『ディープスキル』が生まれた背景
番組冒頭、久下さんは石川さんの著書『ディープスキル』を「誰にでもおすすめできる」と紹介します。
この本は新規事業のアイデアの出し方ではなく、それをどう現実に着地させるかを扱った、ヒューマンスキル寄りの内容だと久下さんは受け止めています。
最初2冊書いた時は、まだ新規事業についての本って世の中にあんまりなくて、どうやって考えたらいいのよとか、どうやってプランにまとめるのよってあんまりなかったから、その時はその時で結構新鮮だったはずなんです。
だけど、あそこからもう7年ぐらい経ってるので、いわゆるHowto情報がいっぱい出回ってるんですよね。だからもうそこでやってもしょうがないなと思って。
石川さんによれば、今は世の中で見かける事業案が「全然ダメ」というものは少なくなり、そこそこちゃんとしているものが増えたといいます。
それでも事業が生まれているわけではない。社内で企画が通らない、あと一踏ん張りできない。そうした「もういい案なのに」という現実の壁に注目したのが本書だと語られます。
ディープスキルとは、石川明さんの著書。組織と人を巧みに動かすための、深くてさりげない技術をまとめたビジネス書で、5万部ほど売れたと本編で語られています。
フレームワークとデザインシンキングの落とし穴
話題は、多くの人がすぐ学ぼうとするフレームワークに移ります。
綺麗にまとまると、それで満足しちゃうんですよね。
久下さんは、フレームワーク本は学ぶこと自体は簡単だと指摘します。問題は、それでうまくいくならみんなうまくいくはずだ、という点です。
この流れで、一時期流行したデザインシンキングの話に及びます。久下さんは、その本質は平たく言えば「ちゃんと考えましょう」に帰結するのではないかと話します。
もともと提唱者はHowtoを細かく規定せず、マインドセットに近いものだったはずが、流通する過程でHowto化していったと久下さんは見ています。
デザインシンキングとは、ユーザー観察や試作を重視し、課題解決に向けて発想するための考え方。本編では、本来はマインドセット寄りだったものが手法として広まったと語られています。
Howtoをやらないとコンサルの人が商売にならないから、そういうのを入れてっちゃうんだと思うんですけど。
二人が出会ったきっかけも、この曖昧さにありました。石川さんは自分の仕事を「デザインシンキングですよね」と言われ、逆に「それはどういうものなのか」を確かめようとしたといいます。
デザイナーに聞けばいいんじゃんと思って。ただ僕、デザイナーの知り合いがそんなにいなかったから、いろいろきっかけ作って動き回ったところで出会ったんですよね。
その場が、ブランディングデザインの西澤さんの勉強会でした。
西澤さん/エイトブランディングデザインは、本編で石川さんと久下さんが出会うきっかけとなった勉強会を主宰していた人物・デザイン会社として言及されています。
デザインとビジネスの間に立つということ
久下さんは、自身がデザインとエンジニアリングの両方を扱う立場から出発したと振り返ります。
当時、ソフトウェアのコードもハードウェアの機械設計もこなす「デザインエンジニア」が出始めた頃で、久下さんはそこにビジネスを掛け合わせる道を選んだといいます。
デザインとエンジニアリングとビジネスみたいなのを、日本で最初に言ってたの僕なんですけど。
メーカーにいた頃から、デザインには常にお金の話がついて回ったと久下さんは言います。
たとえば量産される家電では、色をつけるだけでも1台あたり1円2円のコストが原価率に大きく跳ね返ります。工業デザイナーは常にお金と戦っているという感覚が、新規事業の現場で生きたと語られます。
一方で、当時のデザイナーの多くは「デザインシンキングとは何か」と問われても、うまく答えられなかったといいます。
デザイナーって、そのロールじゃないので。だから、それがビジネスサイドの人や事業を立案する立場の人からすると新鮮だったんだと思います。
久下さんは、デザインという言葉自体が、立場によって解釈の異なる幅広い概念だと整理します。表現に軸を置く人もいれば、ビジネス全体まで扱いたい人もいる、というわけです。
デザインシンキングとは何か、って考え始めると、僕が思うデザインシンキングはこうですよ、という以上には多分いかない。もうそれでいいんだろうなと思います。
なぜ石川さんは「言葉」にこだわるのか
石川さんは、久下さんに「従来型のビジネス畑の人たちの中で、デザインバックグラウンドの人はどこで役に立てると思うか」と問いかけます。
久下さんの答えは、意外にも自分は「デザイナーっぽい話」をしていないというものでした。
なんで俺はこの色を提案しようとしてるのか、みたいなのは、結構言えないと自信が持てないタイプなので、割と言葉にはうるさい。
同じことを指しているのに言い回しが違う資料が出てくると、久下さんはひどく気になり、プロジェクト初期はまるで小姑のように言葉をそろえにいくといいます。
正解も不正解も自分たちで決めなければならないからこそ、言葉にこだわるのだと久下さんは語ります。
石川さんもまた、戦略コンサル出身者と競合する中で、言葉こそが自分の勝負どころだと考えています。石川さんは、事業とは「負の解消」だとする師の教えを軸にしています。
負の解消とは、石川さんが師である倉田真由さんから受け継いだ事業観。顧客の不満・不平・不便・不利・不都合といった「負」を見つけて解消することが事業だという考え方として語られています。
この負とこの負は違うと思うんですけど、どっちの負を言ってます? と聞くと、まあ大体そんな感じのこと、と返ってくる。そんな感じのことと言わずに、ここ分解して考えましょうよ、と。
石川さんが言葉のバリエーションにこだわるのは、今のビジネスが「お腹減った、飯食え」のような単純なものではないからだといいます。
不安と安心の間にあるグレーゾーン。そこにこそビジネスチャンスがあると石川さんは考えています。
二極化とグレーゾーンの使い分け
久下さんは、2軸のマトリクスで整理するときは、あえて中間層を吹き飛ばして二極化して考える必要があると指摘します。
ツーバイツーのマトリクスとは、縦軸と横軸の2軸で物事を4象限に整理する思考の枠組み。本編では、あえて中間を切り捨てて二極化することに意味があると語られています。
一方で、具体的なフェーズに入ると、二極化だけでは既存の何かに寄ってしまう。そこでニュアンスやストーリー、自分たちなりの哲学が必要になる、というわけです。
石川さんは、二つに分けようとして「うまく分かれないな」と感じたときの扱い方を語ります。
一回ちょっと分けてみるんだけど、このモヤモヤをどっかにメモしとくっていう感じかな。同じじゃないよなと思ってるものが、実は大事な軸だったりして、後で気づいたりする。
割り切れなさを違和感として保持しておくこと。それが後に効いてくる大切な軸になる、というのが石川さんの実感です。
新規事業の「伴走者」というスタンス
話題は、石川さんが掲げる「新規事業の伴走者」という立場に移ります。
起案して事業を立ち上げていく人より前には出ない、というのは結構気をつけてますね。
石川さんは、自分が最後まで事業をやるわけではないため、やりきる本人の言葉で進めたほうがいいと考えています。
僕、右斜め後ろ45度って呼んでるんですけど。片手を添えるぐらいの感じが、ちょうどいいような気がしてます。
この立ち位置は、コーチングともティーチングともカウンセリングとも呼ばれますが、石川さんはどの要素もあると受け止めています。
近年広まったメンタリングという言葉も、意味がつかみにくいまま使われている、と二人は言い合います。
メンタリングとは、経験者が助言や気づきを与えて相手の成長を支える関わり方。本編では、数年前から広まったものの定義が曖昧なまま使われていると語られています。
コンサルティングは、君が知らないみたいだから僕が教えてあげよう、僕の方が上手にできるから、という感じ。メンタリングは、主役は向こうで、うまくいかない時に助言や軌道修正、気づきを与える感じですかね。
どちらを選ぶかはフェーズ次第だと石川さんは言います。2ヶ月後に成果が必要なときは方向を示し、次世代リーダーを育てたいときは本人の変化を待つ、という使い分けです。
育成か事業化か 目的の重みづけ
久下さんは、新規事業プロジェクトには「人材育成」と「新しい事業の柱づくり」という二つの狙いが混ざりやすく、両立が難しいのではと問いかけます。
9対1とか8対2ぐらいで重みをつけてれば別ですけど、6対4とかでやってたら、もう絶対うまくいかない。
久下さんは、事業化だけが目的なら外部のリソースを使い切るのが最短だと指摘します。社内メンバーを使う理由が「リソースがないから」なのか「育てたいから」なのかで、判断基準は大きく変わります。
石川さんは、うまくいかなそうな案をバサッと切れば効率的に見えるが、自分は社内起業を続けてきたため、切られた人の気持ちを考えてしまうと語ります。
会社ってサステナブルなものじゃないといけないと思ってるので、そこでズバッとやらない方がいいだろうな、という時もありますね。
事業が当たるかどうかは伴走者にも確証がない。だからこそ、石川さんは案そのものだけでなく、本人が本気かどうかを重視します。
石川さんは、本気になれないなら一度やめる、ただし本気だと思えるようになるまでは試してみるほうがいい、と伝えているといいます。
相手が知らない・できないことを、自分が教える・代わりにやるという関わり方
主役はあくまで相手で、うまくいかない時に助言や軌道修正、気づきを与える関わり方
手挙げ制と、エリート化する担当者
育成と事業化の肌感をクライアントと合わせるには時間がかかります。石川さんが半年から1年をかけたいと言うのも、そのためです。
工夫の一つが、プロジェクト参加を指名制ではなく手挙げ制にしてもらうことです。
部長が推薦する人って、一線級は来ないんですよ。一線級は本業に専念させておきたいから。
手を挙げた理由をたどると、その人のパッションや入社動機まで一気に引き出せると石川さんは言います。懐にどこまで早く入れるかが勝負どころです。
一方で、上層部が「本気だ」と言っても実は本気でなく、最後の起案で腰砕けになることもある。石川さんは、煽って本気にさせた起案者に申し訳なさを感じると率直に語ります。
さらに石川さんは、15年でこの仕事の景色が変わったと指摘します。
昔は新規事業担当にエースは出てこなかった。今最近、エリートが来るんですよ。これで成功したら役員になるぞ、みたいな感じで。
アウトローなら「一発かましてやりましょう」で一蓮托生になれる。だがエリートは失敗を避けたがり、失敗を失敗でないと見せるポーズを取りたがる。ここが難しいと石川さんは話します。
どこで手を離し、軸足をどう守るか
石川さんの伴走は、基本的に社内承認を取り、予算と人をかけて検討すると決めさせるところまでだといいます。
試作品づくりやマーケット調査に入る手前までで、実際に販売や店舗づくりに進む段階までは伴走しない、という線引きです。
久下さんは、自分が引き受けるのはむしろリソースを割くと決めた後の話が多いと応じ、二人の役割が前後で分かれている可能性に気づきます。
これは取り組みがいのあるテーマですよ、これは御社らしさが発揮できそうな領域ですね、というところまでが得意かな。
石川さんは、ゼロから0.5あたりが好きだといいます。多くの領域を並行して見たい欲もあり、手がかかりそうになるとバトンタッチするスタンスです。
ただし、本当は最後までやりきりたいという葛藤も残ります。契約が稼働時間ベースのため、1社目の受注同行まで踏み込みたくても他案件との兼ね合いで悩む、と打ち明けます。
久下さんは、自分がチームから外れた瞬間にダメになるプロジェクトの存在を挙げます。起案時の哲学が忘れられ、ブームに乗った変なピボットで急速にシャットダウンするスタートアップは少なくない、というのです。
runway/burn rateとは、スタートアップが資金を使い切るまでの残り期間(runway)と、月々の資金消費ペース(burn rate)を指す用語。本編では、期限が迫る中で無理な方針転換が起きやすいと語られています。
ピボットって、元々バスケットボールの言葉ですよね。両足動いてるからトラベリングだよ、って僕は言うんです。
久下さんはこれを「コンセプトのアンカーを打つ」と言い換えます。石川さんも、下手に自分が案をぶち込むと相手の軸足が動いてしまうため、配慮していると語ります。
まとめ
初回のゲスト石川明さんとの前編では、フレームワークやきれいな企画では埋まらない事業開発の現実と、そこに石川さんが持ち込む「言葉」と「伴走」のこだわりが浮かび上がりました。割り切れなさを違和感のまま保持し、起案者の本気と軸足を守る姿勢が一貫しています。
- フレームワークで満足せず、「なぜうまくいかないのか」に成果の差が出る
- 不安と安心の間のグレーゾーンにこそビジネスチャンスがある
- 石川さんの伴走は「右斜め後ろ45度で片手を添える」スタンス
- 育成と事業化は9対1のように重みづけしないと両立しない
- 起案時の哲学=軸足を守らないと、無理なピボットで事業は崩れやすい
