第3子誕生と、久々の古代ローマシリーズ
冒頭は、樋口さんに3人目のお子さんが誕生したという報告から始まります。
名前はコテンのSlackでみんなに募集し、大量の案が出たといいます。ふざけた案も多かったそうですが、深井さんはそれにも意味があると話します。
名前決める時って、これはないなってやつをちゃんと出すっていうのが大事ですから
最終的には樋口さんが自分で決めたそうです。生まれた子の顔を見ると、日本っぽい名前が合わない印象だったと振り返ります。
話題は本編へ。今回のテーマは帝政ローマで、コテンラジオの古代ローマシリーズとしては3回目にあたります。
楊さんによれば、これはユリウス・カエサルが暗殺された直後から始まる、カエサル編の続編にあたる時代です。
帝政ローマとは何か、五賢帝という言葉
深井さんは、カエサルまでのローマは王政と共和政だったと整理します。最初に王がいて、その後は元老院による合議制になったといいます。
そしてカエサルを境に帝政ローマへと移り、正式な初代皇帝となったのがアウグストゥスだと説明します。
ローマ帝国の初代皇帝ですね
今回はこの帝政ローマがどういう体制で、どう作られたのかに迫っていきます。あわせて五賢帝と呼ばれる皇帝たちも登場します。
深井さんは、このシリーズを理解すれば西洋の知識人と対等に話せるようになるとまで言います。
この知識ちゃんと習得できてたら、西洋知識人、それがハーバード大卒だろうがなんだろうが普通に喋れます
ただし、良い皇帝ばかりではありません。今回のタイトルにある「振れ幅」の通り、愚帝と呼ばれる人たちも登場し、その差の大きさが見どころになると予告されます。
なぜ西洋人はローマを「自分たちのルーツ」と思うのか
深井さんは、帝政ローマが西洋人にとって非常に重要な題材である理由を説明します。一言で言えば、欧米人がローマ帝国を自分たちのルーツだと感じているからです。
この感覚は元からありましたが、中世に「自分たちはローマ帝国の継承帝国だ」と名乗る国が出てきたことで強まったといいます。神聖ローマ帝国などがその例です。
ロシアもドイツもイギリスも、そしてアメリカも、ローマを継承しているという物語を大事にしていると深井さんは言います。アメリカの政府の建物にはラテン語が書かれているそうです。
一方で深井さんは、アメリカとローマはほぼ関係ないと考えており、あくまで「自分たちが継承している」という物語を作って大事にしているのだと整理します。
ギボンが広めた「五賢帝」と称賛の言葉
この物語を大きく後押ししたのが、18世紀の歴史家エドワード・ギボンです。彼は『ローマ帝国衰亡史』を著しました。
深井さんは、今の歴史学から見ると詰めの甘い部分も多い本だと注意します。ただし当時の西洋人には非常に重要な書物で、チャーチルやネルー、アダム・スミスらが愛読したことでも知られます。
この五賢帝の200年を人類史上最高の安定と繁栄の時代、パクス・ロマーナとして称賛したのもギボンでした。
五賢帝の名は、ネルワ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス・アントニヌスです。
ギボンは、人類が最も幸福で繁栄していた時代として、この五賢帝の時代を挙げると称賛しました。
この時代にローマは最大の版図に達し、人口も5000万人から7000万人のピークを迎えたといいます。ほぼ同時期の中国は後漢の時代で、人口は6000万人ほどでした。
美化フィルターを外して見るローマ
ここで深井さんと楊さんは、この称賛が持ち上げられすぎだと指摘します。内実を見れば、それほど美しい時代でもなかったといいます。
死亡率は高く、公衆衛生も悪く、多くの人が貧困と栄養不足、病気に苦しんでいました。幼児死亡率も非常に高かったといいます。
さらに、この時代は奴隷制の上に成り立っていました。奴隷たちが幸せだったとは言えず、人類全体が幸福だったかというと微妙だと楊さんは話します。
その奴隷制の上に恵まれた特権を持っている人たちが幸せにある程度暮らしてたっていう構図ですから、人類全体が幸せだったかというと微妙って感じですね
深井さんは、ギボンがこの本を書いた背景に、啓蒙主義や植民地主義があったことを意識すべきだと言います。自分たち西洋文明のルーツがいかに素晴らしかったかを語る、フィルターのかかった歴史だという指摘です。
深井さんは、戦後を代表する政治思想家・丸山眞男の「ローマ帝国の歴史には人類の経験の全てが詰まっている」という言葉も紹介しつつ、それも言い過ぎだと考えていると話します。
イスラムにしかないことも、東アジアにしかないこともある。ローマを美化するフィルターを外し、もっとフラットに見るべきだというのが、この回で深井さんが伝えたい主張です。
淡々と勉強すべきだと思うし、まあ漢帝国とかよりも全然遅れてるところたくさんあるなと思う
この点は日本の明治維新を「マジ超すげえ」と見てしまう感覚とも似ていると楊さんは言います。すごいことは確かでも、勉強の前に一度冷静になった方がいいという整理です。
ローマ史のおさらい:建国から共和政の特徴へ
ここからは、帝政ローマを理解するためのおさらいに入ります。ローマは最初、ギリシャを中心とした世界の中の、ただの小さなポリスでした。
神話レベルの伝承では、建国は紀元前753年4月21日とされ、建国者はロムルスとされます。
初期のローマは王政で、ロムルスの後に王が続き、7代目の王タルキニウスが横暴で追放されます。これが紀元前509年で、その後共和政に移行します。
共和政では貴族による集団指導体制がとられ、その集まりの場が元老院でした。深井さんは、この元老院を題材にしているのがスターウォーズだと言います。
深井さんは、西洋のルーツは聖書とローマの2つであり、これを知るだけで西洋のドラマや映画の解像度が上がると話します。
共和政ローマで最も重要なのは、一人の人間に権力が集中するのを極端に嫌ったことです。横暴な王が出たとき、王個人ではなく、それを生むシステムが悪いと考えた点に深井さんは注目します。
横暴な王様が悪いんじゃなくて、横暴な王様を生むようなシステムが悪いってなったんですよね
その結果、コンスルという役職を2人置き、どちらも拒否権を持ち、1年で交代する仕組みが作られました。深井さんは、権力の最高とは拒否できる権利だと語ります。
皇帝や王が中央集権をガシッと固めることを、良いこと・頼れるリーダーシップと見る感覚が強い
一人に権力が集中することを絶対にダメと考え、権力集中を嫌う感覚が美徳とされた
楊さんは、この共和政の感覚が長く大事にされ続けたと補足します。カエサルが共和派に暗殺されたのも、その後のアウグストゥスが共和政に気を使いながら権力を集めたのも、このカルチャーゆえだと説明します。
深井さんは、この権力集中を嫌う感覚こそ、後の民主主義に受け継がれ、ヨーロッパ人が自分たちのルーツと感じている感覚の一つだと整理します。
父祖の威風、軍国主義、そして内乱の一世紀からカエサルへ
深井さんは、ローマのもう一つの重要な文化として「父祖の威風(モス・マイオルム)」を挙げます。これは先祖の名誉を家庭で日常的に語り継ぐ精神文化です。
その象徴として、直系の男子は代々同じ名前を継ぎ、女性は同じ氏族なら全員同じ名前でした。ユリウス氏族の女性は全員ユリアだったといいます。
それだけ家に名誉が所属しているっていう感覚があるんだよっていうこと
ローマは非常に軍国主義的で、勇気を重んじるマッチョ文化でした。その裏返しとして、女性の地位は低かったと深井さんは指摘します。
こうしてローマは周囲を傘下に置き、紀元前272年にイタリア半島を統一します。
ただし楊さんは、これは中華帝国のような圧倒的な吸収ではなく、都市国家と個別に同盟を結ぶ、緩やかな拡張だった点を強調します。
都市国家の拡張版みたいな感じで、統一という状態にもなんか持っていっただけなんですよね
その後、ローマは3度のポエニ戦争でカルタゴと戦い、第三次ポエニ戦争で徹底的に破壊します。同時期にマケドニアのアンティゴノス朝も滅ぼし、地中海全域で覇権を確立していきます。
しかし敵がいなくなった後、ローマは「内乱の一世紀」を迎えます。支配領域は拡大したのに、政治システムが都市国家のままだったため、無理が生じたのです。
長い戦争で中小農民が没落し、それはローマ軍の弱体化も意味しました。従来のシステムで外的要因を裁けなくなる現象が、ローマにも起きたと深井さんは言います。
これを憂慮したグラックス兄弟が土地の再配分を試みますが、兄も弟も殺されます。ここから内乱の一世紀が始まります。
その後、マリウスの軍制改革や、ポンペイウス・クラッスス・カエサルの三頭政治を経て、最も能力の高かったカエサルが勝ち残ります。
深井さんは、システムを更新する仕組みをローマ自身が持たなかったため、能力の高い個人が力ずくで変えるしかなかったと整理します。
カエサルは終身独裁官となり、任期や兼任を禁じてきた共和政の伝統を次々に壊しました。しかし、一人が権力を握ることを許せない勢力によって暗殺されます。
深井さんは、帝政ローマもこの延長線上にあり、決してきれいに収束したわけではないと言います。
樋口さんは、狂乱の時代の後に一人の人間が何とかするしかないが、それが続かないという流れは、豊臣秀吉や西郷隆盛の回とも似ていると感想を述べます。次回はこのカエサルの死の直後から本編が始まります。
まとめ
今回は帝政ローマ編の導入として、西洋人がローマを称賛してきた背景と、その美化フィルターを外す視点、そして共和政から帝政へ至る流れがおさらいされました。
- 帝政ローマは西洋人が自分たちのルーツと感じる題材で、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』が五賢帝時代の称賛を広めた
- ただし奴隷制や高い死亡率など影の面もあり、美化フィルターを外して淡々と見る姿勢が提案された
- 共和政ローマの核心は、一人に権力が集中するのを嫌い、それを生むシステムを問題視した点にある
- この権力集中を嫌う感覚は後の民主主義にも受け継がれ、ヨーロッパ人が自らのルーツと感じる感覚の一つとされる
- 内乱の一世紀を経てカエサルが伝統を破り暗殺され、その直後から帝政ローマの物語が始まる
