台本を書く「窓の向こうの人」は誰?
コテンラジオの番外編として、今回は番組の台本がどう作られているかという舞台裏がテーマです。ゲストは、台本制作チームの一人である株式会社COTENの西谷剛史さんです。
西谷さんは最近の収録には毎回立ち会っていて、スタジオのガラス越しにあるコントロールルームで、同じく台本チームの橋本雅也さんと一緒に待機しているといいます。
西谷さんの経歴は、歴史とはまったく別の世界から始まっています。大学卒業後は公認会計士 ── 企業の決算書が適正かどうかを監査する国家資格の専門職。会計・財務の専門家として、監査法人や企業、コンサルティングなどで働きますとして監査法人 ── 企業の決算をチェックし、適正だと意見を出す監査業務を担う組織。大企業の監査は主に監査法人が行いますで7年ほど働き、その後アメリカの大学院で経営学を学びました。
帰国後は経営コンサルティング会社を経て独立し、現在も資金調達やM&A、経営の相談に乗る仕事をしています。大学院では会計学も教えています。
一方で、COTENでは経営の仕事は一切していません。西谷さんがCOTENで担っているのは、歴史の本を読んでコテンラジオの台本を作り、準備をすることです。
西谷さんとCOTENの出会いは知人からの紹介で、近くの天ぷら屋で食事をしたのがきっかけだったといいます。歴史がどれくらいできるかわからないまま「教育の歴史」のシリーズあたりから少しずつ参加し、今では台本の9割ほどを西谷さんが書いているそうです。
現在、台本を書いているのは深井さん、ヤンヤンこと楊睿之さん、西谷さん、橋本さんの4人です。それぞれ得意領域が違い、会議の中で自然に役割を分けながら、毎回200ページを超える台本を作り続けています。
面白くなるかどうかはテーマ選びで決まる
台本づくりの最初の工程はテーマ選びです。チームの中には「そろそろこれをやりたい」という候補がいくつかあり、みんなの意見を聞いたうえで深井さんが決めているといいます。
今回のムガル帝国シリーズは、インドの歴史はガンディー以外に扱っていないことから、インドの歴史を通して理解することには価値がある、という判断で選ばれました。
深井さんが強調するのは、テーマを決める前には面白くなるかどうかがわからない、という点です。それでもこれまで「全然面白くなかった」と言われた回はない、と今回だけはあえて自負を語ります。
ムガル帝国のシリーズでヴェーダの宗教の話までしているのも、その話をしないと面白くならないからだといいます。だからこそ、軽い気持ちでテーマをリクエストされると難しいのだと冗談まじりに話します。
勉強しても面白さが見つからない回もあったそうです。サラディンのシリーズでは最後の最後まで面白いポイントを探し、チンギス・カンのシリーズでも感情移入しにくく苦労したといいます。遊牧民の性質を語ることで、ようやく記憶に残る内容になりました。
番組が目指すのは、トリビアや知識の紹介ではありません。今生きている自分たちの生活感覚に、新しい知識がどう結びつくかを想定して作っていると説明されます。
シリーズは全12回になるように設計されていて、12話分の厚みがないテーマは本編では扱いません。たとえばバイキングは12話分はないと判断されました。柳瀬敬之のように12話はないけれど面白いテーマは、ショート編で扱っています。
ムガル帝国が何話分のテーマかを見極められるのは、チームが歴史にある程度詳しく、全体のマップを描けるからだといいます。ただし中身をすべて知っているわけではないので、勉強してみたら12話分もなかった、ということも起こります。
1ヶ月で40〜50冊、本はどう選んでいる?
台本の最初の全体像を描く西谷さんは、もともと世界史に詳しかったわけではありません。大学受験も日本史で、世界史の知識はほぼない状態から参加したと話します。
西谷さんの本選びの方法はシンプルで、日本で読める関連書籍をほぼすべて買って読むというものです。
ムガル帝国だけを語っても腹落ちせず、今に生かすこともできないため、インドの歴史を通史的に語り、ムガル帝国につなげ、さらに近代・現代のインドへつなげる構成がまず頭に浮かんだといいます。その構成に必要な本を調べると、結果的にほとんど読むことになるそうです。
今回のムガル帝国シリーズで読んだ本は、西谷さんが40〜50冊ほど、深井さんが20冊ほどで、さらに橋本さんも別の本を読んでいます。重なっている本は5〜10冊程度で、それぞれ読む領域が分かれています。
深井さんの20冊のうち15冊はインド哲学の本で、残り5冊がインド通史とムガル帝国の本でした。西谷さんには、全体をひととおり押さえる役割が回ってくることが多いといいます。
こうした作業は約2ヶ月のサイクルで回っています。前回の秀吉と家康のシリーズが4月で、今回の収録が6月なので、2ヶ月ごとに読んで書く作業を続けていることになります。
4人の台本チームはどう役割を分けている?
台本チームの4人には、それぞれはっきりした役割があります。全体の土台を作る西谷さんに対し、ヤンヤンさんは補足を書くのが上手い、と評されています。
ヤンヤンさんはスピーカーとしてすべてのエピソードで何かを話す必要があるため、すべての本に目を通しています。視点を切り替えたり、深井さんの説明だけではわかりにくい部分を補ったりする言葉を、自分で台本に書いています。ショート編はすべてヤンヤンさんが担当しています。
ヤンヤンさんの立場は、懸命に理解したのに一言も話さないままトピックが終わることも多い、とも語られます。番組で話している内容は、実際に調べた内容の7割ほどだといいます。
本を読むことを飛ばしてはいけない理由として、精緻な理解をするには本に勝るものはない、と語られます。人から聞くだけでは、あのレベルの理解はできないという考えです。
橋本さんは細かいことを書くのが得意です。今回のシリーズでは、ティムールのパートやアウラングゼーブ帝のエピソードなど、人物の細かい描写の多くを書いています。
橋本さんにはもう一つ、収録後の音声チェックという重要な後工程があります。1エピソードあたり少なくて5個、多いと20個ほどの修正点を出し、「この時代はまだこうではなかった」「ここは削ったほうが伝わりやすい」といった指摘をすべて直してから配信しているそうです。
10時間分ほどの音源を、内容を理解したうえでチェックし、違和感に気づき、調べ、修正を依頼するという作業です。学術的な正確さを少しでも担保するのが橋本さんの役割だと説明されます。
| メンバー | 主な役割 | 特徴 |
|---|---|---|
| 深井龍之介さん | 構成会議と本番で話す | 台本の内容を深く理解して語る |
| 西谷剛史さん | 全体構成と台本の土台 | 台本の9割ほどを執筆 |
| 楊睿之さん | 補足・導入・ショート編 | 視点を切り替える補足が得意 |
| 橋本雅也さん | 細部の描写と音声チェック | 学術的な正確さを担保 |
なぜ学者に直接ヒアリングするのか?
コテンラジオの台本チームは、本を読むだけでなく学者へのヒアリングも行っています。本だけでは、インド哲学などの理解が本当に正しいか確かめられないからです。
本には知りたいことが書かれていない場合も多く、人文系の本は体系的にまとまっていないこともあります。同じ分量でもビジネス書の10倍ほど難しい、と表現されています。
西谷さんは、人文系の本とビジネスの世界では論理の組み立てや書き方の作法が違うと話します。伝えやすさのためにABCの順をCBAに組み替えることもあるため、その語り口で正しさを保てているかを確かめる必要があるといいます。
学者が言ったから必ず正しいわけではない、という前提も語られます。そのうえで、信頼性の高い学者の見解に沿うところまでがリスナーにとって妥当な水準だと考えているそうです。
今回のムガル帝国シリーズで学者に聞いたのはインド哲学についてでした。家康と秀吉のシリーズでは2人の先生に聞き、見解がまったく違ったため、アウトプットに悩んだといいます。
質問の内容は「この勢力は誰のことか」「自分はこう解釈したがそれは正しいか」といった細かいものです。マルクスのシリーズでは、資本論 ── マルクスが資本主義経済の仕組みを分析した主著。難解な書物として知られていますの理解が正しいかを確認しました。
こうした読解は、ものすごく高度な国語の勉強だと語られます。わからない箇所を何度も読み返すうちに意味がわかってくるようになり、先生に確認しても間違えることは少なくなってきたそうです。
すべてを聞こうとすると質問は無限になるため、ヒアリングは1時間半〜2時間で聞けるクリティカルな質問に絞っています。それ以外は、本を読んで自分たちで明らかにしていくといいます。
構成会議から始まる15回の会議
台本づくりの会議は、2ヶ月のサイクルの中で主に後半の1ヶ月に集中しています。1つのシリーズで会議は15回ほど、総時間では30〜40時間ほどになり、終盤の会議は1回3〜4時間に及びます。
最初は全員が5〜6冊を読み、何を書くかを話し合う構成会議を開きます。今の深井さんの仕事は、主にこの最初の構成会議と本番で話す部分だといいます。
今回の構成会議では、深井さんが「現代インドの話から始めたい」「カースト制の話もしたい」といった方針を伝え、ムガル帝国の部分はほぼ西谷さんが構成を考えてきたそうです。
深井さんの頼み方は、恐ろしいほど抽象度が高いといいます。「カースト制を書いてほしい」の一行だけで、樋口さんは思わずChatGPTのようだと笑います。
それでもカースト制について外してはいけない要点を押さえた台本が出てくるため、深井さんが書き直す必要はほとんどありません。こうした阿吽の呼吸によって、深井さんの時間は大きく短縮されています。
樋口さんは、西谷さんが深井さんならどう話すか、樋口さんならどう反応するかまで想像して書いている点を、特殊な技能だと評します。西谷さんのビジネス経験から生まれる例えや要約が、そのまま本番で使われることもあるそうです。
だから(台本が)ビジネスパーソンのリスナーに刺さるんですよね。
深井さんが登壇や他の事業に時間を使えるのも、この台本チームのおかげだと語られています。初期は深井さんとヤンヤンさんの2人で作っていたため、チームがなければ続けられなかったといいます。
3周の読み合わせで何が起きている?
台本がある程度できると、後半の2〜3週間で読み合わせが始まります。12回分の台本を基本的に3周読み、リアルタイムに近い時間をかけるため、それだけで30時間ほどかかるといいます。
読み合わせの最終週は土日がつぶれることも多く、今回もそうだったそうです。会社としては良くないので代休を取ってほしい、とも語られています。
読み合わせでは、深井さんから「これどういうこと?」という質問が遠慮なく飛んできます。台本チームはその場で即答するのが文化になっています。
書いてあることを台本に写しただけでは、この会議には参加できません。深井さんの問いを想定し、答えられる状態で臨む必要があります。
答えられなかった場合は、翌日の読み合わせまでに調べ直して答えを用意します。そのために1日で何冊か読むこともあり、そうしなければ2ヶ月で間に合わないといいます。
テーマ選び
候補から12回分の価値があるテーマを選ぶ
読書と構成会議
5〜6冊読んで何を書くかを決める
執筆とヒアリング
大量に読んで書き、わからない点を学者に確認
読み合わせ3周
質問に答えながら言い回しや順番を固める
収録と音声チェック
誤りを洗い出して修正してから配信
読書ピークは前半、台本の「棚」を先に作る
西谷さんは本業も続けながら、40〜50冊を読んでいます。仕事で移動が多く、新幹線や飛行機の中では、カバンに入れた3〜4冊の歴史の本を読み続けているといいます。
西谷さんの読書のピークは、最初の1ヶ月に来ます。読み合わせの前に、突っ込まれる対象になる65点ほどの台本を作っておく必要があるからです。
今回の台本は260ページで、読み合わせに入る時点で最低100ページ強は書いておかなければなりません。西谷さんは、ヤンヤンさんの独自の視点や橋本さんのディテールを入れるための棚を先に作っておく感覚で仕事をしていると話します。
ちなみに、ジャンヌ・ダルクのシリーズでは深井さんはほぼ台本を書いていないそうです。勉強はしているものの、200ページを超える台本を書く時間が今はないといいます。
台本は読むだけでは語れない
台本ができれば読むだけでいい、と思われがちですが、実際はまったく違うと強調されます。どんな言い回しで、どの順番で、何の表現なら伝わるかは、3回の読み合わせの中で固まっていくそうです。
コテンラジオの台本は、ドラマのような口語のセリフではなく、箇条書きで書かれています。それが260ページあります。
深井さんは、樋口さんからどんな質問が来ても答えられるレベルまで理解して本番に臨んでいるといいます。答えられなければ理解していないと見え、答えられればわかっている感が出るからです。
読んだことを話し、質問されて答えるのは、相当理解していないとできないと語られます。深井さんはこの力は歴史に限らず、あらゆる分野に使えるとも話しています。
受験生のように読み続ける仕事
複数人で1つのコンテンツを作るやり方は、COTENの中でかなり成熟してきているといいます。コテンラジオ以外にも、女性の社会参画の歴史を半年ほどかけて3〜4人で調べるチームが同時並行で動いています。
他人が得た知識を全員で共有する作業は、エンジニアの仕事にも近い特殊な技術だと語られます。1ヶ月で40冊読み、100ページのアウトプットを出し、その後に深井さんの質問を受け、構成も考える仕事は、休む暇がないといいます。
台本の仕上げに責任を持つ立場は特に大変で、以前は深井さんがその役割を担っていました。サラディンのシリーズの少し前から、その役割は徐々に西谷さんに移ったそうです。
西谷さんはこの仕事の感覚を、受験生の気持ちに近いと表現します。テストの日が決まっていて、空いている時間はすべて勉強に使い、ドラマを見ていると「見ていていいのか」と不安になるといいます。
それでも西谷さんは、勉強するのは楽しいと言い切ります。インドのことを知らなかった自分に社会を見る切り口が1つ増え、世界に彩りが増えるからです。
多くのリスナーを意識して責任も感じつつ、近くに本屋があれば毎日寄ってしまうほど、勉強が好きな人たちがやっている点が大きいと語られます。会議で「これってこういうことじゃん」と判明する瞬間のために、大きなコストを払っているとも話しています。
間に合わない危機と、本編とショート編の違い
台本づくりで起きるトラブルの多くは、間に合わないことです。2ヶ月のリードタイムが短くなったり、西谷さんに他の仕事が重なったりして、大きな負荷がかかったこともあったといいます。
収録日はずらせません。ずらせば放送に穴が開き、出演者やスタジオの予定も前々から押さえているからです。
一番よく起きてきたのは、深井さんの過労です。登壇や会食、出張が重なり、睡眠が短いまま大量に頭に詰め込んだ結果、ダウンすると6時間ほどの読み合わせができなくなるそうです。
ヤンヤンさんのショート編が入るようになって、ようやくリードタイムを2ヶ月ほど確保できるようになりました。その分、ヤンヤンさんは本編とショート編を同時並行で勉強しています。
ヤンヤンさんは本編の台本が6〜7割できてから読み込み、補足を入れていきます。収録の1〜2週間前にはショート編の1冊目を読み始めないと間に合わないといいます。
完成しつつある台本を突き詰め、90点を95点にする
一人で最終責任を負い、80点のものを出し続ける
ヤンヤンさんは、最終責任を負うことが一番大変だと話します。深井さんも、台本の責任から離れて楽になったと振り返り、それまでは「これ間に合うのか」という胃の痛さがあったといいます。
「素人に専門家のように聞く」文化
深井さんが最もすごいと感じているのは、台本チームが深井さんの質問を自然に受け止めている点です。インドの専門家ではない人に、専門家に聞くように質問するのが当たり前になっています。
遠慮して聞けない空気があれば、クオリティは上がりません。本を読んで答えなければならないというプロフェッショナリズムを文化にできたことが、企業としての強みだと語られます。
わからないときも、ソースを示しながら何か言うか、推論を出して深掘りの方向を示すなど、何か一歩前に進めることが求められます。「わからない」と言ってもいいものの、それで終わりにはせず、もう一度調べることになります。
地名が出てくれば場所を確認し、インダス文字が出てくれば実物を調べて台本に貼っておくなど、細部まで確かめています。すべての本に載っているわけではなくても、出したからには知っておきたいという姿勢です。
この仕事には、期限までに書き切るビジネスマンとしての追い込み感覚が必要だとも語られます。期限がなければ何十回でも議論できますが、締め切りが迫るからこそ取捨選択が生まれます。
学んでも、書かなければ世に出ない
作り手だけが持つ感覚として、どれだけ学んでも書かない限りパフォーマンスにならない、という話が出ます。台本に書き、それがスピーカーによって語られて初めて、読んだ内容が世に出るからです。
学んだことを誰にでも伝わるように箇条書きで書くのはとても難しい作業です。あやふやでも書き出して推敲するうちに理解が固まり、整理されていくと語られています。
十数人の力で作られる番組と、試してほしい「ミニ版」
最後に伝えたいこととして、西谷さんのような表に出ない存在が番組を大きく作っていることが挙げられます。サムネイルやタイトルの担当者も含め、十数人の力を結集してコテンラジオは作られているといいます。
もう一つは、調査してアウトプットする能力はとても専門的だということです。歴史に限らず現状を理解するために、企業がこの能力を持つと良い、という考えも語られます。
リスナーへの提案として、ミニ版を試すことも勧められます。ただし3〜4冊では簡単すぎるので、50冊ほど読んでほしいといいます。ある本の内容が別の本で否定されることも多く、どちらをどう採用するかで次元が変わってくるからです。
たとえばESG投資なら50冊ほど本があるため、何を重視し、何を言わず、どこの粒度を細かくするかを体験できるかもしれない、と提案されています。
他の本と言っていることが違うと指摘されることもありますが、基本的にはソースのあることを話し、ソースがないときは自分たちの意見だと断っているといいます。会議の様子はCOTEN CREW ── COTENの活動を月額で支援するサポーター制度。特典として台本会議の様子などが公開されていますの特典で聞けると紹介されています。
まとめ
コテンラジオの台本は、テーマ選びの時点から面白さを設計し、大量の読書と学者へのヒアリング、質問に即答する3周の読み合わせを経て作られています。その裏には、役割を分け合い、知識を共有する専門的なチームの力があります。
- テーマは12回分の厚みと、現代の生活感覚につながるかどうかで選ばれている
- 西谷さんは1ヶ月で40〜50冊を読み、260ページの台本の土台となる棚を作っている
- 読み合わせでは、専門家ではない作り手に専門家のように質問する文化が品質を支えている
- 学んだことは書いて語らない限り世に出ず、書くことで理解が固まっていく
- 番組は表に出ない十数人の力で作られていて、その調査とアウトプットの力は歴史以外にも生かせる





