リブランディングが難航する本当の理由
久下さんは発注側の担当として、事業を作りブランドを作る会社に発注する役目を、外側から経験してきたと話します。
その仕事は「まあまあ大変」だったと振り返ります。デザイン会社は大きな実績になるからこそ、自分たちの表現や最近の流行りを強く出してくる。一方でクライアント側にはやりたい事業のラインがあり、そこに沿っていなければ、どんなにかっこよくても意味がないと言います。
久下さんは、その両者をつなぐ翻訳者のような役目を担っていました。どちらが悪いわけでもなく、二つの足並みや視点を揃えること自体が骨の折れる作業だったと語ります。
何も答えが出ないまま、ずっと費はかさんでいくみたいな。
リブランディングは実は時間がかかる。その見立てがもともと現実的でなかったために、プロジェクトが難航するケースは、自分の経験でも他のケースでも多いと感じているそうです。
ペプシとバーバリー―揺れ動くブランドの実例
久下さんは飲料ブランドのリブランディングを追う中で、ペプシがよく変わることに注目します。ペプシの青は、世界大戦の時に軍を支援する色だったという説があるものの、今の時代にそのストーリーは乗せられません。
そのためリブランディング時の説明では、色に関する言及がほとんどないと指摘します。先進性やロゴとマークの分離、細い線での現代性は語られても、カラーの由来は語りづらいのではないか、と久下さんは見ています。
今はSNSの時代なので、デザインの背景を別の記事で出したりしてよく物語っていましたけど、当時はほとんど語ってなかったように思いますよね。
久下さんは、ペプシの語源が薬局を意味するファーマシーにあり、その語源はさらにギリシャ語で魔術師を指すという話を紹介します。薬局のエナジードリンク、大戦を応援する飲料、宇宙のイメージと、バックグラウンドストーリーは行ったり来たりしてきました。
それでもプロダクト自体はあまり変わらず、強いブランド力を保っている。よく言われる「創業時のメッセージは変えずにプロダクトを変える」という定石とは、逆を行っていると久下さんは指摘します。
共通のキーワードは魔力な気がして。魔力でブランドを再定義しても面白いかもしれないです。
この行ったり来たりについて、石橋さんは「過去の再解釈」という考え方を示します。生まれた経緯は事実として認めながら、今それをどう捉えて発信するかを再定義する。ファッションブランドがクリエイティブディレクターの交代でアーカイブを再解釈するのと近い、と言います。
話題はバーバリーへ。デジタルマーケティング注力のためロゴをサンセリフに現代化したものの、数年でクラシックなロゴに戻りました。石橋さんはその復帰を「おかえり」と感じたと話します。
モバイルで見ても差別化できないなと思ったんです。特徴がどんどんなくなっていくという意味では、ポルシェやフェラーリのように伝統的なシンボルでコミュニケーションすることが強さになるんじゃないかな。
久下さんは、バーバリーにはチェックという最強のアイコンがあるから横並びのロゴでもいいのでは、とも思ったと言いつつ、ブランドアイコンをどう作るかも含めてウォッチャーとして面白いと語ります。
モバイルでの視認性を重視しロゴをシンプルにするが、他ブランドと差別化しにくくなる
ポルシェやフェラーリのように伝統的シンボルを守り、独自性を強さに変える
富士通の実例と、ブランドと事業のつながり
久下さんが最近面白いと感じたのが富士通の事例です。デザイン組織が「リッジライン」という子会社を作り、富士通の名前をつけずにデザインコンサル的なカンパニーを展開している点に注目します。
富士通自体、富士電機の通信部を起源に持ち、もともと社名を外していく歴史があると久下さんは言います。あえて自分たちのアイデンティティを横に置き、見え方をコントロールするやり方が今っぽくて面白いと話します。
ここから話は、ブランドと事業をどこまでくっつけて考えるかという論点に移ります。石橋さんは、自分の中ではブランドとデザインはずっと一緒に繋がっていると語りますが、久下さんは世の中では分けて考えられていることが多いと応じます。
デザインをするにあたって、ブランドのことを意識してデザインできるわけがないと思ったりもするのですが、どうですか。
久下さんは、自分は後からデザイン教育を受け、事業とのつながりや親和性を考える必要に気づいていったタイプだと話します。ビジネスをドライブする人たちの好き嫌いや展開まで含めて考えるブランディングの例は、そんなに多くないのではないか、と言います。
ロゴだけじゃない―費用と価値をめぐるコミュニケーション
久下さんは、実績あるブランドコンサルが経営陣との議論を1年ほど重ね、その費用をもらうコミュニケーションをしていると紹介します。形を出すより、壁打ち相手になり議論を研ぎ澄ませることも立派なデザインの仕事だと語ります。
石橋さんも、役員から現場、工場まで全部ヒアリングし、ドキュメントにまとめてキーワードを抽出することも当然デザインの作業だと補足します。
一方で、そこまでの費用を負担できない、あるいは「ロゴを作るだけなのになぜお金がかかるのか」と考えるクライアントもいます。
ロゴデザインが4桁万円と思わなかった。
久下さんは、クライアントがその程度しか求めていない時に「もっとリソースを割くべき」と言い続けるのはウザがられる、と難しさを語ります。ブランドを作る価値を知らない企業に教えてあげたいという望みと、こちらも仕事だという現実の間で、線引きが難しいと言います。
石橋さんは、デザインは納品して終わりではなく、その先の成功のためにパートナーとして組むものだと考えます。プロセスや社内リソースの必要性を説明し尽くしても理解されないなら、一緒に仕事をしない方がいいと語ります。
いい仕事をするために話し合ってコミュニケーションしているけど、そこで合致しなければやめた方がいいと思います。他のデザイナーや会社はあるので、そういったところと組めばいいと思います。
ブランド資産を守るということ―歴史と物語の記録
久下さんは、有名なブランドほど、それを作るまでの多くの人の努力が当事者以外には見えにくいと指摘します。1年中自社のブランドを全社員が考えている会社はなく、ブランドが資産であるという意識は浸透しづらいと言います。
石橋さんは、その解決策として歴史をきちんと記録し、事実の羅列ではなくストーリーとして語れる形に残すことが大事だと語ります。
ここで石橋さんは、編集工学者の松岡正剛さんの言葉を紹介します。
松岡さんが言っていたのが、「物語は人類が発明した言語の保存様式」ということで。世界中の文化、文明すべて、文字に書き記したこともあれば、ピラミッドに掘ったこともある。
石橋さんは、記憶と意味によって個がつながり、時間軸や世代を超えて継承されていく本質は企業も同じだと考えます。所属する会社では入社時に閲覧できる資料をすべて見て、8000文字ほどのブランディングヒストリーを4、5本書いたと言います。
それを新入社員が読むと「先人たちの努力があって今があるんだ」とリスペクトしてくれる。20代30代のメンバーがそう言ってくれることがありがたいと語ります。
石橋さんは、特許庁の周年イベントを企画した際、コカ・コーラやブリヂストン、花王から社内の知財資料を借りた経験にも触れます。ブリヂストンのロゴデザイン資料を見たとき、それがPAOSの作った資料だったことに感動したと話します。
無邪気なクリエイティブと、コミュニケーションの難しさ
久下さんは、ブランドをコントロールするデザイン部署を持つ会社が増えたと言います。ただ、せっかくデザインシステムやトンマナを整えても、それを尊重せず、デザイナーでない人が思いつきで作ったロゴをプロダクトに載せてしまうケースもあるそうです。
それはブランド資産を毀損する行為ですが、その意識を浸透させるのは難しいと言います。会社が大きくなるほど、ブランドをコントロールするチームの人員や社内的な立場という「パワー」を増やす経営判断が必要になると久下さんは語ります。
石橋さんは、CDO(最高デザイン責任者)を大企業でもきちんと置き、デザインに注力していると社会に発信することで、従業員に大事さを外から伝える方法もあると提案します。
久下さんが難しいと感じるのは「無邪気なクリエイティブ」です。お客さんや社内の仲間のために良かれと思ってやったことが、必ずしも製品やブランドの魅力のプラスになるとは限らないと言います。
良かれと思ってやってくれた人に「ちょっとそれダサいからやめて」みたいなことを言うのは、人間としてしんどいじゃん。
石橋さんは、「ダサいからやめて」は厳しくても、「これこれこういう理由で」と伝えることはあると応じます。それを伝えられていない側の責任もあると久下さんも言いますが、その労力は大きく、綺麗なパスを引くだけでは解決しないと話します。
結局、人は人が好き―物語がブランドをつくる
石橋さんは、この難しさであり面白さは、デザインとブランドが人間と創造性を扱うものだからではないかと語ります。人の気持ちでアウトプットが変わり、社会的背景や時間軸まで考えると生まれるものも違ってくると言います。
久下さんが最近面白いと感じるのは、ブランドの出来上がりよりも、それをどう作ったかという作り手のストーリーの方をみんなが好むことです。
久下さんは、コンピューターから見ればリズムもピッチも崩れた下手なギターや歌の方を、人はやはり好むと例えます。創業者ストーリーや苦労話をみんなが好むのも同じで、物語は結局人を引きつけると言います。
最終的に人は人が好きだなというのは、僕ずっと昔から思っている。
石橋さんは、ソニーの新人研修で使われる「SONY FOUNDERS' SPIRIT」というビデオを紹介します。井深さんや盛田さんの苦労と、SONYの4文字に込められた思いを語るその映像を、最初の研修で見せるそうです。
何千人、何万人になった会社でも、やっぱり原点を知るというのは大事だと思います。
石橋さんは、ブランドの語源が古代スカンジナビア語の「ブランダー」、つまり焼き印にあることにも触れます。中世の陶工が陶器の底に入れたサインが、誰が作ったかという意味とストーリーを乗せてシンボルとして機能したのが始まりだと語ります。
情報価値が乗ったイメージと世界観が乗ると、そのシンボルはただのマークじゃなくなる。
久下さんは、そうしたストーリーや意味が価値になり人を引きつけることは昔から言われているが、それを短く強く浸透させる決め打ちの口説き文句はまだ発明されていない、と言います。
久下さんは、かっこいいロゴを作らなくても自然にブランドになっている会社こそ最強事例だと語ります。石橋さんはこれを、Yコンビネーターの「顧客が本当に望むものを作れ」という考え方と結びつけます。
顧客が本当に望んで喜ぶものを作れば、自然と継続的なユーザーになりファンになり、その体験こそがブランドになっていく。そういう成立の仕方もあります。
久下さんは「無形の価値」という言い方に違和感があると言い、石橋さんも、器という有形のものに意味という無形の価値が乗る、その総体こそがブランドの価値だと補足します。物も重要だ、というわけです。
最後に―サロンパスに見た「意味と効用の全部」
最後に久下さんが紹介したのは、サロンパスのデザインです。バレーボール選手のユニフォームの肩口に、久光製薬のサロンパスのロゴが入っていたのを見て「最強だな」と感動したと言います。
肩というプロダクトの効用が伝わる場所にロゴがあり、スポーツのシーンで見えている。広告もブランドもプロダクトも、そのコーディネートも含めて完成されていたと語ります。
あの意味と効用、全てある。
この回の締めくくりとして久下さんが今後の展望を尋ねると、石橋さんは今の会社を世代を超えて受け継がれるものにしていきたいと答えます。それこそがブランドだと考えているからです。
今の会社を世代を超えて受け継がれるものにしていきたい。それがブランドだと思うので、そこのチャレンジをしていきたいです。
まとめ
リブランディングの難しさは、ロゴを作ることではなく、関係者の視点を揃え、価値を伝え、ブランドに込められた物語を残していくコミュニケーションにあります。久下さんと石橋さんの対話は、ペプシやバーバリー、ソニーといった実例を通して、ブランドの本質が結局は「人と物語」に行き着くことを浮かび上がらせました。
- リブランディングの難しさの核心は、ストーリーラインの構築と意思統一のコミュニケーションにある
- ロゴを作るだけでなく、経営陣や現場へのヒアリング、議論の壁打ちもデザインの仕事である
- ブランドは有形の物と無形の意味の総体であり、その起源や物語こそが人を引きつける
- 費用や価値の理解が合致しないなら、無理に組まず別の相手を探すという判断もある
- 自然にブランドになっている会社が最強で、それはプロダクトそのものの強さから生まれる
