部族会議マジュリスでは何が話されるのか
3部作の締めくくりとなる後編は、樋口さんの素朴な質問から始まります。7年ほど日本とサウジアラビアを往復してきた鷹鳥屋さんに、日本との文化や価値観の違いを尋ねたのです。
僕は基本的に日本でしか生活してないですよ。香川、福岡、東京しか僕知らないんですけど、やっぱ(日本とサウジの)感覚の違いって結構あるんですか?
鷹鳥屋さんが最初に挙げたのは、家族をとても大事にすることでした。祖父や曾祖父と同居する家族も多く、名家になるとマジュリス ── アラビア語で「座る場所」に由来する集会・会合の意。湾岸諸国では客を迎えて話し合う場や、部族の会合を指して使われますと呼ばれる部族会議が開かれるといいます。
鷹鳥屋さんはマジュリスを、モンゴルのクリルタイ ── モンゴル帝国などで有力者が集まり、君主の選出や遠征などの重要事項を決めた集会。コテンラジオのモンゴル帝国シリーズでも登場しましたに近いものだと説明します。上座と下座があり、若い人は刺繍入りのベストを着てコーヒーを入れる係として奥に控え、ゲストを迎えます。
マジュリスの場では、一族や親族の近況を確かめ合い、困りごとの相談が交わされます。職がない人に仕事をあてがう話や、独身者に結婚相手を紹介する話まで出るそうです。
あいつなんか職がないというから、うちがあてがってやろうとか、あいつはなんか最近独身らしいが、なんかあそこにいい年の人がいるらしいから、奥さん候補にどうだとか。
ただし、この発言は書き起こし上で鷹鳥屋さんの話者IDがないため、記事では地の文として扱うべきものです。部族会議の規模は部族によって異なり、有名部族なら何千人規模になることもあり、個人邸宅やホテルの会場を使うこともあるといいます。
部族と名前、そして午後2時に終わる公務員
樋口さんは、部族という感覚は日本人には理解しにくいと話します。鷹鳥屋さんによると、慣れてくると苗字からイラク系、クウェート系といった出身地域をなんとなく推測できるようになるそうです。
もう1つの大きな違いとして鷹鳥屋さんが挙げたのが、公務員の勤務時間の短さです。7時や9時に始まり、午後2時か3時には終わるといいます。
勤務後の過ごし方について鷹鳥屋さんは、家に帰って祈りを済ませ、日没後にショッピングモールへ出かけたり、家族サービスをしたり、若い人は友人と遊びに行ったりすることが多いと説明しています。
湾岸諸国を支える3層の社会構造
公務員の仕事が少ない理由について、鷹鳥屋さんは湾岸諸国の社会構造から説明します。サウジアラビアやUAEの「ローカル」と呼ばれる地元の人々は、特権階級に近い立場にあるといいます。
ローカルの下には出稼ぎの移民がいて、移民の中にもピラミッドがあります。鷹鳥屋さんは、収入面で3層の構造になっていると説明しました。
公務員になれるのは基本的にローカルですが、外国人を公務員として認める国と認めない国に分かれるそうです。例えばカタールは純粋なカタール人が20〜30万人ほどで、残りの百数十万人は移民で構成されているため、省庁で外国人が働くケースもあるといいます。
一方で、警察や軍人は基本的にその国の人でなければなれない国が多いと鷹鳥屋さんは話しています。
所得税ゼロの国で消費税が15%に上がった理由
公務員がよいキャリアなのかという質問に、鷹鳥屋さんはまず所得税がないことを挙げます。年収がそのまま手取りになるという話に、樋口さんも深井さんも羨ましがります。
ところが最近は事情が変わってきています。鷹鳥屋さんによると、以前はなかった消費税が導入され、景気の悪化と原油価格の下落を受けて、導入から2年ほどで15%まで跳ね上がったそうです。導入時は国によって5%や8%だったといいます。
鷹鳥屋さんはガソリン価格にも同じ構図があると説明します。原油価格が下がると、輸入国は喜びますが、輸出国は国庫の収入が減るため、国内のガソリン税を上げて補うのです。
原油価格の下落
輸出国にとって外からの収入が減る
国庫収入の減少
国内で税収を確保する必要が出てくる
国内のガソリン税の引き上げ
原油は安いのに国内のガソリン価格は上がる
中と外で乖離していくっていう、値段が。
王立大学で給料が出る手厚い福利厚生
これまでの湾岸諸国は福利厚生がとても充実していたと鷹鳥屋さんは話します。例えば王立大学に通う学生は、日本の防衛大学校のように給料をもらえるといいます。
深井さんがイスラム法に基づくものかと尋ねると、鷹鳥屋さんはイスラム法ではなく完全に政府の福利厚生だと答えました。宿舎があてがわれるほか、UAE人同士が結婚すると国から手当が出たり、カタールでは車や住居の支援があったりするそうです。
ただ、こうした手厚い制度は原油価格の高さに支えられてきました。鷹鳥屋さんは、ここ数年でようやく改革開放が進み、外資を入れて別の産業を育てる段階に入っていると説明しています。
所得税も消費税もなく、高い原油価格を背景に大学の給料や結婚手当など福利厚生が充実
原油価格の下落で消費税が導入・引き上げられ、外資を入れて別の産業を育てる段階へ
新卒の初任給と、ビタミンWと呼ばれるコネ
深井さんが「やっぱり裕福なんですか」と尋ねると、鷹鳥屋さんは公務員の給料は省庁や州によって違うものの、新卒がもらうにはとてもすごい給料だと答えます。具体的な金額はピー音を入れてほしいと前置きしたうえでの話で、深井さんは驚きの声を上げていました。
その水準のため、日本の会社が現地の人材を新卒で雇うのは難しいそうです。公務員になるために、人々はさまざまなつてを使うといいます。
ここで鷹鳥屋さんが紹介したのが、ワスタ ── アラビア語で仲介・とりなしを意味する言葉。アラブ社会では、人脈や後ろ盾を使って物事を進める慣行を指して広く使われますという言葉です。日本語でいえばコネや人脈のことで、頭文字から「ビタミンW」とも呼ばれるそうです。
鷹鳥屋さんによれば、「君はどんなビタミンWを持ってるんだい?」と聞くことは、どんな後ろ盾や力を持っているのかを問うことになります。何もないと答えた深井さんに、鷹鳥屋さんは「実力で上がるしかない」と返しています。
「石油王はいません」石油は誰のものなのか
深井さんは、石油産業はすべて国のものなのかと質問します。鷹鳥屋さんの答えは、日本でよく使われる「石油王」のイメージを覆すものでした。
僕本当にわかってないんですけど、無知すぎて。その石油産業っていうのって全部国の産業になるんですか?
鷹鳥屋さんによると、石油王という言葉は一人歩きしすぎていて、実際にはいないといいます。石油会社は基本的に公社で、石油省やエネルギー省にぶら下がる形になっており、石油に関わる人はある意味で公社職員のようなサラリーマンだそうです。
深井さんがアメリカのゴールドラッシュとは違うのかと聞くと、鷹鳥屋さんは民間企業がガシガシ掘ったのとは違うと答えます。そして、国のものはある意味で王家のものであり、入ったお金は王国のさまざまなフィルターを通って国民まで届くと説明しました。
王族には免除特権もあるといいます。鷹鳥屋さんは、王族も電気代と水道代を払うようにというニュースが出た際、20人ほどの王子が反対して王宮に直訴しに行った話を紹介しました。これに対し、現地のサウジ人は「電気代ぐらいは払ってほしいよね」と受け止めていたそうです。
王族は2、3万人、人々が抱く血筋へのリスペクト
深井さんは、一般の人々が王族にどんな感情を抱いているのかを尋ねます。鷹鳥屋さんは、リスペクトはとても大きく、それは間違いなく血筋に対するものだと答えました。
王族の範囲をどこまで含めるかにもよりますが、サウジアラビアだけで2、3万人ほどいる可能性があるといいます。直系だけでなく、初期の王朝形成に関わった人の子孫も王族に含まれるそうです。
鷹鳥屋さんと親しい王子もその一人です。初代国王がリヤドの砦の門を破って占拠したのがサウード王家の始まりで、そのとき付き従った戦士の4、5代後の子孫だといいます。この砦の名前は書き起こしで「アルマスマック」とされており、マスマク城塞か。
王族かどうかは見た目ではわからず、ファミリーネームでわかることもあるほか、王族は外交パスポートを持っているそうです。鷹鳥屋さんが王子に連れられて外交官ゲートを通ったのも、そのためだったと明かしています。
世界中で人気のイケメン、ハムダン殿下
アイドル的な人気を持つ王族もいるのかという深井さんの質問に、鷹鳥屋さんはUAEのハムダン殿下を挙げます。人気の理由を聞かれると、答えは一言「イケメン」でした。
鷹鳥屋さんによると、ハムダン殿下は女性だけでなく男性からもファッションリーダーとして慕われ、乗馬やマリンスポーツなどに打ち込む姿が「かっこよすぎる」そうです。日本が大好きで、お忍びで東京や京都を訪れることもあるといいます。
これハムダン皇太子。これめちゃくちゃイケメンじゃん。やばくないですか?
鷹鳥屋さんは、王族には宗教、政治、軍事、文化などさまざまな分野で尊敬を集める人がいると話します。王族の収入は国からの扶養で、生まれたときから振り込まれる王族年金のような仕組みがあり、額は家によって変わるはずだといいます。
日本人女性が王族に嫁いだら、生活は窮屈なのか
深井さんが「僕が王族になるためにはどうしたらいいんですか」と聞くと、鷹鳥屋さんは王子と結婚するしかないと冗談まじりに返します。日本人男性が嫁いだ例は過去にないものの、日本人女性が王族に嫁いだケースはあり、生まれた娘も王族に組み込まれているそうです。
王妃としての生活について、鷹鳥屋さんは本人から聞いたわけではなく伝聞だと断ったうえで、記録を見る限りかなり窮屈だったと聞くと話します。ただしそれは結構前の話で、最近の事情はわからないといいます。
サウジアラビアでは、ついこの間まで女性が一人で外出したり旅行したりすることができず、女性の運転免許もようやく発行されるようになったばかりです。鷹鳥屋さんはそれを大ニュースだったと振り返ります。
鷹鳥屋さんが注目するのは、その進め方です。ムハンマド皇太子は改革に先立って宗教警察の勢力を削ぎ、地ならしをしたうえで動いたといいます。鷹鳥屋さんは、パワーバランスをうまく配分した政治だと評価しています。
地ならし
ムハンマド皇太子が宗教警察の勢力を削ぐ
改革の実行
反対派がいる中で女性の運転免許の発行が始まる
歴史屋が見届けたい「機能する王政」と中国
鷹鳥屋さんが湾岸諸国に興味を持つ理由は、自らを「歴史屋」と呼ぶ立場にあります。立憲君主制の国は多くても、実際に王政を機能させている国はとても珍しく、それがどう運営されているかを見届けたいというのです。
深井さんは、だから中国にも興味があるのだろうと応じます。鷹鳥屋さんは中国が大好きで、共産党という名前の王朝だと思うと話し、中国のSNSで政府を揶揄して「天朝」と書くことも紹介しました。
鷹鳥屋さんは天津からアモイまでの沿岸部の大都市をすべて訪れたそうです。推しの将軍の手書きの文字が石に刻まれて西安の博物館に残っていると知り、拓本を取りに行ったほどで、家には掛け軸もあるといいます。この将軍の名は書き起こしで「秦末の佐宗」とされており、将軍の名前。
レシートを丸めて落とす、平安の落とし文のような恋
このセクションは本来、治安の話題より前の時点にあたるため、開始秒の順序を保つ必要があります。
サウジドリフトと治安、宗教警察とチャラ男
厳しい国というイメージを持たれがちなサウジアラビアですが、鷹鳥屋さんによれば、人々はアニメや漫画を楽しみながら結構楽しく暮らしているそうです。
若者の遊びとして紹介されたのが「サウジドリフト」です。40キロほど直線が続く道で、ボロボロの車を猛スピードで走らせてドリフトする遊びで、毎年何十人も亡くなっているのに続いているといいます。若者たちは「シャバブ」と呼ばれ、道路で突然車が回り出すと「またシャバブがなんかやってるよ」と言われるそうです。今は中心部ではやらず郊外に移ったといいます。
住むとしたら治安はどうかという深井さんの質問に、鷹鳥屋さんは治安はとてもよいと答えます。落とし物が見つかることも多く、肉体刑罰が残っているため犯罪が割に合わないのだといいます。手首を切り落とす刑や鞭打ちの刑があり、一昔前には手首を切られた移民を見たという話も聞いたそうですが、鷹鳥屋さん自身は見たことはないとしています。
5、6年前までは宗教警察がいて、街中でナンパする若者を棒のような鞭で叩いて取り締まっていたそうです。鷹鳥屋さんの知り合いのリヤドのサウジアラビア人はショッピングモールでナンパして鞭打ちに遭い、あだ名が「チャラ男」になったといいます。
まとめ
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