敗戦後のドイツで、若者たちは何を経験したのか?
第一次世界大戦はドイツの敗戦で終わります。深井さんによると、ヒトラーはこのとき毒ガスで負傷し、何週間か目が見えなくなって療養していました。復帰した後か、復帰の途中に戦争が終わってしまったといいます。
敗戦に対して、ヒトラーは激しく怒ります。怒りの矛先は、負けたという事実、莫大な賠償金を課す戦勝国、そして不平等な条約を結ばされても文句を言わない新政府のワイマール共和国 ── 1919年に成立したドイツの共和制国家の通称。民主的な憲法を持ちましたが、敗戦処理と経済危機に苦しみ、のちにナチスの台頭を許しましたでした。
ドイツが本当に凄まじい状況に突入していく中で、(政府が)何もできないっていうことに対して、ヒトラーものすごく怒ってるんですけどね。
樋口さんは、ヒトラーの怒りが個人の感情ではなく「主語が国になっている」と指摘します。深井さんは、ヒトラーは国と自分を強く同一視していき、それがナチスやファシズムが全体主義 ── 個人より国家や民族全体を優先し、個人は全体に奉仕すべきだとする考え方。言論や私生活まで国家が統制することが特徴ですと呼ばれる感覚につながると説明します。
敗戦後のドイツでは、失業者が大量に出ます。さらにハイパーインフレが起き、深井さんの記憶では、パンが1兆円か1億円という水準になったといいます。
今まで貯めてた貯金とかがゼロ円、紙くず同様だねってなるじゃないですか。あと、政府にもらってる年金とかももう意味ないですよね。額が決まってるから。
経済システムが崩壊し、自殺者も大量に出ます。深井さんが強調するのは、当時子どもだった世代の経験です。この世代がのちにナチスに入っていくと深井さんは話します。
戦時中
父親が戦場で死に、家庭は貧しくなる。負けていない時期でも栄養失調の人が3割ほどになる
敗戦
戦争が終わったと思ったら負けており、莫大な賠償金が課される
戦後
ハイパーインフレで経済が崩壊し、大人になっても就職できない
その後
世の中への怒りが、ナチスの中で昇華されていく
この人たちがナチスになっていくんですよ。本当に。この怒りがすべてナチスの中で昇華されていくんです。
オープニングで「明るく行きましょう」と言っていた樋口さんも、さすがに「むじいですね」とこぼします。深井さんは、これはまだ序の口で、この後もっと暗くなると予告します。
軍に残ったことが、なぜヒトラーを政治家にしたのか
終戦後、軍隊は基本的に解散されますが、一部は残ります。深井さんによると、ヒトラーが軍に残ろうとした理由は、辞めて戻っても仕事がないからでした。樋口さんは、軍が彼にとって唯一認められた職場だったのかもしれない、と付け加えます。
軍に残るという選択が、ヒトラーを政治家にしていきます。上司がヒトラーの弁舌の才能を見出し、兵隊にナショナリズムを叩き込む教育将校の役割を任せたのです。
それがね、めちゃくちゃハマるんですよ、この彼に。
もうそこで才能がバーって開花します。
爆発するんです。才能が爆発するわけ、これで。
教育将校時代のヒトラーの話は、のちの演説と完全に一致はしないものの、かなり似ていたといいます。敗戦のふがいなさ、敵は誰か、誰のせいでこうなり誰を攻撃すべきか、といった話をこの時点から少しずつ始めていました。深井さんは、演説するときのヒトラーは怒りながら話しており、そのエネルギーがすごいので動画を見てほしいと話します。
深井さんは、先ほどの若者たちにヒトラーの演説を聞かせたらどうなるか想像してほしいと語ります。希望がなく、怒りをどこにぶつければいいかわからない人たちに、ぶつける先を示したのがヒトラーでした。
それ(怒り)をぶつける先を示してくれた人がヒトラー。で、その気持ちを代弁してくれて、自分たちが本当は優れた民族だっていうことを彼はずっと言ってくれるわけ。
ヒトラーはヴェルサイユ条約 ── 第一次世界大戦の講和条約。ドイツは領土や植民地を失い、軍備を制限され、巨額の賠償金を課されましたは不平等だから守らなくていい、無視しようと訴えます。樋口さんはこれを「彼氏に振られた女の子に、俺だけは味方だと声をかける感覚」と例え、深井さんは「それの怒ってるバージョン」と応じます。
私利私欲がない独裁者は、悪者なのか?
深井さんは、ヒトラーは意図的に人を洗脳していたのではなく、ナチュラルにそれができる人だったと話します。樋口さんも、本当に正しいと思い込んでいるからできるのだろうと受けます。
彼の人生を通してのその特徴は、私利私欲のなさですね。もうマジで国家のために動いてる。だからユダヤ人を殺戮してるやつも、あれも国家のためにやってるんです。
深井さんによると、ヒトラーは首相になっても給料をもらわず、『マインカンプ ── ヒトラーの著書『我が闘争』の原題。獄中で口述した自伝と政治思想の書で、ナチスの思想の基本文献とされます』の印税だけで生きていました。女性を囲うこともなく、幹部のゲーリングが宝物を集めていたのとは対照的に、物への執着もほとんどなかったといいます。
ナチスの幹部。宝物をめちゃくちゃ集めていた
首相になっても給料を受け取らず、印税だけで生活。金や物への執着がほとんどない
この話を聞いた樋口さんは、一般的には超悪者扱いのヒトラーが、悪者かどうか今はわからなくなったと漏らします。深井さんは、ヒトラーは彼の中の正義を貫いていたと応じ、戦争中に負けると口にする人がいればすぐにキレるなど、現実を直視できなかったのも正義感から来ていたと説明します。
甲子園目指して頑張ってる野球部に俺たちダメだって言ったら、先生は叱咤で激励するじゃないですか。結局それで結果出したら、その叱咤激励はプラスに働いたってことなんで。
善悪のあれがちょっとガランと崩れた感じはしますね。
ヒトラーの人種差別は、どこから理論武装されたのか
教育将校としての授業で、ヒトラーは国粋主義的なことを語ります。普段から思っていることを話せるので、彼自身も楽しかったと深井さんは話します。
同じ教師の立場には、右派的な考えを持つ教授たちがいました。ヒトラーは彼らの考えを吸収し、それが『マインカンプ』に書かれた思想の根幹になります。この時期に、ヒトラーは死ぬまでの理論をほぼ確立したと言われているそうです。樋口さんは、自分の考えというより人の考えを吸収していったのだと受け止めます。
深井さんが特徴として挙げるのは、ドイツ民族、つまりアーリア人種への信仰と、人種差別です。それは能力ではなく血による差別で、生まれつき生きるに値する人間とそうでない人間を判別するものでした。
当時は優生学 ── 人間に遺伝による優劣があるとし、「優れた」遺伝の保存や「劣った」遺伝の排除を目指した学問。20世紀前半に欧米で広まり、のちに強く否定されましたが学問として勃興していました。ナチスはそれをアカデミックな領域から取り入れたため理論武装されており、当時は理論的に反論しづらかったと深井さんは説明します。
深井さんは、ユダヤ人を絶滅させようとするに至った直接的な理由も、この「血」の考え方にあると話します。
教育を変えればよいので、絶滅させる必要がない
何を施しても無理なので追放するしかない。追放に限界があるため殺すとなり、ホロコーストに至った
でも、なぜ殺すに至ったかっていう直接的な理由は、人種、つまり血がユダヤ人という血がダメだから、彼の中で。だから殺すってなった。
樋口さんが今の感覚では絶対に間違っていると言うと、深井さんは当時もだいぶ引いていた人は多かったと答えます。最初に賛同していたのは1割から3割ほどだったといい、ユダヤ人の友人や親戚がいる人も多かったため、みんなさすがにおかしいと思っていました。それでもこの考えが、どんどん主要な意見になっていきます。
社会ダーウィニズムは、侵略をどう正当化したのか?
深井さんは、ヒトラーの思想にはヨーロッパ中にもともとあった反ユダヤ主義、優生学に加え、もう一つ社会ダーウィニズム ── 進化論の考え方を人間社会に当てはめ、社会には優劣や発達段階があるとする思想。19世紀後半から帝国主義や植民地支配の正当化に使われましたがあったと説明します。これらがすべてアカデミックな領域から来ていることが本当にタチが悪い、と深井さんは話します。
社会ダーウィニズムでは、社会には発達段階があり、優れた社会と未発達の社会があると考えます。植民地支配をしていたヨーロッパは、アフリカやアジアは社会として進んでいないので、植民地にして発達させてあげるという考え方を持っていました。
今では社会人類学の領域でこの考えは否定され、それぞれの社会がそれぞれの発達をしていると考えられています。しかし当時は主流で、ヒトラーにとっては侵略と植民地化を正当化する考え方につながりました。
優生学などの流れから、ヒトラーはスラブ民族、つまりロシア人も劣っているとみなしていました。ロシアの方に領土を広げてドイツ民族を住まわせ、スラブ民族を奴隷にするという考えを持っていたと深井さんは話します。
反ユダヤ主義
ヨーロッパ中で行われていたユダヤ人への差別
優生学
人間の優劣は遺伝で決まるとし、差別を「血」の問題にした
社会ダーウィニズム
社会に優劣があるとし、侵略と植民地化を正当化した
結果
ユダヤ人の排除と、スラブ民族を奴隷にする東方への拡大という構想
根拠なく信じることは、なぜ暴走するのか?
深井さんは、ユダヤ人をめぐる考え方は今でもあると話し、イルミナティが世界を牛耳っているという説を例に挙げます。そうした説をオプションとして想定するのは悪くないが、根拠を見出せないのに強く信じている人たちがいる、と深井さんは指摘します。
当時も、ユダヤ人が世界を牛耳って戦争を起こし、ドイツが負けたのも賠償金が大きいのもユダヤ人のせいだと言う人たちがいました。深井さんによると、その一派がヒトラーでした。
樋口さんは、すべてに根拠を求めるのは難しいと返します。スタートアップ界隈では、ホリエモンや箕輪さん、西野さんが「ほぼ宗教レベル」で支持されており、彼らが示す未来に根拠を求めるのは相当難しいというのです。
深井さんは、今話しているのは陰謀説についてだと整理します。世界は本当はこうではないかという説を持つのはよいが、根拠のない状態で熱烈に支持しすぎると暴走する、という話だと説明します。
なんかそれっぽい科学、なんか数字ですら僕結構信じられなくなってて。
もうわからないんですよ。だから僕は完全に信じるってことをやめるっていう選択肢を今取ってるんですけど。
原発をめぐる議論のように、科学的な主張同士が対立する例を挙げた樋口さんに、深井さんも「僕もそうなんですよね」と同意します。最後に樋口さんが、みんな感情やエネルギーのはけ口を求めているのだと言うと、深井さんは昔は宗教だったよりどころが、今は科学や尊敬できる人、メンターになっているのだろうと話し、次回へ続きます。
まとめ
敗戦とハイパーインフレで希望を失ったドイツの若者たちにとって、怒りのぶつけ先を示したのがヒトラーでした。私利私欲なく「国家のため」に動くヒトラーは、当時の学問から取り込んだ人種主義で理論武装し、その思想を固めていきます。話は、根拠なく信じることの危うさという現代の問題にまで広がりました。
- 敗戦後のドイツでは失業とハイパーインフレで貯金も年金も意味を失い、子ども時代から苦しんだ世代の怒りがナチスに昇華されていった
- 軍に残ったヒトラーは教育将校として演説の才能を開花させ、右派の教授たちの考えを吸収して思想の根幹を固めた
- ヒトラーには私利私欲がなく、義務感と正義感からユダヤ人の殺戮にまで至ったと深井さんは語る
- 反ユダヤ主義・優生学・社会ダーウィニズムがアカデミックな根拠となり、差別と侵略を正当化した
- 根拠がないまま熱烈に信じると暴走するという指摘に対し、樋口さんは何を信じるべきかの難しさを語った





