外資系の「ロボット」から馬へ、2000人の実績とは?
青山ブックセンターでの刊行記念イベントは、著者の小日向素子さんの自己紹介から始まりました。小日向さんは2008年まで外資系企業を中心に、寝ずに働くような生活を送っていたといいます。
小日向さんはその生活の中で、このままでは人間ではなくロボットになってしまうという危機感を抱きました。自分のために自分を生き直す学びの場所を探し続け、たどり着いたのが馬だったと語っています。
小日向さんが馬に出会ったのは2011年です。2014年ごろから企業向けにプログラムを提供し始め、昨年までに延べ2000人を超えるビジネスパーソンが参加しました。小日向さんは『ナチュラル・リーダーシップの教科書』を、この2000人の実績をまとめた本とも言えると説明しています。
渡邉さんが「すごく売れてるらしい」と水を向けると、小日向さんは青山ブックセンターで1位になったこと、紀伊國屋書店の大手町店で2位、Amazonのリーダーシップカテゴリーで5位に入ったことを明かしました。周りには松下幸之助の『道をひらく』のようなロングセラーが並んでいたそうです。
雪の札幌で始まった「感覚全開」のスパルタ研修
イベント当日は渡邉さんの誕生日だったことが荒木さんから発表され、会場は祝福ムードに包まれました。荒木さんの都合で、この日しか空いていなかったという裏話も渡邉さんから飛び出しています。
荒木さんと小日向さんのつながりは、2年ほど前にさかのぼります。荒木さんが教員を務めるグロービス ── 社会人向けのビジネススクールなどを運営する教育機関。経営やリーダーシップを学ぶMBAプログラムで知られていますの受講生が小日向さんの牧場で働いていた縁で、札幌に招かれました。
荒木さんはその札幌行きに、渡邉さんと、COTEN ── 歴史をテーマにしたPodcast「COTEN RADIO」などを手がける会社。深井龍之介さんが代表を務めていますの深井龍之介さんを誘い、3人で訪れたのが最初のきっかけだったといいます。荒木さんは現在、プログラムディレクターとして関わり、小日向さんと毎週Podcast番組名も配信しています。
3人が訪れたのは真冬で、札幌駅からタクシーで20分ほどの距離ながら、四輪駆動のタクシーでなければ来てはいけないと念を押されたそうです。渡邉さんは「近いけど意外に怖い」と振り返ります。
牧場のプログラムでは、3頭の馬と一緒にワークをします。渡邉さんによれば、乗馬のように馬にまたがることはなく、同じように地面に足をつけて向かい合ったり、一緒に走ったりするのが特徴です。
最初がヤバかったですね。着いた瞬間に「とりあえず馬放しますんで捕まえて戻してください」。
最初がスパルタすぎるでしょ。
小日向さんは「この3人ならいけるのでは」と、いきなり難易度の高い課題を出したと明かしました。体重の何倍もある馬が牧場の敷地を離れて山の中へ散歩し出し、3人は1人1頭ずつ、ホルターにリードをつけて四苦八苦しながら連れ帰ったといいます。
何やったら馬さんが怒るとか、どうやったら蹴られるとか全然教えてくれないんですよ。自分で感じろみたいな。
渡邉さんの「教えてくれない」という訴えに、小日向さんは「それが一番大事なんです」と答えています。本の帯にある「理論でなく感覚」という言葉は、まさにこの体験を指しているようです。
渡邉さんが率いるTakram ── デザインとエンジニアリングを横断して活動するデザインイノベーション・ファーム。東京やロンドンなどに拠点がありますのチームは、新しくなったNature Dialogueプログラムのサービスサイトもデザインしました。夏に牧場で3泊ほどの合宿を行い、現地で感じたことをその場で言葉やビジュアルにしながら原型を作ったそうです。
渡邉さんは、東京でZoomを使って進める普段のやり方ではなく、「感覚によって導かれるプロジェクト」を実践したと語っています。サイトは2月に公開されました。
リーダーシップの本に、なぜ馬なのか
表紙が馬の写真であることに、多くの人は「リーダーシップなのに馬?」と驚くはずだと渡邉さんは指摘します。小日向さんは、そのギャップこそ狙いで、驚いて手に取ってもらう姿勢だと笑いました。
小日向さんによると、『ナチュラル・リーダーシップの教科書』は、延べ2000人のリーダーが牧場で感覚から生き直した結果、リーダーシップのスタイルや行動が変わったという話をまとめた本です。前半では、なぜ今の時代に感覚が大事なのかを解説しています。
小日向さんの出発点は、2008年ごろに自分が何を基準に判断しているのか全くわからなくなったことでした。そこで資本主義の外へ、さらに自然の中へと出てみたといいます。
ただ、自然からの応答を受け取るには時間がかかります。最低1か月は農園に泊まり込むような学び方は誰にでもできるものではない、と考えていたときに出会ったのが馬でした。
判断基準を見失う
自分のバイアスや判断の軸がわからなくなる
資本主義の外へ
自分の外側に出るため、まず環境を変える
自然の中へ
自然からの応答に学ぶが、時間がかかりすぎる
馬に出会う
目の前で瞬時に内面をフィードバックしてくれる
小日向さんは、馬が目の前で瞬時に自分の様子をフィードバックしてくれる点を重視しています。意味がわかるまでに時間はかかっても、内面が具体的な事実として現れるため、行動変容がとても早くなると考えたそうです。
数ある動物の中で馬を選んだ理由も、小日向さんは説明しました。馬は人間に寄り添って生きる動物であり、さらにミラーニューロン ── 他者の行動を見たときに、自分がその行動をしたときと同じように活動する神経細胞。共感や模倣に関わると考えられていますが多いと言われているといいます。
小日向さんの見立てでは、群れで生き延びてきた社会的動物だからこそ、馬にはミラー細胞が多く必要になったのではないか、とのことです。小日向さん自身、これは持論だと断っています。
ご主人様に忠実で、従い、おもねる。言葉もある程度理解する
1対1ではなく「群れの中の私」という感覚。誰にもおもねず、毎回その瞬間の関係性を築く
小日向さんは、馬は嘘をつかず、誰にもおもねないからこそ、人のありようを正確に映し出してくれると語ります。
「気が出すぎ」と言われた荒木さん、頭と体のずれとは?
荒木さんは、初めて牧場を訪れたときのアクティビティを振り返りました。馬場の中で馬を走らせたり近寄らせたりする課題で、小日向さんが手本を見せると、馬は指示どおりに動いたそうです。
実際僕が入ってくると、まずね、遠ざかっちゃうんですよね。なんか馬がね。
素子さんからは「ヒロさんちょっと気が出しすぎです」とか言われて。「気を消してください」とか言われて。気消すってどうすんの?みたいな。
荒木さんが体を縮めても、馬は近寄ってくれなかったといいます。荒木さんは、自分が無意識のうちに強い気を出していてそれをコントロールできないこと、人間ならうっすら感じる程度のものを馬はダイレクトに表現することに驚いたと話しています。
渡邉さんによると、馬は人によって態度がまったく変わります。深井さんが入ると違い、渡邉さんが入るとまた違い、翌日には同じ人にも違う反応をするそうです。小日向さんは「翌日どころか5分後でも変わる」と補足しました。
例えば康太郎と初対面で、この人威圧的だなと思っても、ニコニコその場では必ず応対するわけじゃないですか。
荒木さんは、人間は社会性が身についているため違和感を飲み込むけれど、馬はそれを「遠ざかる」という形で即座に示すと説明します。だからフィードバックが早く、わかりやすいのだといいます。
小日向さんは、現代人は大脳新皮質ばかりが働き、動物脳や五感・六感といった体のセンサーが鈍っていると指摘します。それらがバラバラな状態では馬は反応してくれず、気の出し入れもできないそうです。
小日向さん自身、30代の女性として外資系企業で白人男性に囲まれ英語で話す中、ビビっている自分を隠し、早口で強く出ていたといいます。それでも空気としては弱く、自分の空気を自由にコントロールしたいと思ったことが、馬をトレーナーに選んだ理由の一つだったと明かしました。
荒木さんは、頭と体がつながらないまま働くことに慣れきった人は多いと続けます。疲れていてもリーダーだから疲れたと言えない、嫌いな人でも好きだと頭から言い聞かせる、そうするうちに体の声を無視し、頭の方が偉くなっていくといいます。
頭優位で今なんか「怖くないぞ、怖くないぞ」とか思ってるんだけど、体めっちゃビビってるみたいな。
荒木さんによれば、そうした人の発汗や心拍の高まりは馬にだだ漏れになります。指示を出しても身体の所作が伴わなければ馬は動かず、外から見ると心身が一致していない状態だとわかるのだそうです。
心身一致を信じすぎると「わがまま」にならないか
ここで渡邉さんが、あえて疑問を投げかけます。渡邉さんはこのテーマで小日向さん、荒木さんと15回ほど議論してきたものの、意味がわからないままだというのです。
(馬と)うまくいってない時の方が人生多いんじゃなかったっけ?っていうことをまず思ってるわけ。
一致してないって気づけるからこそ学べるじゃんっていうところを議論を展開してみたいんです。
渡邉さんが例に挙げたのは深井龍之介さんのエピソードです。馬が突進してきても逃げなければ馬がぎりぎりで避けてくれる、と言われた深井さんは、理性で「怖がらないことにする」と決め、本当に動かずに耐えたといいます。
渡邉さんは深井さんの行動をすごいと感じつつも、ビビりながら我慢していたのだから心身は一致していない、と指摘しました。さらにスティーブ・ジョブズの「鏡を見て、本当にやりたいことかと問う」という有名な言葉も、「何日か続いたら」「考え直す」という予防線が張られていると読み解きます。
心身一致っていうのを信じすぎると、我儘になれって言ってるように聞こえちゃうんですよ。
これに対して小日向さんは、オーセンティック・リーダーシップ ── 自分らしさや価値観に正直であることを重視するリーダーシップ論。一方で「自分らしさ」に固執する危うさも指摘されていますには「オーセンティシティの罠」があると応じました。内向的だと言われてきた自分の感覚を、そのままでいいとしてしまうと変わることができなくなる、という問題です。
小日向さんは、変わることこそ成長であり生きる意味だと考えていて、その点は渡邉さんと同じだといいます。ナチュラル・リーダーシップでは、言葉ではない外側からのフィードバックに耳を傾け、自分の揺らぎや不一致、変われる可能性に自分をさらすことを提案しているのだそうです。
つまり僕が言ってることは何も間違っていなくて、今一致してないんだよって気づけるかどうかみたいな話。
感覚は否定せず、行動のカードを増やす
荒木さんは、本の88ページにある「感覚と行動の関係」の図を取り上げました。渡邉さんの説明によれば、感覚・感情・思考・行動が横に並び、感覚から行動へ向かう矢印と、行動から感覚へ向かう矢印の2通りが描かれています。
リーダー像やべき論を先に置き、「こう振る舞うべき」を感覚にかぶせて否定する。感覚がだんだん麻痺していく
怖い・嫌いといった感覚はまず認知する。そのうえで、場に応じた行動を選ぶ
ここで言ってるのはさ、感覚しちゃうのはしょうがないってことなんですね。
荒木さんは、嫌いだと感じたときに相手へ「嫌いです」と言うかどうかには選択肢がある、と説明します。会社を辞めたいと思っても、辞めるかどうかは社会的に判断すればよく、嫌だという感情そのものは否定しないことが大事だといいます。
渡邉さんは、社会のべき論に洗脳されて感覚に蓋をしがちだが、まず違和感という不都合な真実に気づいてこそ選択肢を考えられる、と理解を深めました。
荒木さんはさらに、感覚を認知すると社会とのギャップが生まれる点に踏み込みます。そのままぶつければコンフリクトになるため、ギャップを埋める表現のカードが何枚あるかが重要だといいます。
荒木さんは、ネガティブな気持ちのときにポジティブな表現で距離を置くことも大事なカードの1つだと例を挙げました。渡邉さんは「都市生活の中で半ば感覚を殺している、それに気づけということなんだね」とまとめ、「意外にスッと解決した」と笑っています。
荒木さん自身も思考優位で、感覚を殺す側に入りがちだと認めています。責任の重いリーダーほどそうなりやすく、だからこそ牧場で多くの気づきがあるのだと話しました。
リーダーが麻痺すると、チームはどうなる?
渡邉さんは、リーダーが麻痺するとメンバーも麻痺せざるを得なくなると指摘し、ユナイテッド航空の墜落事故を例に挙げました。ポートランドとデンバーの間を飛ぶ国内便が、視界も天候も良好だったにもかかわらず燃料切れで墜落し、乗員乗客11人が亡くなった事故です。
渡邉さんによれば、当時の機長は「サー」と敬称で呼ばれ、その決断は絶対という仕組みでした。自信満々の機長に対し、副操縦士は「燃料が足りないのでは」とさえ言い出せなかったといいます。
機長の権威が絶対
機長は敬称で呼ばれ、決断は覆せない
機長が自信満々に振る舞う
副操縦士が進言しにくい空気が生まれる
誰も違和感を口にしない
燃料不足の懸念さえ言い出せない
燃料切れで墜落
良好な条件下で11人が亡くなる
渡邉さんによると、ある研究者がフライトシミュレーターで機長に秘密裏にミスをさせる実験をしたところ、十中八九同じことが再現されたそうです。研究者は「副機長たちは機長に進言するより死ぬことを選んだ」と結論づけたといいます。
リーダーが麻痺してるとか、リーダーが何か気づいてないっていう時、(中略)誰も自由闊達に意見がコミュニケートできないという状況が生まれる可能性が多いんじゃないか。
小日向さんは、本で示すナチュラル・リーダーシップの3ステップと10の行動様式のうち、この話は7番目「他者のルールの中でも自分の感覚に忠実」に当たると説明しました。相手がヒエラルキーの上でも下でも、また同調圧力の中でも、自分の感覚を手放さないという行動様式です。
小日向さんは同調圧力の例として、周りのサクラが次々に誤った答えを言うと、本人もつい同じ答えを口にしてしまうという実験 ── 社会心理学者ソロモン・アッシュによる同調実験がよく知られています。集団の多数意見に、明らかな誤りでも同調してしまう傾向を示しましたを紹介し、私たちはそれほど同調圧力に弱いと語りました。
荒木さんは、渡邉さんが感性に開かれていて、ときに空気を読まないことを「康太郎力」と呼んでいます。小日向さんも、最初の牧場訪問で渡邉さんが1日目はひどく懐疑的だったと振り返り、渡邉さんは馬に恋に落ちてから一気にノリノリになったと認めました。
これって多分人の見てる領域が違うってだけだと思う。
渡邉さんは、荒木さんも自分が思いもよらない問いを投げることがあると述べ、こだわりの解像度が高い領域がずれていることでお互いが補い合っているのではないか、と話しました。対話は次回へと続きます。
まとめ
馬は人間におもねず、頭と体のずれを即座に映し出します。その鏡を通じて浮かび上がったのは、心身を常に一致させることではなく、まず感覚に蓋をせず違和感に気づき、そのうえで行動のカードを選ぶというナチュラル・リーダーシップの考え方でした。
- 小日向さんは外資系での働き方に危機感を抱き、2011年に馬と出会い、延べ2000人以上にプログラムを提供してきた
- 馬は社会的動物で誰にもおもねないため、人の内面や「気」を即座にフィードバックしてくれる
- 心身一致を信じすぎると現状肯定になるという渡邉さんの問いに、大事なのは不一致に気づけることだと整理された
- 感覚は否定せず認知し、社会とのギャップを埋める表現のカードを増やすことが社会性だと荒木さんは語った
- リーダーが感覚を麻痺させると、チームも声を上げられなくなる危うさがある



