ネット人材バンクからForStartupsへ
久下さんは友人でもある石橋宗親さんを「ムック」と呼び、リブランディングをテーマに話を進めます。
石橋さんは現在、スタートアップ支援を行うForStartupsでブランドのデザインを手がけています。同社はかつて「ネットジンザイバンク」という社名でした。
ネット人材バンクからForStartupsに、そのブランドを変えるというか、リブランディングしようとなった要因は何なんですか。
石橋さんによれば、そもそも人材紹介業をやりたくて始めた会社ではなかったと言います。
代表の清水祐一郎が、40歳の時に、ドゥーダというビジネスを立ち上げたけれども、失われた30年と言われる日本の社会に果たして寄与しているのかという問題意識があって。
それで、シリコンバレーやアメリカの経済成長を見て、スタートアップ、新しいビジネスを作る人たちのためにビジネスを始めようという考え方があった。
つまり将来的なビジョンが先にあり、まず自分たちができるところから着手した結果が「ネット人材バンク」という分かりやすい社名だったと石橋さんは説明します。
当時からビジョンは「ForStartups」で、ビジョンのロゴまで作り、ステッカーを配布していたそうです。
孫泰蔵さんが清水に、本質的にはそのForStartupsというブランドに変更した方がいいんじゃないかということがあって。そこが起点になってプロジェクトが始まっています。
久下さんは、これをプロダクト名が社名に昇格するようなニュアンスだと整理します。現STORESもHeyから社名を主軸ブランドに統合した例だと振り返りました。
PAOSで学んだ「経営コンサルタント」としてのデザイン
石橋さんが依頼を受けたのは、社名変更がすでに決まった後でした。当時デザイナーは社内に一人しかおらず、手が回らないという状況で声がかかったと言います。
石橋さんのファーストキャリアはCIを手がけるPAOSでした。今回のForStartupsは、ある意味で原点回帰でもあります。
その後はイベントプロダクションに5年在籍するなど、上流のブランディングから離れた時期もありました。すでにある枠の中で、ブランドをいかに体験させるかを考える仕事だったと言います。
リブランディングの仕事では、経営陣や組織の話にどのくらいのリソースを割くのか。
石橋さんは配分を明確に説明するのは難しいとしつつ、PAOSの基本的な作業モデルを挙げます。
調査、分析で集めた情報を整合して、戦略の方針の仮説を立てて、プレゼンテーションして、経営層の合意が得られて、社内発表に向けていろんなプロジェクトが進む。
重要なのは、クライアントの声だけでなく市場や競合まで含めた総合的な理解のフェーズだと石橋さんは強調します。そして経営者という人間そのものの理解も重要だと話しました。
久下さんは、それは世の中がイメージするデザイナーというより、経営コンサルティングに近いと指摘します。
石橋さんは、PAOSが自らを何と定義していたかを明かします。
PAOSって社内では、デザインを切り札とした経営コンサルタントっていう表現をしてました。
戦略コンサルタントのメソッドと、デザイナーとしての特殊能力を掛け合わせる。それがPAOSという略称の由来だと石橋さんは説明します。
中西さんの言葉ですけど、優れたシンボルは思想の凝縮っていう言葉があって。背景に思想や哲学がないと、そのシンボルが何者なのかを語れる領域がどうなのか、という話なんですよね。
一方で、先に形があってそこに意味がもたらされるケースもあると石橋さんは付け加えます。形と意味のどちらが最初かという往復こそ面白いところだと語りました。
イッタラ、リモワ、ノキア:リブランドの賛否を読み解く
話題は身近なグローバルブランドの事例へ移ります。久下さんはまずセブンアップのリブランドを挙げました。
セブンアップは数年前にスポーティな印象へリブランドされましたが、日本市場からは撤退しており、本国とは異なるビジュアルで流通しているといいます。同じブランド名でも国によって見え方やコントロールが違う点に、久下さんは難しさを感じています。
続いて話題になったのがイッタラのリブランドです。赤い丸に「i」のマークをめぐって、評価が大きく分かれました。
あの赤いマークは、もともとイッタラのマークではなくプロダクトのマークだった。それをみんな浸透して知ってしまったから、イッタラ=あれになっている。
久下さんは、作る側が意図を持って進めても、ファン心理から「それじゃない」と受け取られてしまう点に、リブランドの難しさがあると話します。
石橋さんは、個別の背景がわからないので考察が飛び交っている状況だとしつつ、自身の見立てを述べます。
普通のプロダクトブランドからライフスタイルブランドに変革する。それがファッションの文脈に乗っかっていくところがあったりすると思うんですよね。
リモワの例も挙がりました。LVMHに買われてから、銀色のイメージだけでなくペールトーンのカラープロダクトを展開するようになった変化です。
昔からいるファンの期待は最初はちょっと裏切っちゃったけど、だんだんしっくりきて、みんな気にしなくなるみたいな例もあったりする。
久下さんは、批評を気にしてデザインすること自体が間違いだと考えを示します。
リブランディングで世の中の話題や批評を気にしてデザインするのは、ちょっと間違っていると思っていて。自社の戦略と次の顧客を考えながらデザインするのがまずあると思う。
戦略に今の顧客が合わないなら、どこまで維持しどこまで新領域を開拓するかを考える。IKEAも相当デザインが変わってきていると久下さんは付け加えます。
ノキアの事例も話題になりました。もとはゴム・長靴を扱う事業体だったのが携帯事業に転換した歴史に、二人は驚きを共有します。
注目されている証でもあり、イッタラやリモワのように議論を呼ぶ
注目すらされていない可能性があり、それはそれで議論の余地が残る
ファンタや生茶に学ぶ「変えすぎない」チューニング
石橋さんは、大きく批判されないリブランドの例としてファンタを挙げます。
ファンタはめちゃくちゃブランド変えてるんだけど、あんまり叩かれてるの見たことないじゃん。ロゴの変遷を見ると、そんなドラスティックに変えてないんだよね。
生茶も同様で、少しだけの新鮮さを保つやり方があるのではないかと石橋さんは指摘します。久下さんはこれをチューニングと呼びました。
さらに久下さんは、同じブランド名の中に顧客の年齢層や文化の差が混在する難しさに触れます。
いろんな矛盾を超えていかなきゃいけない。ガラスとか分かりやすいものならいいけど、もっと複合的なリブランディングはできなくない?みたいなのを見てて。
石橋さんが「どういった矛盾か」と尋ねると、久下さんはコングロマリットの例で説明します。保険も金融もECもハードもソフトも手がける企業では、親ブランドとサブブランドのネーミングシステムを全社に完璧に適用するのはほぼ不可能だと言います。
粗が目立たないようによしなに組み込んでいくのが、実際にリブランディングを手掛ける人が絶対超えなきゃいけない壁なんだけど、デザイナーはそういうのを認めるのがみんな嫌じゃん。
久下さんは、デザイナーが感じる違和感は健全なものだとしつつ、それでも超えなければならない場面があると話します。
そして、大きなコングロマリットを綺麗にリブランドするには、会社の初期からブランドを意識した母体であることが重要だと述べます。CIの価値が広がった後に生まれた企業は事業とブランドをずれないよう組み立てられている一方、それ以前からある企業や、セールス優先で拡大した企業ではハードルが高いと指摘しました。
強い経営者と外部プロフェッショナルが乗り越えた大変革
久下さんが「既存の大企業ではリブランドメソッドがあまり効かない」と語ると、石橋さんは過去の日本企業の事例を挙げます。
トリオがケンウッドに、福武書店がベネッセに、キーストーンマークだったブリヂストンが現在のブリヂストンへ。伊藤忠のCI変更は、取締役が何十人も出る会議で決まったと石橋さんは振り返ります。
最後のCIの変更は取締役が何十人も出るような会議だったらしいんですけど、本当にもうグローバル企業になってた時ですよ。それでも大変革をした事例はあるので。
NTTの事例も挙がりました。当時の社長、電通、PAOS、そしてグラフィックデザイナーの亀倉雄策氏が関わって会社が変わっていったと石橋さんは説明します。
当時の営業所には「公衆黙り」という呼び方があり、今聞くとひどいそのワードもサービス企業として変えていったといいます。内部の変革も含めた取り組みでした。
経営者の意思と、そこに外部専門家としてのプロフェッショナルのチームがいて、物事を進めていく。丁寧な緻密な作業が必要になりますけど、そういうことをすれば、いろんなことは乗り越えられると思います。
久下さんは、こうした地道な調整こそがリブランド成功の本懐だと認めます。一方で、話が生臭くなりがちで、ブランドをやりたいデザイナーには好かれにくい話題でもあると指摘しました。
鍵を握るのはクライアント側のブランドチーム
久下さんは、意匠や表現を担当する人と、その間に立つクライアント側のブランドチームとの関係に注目します。
会社に頼めば全部できると思われがちだが、実際は依頼する前の自分たち自身がすごく頑張らなければならない。そのことは意外に知られていないと久下さんは話します。
事務局として社内の調整をしたりとか。
石橋さんは、そうした人間的なやりとりやドラマこそが魅力でもあると語ります。
結果的に発表して、好みが変わっていくのをリアルに見れるので、クライアント側の担当者もすごく良い経験になるし、生き生きとします。
まとめ
前編では、ForStartupsのリブランドを起点に、ブランドデザインが見た目より前に思想や戦略、そして組織と向き合う仕事であることが語られました。イッタラやファンタなど身近な事例を通して、リブランドの難しさと面白さが浮かび上がります。
- ForStartupsは将来のビジョンが先にあり、社名がビジョンに合流する形でリブランドされた
- PAOSは自らを「デザインを切り札とした経営コンサルタント」と定義し、思想の凝縮としてシンボルを捉えていた
- リブランドは世の中の批評ではなく、自社の戦略と次の顧客を軸に判断すべきだと久下さんは考える
- ファンタや生茶のように「変えすぎない」チューニングも一つの正解になり得る
- 大企業の大変革を可能にするのは、強い経営者の意思と外部プロフェッショナルの緻密な作業、そしてクライアント側の組成チームである
