世界史データベースへの出資は何がすごいのか
シリーズ本編に入る前に、深井さんは株式会社コテンが資金調達を完了したことを報告しました。出資の対象は、コテンが構想している世界史のデータベースです。
深井さんによると、世界史データベースのマネタイズ案はまだ確定していません。それでも、確定していない事業にお金を出す投資家が現れたことを、深井さんは「歴史的なこと」と表現しています。
樋口さんは、通常の出資は出したお金以上のリターンが見込めるから行われるものだと補足しました。個人投資家もベンチャーキャピタル ── 成長が見込まれる未上場企業に出資し、株式の値上がりなどで利益を得ることを目指す投資会社やファンドのことも、基本的にはその前提で動きます。
どうなるかはわかりませんが、社会的に価値がありますっていう。もちろんマネタイズする気はあるのでできると思ってるんですが、それを現時点で予測することにはあまり意味がありませんという、そういうような調達の仕方をした。
深井さんは、投資家たちが世界史データベースを作る意義の深さと、実現した場合のインパクトの大きさを信じて出資したと説明します。株式会社である以上、マネタイズはきちんと行うとも伝えているそうです。
金融の論理なのにそれ(不確実な未来への投資)ができてるっていうことはすごいっていうのは、僕たちがすごいんじゃないんですよ。
出してる人たちの先進性がすごいです。
今回の調達額だけでは世界史データベースは完成せず、まずは「最初の卵みたいなベータ版」を作る段階だといいます。そのベータ版をもとに次のステージへ進む、という位置づけの調達だと深井さんは語りました。
子育ての悩みは昔からあったのか
ここから「教育の歴史、人間は何のために学ぶのか」という本編に入ります。前シリーズの織田信長のような人物ではなく、テーマで歴史を一気通貫する回です。
深井さんによると、Twitterのアンケートで教育の歴史と税金で迷い、教育の歴史の票が多かったことから、このテーマに決めたそうです。樋口さんは3歳の子どもを育てていて、教育には強い関心があると話します。
(子育てが)わからなさすぎてどうしていいかわかんなくて、日々こう、これでやってるのかなとか思いながらやってて。
その悩みに対し、楊さんは意外な指摘をします。親が子育てについて今のように悩むこと自体、歴史的にはそれほど長くないというのです。
樋口さんが今息子さんに対して、ああでもないこうでもないって今悩んでるじゃないですか。この悩み自体がそんなに歴史はまだ長くないんですよ。
深井さんは、子どもに教育するという概念も比較的最近のもので、仕組みとしての教育が出てくるのは近世ぐらいからだと説明しました。それまでは、教育は生活の中で行われていたといいます。
たとえば農民として生まれ農民として死んでいく人に、哲学は教えられていません。コミュニティでの振る舞い方も、種まきや稲刈りの時期も、座学ではなく実践の中で伝えられていました。
同じ年齢の子どもを集めて、その子たちに段階的なカリキュラムをって教育をしないといけないなんてことはずっと誰も考えてないんです。仕組みとしてね。
深井さんによると、古代ギリシャなどで考えた人は一瞬いたものの、実際に行われてはいませんでした。では、なぜ人類は今のような教育を行うようになったのかが、このシリーズのポイントになります。
狩猟採集から分業へ、学びの形はどう変わったか
楊さんは、さらに古い狩猟採集の時代を例に挙げます。生物としてサバイバルするスキルは生活空間の中にあり、生活と仕事は分離されていませんでした。
当時の若者や子どもたちは、親や集団の先輩が狩りをしたり木の実を取ったりする姿をそばで見て真似し、スキルを身につけました。楊さんは、これも広い意味での教育だが、学校の枠組みでみんなで受ける教育ではないと整理しています。
深井さんは、生きることと仕事をすることが分かれておらず、「生きているだけ」だったと補足します。スキルを習得して自己実現する、という発想はごく最近、深井さんたちの世代ぐらいからのものだといいます。
その後、社会が進化すると分業が生まれます。貴族や統治者、宗教を司る人、稲を植える人、魚を捕る人などに分かれ、生活と仕事が分離していきました。
楊さんによると、分業によってそれぞれの領域に知見が溜まり、それを習得するハードルが生まれます。そこから、スキルに長けた人に教えてもらう専門的な教育が生まれていきました。
狩猟採集の時代
生活と仕事が一体で、親や先輩を見て真似てサバイバルスキルを身につける
分業の発生
統治者、宗教者、農民、漁師などに分かれ、生活と仕事が分離する
専門的な教育
領域ごとに知見が溜まり、長けた人から教わる師弟関係の学びが生まれる
ただし深井さんは、この段階も座学ではなく、師匠が弟子に教える状態だったと念を押します。
「子供」という概念すらなかった中世
深井さんは、今想像している教育は人類の営みの中でごく限定的な概念だと強調します。ほとんどの人類は、子どもに何かしてあげないといけないとは考えていなかったといいます。
楊さんが「子供という概念も近代のもの」と話すと、深井さんは、中世ヨーロッパの前半には子どもという概念がなかったと続けました。年齢で人間を区分する意味がなかったからです。
子供だからといって、彼らのレベルに合わせて物事を優しく教えるとかっていうのはしなかったんですよ。
深井さんによると、子どもに大人と同じ教育をしていたこともあったそうです。今と感覚が大きく違うため、その感覚をどれだけ捨てられるかが、このシリーズを理解する鍵になります。
樋口さんは、頭の中にいる金八先生のイメージに「一回どいてもらう」と冗談まじりに応じ、深井さんも金八先生は「絶対にノイズ」だと笑いを交えて返しています。
教育のコストは誰が払ってきたのか
深井さんは、シリーズを通したポイントとして、教育のコストを誰が払ったかを挙げます。教育は、生きていくのに必要な分を超えた余剰の力を使わないとできない、とても大変な活動だといいます。
たとえば企業でも、新入社員を育てる研修期間は3か月程度が一般的です。一方で、今の社会は子どもに9年間の義務教育を用意し、その間は生産活動をしなくていいことにしています。
会社で16年間入った後に何もしなくていいから学ぶだけ学んで、その後活躍してくださいなんてしないじゃん。けど社会はそれをしてるんです、子供に対して。
樋口さんは、会社から考えると「ものすごい長期投資」だと受け止めます。深井さんは、子どもは農作業なら5歳や6歳でもできるので、実際に働かせていた時代があったと話しました。
研修期間は3か月程度で、その後は仕事で成果を出すことが求められる
9年間、生産活動をせずに学ぶことを認める超長期の投資
深井さんによれば、社会がこのコストを背負えるようになり、それを当たり前と思うようになるまでには長い時間がかかりました。そして、どんな教育を行うかは、その社会が持つニーズによって規定されるといいます。
古代も実は意外とそういうニーズがあったので、古代も実は学校があったりする。けど中世そのニーズがないので、学校がなかったりする。
深井さんは、教育は一直線にレベルアップしてきたのではなく、教育のあり方は社会のあり方の鏡だと説明します。社会ごとに異なるパターンがあるだけで、単線的な進化ではないという見方です。
樋口さんは「概念は分かったが、なぜそうなるのかが分からない」と率直に返し、深井さんは具体例で説明していくと応じました。
最初の学校はなぜシュメールで生まれたのか
具体例は古代から始まります。深井さんによると、人類が座学を始めたのはメソポタミア文明のシュメールだったようです。
紀元前4000年から3000年ぐらいの間に、メソポタミア南部のシュメール ── メソポタミア南部に栄えた古代文明。楔形文字を発明し、ウルやウルクなどの都市国家を築いたことで知られます地方で都市文明が開花し、さまざまな民族が共存していました。やがて、多様な人々を統一的に治める政府という組織が生まれます。
深井さんは、中世から近世にかけて教育思想の大転換が起こるまで、学校は基本的に「読み書き計算ができる人を養成する」という社会のニーズによって作られたと説明しました。
教育の一番元をたどると、読み書き、計算なんだということなんですね。このニーズがなければ学校はなかったし、このニーズがあれば学校があったんです。
深井さんは、会社の研修とOJTのように、座学が必要な教育とそうでない教育があることに重ねて考えてほしいと話します。読み書きと算数は、生活の中では身につけられないと考えられたから学校で教えられたのです。
では、なぜ親が教えなかったのか。深井さんは、ローマでは実際に親が教えていた例もあるとしつつ、大事なのは政府がそれを要求したことだと答えます。
コストを払ってる人にメリットがないと誰もコストを払わない。
政府を作ると、文字を読み書きし計算できる役人が一気に必要になります。村のように目の届く範囲なら文字はいりませんが、離れた地域を同時に治めるには、文書のやりとりや各地の生産量を足し合わせる統計が欠かせません。
家で普通に生活するだけなら文字はなくても困らない、と深井さんは言います。困るのが政府だったからこそ、政府がお金を出して学校を作ったのです。
裏を返せば、政府にニーズがなければ誰も教育にお金を払いません。深井さんは、中世ヨーロッパで学校がなかったのはこれが理由だと説明しました。
都市文明の開花
多様な民族が共存し、統一的に治める政府が生まれる
統治のニーズ
離れた地域を治めるため、文書行政と計算が必要になる
政府がコストを負担
読み書き計算のできる役人を養成する学校が作られる
5000年前の学校にもあった工夫と交易のニーズ
シュメールの学校では、読み書き算数だけでなく、さまざまな科目が教えられるようになったといいます。深井さんは「5000年とか6000年前の話」だと驚きを込めて話しました。
生徒が退屈しないような授業内容の工夫も行われ、学校を舞台にした文学作品まで書かれていたそうです。楊さんは「ラノベみたいなやつ」とたとえています。
深井さんは、シュメールで学校が早く生まれた理由として、政府のニーズに加えて交易のニーズを挙げます。シュメール文明は交易の拠点でもあり、交易にも記録と算数が必要でした。
貿易品をどれだけ仕入れ、どれだけ出したかは、記憶だけでは忘れてしまうので記録しなければなりません。足し算、引き算、掛け算も欠かせず、楊さんは他の言語を学ぶ語学も必要だったと補足しました。
主要産業でも必要だし、政府運用でも必要だからめっちゃ必要だったっていう状態が世界でいち早くたまたまここで生まれた。
深井さんは、教育にお金を払うのはよほどのニーズがないとやらないことだと繰り返します。楊さんが「よほどの金がないとね」と加えると、深井さんも、豊かでなければできず、ニーズがなければやらないと応じました。
学校の言語と話し言葉はなぜずれるのか
シュメールの学校では、面白い現象が起きました。学校ではシュメール語で教えていたのに、実際の生活で使う言語はアッカド語 ── 古代メソポタミアで使われたセム系の言語。シュメール語に代わって広く話されるようになり、楔形文字で記録されましたへと変わっていったのです。
深井さんは、中世ヨーロッパでもラテン語で教え続けながら、実際にはドイツ語やイタリア語、フランス語が使われていたことと同じ現象だと説明します。理由は一言で言うと、テキストがその言語のままだからです。
深井さんは、話し言葉を学校の言語に置き換えるには、話し言葉がその水準まで洗練されている必要があると話します。たとえとして挙げたのが、女子高生が作る新しい言葉です。
あの言語で法律の言葉を全部書きなさいと言われても難しいじゃないですか。文法もよくわかんないし、語彙も決まってないよね。
さらに、蓄積された大量のテキストを別の言語に翻訳し、概念を一つずつ確定させるコストも膨大です。加えて、言語は単なるツールではなく神聖性を帯びていて、高尚な学問は神聖な言語で扱うべきだという考えもありました。
| 理由 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 言語の洗練度 | 話し言葉は文法や語彙が整っておらず、厳密な記述が難しい | 女子高生の言葉で法律を書く難しさ |
| 置き換えのコスト | 蓄積されたテキストを翻訳し、概念を確定させる必要がある | 連綿と続いたテキストの翻訳 |
| 言語の神聖性 | 高尚なものは神聖な言語で扱うべきという考えがある | 聖書研究とラテン語 |
楊さんは、日本における漢字とかなの関係に近いとたとえ、深井さんも「ラテン語とかはまさにそれ」と同意しました。
エジプトの書記学校は何を教えていたのか
次に取り上げるのはエジプト文明です。ナイル川流域の肥沃な土地に築かれた農業国で、洪水によって土地が肥沃になるため、治水を行う必要がありました。
深井さんによると、治水のように大きな力を合わせる必要があると、国家が形成され政府が大きくなります。楊さんは「まさにインフラ事業」と表現しました。
エジプト文明は表意文字 ── 文字そのものが意味を持つ文字。漢字が代表例で、エジプトのヒエログリフにもこの性質がありますと表音文字 ── 文字が音を表す文字。アルファベットやひらがなが代表例ですの両方を持っていました。政府を運営するために読み書きを教えるニーズが生まれ、地位の高い書記を育てる教育機関が作られます。
やっぱり政府が行政ニーズを持ち始めると書記が必要になるので、そこに教育コストを払い始めるっていう挙動が古代国家で起こり、それが一番最初の教育であったということですね。
楊さんは、当時の読み書き計算のスキルは限られた人だけが持つ、独占されたものだったと指摘します。深井さんも、国家に全員を学ばせる余裕はなく、貴族などのエリートがさらにエリートになるための教育だったと補足しました。
エジプトの生徒は、パレット、インク、ペンのセットを持って学校に通っていたそうです。架空の状況を設定して手紙を書く練習をパピルスに書いていたといい、楊さんは日本でも木簡に漢字を繰り返し練習したものが発掘されていると話しました。
行政文書の言葉と話し言葉の分化も、この時点で起きていました。深井さんは、今の日本でも行政文書の書き方は話し言葉と違い、六法全書を話し言葉で書き換えることにはならないと例を挙げています。
ギリシャからルソーまで、シリーズはどこへ向かうのか
初回の最後に、深井さんはシリーズの今後をダイジェストで紹介しました。次は古代ギリシャとローマの教育を扱い、ギリシャで起こる大きな転換点は第2回で話すといいます。
シリーズは主に西洋の話ですが、中国、日本、イスラムも扱う予定です。インドは文献が残っておらず詳しくわからないものの、高等教育をずっと行っていたようだと深井さんは述べました。
ローマが滅び、キリスト教が広まって統一国家ではなくなると、教育の形も大きく変わります。中世にはギルドの中での教育が行われ、子どもという概念もありませんでした。
常にこの順番なんですよね。社会が変わって、それに合わせて教育が変わると。
その後、大学の誕生や、人類が子どもを大切にし始める転換点が訪れます。子どもがいい人生を送るにはどうすればいいかを考える偉人が現れ、それを実践した人たちが今の教育の直接の祖先になったといいます。
教育を考えるには「人間とは何か」が必要なのか
深井さんは、今回の教育の勉強を通じて、教育を考えるためにはそもそも人間とは何かを考えなければならないとわかった、と結論を先に明かしました。
社会が変わった時に新しく教育を考え直す人たちって、そもそも人間とは何で、どういう社会を作ったり、どういうふうな人生を歩んだらよくて、そのために教育がどうあるべきかという、これぐらいゼロベースに戻らないと、教育のあり方って考えれないんですよ。
深井さんによれば、それ以外の教育はすべて、狩りや家事のように生きていくために必要な技能を身につける生活教育です。人類はずっと生活教育ばかりをしてきたといいます。
その流れを変えたのが、ルソー ── 18世紀フランスで活躍した思想家。『社会契約論』や教育論『エミール』で知られ、近代の社会観や教育観に大きな影響を与えましたのように「人間とはこうだ」「社会は本来こうだ」と語る人たちでした。社会が変わり、それに伴って教育が変わっていきます。
深井さんは、社会を理解しないと教育がなぜこうあるかがわからないため、宗教改革やアメリカ開拓史など過去のシリーズも聞いておくと理解しやすいと勧めました。わからないまま終わる可能性もあるほど壮大なテーマだと率直に語っています。
番組の最後には、180ページ分の台本をもとにした続きをサポーター向けのアーリーアクセスで聞けることが告知され、次回はギリシアとローマの教育を扱うと予告されました。
まとめ
教育の歴史シリーズの初回は、今の学校のイメージを捨て、教育が誰のどんなニーズとコストによって生まれたのかを考える導入回でした。シュメールとエジプトの例から、最初の学校は政府や交易が読み書き計算のできる人材を必要としたことで生まれたことが示され、シリーズの先には「人間とは何か」という問いが待っています。
- 同年齢の子どもを集めて段階的に教える仕組みは近世以降のもので、それまでの教育は生活と実践の中にあった
- 教育は大きなコストがかかるため、ニーズを持ちお金を払える主体がいて初めて成立する
- シュメールとエジプトの最初の学校は、統治や交易に必要な読み書き計算の人材を育てるためのものだった
- 教育は一直線に進化したのではなく、その社会のあり方を映す鏡として形を変えてきた
- 社会が変わる時に教育を考え直した人々は、そもそも人間とは何かという問いから出発していた





