「安定」は本当に望んでいたことか
話の発端は前回の終わりの一言でした。木原さんは、今働くクロステック・マネジメント小笠原さんと木原さんが関わる株式会社。番組はこの組織や大学法人での経験をもとに語られている。の組織が助走期間を経て安定的に良い方向へ進んでいる、とポジティブな意味で「安定」を使いました。ところが小笠原さんの反応は「安定なんてクソくらえ」。
小笠原さんが投げかけたのは、そもそも「安定って望んでいたことでしたっけ?」「あと、楽しいですか?」という問いです。組織における安定とは、人数の変化が少なく、収入と支出がある程度定まり、中でいさかいも少ない状態を指します。確かに多くの人にとって心地よい環境です。
木原さんも「心地よいのは心地よい」と認めます。ただし、その心地よい期間を振り返ったとき、自分の人生や組織にとって本当に良かったのか、と問われると「そうじゃないかもしれない」と揺らぎます。小笠原さんはさらに踏み込みます。
その心地よさを対価として得られるほど、何か成し遂げてましたっけ?僕ら。
安定を享受する資格があるほどの成果を出したのか、という問いです。木原さんも「お前ら心地よくなってる場合じゃねえよ、ということもある」と受け止めます。
安定が生む"内向き思考"とは
小笠原さんは「無理をしたい人」だと自認します。そういう人とそうでない人が混ざっていれば、そもそも組織は安定しません。裏を返せば、安定しているということは組織が「均質化している」と言われている気がして嫌なのだ、と語ります。組織は結局のところ人であり、均質化しなければ安定しないからです。
そして小笠原さんが挙げたキーワードが「内向き思考」でした。安定フェーズの会社は、どうしても内向きの話が増えるといいます。
安定しているからこそ、そこに思考を割く余裕が生まれます。逆に安定していなければ、思考は組織の成長や外の世界へ向かいます。木原さんも「安定してたら組織内の政治や、自分が権力・権限を持ちたいという方向に動きそう」と同意します。小笠原さんの表現は明快です。
組織の目標のために組織へ参加しているはずなのに、いつしか自分本位(「我我」)になってしまう。それなら一人でやればいい、という辛辣な指摘です。
増え続けるルールと「大ごと化」の罠
安定を維持しようとすると、そのためのルールがどんどん増えていきます。しかもそのルールは、成長期の成功体験をもとに設定されがちです。人材像もその成功体験に合わせて固定化されていきます。
小笠原さんは、安定した組織はこのサボタージュ・マニュアル組織を内部から停滞させる方法をまとめた文書。皮肉にも「安定した組織あるある」として現代でもよく引用される。をむしろ守ってしまっているのでは、と指摘します。だからこそ彼は、組織を作るとき最初にルールを決めます。理由は意外なものでした。
それ以上増やさないでほしいからなんですよね。ここまでは決めていいよっていうライン引き。その外はイレギュラー前提でしょ、イレギュラー起こしてなんぼでしょ、っていう。
最初にルールの上限を引くことで、それ以上ルールが増殖するのを防ぐ、という発想です。ところが安定化すると逆の現象が起きます。イレギュラーを「大ごと」として扱う人が増えるのです。
イレギュラーは前提。起こしてなんぼで、どんどん動く。
「どうでもええやん」ということを大ごとにする。暇だから、ルールが増える。
小笠原さんいわく、暇だからこそどうでもいいことを大ごとにしてしまう。これを「結構危険信号だと思っている」と語ります。本人も「今いるような人にすごく嫌われていると思う」と苦笑しつつ、譲れない感覚のようです。
安定期に飛び地を作れた企業たち
では大きな組織はどうすればいいのか。木原さんは、シャープの約2万人、iPhoneなどを製造するホンハイ鴻海精密工業。台湾の大手電子機器受託製造企業(EMS)。最盛期には全世界で百数十万人規模の従業員を抱えたとされる。の最盛期160万人(京都市より多く福岡市に近い規模)という数字に驚きます。これだけの人数の情報連携をどうするのか、と。
大人数になるほど安定化させた方が経営は維持しやすい。しかしそれが組織にとって本当に良いのか——ここで小笠原さんが挙げたのが、安定した中でも「カオス」や「飛び地」をあえて作った企業の例です。
一つはソニーのプレイステーションソニーが1994年に発売した家庭用ゲーム機。家電メーカーが本業とは異なるゲーム市場で大きな成功を収めた事例として語られる。。すでに大きく知られた組織でありながら、飛び地をやりたい人材を取れていたことが強みだと語ります。もう一つが任天堂京都発祥の企業。もとは花札・トランプの製造会社だったが、家庭用ゲーム機事業へ進出し世界的企業となった。です。
京都では今も「花札の会社」と言う人がいるほどですが、任天堂はゲーム機でコンシューマー市場を作り、マリオやポケモンといったIPを生み出しました。小笠原さんは「ディズニーよりも圧倒的に強い」と評します。もし任天堂が「いい花札を作ろう」だけをやっていたら、世界は変わらなかったというわけです。
木原さんはここで「安定を意図的に崩したのか、それとも本業の衰退で安定が崩れたのか」という疑問を口にしますが、いずれにせよ、変化の局面でこそイノベーションが生まれる、という点は共有されます。
イノベーションは後付けの呼び名?
木原さんは、大学や行政のように「イノベーションを起こさなければならないタイミング」がこれまでなかった組織はどうすればいいのか、と問います。しかし小笠原さんの答えは、意表を突くものでした。
イノベーションは狙って起こすものではなく、後から振り返って「あれはイノベーションだった」と呼ばれるだけ。そこにあるのは「これがやりたい」という欲であり、熱量だといいます。任天堂の例でも、ゲームもコンピューターも大好きな誰かがいて、その熱に応える資金の出し手(創業家)がいたはずだ、と小笠原さんは想像します。
より具体的な例として挙がったのが、携帯電話にカメラを載せた話です。1990年代前半の携帯電話にカメラはついていませんでした。
太田専務は「イノベーションを起こそう」と思っていたわけではありません。モバイル通信を広めるうえで「送りたいもの」が必要で、それは写真のはずだ——組織にとっての一丁目一番地はこれだ、という信念で動いただけ。それが結果的にイノベーションと呼ばれるものになった、という整理です。
誰も出していない「許可」を待つ空気
木原さんは、学校法人や行政には「個人の熱量に応える」風土があまりない、それを「許す」文化がない、と述べます。しかし小笠原さんはここで鋭く切り返します。「許すって、誰やねん、という話」。
そんな権限、誰にもないと思うんですよ。
実は挑戦を「許可する」権限など、本来は誰も持っていない。にもかかわらず動きが止まるのはなぜか。小笠原さんによれば、それは均質化した組織で共感性が働き、「何をやられたくないか」がみんなに分かるからだといいます。だから明文化されなくても、皆でそういう空気を作ってしまうのです。
小笠原さんは『空気の研究』日本人の意思決定を支配する「空気」を分析した山本七平の名著。第二次大戦の失敗などを題材に、同調圧力の構造を論じた。にも触れ、「均質化したら負ける、というのだけは絶対に持っておいてくれ」「だからちょっと変なやつも入れるべき」と語ります。
この整理は、これまでの話をきれいにつなぎます。誰も決めていないのに「許されない」と思って止まる。安定期にはルールで挑戦を抑えつける。動きにくくなる——。しかし小笠原さんは最後にこう釘を刺します。
動けない、じゃなくて動きにくいだけのはずなんで。動けや、っていう。
木原さんは最後に「我が組織は安定しておりません、まだまだ頑張っていきたい」と締めくくり、小笠原さんも「大丈夫、どうせ俺がまた(空気を)書き換えますから」と応じてこの回を終えました。
まとめ
「安定」は心地よい状態ですが、その心地よさに見合う成果を出しているかを問い直すと、必ずしも歓迎すべきものではない——というのが今回の核心でした。安定は均質化とセットであり、内向き思考やルールの増殖、そして「大ごと化」を招きやすい。一方で任天堂やソニー、カメラ付き携帯の例が示すように、変化は個人の熱量とそれに応える受け手から生まれ、後から「イノベーション」と呼ばれるにすぎません。
そして、挑戦を止めているのは明確な「許可制」ではなく、均質化した組織が作り出す「空気」です。動けないのではなく、動きにくいだけ。だからこそ「ちょっと変なやつ」を入れ、均質化に抗うことが、組織の活力を保つ鍵になるのかもしれません。
- 「安定」は心地よいが、それに見合う成果を出しているかを問い直す必要がある。
- 安定は組織の均質化とセットで、自分のポジションや報酬・政治といった「内向き思考」を招きやすい。
- 安定化するとルールが増え、どうでもいいことを「大ごと」にする人が増える。これは危険信号。
- ソニーや任天堂のように、安定の中でも「飛び地」やカオスをあえて作れた組織が世界を変えた。
- イノベーションは狙って起こすものではなく、個人の熱量と受け手が生む結果を後から呼んだもの。
- 挑戦を止めているのは「許可制」ではなく均質化した組織の「空気」。動けないのではなく動きにくいだけ。
