48歳の初投稿で、なぜ手が震えたのか
この回の収録の前日、すがけんさんは自身のYouTubeチャンネルに初めての動画を投稿しました。オープニングでは「すごい人気」とおどけながら、再生数は300回だと明かしています。
すがけんさんは、仕事も辞めてYouTuberになると決めて本当に始めたと話します。初投稿の動画は自分で編集し、3回ほど撮り直したそうです。
編集してるうちに気づくんで、自分の演者力の低さに。編集ディレクターの僕が切れてるんですよ。
すがけんさんによると、構想からはおよそ1ヶ月、ソフトの導入などに2週間ほどかかりました。編集の機能も最初はわからず、最後は3〜4日ほとんど寝ずに作業したといいます。
アップロードした瞬間手震えてました。これ(動画)が世界に出ちゃったと思って。
川原さんが「怖さ」に近いのかと尋ねると、すがけんさんは「多分ね、感動ですね」と答えます。普段は資料も作らず、会議室で話してお金をもらう「演者」だった自分が、久しぶりに何かを作り上げて世に問うたことに心が動いたそうです。
川原さんは、二人がすでにポッドキャストを定期配信し、SNSでも日々発信していることに触れ、それでも違う感覚なのかと驚きます。すがけんさんは、Xで素のまま話すのとは違い、編集まで手がけて「世にお伺いを立てる」行為は本当に久しぶりだったと説明しています。
川原さんはNetflixで番組を2本出したプロデューサーでもあり、自分で編集したものを世に出したときに確かに震えたことを思い出したと共感しています。この回のテーマは、厚利少売に向かう発信の第一歩を「超リアル」に聞くことだと紹介されます。
SNSを過小評価する業界で、なぜあえて発信者側に回るのか
すがけんさんがYouTubeを始めた理由は、広告業界での経験とつながっています。すがけんさんによると、日本ではSNSが約20年前に登場して以来、マーケティング・広告業界ではテレビCMが強く、デジタルやSNSは過小評価されてきました。
一方ですがけんさんは、CMで自社の良いところばかりを大声で伝えるコミュニケーションには、もう皆が飽きていると見ています。企業もSNSで発信し、賛同して広めてくれる仲間を増やす時代になったと考えていたそうです。
すがけんさん自身もSNSでの発信は続けていましたが、あえてバズらないようにしてきたといいます。本来伝えたい人ではない人まで集まるのを避け、友達との会話を楽しみたかったからです。
インフルエンサー五味ちゃんは何万ビューとか何十万ビューの投稿してんのに、僕との会話みたいになるんで。
ところが企業にSNSの大切さを説くうちに、すがけんさんは自分の言葉が「理屈上そうだよね」という理論に聞こえてしまうと感じ始めます。広告業界の中のすがけんさんではなく、外でのビジネス系インフルエンサーとしての側面を作っておくべきだと思うようになったそうです。
危機感とかじゃないですよ。
絡まれるなど面倒なことも思い浮かび、ずっと気が進まなかったといいます。それでも48歳になり、50歳以降にやることではないと考えて、思いついた今やると決めたと話しています。
YouTubeを「遊び」ではなく「本業」にするための退路
川原さんは、なぜ今の仕事を続けたままでは発信に取り組めないのかを尋ねます。すがけんさんの答えは、今のままだと怠けてしまい、YouTubeが「遊び」になってしまうというものでした。
もう怠惰だからやんなくていいじゃないですか。究極言うと、これ(YouTube)遊びだからやんなくていいんですよ。
すがけんさんは時給30万円で企業にアドバイスしていると明かし、その収入がある状態ではYouTubeに本気になれないと話します。目指したのは、広告収益で成り立つ本業としてのYouTubeでした。
すがけんさんは、ビジネス系インフルエンサーには「ビジネス系なのに仕事はうまくいかないのか」という矛盾がつきまとうとも指摘します。だからこそ一度仕事で成功してから、40代のうちに取り組むべきことだと考えていたそうです。
すがけんさんにとって、仕事を続けながら制作会社に撮影を頼むやり方は、結果がわかりきった未来でした。川原さんも、お金を払えばアウトソースで最強のチームを作れてしまうと応じています。
本業を続け、制作会社に頼めばすぐにできる。始めた時点でゴールに達し、新しい負荷もない
仕事を手放し、広告収益でうまくいくことをゴールにする。難しいからこそワクワクする
すがけんさんは、YouTubeを本業にするのは無理だと思った瞬間に、難しそうだからこそワクワクし始めたといいます。そして、本業でやらざるを得ない状況を作るために仕事を辞めました。
どっかでうちのお母さん(がこれを)聞いたら泣くよ。
川原さんは「あんた本当に変な子なのね」と面白がるのではないかと返し、二人は笑い合っています。
人は人から買う。メディアになるという選択
川原さんは、厚利少売の極みのような仕事を手放してまで発信者になる背景を、さらに掘り下げます。事業を伸ばすための発信よりも、もっと根源的な動機に見えたからです。
すがけんさんが挙げたのは、「人は人から買いたい」という欲求です。例として、スマホと顔認証で入店し自動精算されるAmazonGO ── Amazonが展開するレジなしの無人店舗。カメラやセンサーで客が手に取った商品を認識し、退店時に自動で決済される仕組みですが鳴り物入りで登場したものの、広がらなかったことを紹介しています。
すがけんさんはラグジュアリービジネスの手伝いもしており、高価な服を好きに試着して自動で買って帰るような店に行く人はいないと考えています。川原さんも「喜びの部分がごっそり抜けている」と応じました。
すがけんさん自身も、服が好きなだけでなく、洋服店の店員イケベさんに会いたくて店に通っているそうです。その人が着ているジーパンについて尋ね、今ある商品を勧めてもらって買う一連のやり取りが楽しいと話しています。
これって販売員さんとの関係の話なんですけど、メディアの話も多分一緒だと思ってて。
すがけんさんは、人はもう企業がテレビCMで押し出す良さからは買わず、誰かのおすすめから買うのではないかと見ています。今使っているSHUREのマイクも、YouTuberが良いと言っていたから買ったそうです。
すがけんさんは、こうした変化を時代の流れとして説明しています。
物がない時代
昭和の日本では作れば売れ、テレビCMが大きく伸びた
物が飽和した時代
買わなくてもよく、どれが自分に合うかもわからない
レビューへの不信
Amazonのレビューもリコメンドも信じられなくなる
人から買う
信頼できる人のおすすめで買うようになる
媒体社、メディアってミディアムが語源だから、中間って意味じゃないですか。
すがけんさんは、商品と購入者の間に立ち、好きになってもらい追体験として買ってもらえる存在になりたいと語ります。自分自身がメディアになるという道が、仕事を手放した大きな理由だったといいます。
川原さんが中国のライブコマース ── ライブ配信をしながら商品を紹介し、視聴者がその場で購入できる販売手法。中国で特に大きな市場に成長していますを極みの例に挙げると、すがけんさんは、中国はリアル店舗が遠い地域が多いため盛んになったと補足しました。
80歳の後悔が教える、わからないことをやってみる価値
すがけんさんには、48歳であることや今さらYouTubeであることなど、やらない理由もありました。それを越えるきっかけの1つとして、Xで目にしたある80歳ほどの男性の話を紹介しています。
その男性は65歳で定年したとき楽器を始めようと思いましたが、もう65歳だからとやめてしまいました。80歳になった今、あの時始めていれば15年楽しめたと後悔しているという話です。
すがけんさんは、人生が長くなった今、48歳は全然遅くないと受け止めています。ChatGPTを使わないといけないのと同じで、年齢に関係なく世の中の変化に適応しないとつまらなくなってしまうという感覚もあったそうです。
川原さんは、今回の挑戦がビジネスであるだけでなく、人生の豊かさの総量を増やす動きでもあるとまとめます。すがけんさんは、言葉にすると嘘くさいと自分でも思ったものの、初投稿で手が震えるほど感動できたことがその証だと話しました。
でもそんなん(感動)やってみるまでわかんなかったから、ああ、やっぱり退路を断ってやってみてよかったな。
すがけんさんによると、ビジネスの側では5年後に何万人になるかを考えるものの、初手でこれほど心が動くことは想像できなかったといいます。わかった気にならずにやってみることが、いくつになっても大事だと語っています。
最後に川原さんが準備について尋ねると、すがけんさんは動画編集ソフトとは何かを考えるところから始めたと答えます。具体的な準備の話は、後編に続きます。
まとめ
すがけんさんは、YouTubeを遊びではなく本業にするため、あえて仕事を手放しました。その背景には、人は人から買う時代に自らメディアになるという考えと、変化を楽しみたいという人生観がありました。
- 初投稿では、制作者として世に問う行為そのものに手が震えるほど感動した
- 仕事を続けたままではYouTubeが「遊び」になるため、退路を断って本業にした
- 物があふれた時代には、人は企業のCMではなく信頼する人のおすすめから買う
- 48歳は遅くなく、わからないことこそやってみる価値があると語られた



