「今日もラジオで喋っとったん?」保育園児の一言
番外編の冒頭で、楊睿之さん(ヤンヤン)は最近あった出来事を紹介します。楊さんの家の近所には親しくしている家族がいて、その家族がコテンラジオを聴いてくれているそうです。
その家には保育園の年長くらいの子どもがいます。楊さんが外を歩いていると、その子どもが「ヤンヤン」と話しかけてきて、「今日も仕事しとったん?」と尋ねてきたといいます。
楊さんが「家で本を読んでたよ」と答えると、子どもは続けて「今日もラジオで喋っとったん?」と聞き、最後は「そうなんや。じゃあね」と去っていきました。関西人でもないのになぜ関西弁なのか、と楊さんは笑いながら振り返ります。
だから(その子は)タレント、スターだと思ってるんです。
楊さんによると、その子どもはキラキラした目のスター扱いではなく、友達のような感覚で話しかけてきたそうです。大人のリスナーや友人から声を掛けられたことはあっても、小さな子どもに言われるのは新鮮で、少しうれしかったと楊さんは話しています。
だから多分オードリーの春日さんやったらそうなると思うんすよ。
いつもテレビで見てる春日やんみたいな感じだと思うんすよ。
樋口さんは、テレビでよく見る芸人に子どもが「春日やん」と気軽に声を掛けるのと同じ距離感ではないか、と例えます。深井さんと樋口さんは、見た目でわかるということはYouTubeで見ているのだろう、と推測しています。
楊さんは、そのくらいの年の子どもに親しげに、ある意味なれなれしくされるのが意外と悪くない、と話しました。樋口さんは、楊さんが思っている以上に、子どもの側は近い距離感でいるのかもしれない、と受け止めています。
「本物の樋口くんや」と接し方が変わった女の子
樋口さんにも似た経験があります。家族ぐるみで付き合いのある家庭に小学3〜4年生の女の子がいて、最近、寝る前に母親と一緒にコテンラジオを聴き始めたそうです。
もう今、樋口くんの声を聞かないと寝れないって言ってるらしくて。
子どもにコテンラジオの内容がわかるのかという話になり、深井さんは、ヘレン・ケラーのように教科書に出てくる人物なら理解できるのではないかと話します。受け取り方は親世代とはまったく違う、子ども目線のものかもしれない、とも付け加えています。
コテンラジオ聞き始めたぐらいから、やっぱりちょっとね、接し方が、「あ、樋口君やん、本物の」みたいな、ちょっとなってきて。
昔から付き合いがあるのに、樋口さんへの接し方が「本物だ」という反応に上書きされていく。楊さんがその変化をどう感じるのか尋ねると、樋口さんは「普通に嬉しい」と即答しています。
話は街中で声を掛けられる頻度に移ります。深井さんは、出張が多いこともあり、前よりは少し増えたと話します。東京で話しかけられたことはないものの、地方都市ではよく声を掛けられるそうです。
それも(東京では)気づいてるけど、話しかけないのが東京だったりするかもしれないですね。
樋口さんの見立てでは、東京、たとえば渋谷では「こちらは相手を知っているが、相手はこちらを知らない」状態の人に出会うことが多く、人々がその状態に慣れているのかもしれない、ということです。
話しかけられるのが苦手な楊さん、知り合いのほうが複雑な理由
「話しかけられた時ってどんな感じなのか」と問われた楊さんは、まず、そもそも外出しないので大人から声を掛けられることはあまりない、と答えます。ただ、少し前にショッピングモールで話しかけられたことはあったそうです。
「正直に、お互いのために」と樋口さんに促され、楊さんは「ちょっと微妙な気分になる」と打ち明けます。コテンラジオに関係なく、突然自分のペースに何かが挟み込まれる状況が、もともと苦手なのだといいます。
楊さんはその感覚を、音楽に集中して楽しんでいるときに電話がかかってくるようなもの、と例えています。
興味深いのは、楊さんにとって、知らない人より知り合いに声を掛けられるほうが複雑だという点です。知り合いが相手だと、嫌な気持ちがあっても塩対応はできず、板挟みの状態になってしまうといいます。
一方、楊さんを知らない人から声を掛けられた場合は、ペースを乱される嫌な気分はあるものの、「聴いていただきありがとうございます」と返せばよく、対応コストが低いそうです。
嫌な気持ちがあっても塩対応はできない板挟み。「いつ会いましたっけ」など会話も複雑になり、対応がより難しい
ペースを乱される嫌な気分はあるが、「聴いていただきありがとうございます」で済む。対応コストが低い
話しながら楊さんは「全然タレント向きじゃないですね」と気づいたそうです。深井さんも、タレントには覚悟がいる、あれはすごいと応じ、楊さんは一種の才能だからできることだと話しています。
深井さんの本音「聴いてますは嬉しいけど、どうでもいい」
同じ質問を受けた深井さんも「複雑な感情」だと答えます。せっかくの機会なので総括して表現してみる、として、まずコテンラジオを続けるモチベーションから語り始めました。
深井さんは、勉強は楽しいし、3人で集まって話すのもすごく楽しいと話します。ただ、世界史データベースのために機能しなくなれば、勉強も3人での会話もするけれど放送はしない。会社の活動として意味があるうちは続ける、というのが深井さんの中でのコテンラジオの立ち位置です。
もう一つが、聞いたよって言ってくれるのは嬉しいんだが、なんかこれほんとダメだけどさ、どうでもいいです。
樋口さんが「性格悪い」と茶化し、楊さんが「もうちょっと聞いてみましょう」となだめる中、深井さんはその理由を説明していきます。
深井さんによると、コテンラジオはウィークリーのユニークリスナー数がずっと20万人以上あり、1か月では30〜50万人ほどが聴いていて、累積では数百万人いそうだといいます。しかもリスナー層はかなり固定化されています。
週のリスナー
ウィークリーのユニークリスナーが20万人以上
月のリスナー
1か月で30〜50万人ほど
累積
数百万人になりそうで、層も固定化されている
受け止め
出会う人の中に聴いている人がいるのは起こりうる現象だと感じる
その方が聞いてくれた結果、どう思ったかっていうのは、僕の中で確率論の問題になっちゃうから。
喜んだ人もいれば、学びになった人も、ムカついた人もいる。どれもあり得る、というのが深井さんの感覚です。ただし冷静な論理でそう考えているのではなく、ナチュラルな性質としてそうなっているのだと強調します。
ホモサピエンス一般の話というのが僕にとっての全部ヒット事項になってるんだけど、個別事例とかはあんまり重きを置いてない。
深井さんは、聴いていると言われればうれしく、事業に貢献できている感覚も持てると話します。ただ、そのうれしさの6割ぐらいは「手段として機能していることが確認できたから」だといいます。自分は冷徹な人間ではなく、芸術好きでエモいほうだとも付け加えています。
深井さんは、これは「マーケティングで数字を見て喜ぶ感覚」とも違う、とも述べます。樋口さんは自分にもその感覚がかなりあるとして、子どもの便秘のたとえを持ち出しました。
十日に一回ペースでずっとやってたら(便秘は)10日目に来るよねみたいな。
10日ペースなら10日で出るだろうと思っているので、一喜一憂はしない。樋口さんのたとえを受けて、深井さんは自分の感覚を言い直します。
予測の範囲内でそういうことが起こってるっていうことを知ってることを言われても、あんまり嬉しくないので、ニューの情報かどうかがすごい大事なのかもしれない。
逆に、思ってもみない人から思ってもみない聴き方をされているとわかったら、とても喜ぶ可能性がある、と深井さんは話しています。
「二度と会わない人に興味がない」深井さんの付き合い方
深井さんはさらに、生き方のスタイルとして意識的に「不特定多数とは付き合わない」と決めていると明かします。今の知り合いを大切にしたく、いろいろな人と付き合うキャパシティは楊さんと樋口さんの中間くらいだといいます。
最初に会って二回目会わなさそうな人に興味がないんですよ。
二度と会わないかもしれない人に興味なくて、僕の人生に深く関わるかもしれない人にはすごく興味あるんでって感じ。
さらに深井さんは、本当に親しい人たちは、コテンラジオを聴いていないことも多いと話します。そのため「聴いている」という情報は、事業に貢献できていてうれしいものではあっても、個人的な感情とは結びつかないのだといいます。
深井さんは若い頃、この「人の喜びをモチベーションに仕事ができない」ことにすごく苦労したそうです。今はなんとかなっているものの、開示すると伝わらないし、開示しないと「聴いたと言えば喜ぶんでしょ?」と思われるのも面倒だと語ります。
こんなレベルのことを開示して理解してもらうってちょっと傲慢だなっていう感覚なんですよね。
メディアに出ることも、深井さんにとっては同じ構図です。本当は出たくないと話しています。
今僕がメディアに出てるのは会社にとって必要だからの一択です。
深井さんは、自分が出なくてもいい状態を作ることを、経営上の目標として戦略的に動いているとも述べています。
「有名になりたいから喋っている」という思い込み
樋口さんは、この話の背景に社会的なバイアスがあると指摘します。公共の場で喋る人は、有名になりたい、フォロワーを増やしたい、お金を稼ぎたいから喋っている、という前提がデフォルトで置かれているのではないか、という見方です。
だってね、ポッドキャストやってるってどう考えても自分売りたいからって思われる。
(僕たちは)思いっきり会社のためと人文知の啓蒙のための二点でしかやってないから、ちょっと毛色が違うんだろうな。
深井さんは、ポッドキャスターの動機は千差万別だとしたうえで、自分には誰かに伝えたいことは「何にもない」と言い切ります。樋口さんはそこに社会とのズレを感じているといい、深井さんも、マイノリティの感覚なので若い頃はすごく悩んだと振り返りました。
樋口さんによると、「そろそろ民放ラジオに売れるんじゃないか」と言われることもあるそうです。深井さんは、会社に何のメリットもないと即答します。
YouTubeで売れたらテレビに出られる、企業案件がもらえる、というのが一般的な成功のイメージかもしれません。けれど深井さんは、テレビは一番出たくない、顔が知られるのも嫌だと話し、樋口さんは「そこがまず、なんで?となると思う」と一般的な感覚との起点の違いを指摘しています。
有名になりたい、自分を売りたい、発信したいことがある。売れればテレビや企業案件につながる
会社のためと人文知の啓蒙の2点だけ。伝えたいことはなく、テレビや民放ラジオ化にも関心がない
歴史好きではなく、人間に興味がある
深井さんは、楊さんと2人で話しているときは歴史の話をせず、ずっとしょうもない下ネタを話していると明かします。そのうえで、「そんなに歴史に興味はない」と打ち明けました。
いちいち全部歴史に絡めて僕に話振ってくれるんだけど、僕そんなに四六時中歴史の話なんて考えてもないし、興味もないから。
樋口さんは、発信している内容が好きではないわけではない、と整理します。深井さんが興味のあることを歴史を通して伝えているので、歴史好きだと思われるのだ、という見方です。
人間に興味があって。人間の思考パターンとか思想とか行動パターンに興味があって、それを歴史的なものから紐解くっていうことをしているっていう感じで、手段ですよね。
深井さんによると、コテンラジオをやっているから読む本がほとんど歴史になっているだけで、そうでなければ社会科学や脳科学なども満遍なく勉強しているはずだといいます。ただ「歴史好きじゃない」と言うこと自体は会社にとってメリットがなく、勘違いされていたほうがブランディング上はいい。そこが窮屈だと話します。
一方で樋口さんは、聞く側がそうなるのも仕方ないと話します。数学者と話すなら数学の話題を振ってしまうのと同じだ、という例えです。
イベントとして呼ばれたとしたら、歴史に詳しい深井龍之介を呼んでるのであって、深井龍之介個人を呼んでるわけじゃないみたいなことが結構あるから。
ファンクションとして扱われるっていうこと自体に、多分僕がウェルビーイングが絶対上がらない確信があるから興味がないんだと思います。
樋口さんは、比較的ましなのは深夜ラジオかもしれないと話します。芸人もテレビではお笑いを求められますが、ラジオではパーソナリティとして、オチのない日常の話でも許されるからです。深井さんは、会えない人には興味がないが、音楽などの作品には興味がある、と返しています。
美化される心地悪さと「コテンラジオの深井さん」
深井さんが一番困っていると話すのは、自分が美化されて認識されることです。心地が悪いので避けたいものの、一定程度は会社のためになってしまうといいます。
僕たちが歴史で一貫して伝えてるのは、人間はそんなに単純ではない(ということ)。
いいことをしていることと、その人がどんな人格かは別で、誰から見るかで見え方も千差万別だ。コテンラジオはそう主張し続けているのに、深井さん自身が好かれることには、個人的に若干の心地悪さを感じているといいます。
樋口さんは、この雑談を20分も聴いている人ほど深井さんの感覚を理解してくれているはずだ、という皮肉を指摘します。楊さんは、歴史上の偉人とされる人たちにも同じ悩みを抱えた人は多かったのではないか、と話しました。
僕のアイデンティティの中にコテンラジオって超ごく一部なんで。
深井さんがやりたいのはデータベースづくりです。それでも「コテンラジオの深井さん」と呼ばれ、すべてをそれで括られるのは、さっさとやめてやろうと思うほど嫌だと話します。
僕も一時期その時期ありました。いいかねパレットの樋口なのに、コテンラジオの樋口さんって言われるのが。
深井さんは、社会的には「やりたいことをやっている人」に見えるのだろうと分析します。やりたいことを実際にやってはいるが、やっていない。この二重構造が面白く、幸福感はすごく高いと深井さんは話しています。
深井さんが自分をどう捉えているかといえば、「コテンラジオの深井さん」ではなく「コテンの深井さん」です。ラジオをやっている人として紹介されるのは「超嫌い」だといい、その感覚を料理に例えました。
包丁で魚を切る
コテンラジオ。得意だが、それ自体がやりたいわけではない
寿司を握る
本当にやりたいこと。深井さんにとってはデータベースづくり
違和感
前段階の作業の上手さで紹介されている感覚になる
楊さんは普遍的な悩みだと言い、深井さんも贅沢な悩みだと認めます。深井さんは、コテンラジオのおかげでコミュニケーションが超簡単になる場面も多く、ものすごい恩恵を受けているので、トレードオフとして文句を言ってはいけない領域だとも思っていると語りました。
楊さんは、その複雑さを理解するコストを一般の人は払わなくていいし、払いたくもないだろう、と話しています。
巻き込んだ申し訳なさと、引っ張り出せた興奮
ここで深井さんは、まだ言ったことのない思いを口にします。
僕はこういう状態みたいなものにヤンヤンを巻き込んでしまったっていうのは若干申し訳ないと思ってる。実は。
僕はさ、自分で決めて自分で起業したからいいじゃん。
深井さんは、テレビのような苦手な場でも自分で決めたから出られると話します。しかし楊さんは巻き込まれる形でメディアに出たり、「ヤンヤンとも話したい」と言われたりする。深井さんは、そう言われるたびに「絶対ヤンヤン嫌がるわ」と申し訳なく思っているそうです。
楊さんは、深井さんが自分の関わり方に配慮してくれていると受け止めています。外部委託の形のままにしていることや、メディア出演や企業訪問に同行することを求められていないことを例に挙げました。
そこ(一緒に表に出ること)をヤンヤンに求めたら、多分お互い不幸になっちゃう可能性がどんどん高まっちゃうんで。
樋口さんは、バンドでよくある「方向性の違い」だと例えます。
始まり
1人は超プロ志向、1人は仕事をしながら活動していた
転機
バンドが売れ出し、プロに全振りして全国ツアーを入れる
摩擦
一方のメンバーが仕事をできなくなり「こんなつもりじゃなかった」となる
結末
解散する
一方、樋口さんの立場はまた違います。
普通にヤンヤンさんが生きてたらこんな仕事するわけないじゃないですか。
それ(ヤンヤンさん)を引っ張り出せたことに僕は興奮しています。
深井さんは、自分も楊さんもメディアで有名になるタイプではなく、「影のなんとか系」だと話します。所構わずテレビに出れば絶対に失脚する、という歴史を勉強してわかる直感があるそうです。
でもヤンヤンさんは絶対コテンラジオなかったらこうやって人前に出てないですよ。
樋口さんは、深井さんなら起業家として、いずれ人前で話す場に出ていただろうと見ています。だからこそ、楊さんを世に出せたことへの思いが申し訳なさに勝ってしまう、と話しました。深井さんも「楽しい人生だよ」と応じています。
樋口さんは、深井さんと初めて出会った居酒屋の近くに今住んでいて、毎朝そこを通ると明かします。田中さん主催の飲み会で、MacBook片手にプレゼンしまくる深井さんを見て、苦手なビジネスマンがいると思ったそうです。
樋口さんは普通に嬉しい、出待ちとツチノコの理論
最後に樋口さんが自分の立場を語ります。樋口さんは、話しかけられると普通にうれしいので、気軽に話しかけてほしいと話します。
有名になりたい欲みたいなものはなくなったです。
芸人をやっていた頃はその欲があったものの、パレットを始めて福岡に引っ越した頃にはなくなっていたそうです。樋口さんのうれしさは、人気を感じるからではなく、自分が関わるものがその人にいい影響を与えていたとわかるからだといいます。
樋口さんは、東京・中野でアイドルのライブ後に出待ちの人が並んでいる光景を見た経験を話します。人が通るのを見るためだけに時間を使う理由が、最初はまったくわからなかったそうです。
あ、これもし俺がつちのこ(が)そこにいっぱいあって通るのを見れるって思ったら何時間でも待てるわって思ったんですよ。
疑問
出待ちの人たちは何のために並んでいるのかわからない
置き換え
自分がツチノコを見られるなら何時間でも待てると気づく
転用
話しかけてくる人にとっては、自分がツチノコなのだと考える
受け止め
相手がその瞬間に興奮しているのがうれしい
深井さんは最初、珍しさや知的好奇心の話かと確認します。樋口さんが「目の前を何かが通るだけで嬉しい感覚がわかった、という抽象度の話」だと説明すると、深井さんも納得しました。深井さん自身も、トム・ヨーク ── イギリスのロックバンド、レディオヘッドのボーカリスト。独特の歌声と実験的な音楽性で世界的に知られていますが歩いていたら、普段聴いているので話しかけてしまうと話しています。
この人なんか少なくともこの瞬間、つちのこ見て興奮してるなと思うんですよ。それは嬉しいみたいな。
深井さんは「もう一つシェアしたい感覚がある」として、その話は次回に持ち越すことになりました。
まとめ
同じ「声を掛けられる」経験でも、3人の受け止め方は大きく異なります。楊さんはペースを乱される苦手さを、深井さんは手段としてラジオを続ける立場ならではの複雑さを、樋口さんは相手の興奮に触れるうれしさを語りました。知られる側の感情は一様ではないことが、率直な言葉で浮かび上がる回です。
- 楊さんは突然自分のペースを乱されるのが苦手で、知らない人より知り合いに声を掛けられるほうが複雑だと話す
- 深井さんにとってコテンラジオは会社と人文知の啓蒙のための手段であり、「聴いています」は予測の範囲内の出来事として受け止められる
- 深井さんは歴史ではなく人間に興味があり、「コテンラジオの深井さん」と役割で括られることに心地悪さを感じている
- 深井さんは楊さんを巻き込んだ申し訳なさを抱え、樋口さんは楊さんを世に出せたことに興奮している
- 樋口さんは自分を「ツチノコ」に置き換えることで、話しかけてくれる人の気持ちが腑に落ちたと語る





