潤沢と、人が作り出す希少性
この回のテーマは、木原さんが提案した「エネルギー・食料・土地といったリソースがフルで潤沢だったら、私たちは何をするのか」という問いです。人類は基本的に何かが不足しているからこそ発展してきました。農業も産業革命も、コミュニティにないものを得ようとする営みだったといえます。では、それがすべて満たされたら争いはなくなるのでしょうか。
小笠原さんは、まずネガティブな側面から切り込みます。人間は、何かが潤沢になるとき「人工的に希少価値を生み出して、潤沢じゃないように見せてきた」というのです。例として挙げたのが土地でした。土地の値段は必要性と希少性の掛け算で決まっていますが、土地そのものに本当の希少性があるのかと問いかけます。
小笠原さんは、金本位制やビットコインも同じ構図だと指摘します。金は希少価値があるとされたからこそ貨幣の裏づけになり、ビットコインは掘りにくくすることで希少価値を生もうとしてきました。つまり、たとえリソースが潤沢になっても、人は希少性を無理やり人工的に作り出すのかもしれない、というわけです。
潤沢になっても、人は希少性を無理やり人工的に作り出すのかもしれない。
そして、希少性を作り出せる人たちに支配される可能性がある一方で、いま起こっている悲惨なことが希少性の奪い合いから生じているのなら、「足るを知る」という東洋思想的な考え方を土台に教育が行われれば、まったく違う社会になるだろうと語ります。
リソースが潤沢になる
本来なら奪い合う必要がなくなる
人が希少性を人工的に作る
土地・金・ビットコインなど
希少性=価値になる
希少性を作れる人に力が集まる
争いは減っても、承認欲求は残るのか
木原さんは、歴史を振り返ると争いが少ない時に文化が発展してきた面もあると触れつつ、それでも「結局どんな世の中になっても争っているし、みんな地位や承認、名誉を欲しがる」と考えます。人間とはそういうものだから、潤沢になってもあまり変わらないのではないか、という見方です。
これに対し小笠原さんは、希少性が減ると「奪う」という行為は減る気がすると答えます。木原さんも、奪わなくても地位を上げたい、承認されたいという気持ちは残るような気がすると応じます。ただ、木原さん自身は「そう思わないでいたい」とも述べています。
奪わなくても、地位を上げたいとか承認されたいとかは思うような気がする。
小笠原さんは、潤沢になれば「奪い合う」より「分け合う」方向に教育が向かうはずなので、人はある程度標準化されるのではと展開します。しかし標準化された社会だからこそ、そこから抜きん出たいという人が出てくる。足りないことによる不平不満はなくても、人間の本質としてそうなるのではないか、と二人の見立ては一致しました。
競争心はどこから生まれるのか
思考実験はさらに具体化します。小笠原さんは木原さんに、「もし子どもが将来食べていけないという不安が一切なかったら、それでも子どもにたくさんの教育を与えようとしますか」と問いかけます。木原さんは、それが当たり前の世の中なら、もしかしたら教育しないかもしれない、と答えました。
ここで小笠原さんは、虚栄心や影響力を持ちたいという気持ちを、集団の中の比較から生まれる「三層目ぐらいの人間の感情」だと位置づけます。そして、その感情は学校というシステムによって生まれている側面もかなりあるのではないか、と指摘します。
順番つけたり、できたら笑顔がもらえたり、悪かったら蔑まれるわけですよ。
順位をつけ、できれば称賛され、できなければ蔑まれる。木原さんが語った承認や名誉への欲求は、実は社会のシステムの中で生まれた「後付けの感情」なのかもしれない、というのが小笠原さんの見方です。ただしこれは、迫害や貧困といった別の要因は除いて、ある程度足りている状態を前提にした話だと補足しています。
日本では公立の小中学校の習熟レベルは高く、高校もほぼ無償で通えます。食うに困る状況でなくても人は競争するだろうし、序列を作らないこともないだろう。だからこれは予測というより「こうなればいいな」という願いに近い話かもしれない、と小笠原さんはまとめました。
情報はすでに潤沢という視点
議論の手がかりとして、小笠原さんは孫泰蔵さんの著書『冒険の書』と、バックミンスター・フラーの『宇宙船地球号操縦マニュアル』を挙げます。フラーは、みんなが連帯してシナジーを出すことで結果として潤沢になると考えていました。つまり現実主義的に「結果としての潤沢」を語っていたわけです。それに対して「はじめから潤沢だったら」という思考実験は、なかなか思いつくことが難しい、と小笠原さんは言います。
ここで木原さんが、現代の視点を持ち込みます。いま不平不満を抱え、自分の生活は潤沢とは程遠いと感じている人でも、10年前・20年前と比べれば圧倒的に水準は高い。娯楽は多く、無料で提供されるものも増えました。つまり不平不満は「その時代の相対評価」から生まれているだけで、個体として見れば潤沢なのではないか、というのです。
トップのお金持ちがYouTubeを見てるのと同じことを、多くの人がしてるわけじゃないですか。
だとすれば全員が潤沢になっても、比較はやはり生まれるのではないか。この木原さんの実感を受けて、小笠原さんは「限定的な潤沢」の例として情報を挙げます。いまや情報は潤沢です。しかし、その情報を使って行動へと向かうには「学びやの場」の影響が大きいのではないか、と話は教育へと戻っていきます。
小笠原さんは、比較すること自体は悪くないと言います。問題は、比較したときに「足りないところを劣っていると断ずる」こと。これは明確に教えられているわけではなく、教員の姿を見て子どもがコピーしているのではないか、と推測します。だからこそ、教育の中身を変えるというより「学びやそのものを変えていく」ことが大事なのだ、というのがこの回の一つの結論です。
潤沢な世界で、お金と所有はどうなるか
話題は「お金はどうなるのか」へ移ります。小笠原さんによれば、お金は足りないからこそ交換のプロセスとして生まれたもの。足りていたらどうするのか、という問いが残ります。
木原さんは、それでも「ノットアホテル」のような希少な体験は全員に分配されないから、それを欲しいと思えばお金は必要になるのではないか、と反論します。すると小笠原さんは、さらに根本的な問いを投げかけます。潤沢で足りているなら、そもそも「所有」という概念は続くのか、と。
足りてないから自分のものっていう所有という概念、本当の所有なんてないんで。
足りないから「自分のもの」という所有の概念が生まれる。裏を返せば、本当の意味での所有など存在しないのかもしれない、という視点です。お金も所有も、希少性を前提にした仕組みだとすれば、潤沢な世界ではその根っこから揺らぐことになります。
交換のためにお金が生まれる。「自分のもの」という所有の概念が成立する。
足りているなら交換の必要が薄れる。お金も所有も根本から問い直される。
AIがコストを下げる潤沢と、残る矛盾
木原さんは、この潤沢の議論に近いことがAIによって実現しようとしているのではないか、と現実に引き戻します。リソースそのものの潤沢とはイコールではないにせよ、AIが進化していくことは似たような変化であり、教育も働くことも含めて影響を及ぼす、というのです。それなのに、こうしたテーマはあまり議論されていないように思う、とも述べています。
小笠原さんは、宇宙船地球号として考えれば、外からエネルギーを取ってこない限りいつか資源は尽きるという前提を確認します。そのうえで、イーロン・マスクが衛星を打ち上げている例を引き、AIのデータセンターを宇宙に持っていって太陽エネルギーで動かせば、地球の外のエネルギーで動く「地球から見たら潤沢なAI」になる、と語りました。それはもうほぼ神のような存在だ、と。
ここで木原さんは、AIによってあらゆるコストが今後下がっていくはずだと指摘します。仕事が代替されれば人にかかるお金も下がり、業務のスピードも上がる。にもかかわらず、そのAIを使って人は争おうとしている、という矛盾を突きます。
あらゆるコストが下がる、エネルギーを除いては。矛盾を抱えたまま行ってるんで。
小笠原さんは、AIはあらゆるコストを下げる一方で、それを動かすエネルギーには膨大なコストがかかると釘を刺します。つまり、コストが下がる潤沢と、エネルギーを消費するという矛盾を同時に抱えたまま進んでいるのが現在地だといえます。こうした矛盾を考え続けようと、二人はこの回を締めくくりました。
まとめ
「リソースが潤沢になったら人類はどうするのか」という思考実験は、答えの出ない問いでした。しかし議論を通じて、希少性・比較・教育・お金・所有といった概念が、いかに「足りない」ことを前提に組み立てられているかが見えてきます。潤沢になっても人は人工的に希少性を作り、比較や競争を続けるかもしれない。だからこそ小笠原さんは、学びやそのものを変えていくことに期待を寄せます。
そしてこの問いは、遠い未来のSFではありません。AIがあらゆるコストを下げていく今、私たちはすでに「限定的な潤沢」を生き始めています。矛盾を抱えたまま進む時代に、こうしたあり得なさそうな思考実験を時々やってみる意味があるのかもしれません。
- 人は潤沢になっても、土地・金・ビットコインのように希少性を人工的に作り出してきた可能性がある。
- 承認欲求や虚栄心は人間の根源ではなく、集団内での比較や学校のシステムから生まれる「後付けの感情」かもしれない。
- 不平不満は「その時代の相対評価」から生まれる。個体で見れば現代人はすでに潤沢という視点もある。
- お金も所有も「足りない」ことを前提にした仕組みで、潤沢な世界では根本から揺らぐ。
- AIはあらゆるコストを下げる一方でエネルギーを大量に消費する。矛盾を抱えたまま進むのが現在地である。
