離職ゼロでも、組織は壊れる。CIAの「サボタージュ・マニュアル」で見直す"組織崩壊"の話
はたらくビ学ラジオの第56回では、京都芸術大学DX推進課の木原考晃さんと、起業家・投資家の小笠原治さんが「組織崩壊」をテーマにトーク。大量退職やハラスメントだけが崩壊ではない──CIAの前身組織が作成した「サボタージュ・マニュアル」を手がかりに、組織が静かに壊れていくメカニズムとその対処法を語り合いました。その内容をまとめます。
「組織崩壊」の定義がそもそも違った
「組織崩壊」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。多くの人は「大量退職」「社内の争い」「ハラスメント」など、目に見える激しい出来事をイメージするかもしれません。木原さんもまさにそのイメージだったと言います。
組織崩壊ってみんなのイメージ、多分なんかいっぱい人が辞める、バーンみたいな。そっちだったんですよね
しかし小笠原さんが言う「組織崩壊」は違いました。組織が目的を遂行できなくなっている状態──それが崩壊だというのです。人が辞めなくても、争いが起きなくても、組織は静かに壊れ得る。この定義のズレに、リフレクションウィーク(四半期ごとの振り返り期間)で気づいたと語ります。
大量退職、社内抗争、ハラスメントなど目に見える破綻
組織が目的を望むスピードで遂行できない状態。人が辞めなくても起こりうる
CIAの「サボタージュ・マニュアル」とは何か
小笠原さんが紹介したのは、「Simple Sabotage Field Manual」1944年にCIAの前身であるOSS(戦略事務局)が作成した機密文書。敵国の組織を内部から弱体化させるための具体的な手法が記載されている。2008年頃に機密解除され、CIAのウェブサイトで全文が公開されている。という文書です。1944年にCIAの前身組織(OSS)Office of Strategic Services(戦略事務局)。第二次世界大戦中の米国の情報機関で、諜報活動や破壊工作を担当。1947年にCIAへ改組された。が作成し、敵国の組織を内部から崩壊させるために使われたとされています。
ポイントは、このマニュアルの手法がまったく過激ではないということです。むしろ、どれも「まっとうな組織運営のルール」に見えるものばかり。小笠原さんはこれを現代風にアレンジして紹介しました。
もっともらしいルールが生産性を殺す
番組では、サボタージュ・マニュアルの内容を「一般的な組織のルール」として読み替える実演が行われました。小笠原さんが一つずつ読み上げると、木原さんは「いいですね」「大事ですね」と次々に同意してしまいます。
一般社員向けの「ルール」
| ルール | 表向きの理由 |
|---|---|
| 正規のルートを通しましょう | 信頼できる人と見られるため |
| 経緯と背景を丁寧に話しましょう | チームが判断を理解するため |
| 委員会で幅広く検討しましょう | 独断と思われないため |
| 関係しそうな論点は全部出しましょう | 重要な見落としをしないため |
| 言葉の定義を全員で確認しましょう | 言った言わないで傷つかないため |
| 前回の決定をもう一度見直しましょう | より良い判断へ更新し続けるため |
| リスクを十分に議論してから動きましょう | 後から責任を問われないため |
| 権限範囲を確認しましょう | 組織の秩序を守るため |
なんかどんどん罠に入っていきそうな感じですけど、全部いいと思いますよ
管理職向けの「ルール」
管理職向けにも同様のパターンがあります。「全ての指示を書面で残しましょう」「完全に仕上がってから渡しましょう」「最後まで完璧を目指しましょう」──どれも一見すると正しい。しかし、これらを全部徹底すれば、意思決定は遅れ、チャレンジは減り、組織のスピードは確実に落ちます。
木原さんは「一部はスタートアップでも大事にしていそうだ」と指摘しました。ドキュメントを残す、オンボーディングに時間をかけるといった項目は、どの組織でも推奨されることです。小笠原さんの答えは明快でした。「全てが悪いわけではなくて、そのバランスを生産性が落ちる方に倒すだけの話」。一つひとつのルールが問題なのではなく、それらが積み重なってスピードを殺す構造が問題だということです。
スタートアップが上場で「崩壊」に近づくとき
では、こうした「もっともらしいルールの蓄積」はいつ起きるのでしょうか。小笠原さんが挙げたのは、スタートアップが急成長して上場を目指すタイミングです。上場審査に通るためには、内部統制の整備が必須。まさにサボタージュ・マニュアルに書かれているような項目が一斉に「整理」されるのだと言います。
急成長フェーズ
ルール整備が追いつかない。結果としてスピードが保たれる
上場準備・規模拡大フェーズ
内部統制のためにルールが一斉に整備される
安定フェーズ
ルールが蓄積し、生産性が徐々に低下するリスク
木原さんは自身が所属する京都芸術大学の状況を例に出しました。大学という組織はまさにサボタージュ・マニュアルの項目を「大事なこと」として運用しているように見える、と。一方で、同じ大学内でもクロステック株式会社クロステック・マネジメント。京都芸術大学と関連する組織で、小笠原さんと木原さんが所属。デジタル領域の事業を手がけるスタートアップ的な位置づけ。は規模が急拡大しているため、ルール整備が追いつかず──結果としてスピードが維持できていたと振り返ります。
だから伸びたんですよ
整備できてなくて、たまたま良かった感じです
ルールではなくバリューで守る──クロステックの設計思想
ではサボタージュ戦術にハマらないためにどうするか。小笠原さんのアプローチは、「ルールとして徹底する」のではなく「バリュー(価値観)として掲げる」ことでした。
クロステックでは「MAKE IT NICEクロステック・マネジメントが掲げるバリュー(行動指針)の一つ。「より良くしていこう」という意味。品質追求をルールで強制するのではなく、価値観として共有することで、硬直化を避けつつ質を保つ狙いがある。」──より良くしていこう──をバリューに掲げています。「最後まで完璧を目指しましょう」をルールにすると完璧主義がスピードを殺すけれど、バリューとして共有すれば、各人が状況に応じてバランスを取れる。この違いは大きいと言えます。
全員が一律に従う → 状況に関係なくプロセスが固定化 → スピード低下
方向性を共有しつつ、各人が状況に応じて判断 → 柔軟性を維持
同様に、オンボーディング(クロステックでは「セットアップウィーク」と呼ぶ)も1週間に凝縮しています。情報量は1週間では足りないほど多いけれど、「どこに何があるかを把握してもらう」ことに集中し、最初の契約期間(十数週間)の中で段階的にキャッチアップしてもらう設計です。
AIエージェントで「サボタージュ戦術」をひっくり返す
話の着地点はAIでした。サボタージュ・マニュアルのルール群が生産性を落とすのは、人間がそれを手動でやるからです。であれば、ルールの実行をAIエージェントに委ねればいい──というのが小笠原さんの考えです。
たとえば「ドキュメントを残しましょう」。人間が会議のたびに議事録を書き起こすのは大きなコストですが、人間が話しているだけで自動的にドキュメントが残る仕組みがあれば、ルールの目的(記録を残す)は達成しつつ、生産性は落ちません。
「ドキュメントを残す」を人間が手動で実行 → 時間を奪い、生産性が下がる
AIエージェントが自動記録 → 目的(記録)は達成しつつ、人間のスピードは落ちない
ルールとかガイドとかをエージェント化することで、これをひっくり返したい。それが僕なりの組織崩壊阻止です
この発想は、「AIに仕事を奪われる」という恐怖とは対極にあります。組織が本来の目的に向かって走り続けるために、ルールの実行コストをAIが吸収する。そうすれば、ルールの「良い面」だけを残しつつ、サボタージュ効果を無効化できるかもしれません。
まとめ
今回のエピソードでは、CIAの前身組織が80年前に作った「サボタージュ・マニュアル」を入り口に、組織崩壊の本質を掘り下げました。人が辞めなくても、争いがなくても、組織は壊れる。「正しいルール」の積み重ねがスピードを殺し、組織が目的を遂行できなくなる──それが小笠原さんの言う崩壊です。
対策は2つの方向性で語られました。一つは、ルールではなくバリューとして共有すること。もう一つは、ルールの実行コストをAIエージェントに委ねること。どちらも「ルールそのものを否定する」のではなく、「ルールが生産性を殺す構造」を変えるアプローチです。
自分の組織のルールを一つずつ見直してみたとき、「これ、サボタージュ・マニュアルに載ってそうだな」と思うものがあれば──それは組織が静かに壊れ始めているサインかもしれません。
- 組織崩壊=大量退職ではない。「組織が目的を遂行できない状態」が小笠原さんの定義
- CIAの前身が1944年に作った「サボタージュ・マニュアル」は、一見正当なルールで組織の生産性を落とす手法集だった
- 「正規ルートを通す」「委員会で検討する」「完璧を目指す」──どれも正しく見えるが、積み重なるとスピードを殺す
- スタートアップが上場準備でルールを整備するとき、この構造に陥りやすい
- 対策①:ルールではなくバリュー(価値観)として共有し、各人が状況判断できる余地を残す
- 対策②:ルールの実行コストをAIエージェントに委ね、人間のスピードを落とさずに目的を達成する
