なぜ樋口さんとヤンヤン抜きの収録なのか
この番外編は、コテンラジオの新しい試みを紹介する回です。いつものメンバーである樋口さんとヤンヤンさんは不在で、深井さんと室越さんが、キニマンス塚本ニキさんをゲストに迎えています。
深井さんによると、コンセプトは変えずに、聞き役としてニキさんを迎えたシリーズを始める計画だといいます。すでに進んでいる新しい試みとして、ヤンヤンさんがメインスピーカーを務め、深井さんが出演しない回もあります。
ニキさんとのシリーズもその延長線上にある取り組みで、今後は深井さん以外の人が話し手になる可能性もあると話されています。この回は、シリーズが始まる前にニキさんを紹介し、なぜ声をかけたのかを伝えるための回です。
以前の放送で「いろいろなパターンを作っていく」と先にリスナーへ伝えてから、実際に聞き役を探し始めたそうです。有名人を含めて多くの候補を挙げて検討したものの、樋口さんの代わりになる聞き役を見つけるのはかなり難しかったといいます。
メンバーが同年代の男性ばかりで、全員が九州出身、あるいは九州にゆかりのある人である点も、多様性がないと感じていたそうです。そこで、まったくタイプの違う人を迎えたいと考えていたところ、室越さんがニキさんを見つけてきました。
宮台真司回のすれ違いに見えた「ミッシングピース」
室越さんがニキさんを知ったきっかけは、TBSラジオの「あしたのカレッジ」に社会学者の宮台真司さんがゲスト出演した回でした。この回は話題になり、ニキさん自身は「バズったというか、燃えた」と振り返っています。
室越さんは、宮台さんとニキさんのやり取りに、うまくコミュニケーションが取れていない部分があると感じたそうです。そのすれ違いには、考え方の違いと世代の違いの両方があると受け止めました。
室越さんにとって、宮台さんは一旦その言葉を真に受けるようなオーソリティーだといいます。同世代のはずのニキさんがそうした態度をとらなかったことが、とても新しく見えたそうです。ニキさんは、宮台さんのことをよくわかっていなかったからこそ突っ込んだ話ができたのかもしれない、と話しています。
室越さんは、コテンラジオは「これを勉強しろ」と押しつける番組ではないと説明します。メンバーが歴史や人文学を楽しみ、その楽しさを共有する形で、世の中にあるのに届いていない知見を手渡している、という見立てです。
そのうえで、宮台さんとニキさんの対話にはフェミニズム ── 性別による不平等や差別をなくし、女性の権利や尊厳を認めることを目指す思想や運動の総称。多様な立場や考え方を含みます的な視点があったと話します。日本社会では、フェミニストは「女性の権利を主張するために男性の権利を踏みにじる人」と理解されがちですが、必ずしもそうではないと考えたそうです。
フェミニズムやダイバーシティの考え方は、多くの人が論じているのに、まだ多くの人に届いていない領域です。室越さんは、九州ゆかりの同世代の男性だけでは出にくいこの視点を、コテンラジオのミッシングピースだと感じ、深井さんに提案しました。
同じタイミングで互いに声をかけようとしていた縁
ちょうどその頃、ニキさんの側でもコテンラジオへの関心が高まっていました。「あしたのカレッジ」では毎日いろいろなゲストを呼んでいて、ニキさんは以前から深井さんのことを推していたそうです。
民放のラジオで他のPodcastを紹介してよいのか迷いながらも、勉強になりエンタメ性もあるので紹介したいと話していたところ、深井さんの本の出版が決まりました。番組スタッフが連絡を取ろうとしていたのが、コテンラジオ側の動きとまさに同じタイミングだったことを、後から知ったといいます。
深井さんはリモートで「あしたのカレッジ」に出演しました。ニキさんは推している相手を前に聞きたいことがあふれ、自分ばかり話してしまったと振り返っています。コテンラジオのファンからは「黙って深井さんに喋らせろ」という率直な声も届いたそうです。
深井さん自身はそうは感じなかったと話しています。その後、深井さんがTwitterのDMで「一回話させてください」と連絡し、ニキさんが快く応じたことで、今回の出演につながりました。
東京、ニュージーランド、そして再び日本へ
ニキさんの自己紹介は、生い立ちから始まります。母親は日本人、父親はイギリスとスコットランドにルーツを持つニュージーランド人で、ニキさん自身は東京生まれです。
9歳まで練馬区で暮らしたあと、家族でニュージーランドへ移住しました。ニキさんは、バブルがはじけてしばらくしてからの移住だったと話しています。
ニュージーランドには23歳まで暮らし、大学を卒業して少し働きました。いい国だけれど、とても小さくて田舎だと感じ、このまま骨を埋めるのかと考えたとき、もっと世界を見たいと思ったそうです。
ニューヨーク、ロンドン、パリなどを思い浮かべつつ、まず日本に帰国しました。半年から1年ほどアルバイトで資金を貯めて世界旅行に行くつもりだったものの、そのまま13〜14年ほど日本に住み続けているといいます。
帰国した2009年当時の日本は、環境問題や人権の話をすると「真面目だね」と引かれてしまう雰囲気だったそうです。ニキさんは学生時代からフェミニズムなどの社会的なテーマに浅く広く関心を持っていましたが、それを共有できるコミュニティは周りに見つけにくかったといいます。
NPOやNGOで働きたいと思っても、なかなか雇ってもらえない現実もありました。そこで英語を生かして翻訳や通訳の仕事をし、毎月きちんと家賃を払えるようにしようと考えたそうです。
社会問題への関心は子ども向け番組と広告の授業から
翻訳・通訳の仕事は約10年、フリーで続けてきたといいます。現在は副業に回り、本業はTBSラジオ「あしたのカレッジ」で、週4回、2時間の生放送を担当しています。
ニキさんは、「ございます」という言葉はラジオを始めるまで使ったことがなかったと笑います。もともとは「べらんめえ言葉」だったそうで、今は猫をかぶっているところがあると話しています。
社会問題への関心の原点は、日本で過ごした子ども時代にありました。子ども向け番組や絵本、雑誌でオゾン層の破壊やフロンガス、絶滅危惧種の話に触れ、こまめに電気を消せば地球を守れるのではと考えていたそうです。
大きな転機になったのは、ニュージーランドで通ったお嬢様学校の授業でした。リベラルな先生が多く、国語にあたる英語の授業では、小説や映画、広告などを読み解く「ビジュアルランゲージ」の授業があったといいます。
たとえば雑誌広告を1枚見て、男女のポーズや商品の見せ方から、どんなジェンダーバランスが見えるか、誰に向けた広告かを深掘りしていきます。ニキさんは最初「なんだこれ」と思ったものの、表面より深いところを探ると見えてくるものがあることに惹かれていきました。
楽しくハッピーなものだけ見ていればいいという世の中の空気には違和感を覚えていて、それを言語化できるようになったのは大学に入ってからだそうです。大学では反資本主義的な活動をする人たちともつながり、関心を持ち続けました。
ただ、アクティビストになるのは「ガチすぎる」と感じていたといいます。回り道の末、翻訳・通訳の仕事を通じてNPOや社会活動をする人たちとつながり、言語と文化の橋渡しをすることが自分の役割だと、20代を通して実感してきたと話しています。
通訳が映画出演、そしてラジオパーソナリティへ
ニキさんがラジオパーソナリティになった経緯は、珍しいものです。福岡県を拠点とする映画配給会社ユナイテッドピープル ── 海外のドキュメンタリー映画などを中心に配給する日本の映画配給会社。社会課題をテーマにした作品を多く扱っていますの代表と縁があり、来日する監督やプロデューサーの通訳を務めていました。
その縁で、オーストリアの監督がフードロスをテーマにした「ゼロ円キッチン」を日本で上映した際、日本でもフードロスの映画を撮ることになりました。キッチンカーで日本各地を巡り、「もったいない」という言葉や伝統的な食文化を探るロードムービーです。
ニキさんは当初、監督の通訳として現場に入る予定でした。ところが制作準備の段階で、監督が1人で旅をするより隣に通訳がいたほうが自然だとなり、一緒に出演することになったそうです。
この映画「もったいないキッチン」は2020年夏に公開されました。本来は東京オリンピックに合わせたイベントも予定されていましたが、コロナ禍ですべてなくなり、翻訳・通訳の仕事も吹き飛んでしまったといいます。
東京にいてもすることがなく、日本にいる必要すらないのではと移住を考えていたところ、試写会で映画を観たラジオ関係者から声がかかりました。TBSラジオで準備中の新番組のパーソナリティとして検討したい、という話だったそうです。
映画配給会社との縁
来日するドキュメンタリー監督の通訳を担当
映画への出演
「もったいないキッチン」に通訳として同行し、出演者になる
コロナ禍
公開後のイベントと翻訳・通訳の仕事がなくなる
ラジオへの誘い
試写会で観たラジオ関係者からパーソナリティの打診
なぜ自分が選ばれたのかは、今でも説明されていないそうです。ただ、新しいことをしたい番組側が新しいキャラクターを探していたのだろう、とニキさんは推測しています。
番組は最初、30分の収録番組を日曜の空き枠で4回流し、感触がよければ正式に決まるという流れでした。当初は自分の名前も噛むほどで、30分番組の収録に3時間半かかったこともあるそうです。今は3年目に入っています。
同時通訳の難しさと、出島の通詞への想像
ニキさんは、むしろ生放送のほうが楽だと話します。同時通訳も一発勝負で「わかりません」とは言えない仕事なので、はったりをかますのがうまくなった、というのがその理由です。
話題は通訳の種類に移ります。室越さんが一時期経験したのは逐次通訳で、ニキさんが担ってきた同時通訳とは求められる技術が違います。
話し手が話し終えた後に通訳が訳す。話している間にメモを取る
話し手が話しているのと同じタイミングで、訳し続ける
ニキさんはその場で同時通訳を実演してみせます。当初は「英語ができるから同時通訳もできる」と甘く見ていたそうですが、通訳事務所のテストで、会社の総会の会長挨拶を予備知識なしで訳すことになりました。「何億何千万」という数字が出た瞬間に頭が真っ白になったといいます。
一度身につけば、しばらく離れても脳の使い方は覚えているそうです。深井さんは楽器と同じだと受け止めています。ただ、高度な歴史の話を同時通訳しろと言われたら「即帰ります」とニキさんは笑い、一般教養の範囲なら対応できると話しています。
ニキさんは、長崎の出島で見た通詞 ── 江戸時代にオランダ語などの通訳・翻訳を担った役人。長崎で世襲的に務め、外交や貿易の実務を支えましたの記録や辞書がとても面白かったと語ります。スクールもマニュアルも先生もない中で言葉を学び、間違えれば首をはねられるかもしれない立場で幕府の通訳を担っていたはずだ、と想像を巡らせます。
深井さんは、「将軍」を訳すことからして難しいと応じます。エンペラーでもキングでもない概念をどう訳すのか、という問題です。深井さんは、通訳の仕事を通じて言葉が示す概念の違いをニキさんは強く感じてきたのだろう、と話しています。
宮台真司回の裏側と、ニキさんを呼んだ本当の理由
深井さんは、偉い立場の年上男性を前にしても、同調も批判もしない態度を貫いたニキさんを「すごい」と評します。ニキさんによると、宮台真司さんはこれまでも毎回違うテーマで番組に来ていて、話題になった回のテーマは性愛でした。
宮台さんが『大人のための性教育』という本を出したタイミングでの出演でした。ニキさんは、性愛なら自分にも身近なテーマなので、偉い人の話を聞く会ではなく、2人であれこれ話し合う会になると想定していたそうです。ただ、議論をするとは考えていなかったといいます。
共感できる部分も、違うと思う部分もあったものの、ゲストとして呼んだ相手なので、毎回突っ込むのではなく話を聞いたといいます。ニキさん自身は楽しく、またこういう議論をしたいと思っていましたが、世の中の反応は大きかったそうです。
反応の中心は、宮台さんが一部のフェミニストに批判的なことを話した点でした。ニキさんはフェミニストを自認していますが、同じフェミニストでもすべての意見が合うわけではないと話します。
それでも、考えの違う人を「やっつけないと世界は平和にならない」とは思っていないそうです。関わらずにいられるのもある種の特権かもしれないと断りつつ、誰かを是正するより自分が深めたいことを深めるという姿勢を理想にしていると語ります。
ニキさんは、宮台さんを「癖のあるチャーミングな方」と表現し、また機会があれば話したいと話しています。
室越さんは、問題は宮台さん個人ではなく、宮台さんの話にリアリティを感じる人とそうでない人がいることだと整理します。今のコテンラジオのメンバーは宮台さん側の世代の価値観に近く、ニキさんは同世代でも、より若い人たちの価値観を持っているのではないかと考えたそうです。
株式会社コテンが目指すミッションはそうした価値観に開かれているため、ニキさんを迎えることは、コテンラジオ自身の変化や開かれた場であることの表現になる、というのが室越さんの考えです。一方で、最後は「グッドフィーリングだったから」とも添え、深井さんも人を選ぶのは理屈だけではないと応じています。
新シリーズは人文学へ。初回はレヴィ=ストロース
最後に深井さんは、ニキさんとの新シリーズの位置づけを説明します。これまでの形式と比べると、扱うテーマの幅が広がることがわかります。
| シリーズ | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 本編 | 歴史の話 | これまでの基本形 |
| ヤンヤン編(コテンラジオショート) | 歴史の話 | 本編より短く、ライトな形 |
| ニキさんとの新シリーズ(名称未定) | 歴史以外の人文学も扱う | 必ずしも歴史がメインではない |
深井さんは、人文学を「それは何か」「なぜか」を問う思考領域や学問だと捉え、歴史以外の人文学にも挑戦したいと考えてきたそうです。新シリーズの第1回は、現代の思想家レヴィ=ストロース ── フランスの文化人類学者。親族関係や神話の研究を通じて、構造主義と呼ばれる考え方を広めた20世紀を代表する思想家ですの構造主義 ── 個々の要素そのものより、要素同士の関係や背後にある構造に注目して物事を捉える考え方を紹介する予定です。
初回で構造主義を選んだことについて、台本ができた後に「2人ともほんとバカだな」と感じたと深井さんは笑います。ニキさんは、初回から一番高いところからのバンジージャンプに誘われたような気分だったと応じました。
本当にそう。もう最初の旅行が南極みたいな感じなんですよ、これ(初回の構造主義は)多分。
深井さんは、新シリーズで確実にコテンラジオは変わり、いいところも悪いところも変わるはずだと話します。リスナーにも、何がどう変わったのかを感じてほしいといいます。
ニキさんが「私は聞く役でいいんですか?」と尋ねると、深井さんは、樋口さんとはまったく違う聞き役になるはずで、それがいいのだと答えます。ニキさんは「私らしく聞かせていただきます」と応じ、次回からシリーズが始まることが告げられました。
まとめ
この番外編では、同質なメンバー構成に多様性を持ち込むため、コテンラジオがキニマンス塚本ニキさんを新たな聞き役に迎えた経緯が語られました。東京とニュージーランドで育ち、翻訳・通訳を経てラジオパーソナリティになったニキさんの歩みは、言語と文化の橋渡し役としての姿勢につながっています。
- 宮台真司さんとの回で見えた世代や考え方の違いが、コテンラジオに欠けていた視点として評価された
- ニキさんは広告を読み解く授業などを通じて、社会問題を深掘りする関心を育ててきた
- 通訳として出演した映画「もったいないキッチン」がきっかけで、TBSラジオのパーソナリティになった
- 新シリーズは歴史以外の人文学も扱い、初回はレヴィ=ストロースの構造主義から始まる





