デザイン携帯の時代は「めちゃくちゃ」だった
話は2000年代のデザイン携帯ブームから始まります。auのデザインプロジェクトを旗振りしていた砂原さんの名前が挙がり、今はKDDIでWeb3系のバーチャルシンガーなど新しいデジタルコンテンツの事業に挑戦していると紹介されます。
砂原さんはかつてインフォバーauのデザインケータイシリーズ。深澤直人がデザインを手がけ、鮮やかな配色とタイル状のボタン配置で知られる。を旗振りした人物です。最近はクラウドファンディングでApple Watchが入るインフォバー型ケースという「謎プロダクト」を出したところ、思いのほか売れたといいます。
久下さんは、当時インフォバーが好きだった人が今はiPhoneを持っている、そこにApple Watchケースを重ねる構図をメタ的で面白いと語ります。
そこから、あのデザイン携帯ブームの表現のぶつかり合いは、実は携帯である必要はなかったのではないか、という仮説が出てきます。
人が持ちやすいものは何だったら何でも良かった説があって。意外に、あの手法は他の産業製品で今やっても面白いかなと。
デザイナーバトルロイヤルみたいな感じでしたもんね。
風呂に浮かぶ携帯と、飛び道具が評価された時代
二人が知り合ったきっかけは、2008年か2009年頃のLG主催のケータイデザインコンペでした。iPhoneが登場し、次をどうするか各社が模索していたタイミングだったと江口さんは振り返ります。
まだiPhoneがそこまで脅威に思われてないぐらいのタイミングのコンペで。みんな面白いこと考えてましたよね。
久下さんが当時の応募作を見返したところ、江口さんの案は携帯を風呂に浮かべるものでした。しかも単に浮かべるだけでなく、上部をくぼませて水が入るようにし、水と一体化させる意図があったといいます。
すげえ攻めたこと言ってるし、これにアワードをちゃんと与えてもらえる時代だったんですよね。
一方、久下さん自身の案はカメラのフォーカス機能を備えた携帯で、今では実現されているような内容でした。ただ、あの種のコンペでは飛び道具が期待されるため、実現可能なアイデアは物足りなかったと苦笑します。
いいねの数は、いいものの証明になるのか
当時は誰も見たことのないものを発表しやすかった時代だった、と江口さんは語ります。今はSNSで数値化される時代になったことに疑問を感じているといいます。
いいねがたくさんつくものが本当にいいねなのかっていうところがあって。クリエイションとしては、逆にいいねがいっぱいつかない方がいいんじゃないかとか思ったりする。
これに対し久下さんは、SNSマーケティングに詳しい人から聞いた話を紹介します。いいねの数は今やあてにならず、届く人に届いていなくても数字だけを作る手法が確立してしまっているというのです。
そのため、インターネットマーケティングが上手い人ほど、いいねの数ではなく、届けたい相手にきちんと届いているか、コンバージョンまでつながっているかを見ているといいます。
深澤直人のドーナツ型加湿器という「よく作った」プロダクト
話題は2000年代に感化された製品へと移ります。江口さんは、深澤直人がデザインしたドーナツ型の加湿器を例に挙げます。
他の製品はもっと使いやすく作ってるんで当然そっちの方が使いやすいんですけど、でもこっちの価値の方がいいよねみたいな。今のいいねで言ったら使いやすい方が支持されるんでしょうけど、そうじゃなくてこうでしょみたいな。
この加湿器はプラスマイナスゼロ深澤直人がデザインディレクションを手がけた家電ブランド。当時タカラトミーが展開していた。の製品で、鳥取産業が製造に関わっていたと久下さんは明かします。
ドーナツ型の継ぎ目のない形状は、UV溶着した後に全て手作業でコンパウンド仕上げされており、当初はバイクのカウルを磨く職人が担当していたといいます。
一方で、初期バージョンには弱点もありました。ドーナツ部分を垂直に外す構造のため、使用後に水が本体側へ入り込んで故障しやすかったと久下さんは自身の体験を語ります。
サポートセンターに壊れたって話したら、開けてもらって「水が入ってますよね」って言われて。いやそれでダメって言われても加湿器だしなと。
それでも江口さんは今もこの加湿器を使い続けていて、カルキが白く固まる特徴も含めて元気に動いていると笑います。
「フィジカルが感じる喜び」は若い世代にもあるか
江口さんは自身の事務所にいる20代のスタッフと、造形や部屋への置かれ方、フォルムを見て気持ちがスッとするといった感覚が共有しづらくなっていると打ち明けます。
2000年代と2020年代では社会の論点が違い、話がやや噛み合わないこともあると率直に語ります。ただし、その感覚を失ったらどうなるのかという怖さもあると続けます。
造形大事ですよねって言ってはくれるんですけど、もうちょっとふんわり全体の話を今はしてるなって感じがして。あの感覚をなくしたらどうなっちゃうんだろうっていう怖さもあって。
一方で江口さんは、若い世代がフィジカルな喜びを失ったとは考えていないとも言います。むしろ食に関するセンサーは今の若い世代のほうが優れていると指摘します。
食系のD2Cブランドやファッションで新しいものが次々に生まれ、事業として成り立っているのは、フィジカルな喜びを感じ取る力がある証拠だといいます。問題は、産業側にそうしたコンテンツを出す余力がなくなったことだと分析します。
スマホケースに残る、デザイン携帯の面白さ
江口さんは、面白いスマホケースが多いことに注目します。斜めがけできるもの、透明なケースの内側にシールを入れて飾るものなど、多様な表現が生まれています。
久下さんは、携帯そのものの機能とは関係なく形や大きさで遊ぶケースは、かつてワクワクしたデザイン携帯の文化に近いと語ります。
その背景には、供給する側の変化があります。ハードウェアの携帯はauなど限られた企業しか作れませんでしたが、ケースになった瞬間、多くのプレイヤーが参入できるようになったという指摘です。
韓国のおしゃれなアパレルショップで、子どもが「かっこいい」って携帯ケースを買ったんですよ。液体をドロッと垂らしたようなフォルムで、すげえでかいけど、まあ確かにかっこいい。
選ぶセンスは今の若い世代にもあるものの、あの大きくて場所を取る加湿器のようなものを世に出そうとする産業側の気概がなくなっているのではないか、と二人は話します。
それだけ社会が今苦しいというか、簡単には突破できない感じになってきてますよね。
あの加湿器を市場に出すのは相当なギャンブルであり、家電とは異なる業態のタカラトミーが手がけたこと自体、何重にもすごい決断だったと振り返ります。
久下さんは、この製品が深澤直人が講師を務めたリ・ソートソート深澤直人が社会人向けに行っていたデザインワークショップ。ダイヤモンド社などが関わっていた。というワークショップと同時期のものだったと補足します。ワークショップでは、日立のデザイナーがカニ飯のパッケージという名目で、五軸NCを駆使してリアルな甲羅を四角い形で作った例なども生まれたといいます。
Teenage Engineeringに見る「制約が生む差別化」
久下さんは、シンプルでエモーショナルなデザインというジャンルが、Appleの影響を受けすぎて今は発見しにくくなっていると語ります。
そんな中で江口さんが評価するのがNothingスマートフォンやイヤホンを手がける新興ブランド。透明筐体やLED表現など、Appleとは異なる独自路線で知られる。やTeenage Engineeringスウェーデンのオーディオ機器メーカー。シンセサイザーやサンプラーなどで、遊び心のある独自のデザインで知られる。です。江口さん自身もTeenage Engineeringのサンプラーを購入したといいます。
ここで働いてる人楽しいだろうなっていうのが物やサービスから溢れ出てて。考えてる人絶対ニヤニヤしてるよなとか。
久下さんがTeenage Engineeringで最もすごいと感じるのは、無印良品やAppleに影響された時代にセオリーとされていたデザイン言語を全て取り払っている点です。それでもユーザーは普通に受け入れているといいます。
話は板金加工へと広がります。プロダクトデザイナーの間では板金で何か作るのはきついと思い込まれがちですが、意外と頑張れるし、それこそ腕の見せどころだと二人は語ります。
何でもありの条件よりも、ちょっと狭い方が意外と頭をめちゃくちゃ使うんで、突破できるような時はありますよね。
制約があるからこそ強制的に差別化され、そこに集中できる。何でもやっていいと言われるほうがかえって難しい、という実感が共有されます。
当たりをどこにつけるか難しい。横幅がめちゃくちゃあるコースでゴルフをするようなもの。
頭を使って突破でき、強制的に差別化される。ある程度絞られているから研ぎ澄ませられる。
久下さんは、強固なブランドと歴史を持つ企業が少しずらして作るものは強力なインパクトを持つと語り、虎屋室町時代創業とされる老舗和菓子店。虎屋菓寮などのカフェ業態も展開している。を例に挙げます。不変のプロダクトがあるからこそ、虎屋カフェのようなサブブランドが研ぎ澄まされて見えるといいます。
自社を「これしかできない」とネガティブに捉える企業もありますが、世の中のほとんどの企業は専業で成り立っており、そこから時代に合わせて組み替えて生き残ってきた、とそこまで悲観することではないと久下さんは話します。
省エネで作る、大阪のデザインコミュニティ
後半は江口さんが取り組むデザイナーコミュニティの話へと移ります。大阪ではコロナ禍の前後にデザインウィーク的なイベントが途切れ、何年も空白が続いていました。
やりたい人は多いのに、足りないのはプラットフォームだと江口さんは考えました。そこで、いかに手を抜いてプラットフォームを作れるかを追求したといいます。
鍵はお金をもらわないことでした。お金をもらうと責任が生じ、ケチをつける人も出てくる。運営できるギリギリの線を探り、自分の事務所でウェブサイトなどの費用だけを出す形にしたと語ります。
参加したい人が名乗ってくれたらWordPressのログインIDを渡すんで、日付と場所だけ決めて、あとは自由にやりましょうっていうデザインイベントを今年立ち上げるんですね。
こうして立ち上げたのが「デザインウィークエンド大阪」です。9月13日から16日にかけて大阪各所で開催され、参加は集まらないだろうと思っていたところ、30近いイベントが集まりそうだといいます。
夏祭りになったらどこからともなくヤンキーが湧いてくるじゃないですか。あの感じに似てて、普段どこにいるの?みたいな。
独立適齢期のデザイナーが集う「COMPOSITION」
江口さんは6年ほど前から「COMPOSITION」というグループ展形式のイベントも続けています。何回か参加した人や一定の年齢を超えた人は自分でイベントを作る側に回る、卒業制度のような仕組みを設けているといいます。
主なターゲットは25歳から35歳のデザイナーです。この年代は独立を悩む「独立適齢期」にあたり、独立したらどんな感じかを疑似的に感じてもらう狙いもあると語ります。
さらに江口さん自身の実利的な目論見もありました。小さな会社ゆえに仕事を受け切れないとき外注に頼ることになりますが、誰にどんなテーマを渡せばどんな回答が返ってくるかを知りたかったといいます。
疑似的に僕がテーマを決めて、こういうテーマだったらこういう人たちはどんなことを考えるんだろうってやり始めた。人が作ったものばっか見てたら作りたくなってきて、自分も今参加してて。
今年はさらに下の学生から25歳までの枠組みも新設し、3組が参加しています。中にはすでに独立している若い人もいて、これから業界を背負っていく世代が育っていると江口さんは手応えを語ります。
途切れないシーンを、省エネで各地へ
久下さんが関西のデザイナーシーンは熱いのではと問うと、江口さんはそうあってほしいと応じます。福井県のオープンファクトリーイベント「RENEW」など、町規模でイベントをやることへの憧れがあったといいます。
大阪のシーンが一度途切れた経験から、江口さんが重視するのは定着させることと、限りなく省エネで運営することです。運営事務局はやりたくないと明言しつつ、それでも成り立たせられれば他地域でもフォーマット化できると考えています。
将来的には、2〜3年後に京都や神戸と同じタイミングで接続したいという構想も語られます。1時間・ワンコインで行き来でき、100イベント規模になれば、週末に遊びに寄る気持ちになってもらえるのではないかといいます。
1時間でワンコインでお互い行けるんで。100イベントぐらいに多分なってくるんで、週末ぐらい遊びに寄るみたいな気持ちにもなってくれるのかなと。
最後は、収録前や放送できない業界ゴシップ的な話も盛り上がったと笑いながら、ディープで懐かしい話が多かった回だったと締めくくられます。
まとめ
デザイン携帯ブームやドーナツ型加湿器を通して、フィジカルなプロダクトデザインの「攻めた表現」が今は生まれにくくなっている背景と、制約や省エネの発想からデザインシーンを育て直そうとする試みが語られた回でした。
- デザイン携帯の表現のぶつかり合いは携帯である必要はなく、持ちやすいものなら何でも成立した可能性がある
- いいねの数はいいものの証明にはならず、届けたい相手に届いているかを見るべきだという視点が共有された
- 若い世代もフィジカルな喜びを感じる力は持っており、失われたのは産業側がそれを出す余力だと分析された
- Teenage Engineeringや板金加工の例から、制約があるからこそ差別化され集中できるという実感が語られた
- 大阪では「お金をもらわない」省エネなプラットフォームとしてデザインイベントを立ち上げ、各地への接続を構想している
