何気ない遊びもボドゲになるとはどういうことか
この回のテーマは、しっかりルールを組んで作る作品だけでなく、日常のちょっとした遊びもボドゲになる、という話です。
ボードゲーム作りというと、こういう作品を作ろうとルールを練り上げていくイメージがあります。Manaさん自身も普段はそういう作り方をしていると話します。
一方で、ボードゲームを作る人はアイデアマンが多く、日常を楽しくするために普段からいろいろな遊びをしているのではないか、とManaさんは見ています。
例えば運転中や旅行中に車内でみんなで喋りながら遊ぶゲームや、紙とペンさえあればできる遊びなどです。
ただ、そういうちょっとした遊びは「その場限り」で終わり、ボードゲームとしてしっかり作ろうとまでは思わないパターンが多いといいます。
娘と遊んだ「毛糸一本」の遊び
ここでManaさんは、娘との実体験を語ります。時間が空いてしまい、部屋で何をして遊ぼうかと話していたときのことです。
持っているボドゲをやる気分でもなく、動画でも見ようかという些細なタイミングで、部屋を見渡したそうです。
そこに落ちていたのが、娘の工作の残骸として残っていた、少し長めの毛糸一本でした。
ちょっとこれ(毛糸)使って遊ぼうよみたいな。え?この毛糸で何して遊ぶのさみたいな、そんな会話をしたのを覚えております。
実際に始めたのは、毛糸で何を作ったかを当てる遊びでした。毛糸は一本しかないので、いわゆる一筆書きのような形になります。
細かい加工はできず、曲げてもピョンと開いてしまう状態です。その中で「これはタコです」「これは何々です」と形を作り、何かを当てていきます。
何それ、とてもわかんないよとか、当てられたら、うわすごい、よくわかったねだとか。
簡単なところでは馬や牛といった動物系、豚なら鼻の部分だけを作って当てるといった形で、この遊びはかなり盛り上がったといいます。
ただ、完全にフリースタイルだとアイデアが出にくく、何を作ったのか当てるのが難しくなってきました。そこで海の生物などとカテゴリを絞って楽しんだそうです。
必要なものは毛糸一本だけなので、当時は製品化するつもりは全くありませんでした。それを売るとは何なのか、という感覚だったといいます。
ITTENの新作「ミステリーチェーン」との一致
最近になって、ブランドとしても成り立っている会社ITTENが、ミステリーチェーンという作品を発表するという情報が流れてきたとManaさんは話します。
詳細はまだ公開されていないものの、概要と写真を見る限り、娘との毛糸遊びにかなり近いと感じたそうです。
このゲームで使うのはチェーンです。しっかりした鎖というより、金属製で曲げやすい細めのチェーンだといいます。
それをはてなマークの形をした棒で、真ん中から外へ、外から中へと少しずつずらし、お題に沿ったものを作って周りが当てる、という遊びのようです。
ITTENの作品には時間制限があるものが多く、10秒で変化するといった記載もあったため、10秒ずつ加工して回す形かもしれない、とManaさんは推測しています。
かっこいい、何々っぽいといったお題やヒントのカードがあり、何を作るのかというお題が決まっているようだと話します。
Manaさんは、はぁって言うゲームやボブジテンなど、テーマの中からお題が示されるタイプに近いのではないかと見ています。
一人がやってみんなで当てるのか、みんなでやって最後に何を作ろうとしていたか当てるのか、その詳細はわかりません。
やってることはやっぱり一本の紐ですね。その紐を加工して、それが何なのかって当てる。まさにこれって毛糸一本でやってたものだよなって思った。
一方でITTENの作品は、長細い箱のシリーズでデザインもかっこよく、遊びやすそうだとManaさんは評価します。
お題カードやヒントカードがあり、紐をずらすためのクエスチョンマークの形をした棒までこだわっています。
チェーンには重さがあるので、変にビョンとずれず、スッと動かすとその位置で固定できます。だから遊びやすく、見た目も洗練されていると話します。
同じアイデアを「遊び方の定義」で製品へ昇華させる
Manaさんは、大元のアイデアは自分たちの毛糸遊びとITTENの作品で一緒だったはずだと考えます。問題は、そこからどうやって製品にまで昇華させたかです。
どういうふうに遊ぶのか、いわゆる遊び方の定義ですね。それに価値があるんだと思います。
大元のアイデアで仲間内で遊ぶのは自由です。ただ、それをゲームに昇華させるには、どうやると遊びやすく楽しいかというルールを明確に定義する必要があります。
定義するだけでなく、面白い形へ仕上げていく。そこにボードゲームの価値が出てくる、というのがManaさんの考えです。
当てる遊びを支える「お題」の価値
ここでManaさんは、遊びを成立させる要素として「お題」の重要性を挙げます。
例えばはぁって言うゲームは、「はぁ」の言い方で何を表現しているか当てるのが根幹です。それだけでもゲームは成立します。
しかしそこにお題が入ることで、遊びやすくなります。完全にフリースタイルで何かを当てるとなると、ユーザーは新たに考えることがしにくいからです。
お題の提示、そしてお題があることによって遊びやすいよっていうところに価値があるんだと思うんですね。
この点を、Manaさんは自身が参加したテストプレイの経験から補強します。お題系の作品のテストに参加したときのことです。
その作品は、テーマに沿って自分で設問を作ってもいいし、思いつかない人は裏面の例文から選んでもいい、という形でした。
Manaさん自身は作り上げるほうが面白いと感じてお題を自作していましたが、話を聞くと、多くの人は作り出すのが大変で裏面のお題から選ぶことが多かったといいます。
全員にオリジナルで考えてもらう形にすると、当てる楽しみよりお題を考える負荷が出て、楽しさのポイントがずれてしまう、とManaさんは気づいたそうです。
お題を提示するっていうことも十分遊びやすさ、遊び方の提示、定義になるのかなっていうふうに思います。
はぁって言うゲームがお題違いのシリーズを次々に出しているのも同じ理屈だ、とManaさんは指摘します。一度遊べば自分たちでお題を考えてもいいはずだからです。
それでもシリーズが成り立つのは、考えることがポイントではなく、制約の中で何でしょうと当てるところにポイントがあるからだと話します。
だからこそ、より盛り上がるお題をあらかじめ用意してあげることに価値がある、というのがManaさんの結論です。
何かを当てる遊び自体は、コンポーネントなしでも車の中でできます。そこにお題カードをわざわざ紙に印刷し、それなりの数を刷る。原価もかかります。
それでも作品の形にまとめて提案するからこそ、遊びやすくて面白いものになる、とManaさんは説明します。
コンポーネントとテーマで製品の価値を出す
遊び方が決まった後、製品として仕上げるには、コンポーネントによる遊びやすさも重要になるとManaさんは話します。
チェーンを指でずらすのではなく、クエスチョンマークの棒で動かす。そこに不便さもありつつ、こだわっている感があって楽しい、という点です。
さらに、ゲームの内容自体がシンプルだからこそ、テーマ性が効いてくると指摘します。
ミステリーチェーンという名前は、どんな形になるかわからない、ミステリーだ、という雰囲気を持ち、パッケージも非常にかっこいいといいます。
遊び方の定義がゲームとしての面白さを支える部分だとすれば、デザインやアートワークは製品としての価値を出す部分だ、とManaさんは整理します。
日常の些細な遊び
毛糸一本で何を作ったか当てるような、その場限りの遊び
遊び方の定義
遊びやすく楽しいルールを明確にし、お題を用意して当てる楽しさに集中させる
製品化
クエスチョンマークの棒などのコンポーネントやテーマ、パッケージで製品としての価値を出す
日常の些細な遊びも、どう遊ぶのか、遊びやすさとは何かを提案し、製品の形に仕上げれば、十分ボドゲになるとManaさんはまとめます。
日常の遊びこそ一般ユーザーに届く可能性
Manaさんは、自分も含めて誰もが日常でちょっとした遊びをしていると振り返ります。飲み物をかけたクイズや、忘れてしまうような遊びも含めてです。
日常会話の中の冗談も、お題からずらして話したり、逆張りをしたりと、少し考えながらのやり取りだといいます。そうした些細なものからボドゲは生まれていく、と話します。
むしろそういう遊びのほうが、一般のユーザーに理解されやすく、面白いと感じられる可能性がある、とManaさんは見ています。
ゲーマー向けにルールをガチガチに作り、攻略を楽しむ方向もありです。ただ、日常の些細なものをテーマに挙げるというのもいいのではないか、というのが今回の気づきです。
この視点は、ITTENのミステリーチェーンの発売を知って改めて思ったことだ、とManaさんは締めくくります。
まとめ
娘との毛糸遊びと、ITTENの新作ミステリーチェーンが重なった経験から、何気ない遊びをボドゲにするには「遊び方の定義」と「製品としての仕上げ」が必要だと語られた回でした。
- 日常のちょっとした遊びも、遊び方を定義し製品に仕上げればボドゲになる
- 大元のアイデアが同じでも、価値は「どう遊ぶか」の定義から生まれる
- 当てる遊びでは、盛り上がるお題を用意することが遊びやすさにつながる
- コンポーネントやテーマ、パッケージは製品としての価値を出す部分
- 日常の些細な遊びのほうが、一般ユーザーに届きやすい可能性がある



