ムガール帝国とは何か?なぜいまインドなのか
この回の収録は、楊睿之さんが30分ほど遅刻するところから始まります。樋口さんによると、楊さんは部屋に入ってくるなり謝りながら帽子を取ってみせたそうです。
パッて見たら「すいません、頭丸めてきました」って帽子をバン取るっていう。いや、これ一生使えるなっていう。
3回目ぐらいからイライラする。
本題のムガール帝国は、今のインドの地域に1526年から1858年まで存在した帝国です。200年以上続き、インドの歴史にとって非常に重要な時代だと楊さんは説明します。
深井さんは、ムガール帝国はオスマン帝国よりさらにマイナーかもしれないと話します。樋口さんも「知らなくても恥ずかしくない?」と確認するほどで、日本ではなじみの薄い題材です。
このシリーズでムガール帝国を扱う動機は、今のインドを歴史から学び直すことにあります。ただしムガール帝国だけを語っても理解できないため、紀元前の古代まで遡り、全12話、3日間連続の収録になったそうです。
(このシリーズを)通じてインドについて皆さん相当詳しくなる。これは価値高いよね。
深井さんが驚きとして挙げるのは、ムガール帝国がイスラム教の国だったという点です。インドといえばヒンドゥー教の国というイメージが強いため、そこに200年以上イスラム教の帝国が続いたことは、多くの人がすぐには説明できないだろうと話します。
それにさっきさ、ヤンヤンがサラッと言ったけど、ムガール帝国ってイスラム帝国なんだよね。おかしいと思わん?
コテンラジオではこれまで中華文明、日本史、イスラム、キリスト教圏を扱ってきました。楊さんはインドをそれらとは別の「新たなプラットフォーム」と呼び、深井さんはそれを「新しいOS」と言い換えています。
GDP世界5位、人口世界1位という数字のインパクト
楊さんはまず、現代インドのインパクトをデータで示します。2024年の名目GDPは世界5位で、人口は2024年時点で世界最多になっています。
番組で紹介された人口は14億4170万人です。独立の過程でインドから分かれたパキスタンとバングラデシュを含めると18億6000万人で、世界人口の約4分の1にあたるといいます。
2022年のデータでは、インドの軍事予算はアメリカ、中国、ロシアに次ぐ規模だと紹介されます。さらにインドは核保有国でもあり、ここは重要な点だと強調されています。
3億年前の大陸衝突が、インドの文化を形づくった?
第1話で地理から話を始める理由について、深井さんは地理がインドの成り立ちに大きく影響しているからだと説明します。話はコテンラジオ史上最も古い、今から3億年前まで遡ります。
3億年前の地球にはパンゲア ── 古生代の終わりごろに存在したとされる超大陸。現在の大陸の多くが1つにまとまっていたと考えられ、その後分裂して今の大陸配置になりましたという1つの巨大な大陸がありました。そこから分裂した大陸の1つがユーラシア大陸にぶつかってできたのが、今のインドの三角形の部分で、インド亜大陸 ── 南アジアの大部分を占める三角形の陸地。規模が大きく、周囲から地形で区切られているため、大陸に準じる地域としてこう呼ばれますと呼ばれています。
大陸同士がぶつかった接着面では、プレートがせり上がって山脈ができました。それがヒマラヤ山脈やヒンドゥークシュ山脈です。
深井さんによると、インドは面積で世界7位ぐらいの広い国ですが、西・東・南の3方を海に囲まれ、北は世界一の山脈に蓋をされた状態です。そのため、インドには外から人が来づらいといいます。
中国方面からインドへ行く難しさの例として挙げられるのが、玄奘 ── 7世紀の唐の僧。仏典を求めて陸路でインドへ旅し、その記録は『大唐西域記』にまとめられました。『西遊記』の三蔵法師のモデルですです。玄奘が命がけで極寒の地を通らなければならなかったのは、山があるからだと深井さんは説明します。
ただし、インド北西部のパンジャブ地方、アフガニスタンがある方向だけは開けていて、そこから人が次々とやってきました。蓋をされているのに、たまに人が来るという条件が、インドの特殊な文化を育んでいくと深井さんは話します。
やってきた人々はやがて環境に溶け込みますが、それぞれ固有の文化を持っていたため、溶け込む過程で新しい文化が芽生えました。谷や山で地域が細かく区切られ、自然環境や取れる作物も違うため、言語や文化も細分化されていったといいます。
分かりやすい例として深井さんが挙げるのは、カレー屋さんでのナンと米です。ナンを食べる北と米を食べる南というイメージは単純化しすぎだとしつつも、地域ごとの違いを想像する入口として紹介されています。
インドという名前の由来も紹介されます。今のインダス川は古代インドで「シンドゥ」と呼ばれていて、ペルシア語の影響でSの音がHに転じ「ヒンドゥー」になったそうです。ヒンドゥー教のヒンドゥーも、もともとは川の名前に由来すると考えられます。
そこから「インダス」「インディカ」などを経て、ヨーロッパ言語で「インディア」と呼ばれるようになりました。深井さんによると、インディアは西洋からの呼び方なので、自国の呼び名である「バーラト」にしたいという話もニュースで出ていたそうです。
公用語21、紙幣に15言語。インドはヨーロッパに近い?
深井さんは、インドを理解するうえで言語の多様さがとても重要だと話します。インドでは連邦公用語が21定められていて、アッサム語、ウルドゥー語、英語、タミル語、テルグ語、ヒンディー語、ベンガル語などが含まれます。
インドは州ごとに言語が異なり、住民全員が複数の言語を使えるわけではありません。樋口さんが指摘するように、他の州へ行くとまったく話せないということが起こります。
深井さんはこの状態を、ポーランド語やドイツ語、イタリア語が似ていても勉強しないと話せないヨーロッパと変わらないと説明します。樋口さんも以前から同じ疑問を持っていたといいます。
いろんなところからいろんな文化が入ってきて、いろんな地域に住んでるって、これ単純に国がいっぱいある状況と何が違うんだろうって思ったんですよ。
国がいっぱいある状況なんです、実は。だから結論から言うと。
深井さんによると、インドの人々は歴史的に、自分たちを「インド人」と思う機会がほとんどありませんでした。イギリスの植民地統治で「インド」として無理やりまとめられたものの、そのアイデンティティは長く芽生えず、今あるかもしれない程度だといいます。
1万人以上の話者がいる言語は、インドに100以上あるそうです。インドの紙幣には15の言語で金額が書かれているという話に、樋口さんは驚いています。
宗教も多様です。ヒンドゥー教徒は全体の79.8%を占めますが、イスラーム教徒も14.2%、約1億7225万人いて、インドネシアに次いで世界で2番目にムスリムが多い国になっています。
| 宗教 | 割合 | 人数 |
|---|---|---|
| ヒンドゥー教 | 79.8% | 10億人弱 |
| イスラーム教 | 14.2% | 1億7225万人 |
| キリスト教 | 記載なし | 2782万人 |
| シーク教 | 1.7% | 2000万人 |
| 仏教 | 0.7% | 844万人 |
| ジャイナ教 | 0.4% | 450万人 |
こうした数字を受けて、楊睿之さんは、インドを中国大陸やヨーロッパ大陸と同じリーグで捉えるべきだと話します。ドイツやフランスと並べて1つの国として比べると、理解が「バグる」というのが番組の結論です。
モディ政権とインド映画。4つの要素でできたアイデンティティ
独立後のインド政府は世俗主義 ── 政治と宗教を分け、国家が特定の宗教を優遇しないという考え方。番組ではトルコのケマル・アタテュルクの回でも登場しましたの立場を取り、宗教に中立的な姿勢をとってきました。
しかし深井さんによると、2014年ごろからのモディ首相はヒンドゥー教保守派です。収録時点の6月半ばの直前に再選され、ヒンドゥー教を優遇しつつあり、イスラーム教と対立しつつあるといいます。
言語の多様さは、日本でも人気のインド映画にも表れています。最初のボリウッド映画はベンガル語で、『ムトゥ 踊るマハラジャ』はタミル語、アーミル・カーン主演の『きっと、うまくいく』はヒンディー語、『バーフバリ』や『RRR』はテルグ語だと紹介されます。
あれ(インド映画)ね、それぞれお互いわかんないのよ。何言ってっか。
深井さんは、ヒンディー語映画には感動系が多く、テルグ語映画には戦う系が多いという特徴も挙げます。どの映画でも踊っている点だけは共通している、という掛け合いで笑いが起きています。
深井さんが本で読んで腑に落ちたとして紹介するのが、インド人のアイデンティティは4つの要素で構成されるという説明です。例えば「コルカタ出身でベンガル語を話し、ヒンドゥー教を信じるバラモン」のように、自分を規定するといいます。
深井さんは、インドと雑に括っている先に、イタリアとドイツの違いのようなものが普通にあると話します。アジアへの理解は世界的に薄く、アジア人である日本人はまだましなほうかもしれない、という見方も示されています。
GoogleもMicrosoftもインド人CEO。IT大国の強さの理由
経済の話に戻ると、日本はドイツに抜かれてGDP世界4位になりました。深井さんは、インドにも近い将来抜かれることはほぼ確定で、以前言われていた2030年を待たず、この2〜3年で起こるのではないかと見ています。
深井さんが挙げるインド経済の強みは2つです。1つは、14億人の中に「まあまあお金を使う」中間層が豊富にいて、市場として魅力があること。もう1つは、有能な人材を大量に輩出していることです。
インドでは大学以上の高等教育が英語で行われ、会社のホワイトカラーの共通言語も英語です。そのためグローバル人材が自然に育ち、IT教育にも力を入れています。
例えば、アメリカで専門職技術者用のビザを取得している人の4分の3がインド人だといいます。2022年時点で、インド系の人がアメリカに約500万人いるそうです。
さらに、Google、Microsoft、IBM、Adobe、スターバックスの社長はすべてインド人で、ペプシコの社長もついこの前までインド人女性だったと紹介されます。GoogleのスンダーピチャイさんやMicrosoftのサティア・ナデラさんの名前も挙がりました。
こうしてアメリカで成功した人たちが、今インドに戻って投資を始めているそうです。楊さんによると、この流れは1980年代から、シリコンバレーのインド人技術者が母国に戻り、アメリカ企業の下請け仕事を安く受けたことに始まるといいます。
深井さんが自分で集計した2024年3月時点のユニコーン企業 ── 企業価値が10億ドル以上の未上場スタートアップ。創業からの年数が短いことを条件に含める定義もありますの数も紹介されます。
| 国 | 社数 | 補足 |
|---|---|---|
| アメリカ | 656社 | 最多 |
| 中国 | 168社 | インドの2倍以上 |
| インド | 71社 | 日本の約10倍 |
| 韓国 | 16社 | 日本の2倍以上 |
| メキシコ | 8社 | 日本より多い |
| 日本 | 7社 |
インドのIT産業が伸びた背景として、楊さんは国家戦略を挙げます。ソフトウェアに加え、コールセンターやデータ入力などのBPO ── ビジネス・プロセス・アウトソーシングの略。企業が業務の一部を外部企業に委託すること。インドは英語人材を強みに欧米企業の委託先になりましたが発展を支え、1999年には情報技術省を設置して予算や税制優遇でIT産業を育成してきたといいます。
理工系人材の育成にも力が入れられ、エンジニアの輩出につながりました。一方で、楊さんは「逆に言えばバリバリの学歴社会」とも付け加えています。
世界最大の民主主義国家は、どう揺れてきたのか
深井さんは、歴史の本題に入る前に、現代インドの政治も簡単に確認します。インドは有権者が約9億7000万人いることから、世界最大の民主主義国家と呼ばれています。
実際に投票する人は約6億人で、投票率は60%ほどです。選挙に関わるスタッフは約1000万人にのぼるそうで、楊さんは「一大イベントや」と驚いています。
インドは1947年にイギリスの植民地支配から分離独立し、その後も形式的には民主主義を維持してきました。途中で独裁者のような人物が出ても、選挙でリーダーを選び、落とすこともしてきた点が、独立後に独裁へ向かう国が多いなかで例外的だといいます。
独立後は、ガンディーやネルーがいた国民会議派が長く政権を握ります。初代首相ネルーの死後は、娘のインディラ・ガンディーら親族が首相を務める時代が続き、「ネルー・ガンディー王朝」と揶揄されました。
インディラ・ガンディーのガンディーは、マハトマ・ガンディーとの血縁によるものではありません。楊さんによると、インディラが異教徒のジャーナリストと恋愛結婚したことを心配したマハトマ・ガンディーが、箔をつけるために自分の名前を与えたというのが真相らしいとのことです。
独立直後のインド経済は自由化されていませんでした。深井さんは、弱い経済のままグローバル経済に突っ込めば負け続けるため、国家が参入規制などで経済を管理していたと説明します。
楊さんは、当時のアメリカが対立するパキスタンを重視していたため、インディラ・ガンディーはソ連に接近したと補足します。その結果、効率的とはいえない社会主義的な経済運営になり、成長が伸び悩んだという流れです。
野党が台頭すると、インディラ・ガンディーは非常事態宣言を出して反対運動を抑え込み、独裁傾向を強めます。ところが独裁体制を築いたことで、国民の本当の評価が政権に届かなくなり、選挙で大敗したと深井さんは話します。
ジャナタ党は4人ほどの首相を出しますが、政治基盤が脆弱で仲間割れもあり、長続きしませんでした。国民会議派が復帰したものの一党優位には戻らず、連合政権を築くなかで1991年に経済自由化へ転じます。
樋口さんは、自由化がまだ30年ちょっと前のことだと驚きます。深井さんは、1947年から40年あまり管理経済が続いたことを踏まえ、1991年が大きな転換点だと強調しています。
2014年の総選挙では国民会議派の連合政権が続くと予想されていましたが、グジャラート州で首相をしていたモディさんがインド人民党から出て勝利しました。モディ政権はイスラム教徒の多いカシミールの自治権を剥奪するなど、ムスリムに厳しめの対応をとっていると深井さんは説明します。
深井さんは、これは批判ではなくファクトの話だと断ったうえで、ヒンドゥー保守団体出身のモディさんが選ばれた背景に、8割がヒンドゥー教徒という構成があるのではないかと話しています。外交は伝統的に非同盟で、ロシアとは友好的、アメリカとはパキスタンの件で関係が悪かったものの、最近は良くなっているそうです。
貧困と格差、そして「2年で激変する国」をどう見るか
楊さんは、インド経済のネガティブな側面にも触れます。国全体のGDPは大きく伸びている一方で、1人当たりの所得で見ると世界139位にとどまるといいます。
地域間の格差、男女間の格差と人権の守られ方の違い、カーストや宗教の間の格差や差別も根強く残っているのが今のインドだと、楊さんは説明しています。
深井さんが注意を促すのは、10年前や20年前のインドや中国のイメージを、今のインドに当てはめてしまう考え方です。成長期の子どもが2年会わないと別人のようになるのと同じで、インドや中国は短期間で大きく変わると話します。
一方でカースト制のように長く変わらないものもあります。楊さんは、変化するインドと変化しないインドが混ざり合っているのが本当のインドで、捉えがたい国だと勉強していて感じたそうです。
深井さんは、インドが人口、経済、ITのどれをとってもライジングしていて、グローバルサウスで自他共に認めるリーダーになりつつあると話します。ケマルの回で語ったトルコ以上に影響力を持つ国として、このシリーズで深く理解したいという思いが語られます。
インドって国って感覚よりもヨーロッパの大陸ぐらいの感覚で見るっていうのが、やっぱり一番ガーンって来ましたね、今回は。
最後に深井さんは、インドはまとまりがない一方で、スンダーピチャイさんやガンディーのように突出した個人も出てくる国だと話します。楊さんが迫害されている人もいると付け加え、深井さんは「カオスで極端」とまとめました。次回はインダス文明の前から話が始まる予定です。
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まとめ
ムガール帝国シリーズの第1話は、帝国そのものではなく、現代インドを1つの国ではなく大陸のようなまとまりとして捉え直す回でした。地理が生んだ多様性と、急成長する経済・政治の揺れを押さえたうえで、次回から古代へ遡っていきます。
- ムガール帝国は1526年から1858年まで続いたイスラム教の帝国で、今のインドを理解する鍵として取り上げられている
- 海と山脈に囲まれ、北西からだけ人が入ってくる地理が、インドの多様な言語や文化を生んだと説明されている
- 公用語21、紙幣に15言語、多様な宗教人口から、インドはヨーロッパ大陸と同じ規模感で捉えるべきだとされる
- 英語教育やIT人材、豊富な中間層が経済成長を支える一方、貧困や格差、宗教対立の問題も残っている
- インドは2年で大きく変わる国であり、古いイメージではなく変化する対象として見る必要があると語られている






