そもそも「ルールの耐久度」とは何か
この回のテーマは、ボドゲ制作における「ルールの耐久度」です。面白さとは別に、こうした考え方があるとManaさんは話します。
耐久度とは、制作者があらかじめ「こうやったら面白いだろう」と作ったルールから、遊ぶ人が逸脱したとしても楽しさが担保されるかどうか、という視点です。
基本的なルールやゲームの流れはもちろん作ります。ただ、それ以外の動き方や遊び方をしても「こういうパターンもありだよね」と成立するか。その逸脱にどれだけ耐えられるかが耐久度だと説明されています。
なぜ「人は間違える」を前提にすべきなのか
なぜこの考え方が必要になるのか。理由はシンプルで、人はやっぱり間違えるからです。
ボードゲームを作るとき、制作者は説明書を分かりやすく、ルールを間違えないように意識して構成します。ですが、そもそも説明書は難しいものだとManaさんは指摘します。
ボードゲームに慣れている人でも理解のハードルは高く、あまり遊んでいない人にとっては、説明書を読むこと自体が大変です。
だからこそ読みやすい説明書にする工夫や、説明書に対する校正サービスも存在します。文字や展開、構成をアドバイスするサービスもあり、しっかり読んで理解してもらうための取り組みです。
ですが、それらを突き詰めても、間違える人は間違えます。いくら制作者が頑張って作っても、間違いは起きるものだと考えられています。
初めて説明書を読んで遊んで、全然違うやり方をしたら「面白くないじゃん」みたいになったら、ちょっともったいないですよね。
せっかく制作者は面白いルールを考えてるんだけれども、買って遊ぶ人が間違えちゃって「このゲーム超つまんないよ」と言われるのも、作者としてはいい気はしないですよね。
そもそも間違えることを前提に考えたほうがいい、という発想も出てきます。作者自身が全プレイヤーにインスト(ルール説明)をし、質問に答え、前準備をするのが理想ですが、現実的にはできません。
自分の手が離れたところだったとしても、ちゃんと楽しく遊んでもらえる、そういう状況を作らなきゃいけない。これはもう義務だと思っております。
間違いだけでなく「意図的なアレンジ」にも効く耐久度
間違えても大丈夫という設計は、どれだけアレンジが効くか、という話にもつながります。
例えば3ラウンドで終了するゲームがあるとします。手札運や場の状況を考えると、それくらいの回数で平均値に収まり、みんな平等に戦える。そうした意図でラウンド数は決められています。
ですが時間がないときに「じゃあ1ラウンドにするか」と変えることもあります。これはルールの間違いではなく、意図的な変更です。
ルールが間違えても大丈夫な作りにしておくと、シチュエーションに応じて遊ぶ人が柔軟に対応を変えられます。本来3人用でも人数が多いから増やす、逆に2人でやってみる、といった調整です。
100%の楽しみではないかもしれませんが、遊ぶ人が自分たちで調整できるゲームは、やはりいいゲームだと話されています。
デジタルにはできないボードゲームの強み
こうした柔軟さは、デジタルゲームにはできないボードゲームの良さでもあります。
デジタルゲームは、あらかじめ決められたルールの中でプレイヤーがどう動くかが問われます。ゲームとしてはそれが重要ですが、決められたものしかできません。
一方でボードゲームは、一緒に遊ぶ人のレベル感に応じてハンデをつけたり、強すぎるものを外したりできます。
勝利条件の点数を下げる、じっくり遊びたいから手札の枚数を増やす、といった調整も可能で、その調整自体が面白かったりもします。
特に手札の枚数や得点計算、プレイ順序、ターンの終わり方などは、ルールを読んでいても間違えやすい部分です。逆に言えば、そこを調整しても面白いという耐久度を用意しておくのがよい、という考え方です。
あらかじめ決められたルールの中でプレイヤーが動く。設定された範囲を超えた遊び方はできない
ハンデや勝利条件、手札枚数などを遊ぶ人が調整でき、その調整自体も楽しみになる
間違ったほうが楽しい人もいる
面白さは、シチュエーションや遊ぶ人によって意外と違います。
作者が想定するプレイヤーのレベル感や理解度を考えると、基本的にはルール通りが一番面白いはずです。ですが遊ぶ人によっては、ルール通りのほうが面白くない場合もあります。
バチバチの駆け引きや殴り合いのような戦いが好みの人は、アレンジを加えて遊ぶこともあります。つまり間違えたほうが、その人にとっては楽しいというパターンもあるわけです。
UNOや大富豪に学ぶ、ローカルルールの生まれ方
身近な例として挙げられるのがUNOです。世界中で有名で、多くの人が遊んだことがあります。
実は、みんながやっているUNOと公式ルールは結構違うそうです。例えばドローツーやドローフォーの「重ね出し」は多くの人がやっていますが、これは公式ルールではないとされています。
誰かがドローツーを出したとき、自分の手札にもドローツーがあればさらに乗せて、次の人が合計4枚引く。ドローツーがいつ切れるのかというドキドキ感が楽しい、とManaさんは話します。
大富豪も同様です。ベースの遊びはシンプルですが、そこから各地方でさまざまなアレンジが生まれています。
数字ごとに意味を持たせる遊び方があり、8切りだけでなく9を「救急車」とするもの、階段がどこまで行けるかといった出し方の違いなど、ローカルルールはさまざまです。
そのため誰かと大富豪を遊ぶときは「どういうルールでやる?」というすり合わせから必要になります。それも、ベーシックなルールの上に、各々がどうやったら楽しいかを考えて派生したものだと言えます。
耐久度の高いゲームは「ルールがシンプル」
こうして見ていくと、耐久度の高いゲームはルールがシンプルなことが多い、という印象が語られます。
ゲームのバランスや整合性を整えるための「ルールのためのルール」がたくさんあるものは、耐久度が低い場合が多いといいます。
なぜなら、それを保つためにルールを足しているので、そのルール一つが間違ったり抜けたりすると、一気にゲームバランスが崩れてしまうからです。
だからManaさんは制作時に「ルールのためのルールになっていないか」を自分で考えます。楽しむためのルール追加なのかを問い、楽しむためであればルールをそぎ落とす発想も必要だと話します。
シンプルになるほど耐久度は高くなります。ジェンガもローカルルールが豊富で、抜く場所に制限をかける、左手だけでやる、何秒以内といった追加は本来ルールから逸脱した行為ですが、状況によってはそれで盛り上がることもあります。
「ゲームのルールはシンプルなほうがいい」という話はよく聞きますが、それはユーザーが理解しやすく正しく遊べるという意味だけでなく、この耐久度の観点も含まれている、と整理されています。
耐久度がリプレイ性・登場機会・売上につながる
耐久度が高いと、ローカルルールが生まれ、状況によって調整ができます。それが何につながるのか。まずはリプレイ性です。
どんな状況、どんな人、どんな時間、どんな場所でも楽しさを再現できると、楽しさが継続し、おのずと繰り返し遊ぶ性質につながります。
さらに登場機会も増えます。修学旅行、飲み会、ボドゲ会。どこへ行っても「これなら誰と遊んでも楽しめる」と持っていけるゲームは、ルールの耐久度が強く、説明も簡単なことが多いからです。
登場機会が増えると、遊んだ経験のある人が増えていきます。それが口コミになり、新たな人が購入し、「あの時楽しかったし遊びやすいから自分も持っておこう」とつながっていきます。
つまりルールの耐久度は、最終的には売れ行きにもつながります。単発のヒットよりロングセラーになりやすく、何年も売れ続けてスタンダードになっていく、という流れです。
ルールの耐久度が高い
間違えても、アレンジしても楽しめる
リプレイ性が上がる
どんな状況・人・場所でも楽しさを再現できる
登場機会が増える
いろんな場所に持っていける定番になる
口コミ・新規購入につながる
遊んだ経験者が増え、売れ行きを下支えする
ロングセラー・スタンダード化
何年も売れ続け、誰もが知る存在になる
ボドゲ以外のサービスにも通じる考え方
ルールの耐久度という考え方は、あまり浸透していないかもしれません。ですが今後ボードゲームを作ろうと考えている人には、少し意識してほしいとManaさんは呼びかけます。
そしてこの考え方は、ボードゲーム以外の世の中のサービスにも言えるといいます。ツールの販売でも、飲食店でも同じです。
みんなが理解でき、すぐに楽しめて、そこから逸脱しても楽しめる。その部分はどの業界でも通じ、口コミやベースの売れ行き、利用率の下支えになる、とまとめられています。
この考えは、他業界からの知見と、実際にボードゲームを作るなかでの考察から生まれたものだと話されています。Xで耐久度について語る人もいるなかで、これはManaさんなりの捉え方として示されています。
まとめ
ルールの耐久度とは、間違えても、意図的にアレンジしても楽しめるかどうかという設計の視点です。人が間違えることを前提に、逸脱に耐えられる土台を用意しておくことが、リプレイ性や登場機会、そして最終的な売れ行きまでを支えると語られました。
- 耐久度とは、作ったルールから逸脱しても楽しさが担保されるかどうかの視点
- 説明書は難しく人は必ず間違えるため、間違えても遊べる設計が制作者の義務
- UNOや大富豪のように、ローカルルールが生まれる耐久度の高さはルールのシンプルさから来る
- 「ルールのためのルール」を足すほど耐久度は下がり、そぎ落とすほど高まる
- 耐久度はリプレイ性と登場機会を増やし、口コミを通じてロングセラーや売上につながる




