ゲスト勅使河原麻衣さんと能力主義批判の出発点
今回のゲストは組織開発コンサルタントの勅使河原麻衣さん。ウェブ系ビジネスメディアでの発信も多く、TBSのNEWSCROSSディグTBS NEWS DIG発の報道・情報系コンテンツ。書き起こしでは新番組が3月3日から始まると紹介されている。の新番組も始まると紹介されました。
勅使河原さんはもともと人材開発系のコンサルティングファームでリーダーシップ研修やアセスメントを手がけていました。しかし「人に善し悪しがあって、ダメな人を使える人にしていく」という考え方に傲慢さを感じ、2017年からいろんな人を組み合わせて回していく「組織開発」を名乗るようになったといいます。
転機は2020年。ステージ3cの乳がんが見つかり「死ぬな」と思ったことから、子どもたちへの遺書のような形で能力主義の欺瞞を書き始めます。それが2022年。今月頭で著書は10冊に達し、年内にさらに5〜6冊が出る予定だといいます。能力主義は「一元的な正しさを決めてしまうことの弊害」の話なので、ネタは尽きないと語りました。
僕一冊昔書いて、もう二度と書きたくないと思って。
能力主義とは何か、その次に来るもの
小笠原さんは、身分制度の次に来た能力主義、そのさらに次はどこへ向かうのかと問いかけます。勅使河原さんはまず、能力主義とは「配分原理」だと整理しました。限りある資源をなるべく納得性高く、文句を言わせずに分け合うための方法だといいます。
資源が限られる以上、配分のロジックそのものは今後も必要になります。勅使河原さんが批判しているのは、能力主義が「正解は一つしかない」ように見せつけている点です。一元的な正しさとしての能力主義は廃れた方がよいと述べます。
では社会と個人、どちらを見ればよいのか。勅使河原さんは、多くの問題が個人ではなく社会の仕組みに起因すると指摘しつつも、個人の側もよく見ないと行き来ができないと語ります。その際、個人を「できる/できない」「頭がいい/悪い」で見るのではなく、善し悪しのない「持ち味」として捉え、組み合わせる関係性の視点が必要だといいます。
できる人/できない人、頭がいい/悪いという一元的なものさしで序列化する
善し悪しのない「持ち味」を見つけ、人どうしを組み合わせて回していく
なぜ能力主義は制度疲労を起こしたのか
小笠原さんは人類の歴史を「弱者が強者にいかに勝つかの繰り返し」と捉え、能力主義の次の段階では弱者と強者が入れ替わるのかと問います。これに対し勅使河原さんは、そもそも入れ替え戦が起きていないことこそが問題だと返しました。優位が再生産されてしまうからです。
身分制から能力主義への移行時も、すでに多くを持つ人が「うちは代々頭がいいので」と正当化したことが始まりだと指摘します。自分たちが多く持つことを正当化するために「あなたは頭が悪いから」と言い、それがスティグマとして固定化してしまった、と。
小笠原さんは、特権的な立場の人の絶対数は減りつつも、一人当たりの富が極端に大きくなっている印象があると語ります。話題として、東大生の親の世帯年収が高い層に偏っているという指摘も出ました。ただし「1500万円がそんなに裕福な感覚か」という点では二人の実感がずれ、裕福の定義そのものが問い直されました。
では何が能力主義をここまで制度疲労させたのか。勅使河原さんは、深刻な数字を挙げます。
能力主義で思い切りやってきた社会は痛んでおり、何か変えた方がいいのではないか──それが勅使河原さんの問題意識です。
「環境」で選択肢が決まるという実感
世間からは成功者と見られている自覚がある小笠原さん。しかし「能力で」うまくいったと感じたことはあまりないといいます。その原体験が小学校時代のエピソードです。
小学6年でトラブルから学校で無視され、ほとんど通わなくなりました。その間に近所のゲームセンターで先輩たちと仲良くなり、中学に入ると学校のヒエラルキーが横に転がって、急に「上の方」にいることになった、と振り返ります。それは能力ではなく、いた場所や周りの人、環境によるものでした。
インターネット業界に1990年代から関わってこられたのも「たまたま」だといいます。人は環境の中でしか選択肢を選べないのだから、能力と言ってもしょうがない──こうした実感が、現在の組織づくりにつながっています。
環境でしか人って、生き方の選ぶ選択肢みたいなものを環境の中でしか選べない。
本当にそうですよね。偶然性で回ってると思うんですけどね。
勅使河原さんは、その偶然性を「分かりにくい」と敬遠せず暫定的に決めてしまった結果が能力主義なのだと応じます。二人は「分かりにくくていいのに」という感覚を共有しました。
分かりやすさと評価をめぐる違和感
話題は「分かりやすさ」への評価に移ります。小笠原さんは、かつて大学の学生アンケートに「授業の分かりやすさ」という項目があったことに強い違和感を示しました。分かりにくくても興味関心が湧き、次を深掘りしたくなれば最高の授業のはず。「分かりやすさは情報の欠落」だと言い切ります。
分かりやすく話す人が能力が高く見え、頭よく見られるよう振る舞ってしまう。そうした「見せ方」の問題は政治のパフォーマンス化にも通じると議論は広がります。投票は「票を投じるイベント」であり、イベント化した瞬間、盛り上がりの中で一定方向に誘導されやすくなる、と小笠原さんは指摘しました。
そして評価そのものについて。小笠原さんは「あんまり評価したくない」と語ります。習熟度をコミュニケーションとして伝えることには賛成でも、「65点と72点の違いは何なのか」と疑問を投げかけます。さらに、教員それぞれが独自の尺度で相対評価してラベリングする仕組みは「なかなかやばいこと」ではないかと問いました。
独自尺度による相対評価とラベリング/年1回の「印籠」のような査定
プロセスの途中でコミュニケーションとして行う対話的なフィードバック
勅使河原さんも、多くの企業で評価が一方的な査定に終わっている現状を挙げ、フィードバックはあくまで主観を伝える「コミュニケーションのきっかけ」であるべきだと同意します。年1回の評価では「今言ってもどうするの」という状態になってしまうのです。
評価者ではなく伴走者を置く組織の実験
ここで小笠原さんが取り組んでいる組織の仕組みが紹介されます。12人ほどのチームで、業務命令をしない関係性を前提とし、フルタイムからクオータータイム(4分の1程度)まで働き方を選べる形をつくっているといいます。その中核が「メンバーエージェント(MA)」です。
MAは1人あたり5人ほどを見て、日々の困りごとを聞き、その人の仕事の相場感を調べ、報酬を決める権限を持つ「オフィサー」に提案します。「月200万稼ぎたいなら、このくらいのことをするとうちなら出る」と具体的に示せる存在です。事業を遂行するプロセスマネジメントと、人を見るピープルマネジメントを分ける発想でもあります。
契約は16週単位で回ります。準備の「セットアップ」1週、毎週確認しながら進める10週、振り返りの「リフレクション」1週。半年に一度、全員が会う期間も設けられています。この12週サイクルにお互いの意思確認を組み込み、確認しなければ続き、確認すれば終われる仕組みにしているといいます。
ビジョンやミッションに対し、各事業部門が「アウトカム(どんな状態にしたいか)」「アウトプット(具体的な目標)」「アクティビティ(取り組み方)」「インプット」を作り、個人も「AIM」として要約したものを注文書という形で契約に落とし込むといいます。勅使河原さんはこれを「相互変容が大前提」の仕組みだと評価し、多くの企業で評価が一方的な査定に終わっている現状との違いを指摘しました。
この仕組みには「働きたいだけ働きたい人」と「少しだけ関わりたい人」という、それぞれ1割以下のマイノリティ同士の組み合わせという難しさもあります。フリーランスでも自分の値段を決められない人が多く、MAはそこを一緒に考える相手にもなり得る、と小笠原さんは語ります。勅使河原さんはこれを「ジョブ型人材マネジメントの合いの子」と捉え、職務を分かりやすく提示する点を「優しい」と評価しました。
もっとも、メンバーは制度を理解して参加していても、いざ自分がMAをやると過去の経験と違い戸惑うこともあるといいます。「しっかり動かしてください」と言われたり、良かれと思ったやり方が「手抜き」と受け取られたり。木原さんは、執行役員クラスは「マネジメントできて当たり前」と考えがちで、それゆえMAになりきれない可能性を指摘しました。良かれと思って仕組みを入れる点はどの組織も同じで、共通のジレンマなのかもしれません。
最後に、組織開発をやってきて自分の組織を作りたいと思わなかったかと問われた勅使河原さんは、「社会不適合」で毎日同じ場所に通うのが向かず、日替わりでいろんな組織の一員でいる状態が一番楽しいと語ります。小笠原さんも約6社と契約する働き方に共感し、バランスの取り方が近いことを確認して前編は幕を閉じました。後編では組織開発の深掘りと、勅使河原さんの近著『「頭がいい」とは何か』について語られます。
まとめ
前編を通じて浮かび上がったのは、能力主義を「一元的な正しさ」から解き放ち、人を善し悪しではなく「持ち味」で見て組み合わせるという視点でした。評価を査定の道具から対話のきっかけへと転換し、評価者でも被評価者でもない「伴走者」を置く。小笠原さんの組織実験は、その具体的な試みとして語られました。まだ回りきってはいないものの、能力主義の制度疲労に対する一つの応答として示唆に富む議論となりました。
- 能力主義は限りある資源を配分する原理だが、「正解は一つ」と見せる一元性に問題がある
- 強者と弱者の入れ替えが起きず優位が再生産される点が、能力主義の根深い課題
- 人を「できる/できない」ではなく善し悪しのない「持ち味」で捉え、組み合わせる発想
- 評価は一方的な査定ではなく、プロセスの途中で行う対話のきっかけにすべき
- 報酬決定権を持たない「メンバーエージェント」を置き、評価者ではなく伴走者を組織に組み込む実験
