憧れのゲスト、入山章栄さんとはどんな人?
厚利少売ラジオの今回は、川原卓巳さんとすがけんさんが「いつか出てもらいたい」と話していた経営学者の入山章栄さんを迎えたゲスト回です。番組は、薄利多売のビジネスモデルから抜け出すための考え方を語るビジネス対談型Podcastとして紹介されています。
川原さんが入山さんに初めて会ったのは、こんまりさん(近藤麻理恵さん)が日経ウーマンアワードを受賞した授賞式の楽屋でした。入山さんはプレゼンターを務めていて、深い話をするのに分かりやすい言葉で気さくに話す姿が強く印象に残ったと川原さんは振り返ります。
お会いした時にすごい気さくに声かけてくださって。うわ、こんなにめちゃくちゃ喋りやすく喋らせていただけるんだ、と。
あんな深い話される方なのに、分かりやすい言葉で喋ってくれるっていう、すごいありがたい存在として思っております。
一方の入山さんは、当時は川原さんとこんまりさんの関係もよく分かっておらず、「すげえやんちゃそうだな」と感じたと笑いを誘います。その後、ある著名経営者の番組で川原さんのキャリアを聞き、面白いと思ったそうです。
川原さんによる入山さんの紹介では、慶應義塾大学経済学部を卒業し、三菱総合研究所でのコンサルティングを経て、2008年に米ピッツバーグ大学でPh.D.を取得したことが語られます。ニューヨーク州立大学バッファロー校の助教授を経て、2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年に教授に就任しました。
入山さんは著書に『両利きの経営』『世界標準の経営理論』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』などがあります。漢字だらけの経歴を読み上げた川原さんが緊張していたことに触れ、入山さんは「大学の先生は経歴に漢字を多くして権威感を持たせる癖がある」と冗談まじりに返しました。逆にスタートアップの人は「どこどこにジョイン」のようにカタカナを多用する、という話で場が和みます。
高専卒エンジニアから「傭兵」アドバイザーへ
続いて、すがけんさんが入山さんに向けて自己紹介をします。すがけんさんは大学を出ておらず、学歴コンプレックスがあると語ります。進んだのは工場への就職を目的とした5年制の高専でした。
すがけんさんは工場に行くのが嫌になり、プログラミングを学んでエンジニアとして三井物産の子会社に入社します。そこでガラケー向けコンテンツの仕事に関わり、わずか4人で立ち上げた孫会社で、エンジニアから企画・プロデュース職へ移りました。
当時の社長が毎回「ケンイチ、お前絵好きだったよな」みたいな。あ、まあ美術館とかたまに行きますけど、みたいな。
じゃあちょっと待ち受けのスタジオ作るから、そこの責任者やって、と。
無茶ぶりを受け続けながら、すがけんさんは着メロや待ち受けのスタジオを任され、20代をプロデューサーとして過ごします。30代で広告業界へ移る際は、大手広告代理店ではなく、当時スタートアップとして続々と登場していたアドテクノロジー ── インターネット広告の配信・最適化・効果測定などを支える技術の総称。2010年前後から専門のスタートアップが多く生まれましたの会社を選びました。
すがけんさんが役員を務めた会社のひとつはKDDIの子会社であるメディーバメディーバに売却され、のちにSUPERSHIPという会社になります。すがけんさんはそこで事業を200億円規模まで伸ばし、スマートニュースを経て、40歳で企業の10倍成長を支援するMoonshotを1人で立ち上げました。
履歴書に書ける資格は何もないとしつつ、すがけんさんはフィリップ・コトラーのコトラーアワードで日本人3人のうちの1人として審査員を務めていると話します。自身の生き方を「野武士」「雇われた槍」「傭兵」と表現し、入山さんは「めっちゃかっこいい」と応じました。
厚利少売とは何か?京都にアマン超えの100万円ホテルを
入山さんの「厚利少売とはどういう意味か」という根本的な質問に、すがけんさんは薄利多売の正反対だと答えます。すがけんさんは、利益が薄いから大量に売らなければならない構造を、日本のPBR ── 株価純資産倍率。株価が1株あたり純資産の何倍かを示す指標で、1倍を割ると市場が企業の資産価値以下にしか評価していないことを意味します1倍割れの最たる問題だと位置づけます。
バリューがないからいっぱい作っていっぱい売らなきゃいけない。安く作るのは得意分野っていう、今の日本で。
すがけんさんによると、厚い利益を取れるようにすれば、少なく売っても利益が出て、人件費や材料費が高騰しても企業を続けられます。そのために、価格に見合う価値を定義して売る、というのが厚利少売の考え方です。
この話を受けて入山さんは、自身が経営戦略アドバイザーを務める京都市の例を挙げます。入山さんは京都市に「とにかく価格を上げなさい」と言い続けているそうです。京都で一番いいホテルと考えられるアマンでも1泊10万〜20万円程度で、入山さんは「安すぎる、100万円取れるホテルは作れる」と話しています。
(京都は)それをやらないから、京都も薄利多売的になって、オーバーツーリズムって言われちゃうわけじゃないですか。
すがけんさんは、自身の働き方も厚利少売的だと語ります。ラグジュアリーブランドなど世界を相手にした顧客と年間契約を結び、1社あたり週1時間ほどの関わりで、10社程度と仕事をしているといいます。全員を相手にしようとせず、時間あたりの単価を高くすることで、1人で働き続けられる形になっています。
空いた時間でボランティアや全国の食べ歩きをしたり、堀江貴文さんの番組「REAL VALUE」への出演のように普通ならやらないリスクも取れたりします。すがけんさんは、広告費のかけ捨てより、積み上がって資産になるオーガニックなコンテンツに投資すべきだという考えも、こうした実体験があるから企業に助言できるのだと話します。
ジェフ・ベゾスも3日で帰る京都に、何が足りないのか?
入山さんは京都の最大の課題を「世界で一番来たい街なのに、みんな3日で帰ること」だと指摘します。ジェフ・ベゾスや生前のスティーブ・ジョブズのような人も京都を訪れながら、すぐに帰ってしまうといいます。
入山さんの提案は、長期滞在のレジデンスを増やすことでした。シリコンバレー巡りをしたいという京都の人たちに、入山さんは「行かなくても向こうから来るのだから、滞在してもらえばいい」と伝えたそうです。さらに、滞在を誰がどう決めるのかを順にたどって考えています。
本人
世界の経営者などが京都を訪れるが、短期間で帰ってしまう
奥さん
入山さんは、長期滞在を決めるのは本人ではなく奥さんだと見ている
子ども
奥さんは子どものために滞在先を決める
インターナショナルスクール
現在1校しかないため、5〜6校作るよう数年前から提案している
すがけんさんは、そうしたインターナショナルスクールは高額でもよく、世界のプロフェッショナルを誘致できれば十分に元が取れると補います。
入山さんはさらに、寺社仏閣のDXに取り組む京都のスタートアップ、エターナルエターナルを紹介します。例えばお寺にサイネージを入れれば案内の人件費を減らせ、開門時間の制約も緩められます。引っ越しの際にカートリッジ式の骨壺を別の寺へ移せる仕組みや、スワロフスキーと提携した御朱印も手がけているそうです。
(お寺は)なかなかそれ(お賽銭)がいかないとなると、やっぱ来てもらう理由が必要になるんで、それをちゃんと作るのは大事ですよね。
入山さんがとくに印象的な例として挙げたのが仁和寺です。仁和寺は境内の裏に1000万円ほどをかけて厨房を作り、日本屈指のイタリアンシェフを招いて、人数を限定した1人28万円の夕食会を開きました。席は一瞬で埋まったそうです。
入山さんは自腹で参加したうえで、超一流のシェフが仁和寺の最も眺めのよい場所で料理を出すのだから、28万円は安すぎで100万円でも取れると伝えたと話しています。
「唯一」になれば値段はいくらでもいい?プライシングの考え方
仁和寺の話を受け、すがけんさんは多くの人がプライシングを間違えていると指摘します。代わりがあるものは価格競争になりますが、他に代わりがなければ、人はその価格を払うというのがすがけんさんの考えです。
(唯一のものは)それしかなければ、もう値段って結局行きたい人数分埋まるならいくらでもいいわけですよ。
すがけんさんによると、原価28万円のものが1000万円で売れるなら、差額の一部を次の原価に回せます。そうするとさらにユニークになり、それを欲しがる人が増えていく、という循環が生まれます。
すがけんさんはSUPERSHIP時代の実例も語ります。当時のデジタル広告は100万円単位の出稿が一般的でしたが、すがけんさんは薄利多売すぎると考え、広告をパックにして販売単位を引き上げていきました。
100万円
デジタル広告の一般的な出稿単位
1000万円〜1億円
広告を束ねてパックにし、販売金額を段階的に上げる
10億円
最も売れたのは、ブランドごとの分割発注をまとめる一括発注のパック
1社30億円
結果として1社から約30億円を受注し、マージン30%で約9億円の利益
一括発注が売れた理由について、すがけんさんは、資生堂のようにブランドやシーズンごとに代理店コンペをする手間や、データが代理店に持たれてしまう問題を挙げます。SUPERSHIPを「デジタルの購買部」と考えて、ネジや資材のようにまとめて発注してほしいと提案したそうです。
業界のマージンは5〜10%が一般的なところ、すがけんさんは効果の高さを理由に30%を求めました。利益に余裕があったため、バナーなどのクリエイティブを自社負担で作って顧客に見せることもでき、クライアントから大きく感謝されたといいます。
すがけんさんは、存在自体が唯一の京都はオーバーツーリズムに悩んでいる場合ではないとし、観光税の導入や住み分けで「世界一のお寺があるのは京都」という価値を強く打ち出すべきだと語ります。入山さんも、価格を上げればそれを払う人だけが来ると同意しました。
タワマンでは売れない?70万円のマッサージチェアの盲点
入山さんは、BtoCの例としてパナソニックのマッサージチェア「リアルプロ」の広告に出演した経験を話します。70万円ほどの高品質な製品ですが、担当者が売り先をタワーマンションと考えていたことに、入山さんは疑問を持ったそうです。
入山さんの見立てでは、タワーマンションは100平米ほどで狭く、マッサージチェアは置きたくないうえに人に見られたくもない、という存在です。そこで入山さんは、これから家を建てる軽井沢の別荘オーナーを狙うよう提案しました。
100平米ほどで狭く、見られたくない家具を置く場所がない
これから家を建てるので、パナホームと組んで専用の部屋ごと提案できる。価格も150万円程度でよい
入山さんはもう一つ、下取りの仕組みがないことも指摘しました。富裕層は常に最新機種に買い替えたいが、古いものを運び出してもらう手間が面倒なので、下取りがあれば一発で売れる、という考えです。担当者からは「考えたことがなかった」という反応だったそうです。
入山さんは、パナソニックの社員は優秀だとしたうえで、年収900万〜1000万円の人には年収5000万円や億を超える人の感覚が分からないのではないか、と話します。すがけんさんも、売る側が富裕層を知らないまま想像で商品を作っているという点に強く同意しました。
(会社売却で入ったお金を)全部使いました。3年で。
すがけんさんは、売却で得たお金をあえて3年で使い切ったことで、富裕層のことが少しだけ分かるようになったと話します。それがラグジュアリーブランドのアドバイザーにつながりました。研修でいいホテルに泊まる程度では分からず、1年ほど背伸びをした生活をしないと理解できない、というのがすがけんさんの実感です。
やっぱ富裕層のことは全くわかんないのに富裕層は生まれ続けてるっていう。
高額アドバイザー料を「コスト」で見ない会社が強い理由
すがけんさんは、自分を高い報酬で雇う会社は富裕層のことも厚利少売のことも理解しようとしているため、結果としてうまくいきやすいと話します。月4時間、年50回ほどの打ち合わせで1000万円強という料金に、最初は誰もが高いと言うそうです。
(アドバイザー料を)コストで見ないで、年間で仮に2000万払ったとして、利益で1億円以上出るようなプロジェクトをちゃんとやりましょうよって言うと、皆さんわかってくれるんですよね。
すがけんさんによると、コストと考えると採用やシステム導入で終わってしまいます。リターンで考えると、そこからどう稼ぐかまで一緒に取り組めるようになります。
マッサージチェアの話に戻り、すがけんさんは軽井沢の別荘ならイームズのラウンジチェアと並べて合うデザインにする手もあると提案します。そのイームズのラウンジチェアも20年前は30万円ほどだったのが今は100万円ほどになっている、とすがけんさんは指摘しました。
すがけんさんは、シャネルのマトラッセが10万円から100万円に、バーキンが50万円ほどから200万円になった例も挙げます。世界は上手に値上げをして売り、従業員の給料も上がって物価に対応できているのに、日本だけが「安いほうがいい」と考えている、という問題意識です。
僕らだけが安い方がいいよねって言って、頑張って300円の牛丼を食べ、頑張って値下がりし、経営努力って言っちゃう。
結果的にお金の循環が悪くなって、世界からちょっと何て言うんでしょうね、もう鎖国しちゃってるんですよね。
入山さんはこれを「しかも貧乏鎖国のほう」と表現し、すがけんさんは京都が率先して変えなければ日本は変わらないだろうと応じました。すがけんさんは京都のアドバイザーなら無償で引き受けると申し出て、代わりに『厚利少売』の増刷時に入山さんに帯を書いてもらう約束を取りつけています。
お金の使い方を知らない日本人と「推し活」
川原さんは、厚利少売は理解されやすいコンセプトなのに実装には大きなギャップがあると話し、どうすれば企業や個人にインストールできるのかを入山さんに尋ねます。それがこのラジオと書籍の目的でもあると川原さんは語りました。
入山さんは、日本人には本当の意味でうまいお金の使い方をしてきた経験があまりないのではないかと答えます。バブル期はゴルフ会員権のような「ダサい」使い方をし、その後はデフレで薄利多売に向かったため、何に価値を見いだしてお金を払うかをマインドレスに決めてきた、という見方です。
入山さんはさらに、経済学でいう限界費用ゼロ社会 ── 追加で1単位を生産・提供するコストがほぼゼロになる社会。デジタル化で、動画配信のように低価格で大量のサービスを受けられる状況を指して使われますにも触れます。月500円ほどのAmazonプライムで映画が見放題になり、コンビニの総菜も安くておいしいため、年収400万円でも追加で使えるお金が残っているといいます。
入山さんの理解では、その余ったお金の行き先がよく見えないとき、いま最も向かっている先が推し活です。入山さんは推し活自体は悪くないとしつつ、自分の価値観に沿って適正にお金を払う感覚が、富裕層にも年収400万円の層にも育ってこなかったと話しています。
すがけんさんは、推し活にはファンとして健全に楽しむ面と、ホストクラブ的に人生を壊してしまう面があると指摘します。入山さんはそれを「ダークサイド推し活」と呼んでいます。
推し活ってその健全さをやっぱ超えると、やっぱ自分の人生諦めて他人の人生に乗っかる人にもなりかねないので。
すがけんさんは、インバウンドでお金を払ってくれる人が目の前にいるのに、言葉の壁などを理由に諦めてしまう日本の状況にも課題を感じています。20年で年収の中央値は500万円から400万円に下がり、その間にロレックスは50万円から100万円になった、とすがけんさんは話します。
家計簿はつけるのに、バランスシートは見ない日本
入山さんは、日本人は資産(アセット)の感覚がとても弱いと指摘します。ロレックスも本来は資産で、エクスプローラーが50万円から150万円になるように値上がりする、という例を挙げています。
入山さんによると、日本の家庭は家計簿はつけてもバランスシートは見ていません。すがけんさんの言葉では、PL ── 損益計算書。一定期間の売上・費用・利益を表す財務諸表しか見ておらずBS ── 貸借対照表。ある時点での資産・負債・純資産を表す財務諸表を見ていない、ということになります。
コストを切り詰める方向に向かう。営業部長などを長く務めたサラリーマン社長に多い
支出を投資として捉え、資産を増やす。スタートアップではキャッシュフローとBSが中心で、PLはおまけ
すがけんさんは、経営者も投資の感覚が弱く、それがPBR1倍割れの最たる要因だと語ります。鉛筆の無駄遣いはしないほうがいいものの、協賛や新規事業まですべてコストに見えてしまうと、会社は老人のように衰退していくといいます。
すがけんさん自身は、高いものを買うときの唯一の基準を「10年後に価値が上がるか」に置いています。盆栽なら樹齢70年が100年になれば価値が2〜3倍になり、流行ではなく10年後も残りそうなアートを選べば、商売がダメになっても資産は残る、という考えです。
入山さんは、建築家の谷尻誠 ── 日本の建築家。設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEを共同主宰し、住宅から商業施設まで幅広く手がけていますさんがポルシェを選んだ理由が「資産性が高いから」だった、という話も紹介します。
入山さんはアメリカの大学に着任したとき、退職年金の運用講座を受けさせられ、1年後には運用成績の報告も受けたそうです。厚切りジェイソンさんも、アメリカの会社では普通のことだと話していたといいます。日本ではこうした教育を受けず、すがけんさんはお金を稼ぐことや貯めることを悪とみなす風潮もあると付け加えました。
すがけんさんは、Amazonでは給与の大半がストックオプションで支払われると聞いた話をします。現場の社員まで株価を気にするようになり、会社の価値を上げるにはどうすればいいかを全員が考えるため、時価総額経営がしやすいといいます。
会社は「概念」で、なくなってもいい
入山さんは、取締役を務めるソラコム ── IoT向け通信プラットフォームを提供する日本の企業。KDDIグループ入りを経て、のちに東証に上場しましたの例を挙げます。KDDIに買収されると発表したとき、日本のチームは沈んだ雰囲気になりましたが、アメリカのチームは歓声を上げて喜んだそうです。
すがけんさんは、日本では物にも魂が宿ると教わるため、会社という器が人に取られると悲しくなるのだろうと話します。入山さんはこれに「会社は概念で、実体がない」と応じました。
(会社を売ったら)資産増えてよかったねです。
入山さんは、日本では長く終身雇用が続いたため、会社という実体が存在すると思い込んでいると指摘します。入山さんは、こんまりさんの片づけで物に「さよなら」をする感覚を日本的な美徳としつつ、その感覚が虚構である会社にまで命を感じさせてしまう、と話しています。
すがけんさんは20代半ば、自分が作ったスイングという会社が合併を重ねて社名ごと消えた経験をしています。そこで、会社を存続させることより、自分が生きていくためにプロジェクト単位で働こうと考え、いまの「傭兵」のような働き方につながったそうです。
入山さんも『世界標準の経営理論』で同じ趣旨のことを書いているといいます。資本主義にはゴーイングコンサーン ── 企業が将来にわたって事業を継続するという前提。会計や経営の基本的な考え方の一つですという前提があるものの、会社は虚構なのだから、プロジェクトがうまくいったら解散すればいい、という考えです。
すがけんさんは、残すことが目的になると、利益が出なくても、人が貧しいままでも存続を優先する経営になると指摘します。100年続く世襲企業は素敵だとしたうえで、普通の会社まで存続を目的化している点が、アクティビストと揉める原因にもなっていると語りました。
M&Aの最大のコツは「売却」にある
入山さんは、日本の会社が苦手なのは「捨てること」だと話します。入山さんによるとM&Aの最大のコツはきちんと売却することで、買収ばかりしていると会社は太っていく一方です。ビジョンに合わなくなった事業は早めに売るべきで、早めに売るから高く売れる、というのが入山さんの考えです。
すがけんさんは、自分が関わったスケールアウトをKDDI子会社のメディーバが買収した案件が、Forbesのアワードで表彰されたと話します。売上を「奪うM&A」から、16人の小さな会社を育てる「与えるM&A」に変わったと評価され、通例とは異なり買った側が表彰されたそうです。
すがけんさんは、2015年ごろが転機だったと見ています。ソラコムのスイングバイIPO ── スタートアップが大企業の傘下に入って成長を加速させたあと、改めて上場を目指す手法のように、いったんグループに入れて育て、最後に売却や上場でリターンを得る価値観が広がったと話します。
入山さんは、日本の大企業経営者でこの感覚を持っているのはKDDIの高橋社長とソニーの十時さんくらいだと語ります。すがけんさんは、ソニーがソニーフィナンシャルグループを取り込み、パーシャルスピンオフで再上場させる動きも「一度入れて次は出す」感覚の表れだとしています。
入山さんは、安く買って育て、いい時に高く売るのは商売そのもので、まさに厚利少売だと話します。日経新聞に載る数千億円規模の買収は「すごくない」とし、投資銀行にやられているのだという見方も示しました。
入山さんが繰り返し挙げるのがパソコン事業の売却の時期です。IBMは絶好調だったThinkPadの事業をレノボに売りましたが、日本の富士通やNECは事業が傷んでから同じレノボに売りました。
本当は乗り継いでいかないといけないんですよね、事業をね。
すがけんさんは、スティーブ・ジョブズがiPhone参入時に「携帯はパソコンの何倍も市場がある」と語っていたことに触れます。勘のいい人ならパソコンを早く売るべきだと考えるはずだ、とすがけんさんは話しました。
すがけんさんによると、日本は刈り取りきって「カスカス」になってから売ろうとするため、何も残りません。高く売れるうちに売って、次の事業に乗り換えることで、会社が続くライフサイクルが生まれるのだと語りました。
ゲスト回を終えて。富裕層を知らないという課題
入山さんの退出後、川原さんとすがけんさんが対談を振り返ります。川原さんは、入山さんが概念ではなく常に具体例で話す点が面白く、分かりやすいと話しました。
入山先生と話してておもろいのが、常に全部具体で話すんですよ。絶対。
川原さんは、厚利少売の重要性とともに、日本社会や日本企業がまだそこから遠いところにいることを改めて感じたといいます。逆に言えば、いま取り組めば大きな違いを作れる、と川原さんは前向きに捉えています。
(京都の事例も)マッサージチェアもそうでしたけど、富裕層を知らないっていうのはめちゃくちゃキーワードだなと思いました。
すがけんさんは、上場企業が約4000社あっても、年収1億円以上の経営者はおそらく100人もいないのではないかと話します。価値を出しているなら、もっと報酬を受け取ってよいという考えです。
そんだけの価値を出してる会社なのにお給料高くなかったら、富裕層のことわかんないよねっていうダイバーシティ問題もあるわけですよ。
すがけんさんは、男性社会では女性向けの商品が作りにくいのと同じ構造だと説明します。日本は安くする能力を十分に磨いたので、100円ショップが3COINSになったように、高くても買われる方向に進むべきだと語りました。
今後について川原さんは、すがけんさんがモデルケースをさらに10社作ることを提案します。すがけんさんも、厚利少売に特化した経営アドバイスをやってもいいかもしれないと応じ、川原さんは期間を決めて利益体質に変える「ライザップ的な」形を思い描きました。
最後に、すがけんさんの書籍『厚利少売』、川原さんの著書『人生は捨て。自由に生きるための47の秘訣』、入山さんの著書と文化放送のPodcastが紹介されました。川原さんは、入山さんの話から、企業単位でもポイントは「捨て」なのだと感じたと話しています。
まとめ
今回の対談では、京都の観光、仁和寺の夕食会、パナソニックのマッサージチェア、パソコン事業の売却といった具体例を通して、日本が薄利多売から抜け出せない背景が語られました。入山さんとすがけんさんの話からは、富裕層を知ること、支出を投資として見ること、会社や事業を手放す勇気を持つことが、厚利少売への道筋として浮かび上がります。
- 唯一の価値があるものは価格競争から外れ、高く売った利益を次の価値づくりに回せる
- 売る側が富裕層の感覚を知らないことが、商品や売り先の判断を誤らせている
- PLだけでなくBSで考え、支出をコストではなく投資として捉える視点が求められている
- 会社は概念であり、事業は高く売れるうちに売って次へ乗り継ぐことで、会社のライフサイクルが続く

