どんな企業でも起きている「説明できない悩み」
第1回では、現象学が人と人との関係性を紐解く学問であること、そしてほとんどの人がそこで悩んでいることが話されました。
今回のテーマは、職場で実際に起こる悩みです。鈴木さんが「講義やワークショップでよく聞く悩みは何か」と尋ねると、露木さんはいくつかの具体的な場面を挙げます。
最近よくあるのは、オンラインでも対面でも、誰も発言しない、空気が凍っている、どんな話をしてもいいよと言っても、みんな様子を見ているという状態ですね。あとはワンオンワンをやっても全然喋ってくれないとか。
さらに大きな話として、新しいミッションやビジョン、パーパスを定めても浸透しない、組織改革のプロジェクトチームを作っても機能しない、といった悩みもよく聞くと言います。
これらは大企業に限らず、大中小どの規模の企業でも同じように起きているそうです。だからこそ露木さんは面白いと感じると話します。
うまくいってないことはわかるんだけれども、でもなぜうまくいってないのかをみんな説明できない。わからないので、また同じ失敗を繰り返すんですね。
「会社が言ってること」になる理念の話
鈴木さんが「うまくいっているケースもあるのか」と聞くと、露木さんは、うまくいく会社はそもそも「浸透させよう」という発想ではないと指摘します。
浸透させるという言葉には、上から下へ押し付けるニュアンスがあると言います。経営層や選抜チームで作った理念が、関与していない人には突然降ってくるものになるからです。
それに全然関与してない人たちは、いきなり降ってきたものを、「もう飲み込めよ」って言われてるのと同じじゃないですか。自分が今まで仕事でやってきたことに、その言葉が全然結びつかないんですね。
露木さんは、誰もが知る大企業での経験を紹介します。その会社は「イノベーション企業」を掲げ、誰も反対はしていませんでした。
ところが職場の雑談会に呼ばれた際、社員から思いがけない言葉が出たと言います。
「イノベーション企業って言ってるけどさ、それって会社が言ってることだよね」って。実際にやってる人が、「それは会社が言ってることで、自分の感覚と結びついてないよ、自分はコミットしてないよ」って平気で言う。これって一体何なんだろうって。
一方で、企業理念を毎日唱和する会社もあります。ただ露木さんは、言葉が自分の経験と結びつかなければ、行動にはつながらないと話します。
空気を感じ取る「身体のセンサー」
話題は会議へと移ります。発言が出ないと悩む上司自身が、本当に何でも言える場を作れているかは別だと露木さんは言います。
意外に上司が「いや、そんなこと言うなよ」とか、自分の考えていることを忖度して発言しろよみたいなオーラを出してたりするじゃないですか。
そのオーラや雰囲気、空気と呼ばれるものの正体は、体で感じているものだと露木さんは説明します。会議に入った瞬間、人はそれを無意識に感じ取り、だから言葉にしない、というのです。
鈴木さんが海外との違いを尋ねると、露木さんはオランダの例を挙げます。オランダはローコンテキストで、意見がどんどん出てくると言います。
日本はすごくハイコンテキストなので、文脈読んでもの言えよ、空気を読んで、空気が読めないと会議に参加することすらできないっていう文化的な背景がある。それは二十一世紀になっても大きくは変わってないんじゃないでしょうか。
空気は企業ごと、さらには部署ごとにも違います。だから転職したときに手探りになる、と鈴木さんも実感を語ります。
私たちの持ってるセンサーって、頭で感じ取ってるものだけじゃなくて、体全体で感じ取ってるものなので、会議に入った瞬間に「今日は凍ってる」とか「今日盛り上がってる」って感じてるじゃないですか。
では凍りついた場をどうするか。露木さんの答えはシンプルでした。
「どうしたらいいですか」って聞かれるんですけど、私は「一回会議やめた方がいいです」って言うんですね。休憩を取るとか、会議室から離れてカフェテリアに行って話すとか。物理的なセッティングを変えるのも一つの手段だと思います。
聞く前に「感覚を合わせる」ということ
悩みをどう考えていくか、という問いに、露木さんは一足飛びには解決しないと前置きしつつ、コミュニケーションの捉え方を広げます。
私たちは普段、コミュニケーションを言葉と言葉のやりとりだと考えます。しかしその背後には、情動的コミュニケーションが常に動いていると言います。
ワンオンワンで「何でも話していいよ」と言われても、上司に聞く姿勢がなければ、話しても仕方ないと諦めてしまう、と露木さんは指摘します。
そこで露木さんがリーダーに伝えているのが、話す時間の配分です。
相手に興味を持ち、ただただ聞く姿勢をとることが大切だと言います。その理由は、人が何かを聞くとき、まず自分の価値観や判断軸で判断してしまうからです。
現象学では、それはちゃんと聞く態度ではないとされます。まずは判断を一時停止し、括弧に入れる。そうすると相手の言葉が違って聞こえてくると言います。
「いやいや待てよ、この人本当は何を言ってるんだろう」って感じ取れるようになる。そうすると相手は「聞いてくれてるかもしれないな」って感じて、ポツポツといろんなことを話してくれるんですね。
鈴木さんが「いわゆる傾聴か」と確認すると、露木さんは傾聴のいろはの「い」の部分だと答えます。相手の話をまとめて良い示唆を返すアクティブリスニングの、さらに手前に「ちゃんと聞く」があると言います。
そもそも信頼関係がない状態ではワンオンワンはできない、とも話します。その場合の提案が印象的でした。
信頼関係がないところでワンオンワンなんてできないですよ。そういう時には、もう一緒に机の片付けとか掃除をした方がいいですよって。散歩でもしたらいいですよって。
一緒に走ると速くなる。「間身体性」の話
一緒に体を動かすと、相手の丁寧さや話すテンポと歩くテンポの違いなどが見えてくると露木さんは言います。そうして体のテンポが合ってくる、というのです。
言葉を塗り重ねるのではなく、まず感覚を合わせる。これが「間身体性」の基本だと露木さんは説明します。
例として挙げられたのが、小学生とオリンピック選手が一緒にマラソンをする企画です。
一緒にオリンピック選手と走ると、いつもよりも速く走れるっていうんですね。教えるとかじゃなくて、言葉もない。一緒に走るだけでいつもより速く走れちゃうんです。
その理由を露木さんは、相手のリズムと自分のリズムが同期し、選手の持つ体のリズムに合っていくからだろうと話します。
鈴木さんは「一緒に歩いている人は足を出すタイミングが揃う」という身近な例を挙げます。速い人は少しゆっくりに、遅い人は少し速くなって、同じペースで歩けるものです。
そこの感覚が合ってこないと、ちゃんと話をするっていうこともできない。でもそういうことに誰も気がついてないんですよね。
鈴木さんが驚いたのは、この感覚的なものにちゃんと名前がついていることでした。
露木さんは、まずこうした身体の次元に目を向けることで、職場の関係性も少しずつ良くなるかもしれないと話します。ただし劇的には変わらないとも言い添えました。
まとめ
職場の発言が出ない、理念が浸透しない、ワンオンワンが噛み合わない。こうした悩みは個人の能力や性格ではなく、場の空気や身体の感覚という次元に根ざしていると露木さんは語ります。言葉の前にある「感覚を合わせる」ことに目を向けることが、関係性を変える出発点になりそうです。
- 職場の悩みは規模を問わず起きるが、なぜうまくいかないかは説明されにくい。
- 上から降ってきた理念は自分の経験と結びつかず「会社が言ってること」になりやすい。
- 場の空気は頭ではなく体全体のセンサーで感じ取っている。
- 凍った会議は、休憩や場所を変えるなど物理的なセッティングの変更が効くことがある。
- 聞く前にまず判断を保留し、一緒に体を動かして感覚を合わせる「間身体性」が土台になる。
