「売れなくてもいい」という投稿が気になる理由
この回のテーマは、ボードゲームは売れなくていいのか、という問いです。Mana(マナ)さんが対象にしているのは、世間一般に流通しているボードゲームではなく、同人やインディーズで作品を作る人たちへのメッセージです。
きっかけは、ゲームマーケットの終了後にX上などで見かける投稿でした。ゲームマーケット ── 国内最大級のアナログゲームの展示・即売会。個人サークルからメーカーまで多くの制作者が出店し、自作のボードゲームを頒布する。
もちろんたくさん売れた人もいれば、期待したほど売れなかった人も実際いろいろいるのかなと考えております。
Mana(マナ)さんは以前の配信で、「売れなかった」と言うこと自体が作品にレッテルを貼ることになる、と注意を促していました。今回はそれに関連して、別の言い回しが気になっていると話します。
そもそも(作品は)売れなくてもいいし、ゲーム出れれば十分だし、ボドゲ作るだけでも全然楽しいし。
こうした投稿がぽろぽろと見られるといいます。Mana(マナ)さんは、趣味として作ることも一つの作品を作り上げることも素晴らしいと前置きしつつ、ある疑問を投げかけます。
たくさん売らなくてもいいし、そこを目指してないし、というのは気持ちはわかります。ですけど、じゃあなんでゲームマーケットに出てるのさ、というところなんですね。
作ることが目的なら、なぜゲームマーケットに出るのか
Mana(マナ)さんは、極論として、作ることが目的ならゲームマーケットに出る必要はない、と指摘します。自分で作って満足するだけなら、大舞台で頒布する理由はないという考え方です。
作ることが目的とかであれば、別にゲームマーケットに出る必要はないと思うんですよ。自分で作ってふふってなってればいいわけです。
仲間内で遊びたいだけなら、自分たちが楽しめるボードゲームを作って遊ぶだけで十分だ、とも話します。それでもゲームマーケットに出るのは、別の思いがあるからだと考えられます。
自分がこれが面白いんだと信じたもの、それを同じように面白いと思ってもらえる人たちに届けて楽しんでもらいたい、そういう思いが絶対あると思うんですね。
ゲームマーケットに出る人は、ブースのレイアウトを考え、何ヶ月も前から準備をして当日を迎えます。それだけの労力をかけているのに「売れなくてもいい」と言うことに、Mana(マナ)さんは違和感を覚えると語ります。
結果が思った通りではなかったことを、自分で納得させるためにそう言っているのではないか。Mana(マナ)さんはそう感じてしまうと話します。ただし、これはあくまで個人の見方だとも添えています。
売れなかったゲームは、面白くないゲームではない
Mana(マナ)さんは、売れる=偉い、という話ではないことを繰り返し強調します。売れた・売れなかったという評価は、何部作ったかや自分の期待値に対する相対的なものだ、という整理です。
売れた売れてないというのは、何部作ったのか、自分の中での期待値に対しての相対的な評価というか、自分が勝手に評価をするだけだと思います。
そのうえで、売れなかったとしてもそのゲームが面白くないわけではない、と語ります。自信を持って頒布に行っている以上、まず間違いなく面白いはずだ、という立場です。
つまり売れなかったのは、面白いと思ってくれる人にまだ気づかれていないだけだ、という見方です。だからこそ押し売りではなく、同じ価値観の人に届ける工夫をすればいい、とMana(マナ)さんは提案します。
必要としてない人たちに押し売りをしろと言ってるわけではないんですよ。せっかく面白いんだし、同じ価値観で面白いと思ってもらえる人たちにちゃんと届けていこうよ、ということです。
そもそも広くみんなに遊んでもらいたいという思いこそ、一番初めに狙っていたはずのものだ、とMana(マナ)さんは振り返ります。「売れなくていい」という言葉は、その届けようとする行為自体の足かせになりかねない、と話します。
娘と作った「バーストマナ」から始まった実体験
Mana(マナ)さん自身の経験も語られます。最初の作品バーストマナ ── Mana(マナ)さんが娘とともに作り上げたオリジナルのボードゲーム。番組内で自身の代表作として繰り返し語られている。は、娘とのやりとりから生まれたものでした。
娘とバーストマナのボードゲーム、なんかすげえ面白いのを思いついたね、というので、これはほんと作品にしたいね、というのが、一番初めは作ることが目的だったんですね。
娘と一緒に印刷所へ行き、デザイナーと検討しながら形にしていったといいます。作ることが目的だった当初は、完成した時点で満足していたそうです。
ところが完成してみると、これは面白いから色々な人に遊んでほしい、という欲が出てきたとMana(マナ)さんは話します。この気持ちの変化が、その後の活動につながっていきました。
作った時点で満足だったんですけども、やっぱりこれすっごい面白いし、いろんな人に遊んでほしいなという欲が出てきたわけです。
そこでMana(マナ)さんは、ゲームマーケットに出す前の段階で、ボードゲームジャパンカップというコンテストに応募します。ボードゲームジャパンカップ ── オリジナルのボードゲーム作品を対象としたコンテスト。番組内では、Mana(マナ)さんがバーストマナを応募して受賞したと語られている。
応募の結果、バーストマナは見事に受賞します。表彰式に娘と一緒に行き、そこで初めての頒布も経験したといいます。
ブース設営とも言わないような、ほんとテーブルに並べて、いくらですみたいな、置いておくような形。それが本当のスタートでした。
その場で何人かに買ってもらえたとき、娘は小躍りして喜んだそうです。作る嬉しさ、評価される嬉しさ、手に取ってもらえる嬉しさを重ねて実感したことが、Mana(マナ)さんの原動力になりました。
「売りたい」より「広めたい」に近い気持ち
バーストマナが何千個、何万個と売れているわけではないものの、もっと売りたいと常々思っている、とMana(マナ)さんは言います。ただしその動機は、お金儲けや億万長者になることとは違うと明言します。
決してお金儲けがしたい、ボードゲームで億万長者だ、そういった願いとはちょっと違うんですね。
一方で、売上や利益がまったく不要というわけでもありません。プロモーション費用など活動を続けるための費用がかかるため、収支管理は必要だとMana(マナ)さんは補足します。
無理したら逆に続けられないし、広め続けることができない部分があるので、収支管理はしていきますけれども、根幹は本当に多くの人に届けたいという欲求なわけです。
Mana(マナ)さんは、バーストマナの面白さはまだみんなに気づかれていないと思い続けている、と語ります。その気持ちを、少し極端な言い方で表現します。
ある意味、日本全国民ちょっと一回遊んでみて、ぐらいな気持ちであったりします。
だからこそMana(マナ)さんは、自分の思いを「売れる」というより「広めたい」に近いと整理します。売れなくてもいいという言葉が指すのは売上のことかもしれず、赤字でも広めたい人もいるはずだと理解を示します。
そのうえで、広める必要もないよという思いだけは、自分の気持ちをごまかしているのではないかとMana(マナ)さんは考えを述べます。あくまで個人的な見解だと断りつつ、本音との距離を問いかけます。
自分の可能性に蓋をせず、広めていくために
Mana(マナ)さんは、どうせなら売れないより売れた方が楽しいのではないか、と率直に語ります。売れることそのものより、届いた先で楽しんでもらえることに価値を置いている姿勢がうかがえます。
どうせなら売れないよりも売れた方がいいんじゃない?楽しいんじゃない?と私は正直思ってしまいますね。
たくさん売る、広める、と言うことを恥ずかしく感じる人もいるかもしれない、とMana(マナ)さんは想像します。しかし、いいものはいいと大声で届けることは恥ずかしいことではない、と背中を押します。
自分の気持ちをごまかさず、届ける活動を積極的にやっていってほしい。Mana(マナ)さんはそう呼びかけて、この回を締めくくりました。
自分や仲間内で楽しめれば十分で、ゲームマーケットに出て頒布する必要はない段階
面白いと信じたものを同じ価値観の人に届けたい思いから、頒布や宣伝に踏み出す段階
まとめ
「売れなくてもいい」という言葉を、Mana(マナ)さんは自身のバーストマナ制作の経験を通して問い直しました。売れることそのものより、面白いと思ってくれる人に届けたいという本音を大切にしよう、という回でした。
- ゲームマーケットに出る以上、「売れなくてもいい」の裏には届けたい思いがあるはず、とMana(マナ)さんは指摘する
- 売れなかったのは面白くないからではなく、面白いと思ってくれる人にまだ届いていないだけ、という見方
- バーストマナは娘との「作ること」から始まり、受賞や頒布を経て「広めたい」に変わっていった
- 動機はお金儲けではなく多くの人に届けたい欲求で、そのために最低限の収支管理はする
- 自分の可能性に蓋をせず、いいものはいいと届ける活動を積極的にやっていこう、という呼びかけ



