのか
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承久の乱で後鳥羽上皇を退け、鎌倉幕府が一強状態になったところから、この回は始まります。
深井さんは、政務や訴訟に忙殺されていた北条義時が1224年6月12日に病に倒れ、翌13日に亡くなったと語ります。前々から脚気 ── ビタミンB1の不足で起こる病気。手足のしびれやむくみが出て、重くなると心不全につながることもありますを患い、下痢や嘔吐にも苦しんだといいます。
62歳での死は当時としては高齢で、長生きしたと言える一方、あまりに急だったため毒殺の噂まで流れたそうです。
深井さんは、義時が成し遂げたことを大きく2つにまとめます。1つは、頼朝のカリスマ性に頼っていた幕府運営を仕組み化し、永続化させたことです。
だから、武家社会を中世社会に定着させていったということにもなります。
樋口さんは、それが北条政子のスピーチにも表れていたと振り返ります。深井さんも、創設期の鎌倉幕府は脆弱で不安定な存在で、頼朝個人のカリスマ性に支えられていた面が強かったと補足します。
もし実朝が長生きしていたら幕府は朝廷の下請けだった
深井さんは、頼朝の死後に幕府が何度も瓦解の危機を迎えたと語ります。有力な御家人たちが血で血を洗う内紛を繰り広げるなか、義時は姉の政子と協力して権力闘争を勝ち抜き、最高指導者の地位を固めていきました。
一方で朝廷側も、治承・寿永の乱 ── 1180年から1185年にかけての、平氏政権に対する各地の反乱と源平の争い。この混乱で朝廷は一時的に権威を失いましたで一時失っていた権威を、後鳥羽上皇の院政のもとで取り戻し始めていたといいます。
深井さんによれば、3代将軍実朝は後鳥羽上皇に心酔し、師弟関係のようになっていて、朝廷が優位に関係を進めていたそうです。
もしここで実朝が長生きしてたら、もしかしたら幕府は朝廷の下請けに成り下がってたかもしれない。
さらに、朝廷と幕府の両方に属する御家人も増えていたと深井さんは指摘します。これは後鳥羽上皇がスカウトしていたためで、頼朝が最も避けようとしていた事態でした。
ところが実朝が若くして暗殺され、攻め込んできた後鳥羽上皇を逆にボコボコにしたことで、流れが変わります。深井さんは、この一連の流れを義時が主導した結果、武家政治が中世社会の基本となる社会が作られたと語ります。
父・時政の暴走を反面教師にした義時と泰時
深井さんは、承久の乱を経て、幕府が朝廷に譲歩しながら権益を守る必要がなくなっていったと説明します。
さらに義時は非常に腰が低い人物で、自分の立場をよくわきまえていたそうです。深井さんはその背景に、父・時政が傲慢になって自滅した経験があると語ります。
お父さんの時政が傲慢になって訳分からんことし始めて、自滅していったじゃないですか。あれを見て、やっぱり自己抑制に努めた。
嫡男の泰時はその姿勢をさらに徹底したといいます。祖父の失敗を、息子の義時と孫の泰時が反面教師として守り抜いていったという流れです。
なんかこう見ると時政の暴走も意味ある感じがしてくるな。
もう1つ義時が成し遂げたこととして、深井さんは「朝廷の権威を内面化した」ことを挙げます。摂関家から将軍を迎えることを可能にし、その後は天皇の息子を将軍にする親王将軍 ── 天皇の皇子(親王)を将軍として鎌倉に迎える形。摂関家出身の将軍に続き、朝廷の権威を幕府の内側に取り込む仕組みとして機能しましたも実現していきました。
深井さんは、こうして朝廷の権威を幕府にくっつけるモジュールのように取り込みながら、実力では朝廷より上の状態を作ったと語ります。名実ともに日本が武家政権になっていったという締めくくりです。
諸行無常と、人はなぜ権力を持ちたがるのか
ここからはエンディングとして、シリーズ全体の振り返りに入ります。樋口さんはまず、繰り返し感じたのは諸行無常だと語ります。
頼朝がいてガーンってなっていなくなったら、結局また内乱が起きて、あんだけ頑張った13人がまたいなくなって、でもまたまとまる。
そのうえで樋口さんは、なぜ人間はこんなに権力を持ちたがるのか、という疑問が聞きながらずっとあったと話します。
深井さんは、権力欲は能動的というより基本的に防御反応ではないかと応じます。人殺しまでした時政のような人物も、今の立場を維持しようとした結果、そうせざるを得ない決断をしていたのではないかという見方です。
樋口さんは、現代には権力以外にも人を動かす要素がたくさんあるが、当時は権力や土地やプライドがそのほとんどだったのではと語ります。深井さんは、人権とかないから、権力持ってるか持ってないかで死ぬほどの生活の違いが出てくると補足します。
論理では読めない歴史こそ勉強する価値がある
深井さんが一番面白かったと語るのは、シリーズ初期に扱った律令制の話です。
深井さんは、律令制をうまく運用できず、ビジョンも持たずに場当たり的な対処を続けた結果、自分たちの権力の源を剥奪されていることにすら気づかない国家運営者たちの姿を挙げます。
あれは歴史じゃないとわからない。
深井さんは、墾田永年私財の法 ── 743年に出された、新しく開墾した土地の永久私有を認める法。律令制の公地公民の原則を崩し、後の私的な荘園の広がりにつながったとされますや平将門の乱での祈祷といった小さなきっかけが、何百年も後に清盛が後白河上皇を幽閉する事態につながったと語ります。
その因果は論理では読めないと深井さんは言います。人類はそんなに頭が良くないから予測できない。だからこそ歴史で学ぶ価値がある、というのがこの回の核になる主張です。
さらに深井さんは、同じことを自分たちも今やっているはずだとメタ認知します。今の場当たり的な対処が、30年後にどんな結果を生むかわからない。だから面白いのだと語ります。
ビジョンを持つことの本当の意味
深井さんは、このシリーズを通してビジョンを持つことの本当の意味がわかったと語ります。
律令制という土台のビジョンを理解せずに小手先で変えると、バグが起こり続けて最終的に破綻する。だからビジョンが大事なのだ、という理解です。
組織がなぜこういうことをしているのかという大本の理由を意識し続けることがどれだけ大事か、再認識しました。ビジョン大事にしようって思った。
樋口さんは、これを現場のあるあるとして受け止めます。最初は訳が分からず「とりあえずこれでいこう」と決めたルールが、数年でただのルールと化し、新人には「こういうものだよ」と教えられるだけになるといいます。
なんでこれやってるんやろうと思いながらやるんやけど、ルールを変えないといけない時が来た時に、現場判断でぐちゃぐちゃになる。
深井さんは、律令制を疎外する対処策が短期的には功を奏したことこそ落とし穴だと指摘します。長期的な悪影響は生きている人間には見えにくく、その場にいて批判するのは難しいはずだと語ります。
楊さんは、そこに気を付ける可能性のあるツールの1つが歴史だと応じます。もし律令制で失敗した他国の歴史書をみんなで読めていたら、違う決断があったかもしれない、という仮定です。
権威とは、みんなが納得しやすいストーリーである
楊さんは、このシリーズのキーワードとして「権威」が何度も出てきたと振り返ります。血筋の権威、朝廷や上皇の権威が日本の歴史を大きく動かしてきたことを確認できた、と語ります。
樋口さんは、権威とは結局ストーリーではないかという個人的な感想を述べます。受け取る側がどうストーリーを付けているかで、勝手に権威を感じているのではないか、という見方です。
権威って、俺の個人的な感想なんですけど、ストーリーだけなんだなと思ったんですよ。
深井さんは、権威とはコンセンサスのコストが低いということだと応じます。みんなが納得しやすい説明が自然に権威になり、天皇や上皇の権威も、連綿とした歴史が習慣として納得されやすいから成り立っている、という整理です。
深井さんは、頼朝が奥州征伐の際に「何代か前に僕らはこうして一緒に奥州へ行った」と昔話を語ったことも、神話的なストーリーによる納得のさせ方だったと指摘します。仕事でも同じことがよくあると語ります。
権威とはストーリー。受け取る側がストーリーを付けて勝手に権威を感じている
権威とはコンセンサスのコストが低いこと。みんなが納得しやすい説明が権威になる
神話・必然性・原体験。人を動かすストーリーの正体
楊さんは、会社のブランディングやロゴを考え直すときに、企業の人が自社の歴史を勉強することを挙げ、みんなが一度、所属する組織の物語に立ち戻るのだと語ります。
楊さんは、神話を言い換えると必然性だと整理します。人間は自分がその物語を生き、ミッションを背負っていると認識したとき、エネルギーが発散していくのではないかと語ります。
神話ってちょっと言い換えると多分必然性だと思うんですよね。人間って必然性とか宿命の中に生きてると自覚した時に、めちゃめちゃモチベーションが促進される。
樋口さんは、ビジネスで言われる「原体験が大事」という話もこれに通じると語ります。アフリカの子供たちを救いたい人が、写真集や現地での体験を原体験として持つように、やる側にも支える側にも必然性を感じさせる、という見方です。
樋口さん自身も、地元・田川でBOOKやパレットの活動を続ける理由は「ふるさとだから」というストーリーにあると語ります。共同で活動する相手も同じ田川出身で、そうでなければ必然性がなくなってしまうといいます。
信じられるか信じたいストーリーを紡げるかどうかが、多分すごい大事なんでしょうね。
深井さんは、頼朝が語ったのがまさに信じられるストーリーだったと語ります。挙兵直後の坂東武者にはなかった「源氏の棟梁にまとめられている」という感覚が、頼朝の物語によって「そうだな」と共有され、実際に奥州藤原氏を倒す力になっていった、という見立てです。
深井さんは、ただ意味の分からないストーリーでは力を持たず、教訓があるとか、信じられるとか、自分の人生にとって意味のあるストーリーであることが大事だと補足します。
ただの物語
意味が分からない物語は、ストーリーになっていても力を持たない
信じられる物語
教訓や必然性があり、自分の人生にとって意味があると感じられる
行動と成果
語る側も支える側も必然性を感じ、力が出て実際に成し遂げてしまう
鎌倉幕府と同じことがCOTENでも起きている
楊さんは、思想を紡いだマルクスと、後の時代に社会主義国家を良いものと信じて国を作った人々を例に挙げ、ストーリーが繰り返し人を動かしてきたと語ります。
一方で樋口さんは、そのストーリーのなさに苦しんだのが後鳥羽上皇だったと指摘します。自分は正統ではないという感覚が、この人自身のストーリーの欠如につながっていた、という見方です。
深井さんは、頼朝が挙兵した時も最初は状況打開のためで確固たるストーリーはなく、徐々に形成されて自ら疑わずに語る状態になっていったと語ります。そして、自分が語る「人文知の社会実装」というストーリーも同じだと明かします。
人文学と言われる、誰からも役に立たないと言われていた学問領域が、本当は人類にとってめちゃくちゃ役に立つものであった。それを社会に実装していく集団が古典なんだ。
深井さんは、これは最初から言語化されていたわけではなく、社会との創発性 ── 個々の要素からは予測できない性質や秩序が、相互作用の中から生まれること。ここでは、社会とのやり取りの中でストーリーが形づくられていくことを指しますの中で言語化され、みんなが信じてくれそうだという確信を得て語れるようになったと語ります。
楊さんは、深井さんという存在がこうして権威化していく過程を間近で観察できたと語ります。番組のバリエーション企画をリスナーに説明する際、樋口さんが「ここは深井くんが説明すべきだ」と言った場面を例に挙げます。
新しくMCとして出てくる人が、これはどういう番組で、どういう意図があってできたのかを語る時に、他の人が語るのか、深井龍之介が語るのかって、リスナーにとって受け取る重みが違う。
深井さんは、頼朝の即身性を外さないと幕府が永続化しなかったのと同じことを、今のCOTENでもやっていると語ります。歴史で起きた現象と自分たちの現在が重なる瞬間が一番楽しいといいます。
次回シリーズ予告と、コテンラジオの新しい形
深井さんは、もし自分がいなくなったらCOTENはどうなるかという問いにも、経営者としての決断が次々に分岐していくだろうと、まるで人の組織のように語ります。これもメタ認知だと補足します。
そのうえで次回シリーズの予告に移ります。テーマは「老いと障害と社会福祉の歴史」で、老い・障害・社会福祉をそれぞれ4話ずつに分ける構成を検討していると深井さんは語ります。
深井さんは、収録がなぜ毎回きついのかにようやく気づいたと打ち明けます。話数が多いからだ、という単純な理由でした。自分のことはメタ認知できないという、この回のテーマそのものの実例です。
気づいた。話あるからだと。
深井さんは今後、番組の話数やメンバーを回ごとに少しずつ変え、一人の人間に完全に寄りすぎない形を作りたいと語ります。新しいスピーカーのオーディションや、女性をはじめ従来とは違う属性の聞き手への挑戦も構想しています。
樋口さんは、他の聞き手が担当する回を自分も聞いてみたいと応じます。力の差を見せつけられて愕然としたい、そのほうが一番楽しいと語り、深井さんも笑って受け止めます。
最後に、この鎌倉武士編が大河ドラマで描かれている時期の話でもあることに触れ、大河を見ていない人には今回きつかったかもしれないと深井さんは気づかいます。NHKオンデマンドなどで見ながら聴くのもよいのでは、と勧めて締めくくります。
最初から読むにはこちら
まとめ
この回は、北条義時の死で鎌倉武士編を締めつつ、シリーズ全体を「ビジョン」「権威」「ストーリー」というキーワードで振り返る対話でした。歴史で起きたことが今の組織にも重なるという気づきが、繰り返し語られました。
- 北条義時は、頼朝のカリスマ性による幕府運営を仕組み化・永続化し、朝廷の権威を内面化することで、武家社会を中世社会に定着させた
- 律令制を場当たり的に変えた結果が数百年後の政変につながる。この論理で読めない因果を学べることが、歴史の醍醐味だと深井さんは語る
- 権威とはコンセンサスのコストが低いこと、つまりみんなが納得しやすいストーリーだと整理された
- 信じられ、必然性を感じられるストーリーを紡げるかどうかが、人と組織を動かす鍵になる
- 次回シリーズは「老いと障害と社会福祉の歴史」。話数やメンバーを柔軟に変える新しい番組の形も構想されている







