なぜ今、番組の方針を見直したいのか
番組は47回目を数え、下手をすれば一年間ほぼ毎週続いてきました。ここに来て木原さんは、番組の今後に真剣に向き合いたいと切り出します。理由は、テーマが似たようなものばかりになり、設定に悩むようになってきたことです。
とはいえ「やめる」わけではありません。ポッドキャストには続けたくなる面白みがあるので、続けながら話す内容を変えていきたい、というのが木原さんの考えです。事前にいくつか方向性を用意し、それを小笠原さんにぶつけてみる、という進め方で会議は始まりました。
こんな面白みがあるから続けたい、続けていくけど、話す内容は変えていこうかなと思ってますね。
「学び」に振り切るという方向性
木原さんが最初に挙げたのは、教育や学びに振り切るというアイデアです。深いところまで踏み込むのではなく、学校経営や運営・オペレーションの目線で、「効率的に行くよね」だけでは片づかない教育の話をしていく、という方向性です。
具体例として挙がったのが、筆記の入試です。前から紙を配り、用意ドンで始め、試験監督が時間を計り、解答を集めて数える。何十年も同じスタイルが続いています。変えなくていいためコストがかからず、安全安心とされている。でも「今、果たしてどうなんだろう」と考えられる余地があるのではないか、というわけです。
話は探究学習にも及びます。木原さんは、探究学習自体は舵の切り方として「やってよかった切り替え」と評価しつつ、リサーチして発表して終了というスタイルで「それでいいんだっけ?」「どう評価するんだっけ?」という悩みを抱える先生が多いことにも触れました。
課題解決はじじばばの仕事やろって思って。若手にやらすなやっていう。
小笠原さんは、学びの成果として「課題解決できる力」を掲げる最近の風潮に違和感を示します。また、悪いこと(罪)を声高に言う話し方は意図が透けて見えて苦手だとも語りました。
もっとこうしたら良くなるのにっていう話は同意しやすい。今までにあったいろんな学びの形を何回か連続で取り上げて、未来の話をするのは結構ありな気がしますね。
タイトルと形式、変えるべきか
方向性を変えるなら「はたらくビ学ラジオ」というタイトルも変えていいのでは、という話にもなりました。小笠原さんからは、聞きたいビジネスパーソンやクリエイター、面白い教員を呼んで「あなたの美学は何ですか」とシンプルに聞く形もアリでは、というアイデアが出ます。
そこで浮かんだのが、ゲストの学びや歴史を聞くことは、結局その人が何をどう取り組んできたかを聞くこと、つまり学びの話につながるという発見です。ゲストに美学的なことを聞きつつ、後半でその背景にある歴史をひも解く二部構成、といった案も出ました。
一方で小笠原さんは「働く美学、本気でやりきったんかな」と問いを投げます。木原さんは「向き合ってはない」と認めつつ、「僕の美学がこれだと言えるようになったら、このタイトルは終わりにしてもいい」と返しました。台本をきちんと作ってみる、あるいは小笠原さん以外の相手と数回やってみる、といったチャレンジ案も出ています。
木原さんとして俺は美学が持てたと。しばらく俺の美学はこれとして生きていくのだと。
なぜポッドキャストは学びのテーマと相性がいいのか
木原さんは、学びをコンテンツにする上でポッドキャストの魅力を語ります。ポイントは、アテンションを取りづらいからこそ安全にいろいろな話ができる、という点です。
入試やカリキュラム、文科省の方針への意見を、たとえばXで突然投げれば、否定的な意見やディベートを望む人が現れ、いわゆる「レスバ」が起きかねません。しかしポッドキャストはそうした応酬が発生しにくい。だからこそ、繊細なテーマを唯一取り扱えるメディアとして面白い、というのが木原さんの見立てです。
小笠原さんも、ポッドキャストというメディアの位置づけの面白さに同意します。日本では爆発的には広まりきらないものの、聴き続けている人はかなり熱心に聴いている。コモディティ化(一般化)したら自分はやらないかもしれない、と楽しんでいる感覚も明かしました。
レバレッジで読み解くスマホと音声メディア
ここで小笠原さんは、スマホの中毒性を「レバレッジ」で説明します。スワイプという自分の行為(賭け金)に対して、得られる情報量というリターンが大きい。だから中毒性が高い、という考え方です。
Xも短い情報をスワイプで次々に得られ、レスバはやりとりの情報量が多いためみんな見たがる。メルカリの初期も、実際に買うより「買えそうなもの」を際限なく見続けさせるUIでした。Instagramも同様だ、と小笠原さんは指摘します。
スワイプという小さな行為に対して、得られる情報量が大きい。レバレッジが高く、中毒性が高い。
1.5倍速程度が限界で、払う実時間と得られる情報時間がほぼ同じ。レバレッジは低め。
ポッドキャストは、せいぜい1.5倍速まで。自分が払う実時間と、得られる情報時間はほぼ一緒です。だからレバレッジは低め。それでも面白いと感じる人は、その中に気づきを得られる人や楽しめる人であり、今は比較的コアな層が聴いている状態ではないか、と二人は分析しました。
「無意識の情報摂取」という気づき
木原さんは、ポッドキャストを聴くのはほぼ「ながら」だと言います。何かをしている時間に流し聴きしている。そのながらの中でどう聴いてもらうか、という論点に対して、小笠原さんが一つの答えを示しました。
それが「無意識の情報摂取」という考え方です。ながらで聴いていても、自分が興味関心を持ち、ピンを立てていることには、情報が流れていくときに引っかかってくれる。だからこそ「どの領域・分野でそれをやるか」が問われる、というわけです。
この言葉に木原さんは強く反応し、「無意識の情報摂取を意識して番組を考えていくのがいい」と受け止めます。勢い余って「無意識情報摂取ラジオ」というタイトル案まで飛び出し、小笠原さんが「違う方向行ってる」とツッコむ場面もありました。番組はすぐにではなく、緩やかに方針を変えながら配信を続けていくとして締めくくられます。
まとめ
「番組をどうしよう」という悩みを、隠さず収録内でそのまま話してみた今回。学びに振り切る案、ゲストに美学を聞く案、台本を作る案などが出ましたが、結論を一つに絞るというより、緩やかに方向性を変えていくという着地でした。
印象的だったのは、悩みそのものを話す過程で「無意識の情報摂取」という新しい視点が生まれたことです。ながら聴きされるポッドキャストだからこそ、聴き手が関心を持つテーマに引っかかってもらう。方針会議がそのまま、ポッドキャストというメディアの本質を考える回になりました。
- 47回を数える番組の方針に悩み、その悩みをあえて収録内で話してみた回
- 「学び・教育に振り切る」「ゲストの美学を聞く」など複数のリニューアル案が出た
- ポッドキャストはアテンションを取りづらいからこそ、繊細なテーマを安全に扱えるメディア
- スマホやSNSは「小さな行為に対して情報量が大きい」高レバレッジで中毒性が高いが、ポッドキャストはレバレッジが低め
- ながら聴きでも、関心のピンが立っていれば情報は引っかかる──「無意識の情報摂取」という気づきが生まれた
