28歳で市長に。若き改革者が語る「政治停滞の理由」
歴史を面白く学ぶコテンラジオの番外編。今回は前・四條畷市長の東修平さんをゲストに迎え、現場で見てきた政治のリアルを聞きました。28歳で市長に当選し、財政改革と行政改革を成し遂げた東さん。その後、参議院選挙に完全無所属で出馬するも惜敗。無職となった今だからこそ語れる、政治家の実像と日本の政治が抱える構造的な課題について、深井龍之介さんと樋口聖典さんが迫ります。その内容をまとめます。
28歳で市長選に挑んだ理由
東修平さんは1988年、大阪府四條畷市に生まれました。京都大学大学院京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修士課程を修了。核融合を専門とするバリバリの理系でした。で核融合を学んだ後、外務省に入省。その後、野村総合研究所インドを経て、28歳で地元の市長選に立候補します。
なぜ28歳で市長を目指したのか。東さんは「政治家になりたかったわけではない」と前置きしながら、こう説明します。
インドから帰国して同級生と飲んでいたら、みんな「最近、四條畷は元気ない」と言っていた。本当かなと思って統計を調べたら、人口減少も財政も近隣に比べて著しく悪かった。
さらに問題だったのは、当時の市長や国会議員、府議会議員が全員二世だったこと。親の代から知名度があり、構造的に選ばれ続ける環境でした。しかも、市長は無投票再選になる見通し。このままでは市民が一票を投じる機会さえ失われる――そう考えた東さんは、「誰も出ないなら自分が行くしかない」と立候補を決意します。
深井さんは「そうはならんやろ」と突っ込みます。普通は選挙の経験もなく、地盤も資金もない若者が市長選に出ようとは思わないでしょう。しかし東さんは、理詰めでこう考えたと言います。
25歳以上の日本国民には立候補の権利が認められている。誰もいないんだったら、論理的に考えて自分が行くしかない。
東さんの周りの友人たちも、この決断を後押ししました。「市長選に出ようと思う」と伝えると、「やっとか」「そういう感じだったよね」と応援してくれたそうです。小学校からクラス委員や生徒会執行部を務めることが多かった東さんに、周囲は「そういう役割」を期待していたのかもしれません。
---当選の鍵は「市民のリスク」
立候補までは決断すれば行けますが、問題は当選できるかどうかです。現職の市長は前回選挙でダブルスコアの大差をつけて勝利していました。選挙のプロからは「100回やって1回勝てるかどうか」「勝率1%もない」と言われたそうです。
それでもなぜ勝てたのか。東さんはこう分析します。
一言で言うと、市民の皆さんが変わろうとリスクを取ったということだと思います。
深井さんはすかさず「めちゃくちゃ政治家っぽいこと言いますね」とツッコミを入れますが、東さんの言いたいことは別にあります。有権者は、現職市長と28歳の若者を比べて、普通は経験豊富な現職を選ぶはずです。それでも東さんを選んだのは、「このままでは街が変わらない」という危機感を市民が共有していたからでしょう。
東さんは街が小さいことも味方につけました。四條畷市は面積18平方キロメートルで、その3分の2が山。可住面積が少なく、「2人たどれば知り合い」という距離感です。地域の公民館を回って対話集会を開き、丁寧に政策を語りました。
深井さんは「マジで民主主義がちゃんと機能したみたいな話ですね」と感想を述べます。立候補者がリスクを冒し、市民もリスクを冒して新しい人を選ぶ。まさに民主主義の理想形が実現した瞬間でした。
---市長として何を変えたのか
当選した東さんは、まず人口の社会増を実現します。「社会増」とは、転入が転出を上回ること。つまり、積極的に四條畷市を選んで引っ越してくる人が増えたということです。これは11年ぶりの快挙でした。
どうやって選ばれる街にしたのか。東さんは「○○無償化のような派手な政策ではなく、きめ細かい丁寧な改善の積み重ね」だったと言います。その象徴が、副市長の全国公募でした。
この副市長は、生まれたての子どもを育てる過程で、行政手続きの不便さをリアルに体感しました。そして「あれおかしい」「これおかしい」と声を上げ、具体的に改善していったそうです。
彼女が生まれたての子供をずっと育てる過程で出会う行政手続きの全てを、副市長として経験できた。これは大きかった。
深井さんは「現場に即した施策を取ることができた」と整理します。政治家や行政職員の多くは男性で、子育ての当事者ではありません。副市長が民間出身の女性だったことで、市民目線と行政目線の対話が生まれたのです。
さらに東さんは、職員との信頼関係を大切にしました。28歳の市長が来て、副市長に民間の女性を連れてくる――普通ならハレーションが起きそうなものです。しかし東さんは、「思いつきで指示を出さない」「えこひいきをしない」など、徹底的にフェアな行政運営を心がけました。
行政マンが素晴らしいのは、市民が選んだ市長の考えをどう実行するか、と動いてくれること。市民の皆さんが選んだという感覚を、公務員は非常に強く持っています。
深井さんは「単純に難しいことを頑張ってやってうまくいった話」と評しますが、東さんの「フェアさ」への徹底ぶりは、会話の端々から伝わってきます。
---退任を決断した三つの理由
2期8年を務めた東さんは、自ら退任を決断します。この決断には三つの理由がありました。
しかし、周囲からは「もっとやってください」という声が多く寄せられました。公約を達成し、財政も改善している市長が辞めるなんて、と引き留める人もいたそうです。
東さんが退任を確信したのは、ある出来事がきっかけでした。市議会に電子投票の議案を出したとき、委員会で即決で可決されたのです。通常、議案は委員会で審議し、賛否を取り、本会議で採決という手順を踏みます。しかしこの日、スッと通ってしまった。
これは良くないと思った。議会は市長の提案をちゃんと叩かないといけない。信頼してくださっていたんだと思うけど、為政者がおかしくなるのはこういう瞬間から。これ以上長く続けるべきではない。
深井さんは「歴史勉強されてました?」と尋ねます。過去の歴史を見れば、権力が固定化し、チェック機能が弱まった先に何が起こるかは明らかです。東さんは、自分が長く続けることが市にとって良くないと判断したのです。
なぜ無所属で参院選に出たのか
退任後、東さんは2025年7月の参議院選挙に大阪選挙区から出馬します。しかも完全無所属で。参議院選挙は都道府県単位の選挙で、組織力や資金力が特に重要です。それなのに、なぜ無所属という不利な戦いを選んだのでしょうか。
まず、政党公認と無所属の違いを整理しましょう。政党公認候補には、以下のような圧倒的なバックアップがあります。
- 公認料なし
- 組織的支援なし
- ポスター貼りもゼロから
- 追加のビラ配布不可
- 政見放送の公費負担なし
- テレビ討論会に呼ばれない
- 公認料1500万〜2000万円
- 市議・県議が総動員で支援
- 組織的にポスター貼り
- 追加のビラ配布可能
- 政見放送に公費負担
- テレビ討論会に出演可能
大阪選挙区は約880万人の有権者がいる激戦区。ポスター掲示板も12,000箇所あります。これを手作業で貼っていくだけでも途方もない労力です。東さんは「本当に出るつもりはなかった」と前置きしながら、出馬を決めた理由を語ります。
国で行われている議論と、市長として市民から聞いてきた不具合に、すごく差がある。多党化が進むと、短期的なプラスを取らないと自己の成果を主張できない構造になっている。短期的な利益実現は、長期的に見るとマイナスであることも多い。
東さんは、政党政治そのものを否定しているわけではありません。しかし、党の拡大や短期的な成果を目的としない政治家が増えないと、構造的に日本は変われないと考えたのです。
樋口さんは「理念だけあっても難しいのでは」と尋ねますが、東さんの答えはシンプルです。
勝てそうか勝てないかは、僕にとって優先順位が低い。可能性があるなら挑戦する。社会の問題を構造的に変えていきたいという思いが先にある。
深井さんは「これも理論上そう」と共感します。普通、トップになった人は自分の意志で辞めることが難しいものです。しかし東さんは「こういう人がいるということだけでも、社会的に影響を及ぼすだろう」という信念で、無所属での出馬を選んだのです。
---政治家を目指す人が減っている
無所属で出馬することの困難さを語る中で、東さんはさらに深刻な問題を指摘します。地方選挙で無投票当選が増えているのです。2023年の統一地方選挙では、首長選挙の約4割が無投票でした。
選挙になってない。民主主義の発露する場が失われている。
なぜ立候補者が減っているのか。東さんは「ジャーナリズムが腐敗した結果」と表現します。プライバシーの侵害や不必要な攻撃が増え、政治家になるメリットが「ゼロ以下」になってしまったというのです。
東さん自身も、市長時代にスーパーでウイスキーを買おうとしたら、小中学生に見られて買えなかったというエピソードを語ります。「飲むヨーグルトを買うわけですよ」と笑いながら言いますが、その裏には自由を失うことへの苦悩が垣間見えます。
さらに、政治家経験者は民間企業への再就職も難しいといいます。「すぐ辞めるでしょ」「また出馬するでしょ」と色眼鏡で見られてしまうからです。
日本社会的には、政治家になることは期待値でマイナス。起業家なら全員思ってます。政治家になるメリットなんて本当にない。
深井さんは「構造的バグ」と表現します。政治家になるためには多くの人の応援が必要で、恩返ししなければならない。それが積み重なって権力が固定化し、汚職の温床にもなる。しかも、プライバシーは失われ、再就職も難しい。誰が政治家を目指すでしょうか。
樋口さんは「政治家は聖人君子でなければならないという幻想」も指摘します。東さんも同意し、「儒教観念」だと述べます。本来、政治の能力と人格は別のはずなのに、プライベートまで完璧であることを求められる。この風潮が、若い人たちを政治の世界から遠ざけているのかもしれません。
まとめ
今回の対談では、28歳で市長に当選し、改革を成し遂げた東修平さんの経験を通じて、日本の政治が抱える構造的な課題が浮き彫りになりました。
東さんは「変わらなければ」というマグマを抱えた市民に選ばれ、民間出身の副市長とともに市政を改革しました。しかし、信頼が高まりすぎて議会のチェック機能が弱まったことを危惧し、自ら退任を決断。その後、完全無所属で参議院選挙に挑みました。
無所属で出馬することの困難さ、政党政治の構造的な問題、そして政治家を目指す人が減っている現状。東さんの言葉からは、「誰かがやらないと変わらない」という強い信念が伝わってきます。
深井さんは最後に「構造的バグなんですよね」と総括します。政治家が賢くないから日本が停滞しているのではなく、構造そのものに問題がある。この対談は、私たちが政治をどう捉え直すべきかを考えるきっかけになるでしょう。
次回は、この構造的な問題をさらに掘り下げ、歴史とのアナロジーも交えて議論していきます。
- 28歳で市長に挑んだのは、無投票再選を阻止し、市民に選択肢を与えるため
- 民間出身の副市長を登用し、現場に即した行政改革を実現
- 信頼が高まりすぎて議会のチェック機能が弱まったことを危惧し、自ら退任
- 完全無所属で参院選に出馬したのは、党利党略に縛られない政治家を増やすため
- 政治家になるメリットが「ゼロ以下」になり、立候補者が減っている
- 日本の政治停滞は政治家の質ではなく、構造的な問題に起因する
