社会人学生を教えて見えた「文句で終わる人」の限界
石川さんは企業のビジネススクールで社会人を教えています。生徒には、会社から派遣されるエリート層と、自腹で300万円ほど払って学びに来る層がいると話します。
自腹組は「今の評価はおかしい」といった不満を抱えて来る人が多く、学ぶ姿勢は積極的です。ただ、その熱がそのまま会社への文句に向かうこともあります。
自腹って300万とかお金払って勉強。これね、気合入ってんですよ。
問題は、学んだ知識を会社批判に使ってしまうパターンです。「うちの役員はこんなフレームも知らない」と言い出す人がいると石川さんは指摘します。
これは新規事業の現場でも同じだと久下さんは応じます。アイデアを出すのは面白くても、それを担いでくれる仲間をつくれなければ前に進まないからです。
「共感の作り方」が新規事業の核心
若い世代はYouTubeや本、セミナー、MBAでよく勉強しており、案の質はそこそこ高いと石川さんは言います。しかし、そこそこの案では会社の中でなかなか通りません。
正しさを説得しても人は動かない、と石川さんは考えています。大事なのは「この案をやってみたいな」と周囲に思わせられるかどうかです。
いろんなところでピッチするんだけど、投資家からいまいち反応が悪くて腐ってる人もいるじゃないですか。
日本の投資家は事業を見る目がないと言って「シリコンバレーに行けばいい」と。でも向こう行ったら同じこと言われるんじゃないの、と思うんですよ。
久下さんは、するすると成功する起業家は仲間づくりがうまい人だと重ねます。それを受けて石川さんは「共感の作り方」という言葉に手応えを見せました。
人は感情の生き物なので、自分と違う意見はまず否定したくなります。だからこそ、相手が今までやってきたことを一度認めることが、聞いてもらう入口になると石川さんは話します。
部活経験と「上下方向のスペック」の限界
石川さんは、中高大での部活経験の有無が意外と大きいと感じています。部活では練習方針をめぐって考えの違う仲間がぶつかり、その中で共感を作れる人が自然とチームを引っ張っていくからです。
試験で一番を取れば認められる世界とは違い、そこには葛藤があります。久下さんはこれを「上下方向のスペック」の限界という言葉で捉えます。
100点満点のゲームで150点の1人がいるより、お互い影響し合う60点が5人や10人いる方が強い、という見方です。
デザインも新規事業案も、これをもって完成形で100点とするってないじゃないですか。
そもそも新規事業は大半が失敗します。それをネガティブに捉える人と、ただの現実として捉える人がいると久下さんは分けて考えます。
一人の能力を高める方向。早い段階で限界が来て、パワー不足になりやすい
60点の仲間を5人10人と巻き込む方向。完成形がない領域では強く働く
失敗を語れるようになった時代の変化
久下さんは、相談を受けたときにまず「ほとんど失敗しますし、正解はわからない」と伝えると言います。市場に出して修正していく前提でしかサポートできないという立場です。
わかってたら、僕は3つぐらい大当たりさせて、もうどっか他の国にいるんで。
石川さんは、この15年ほどで空気が変わってきたと感じています。かつては「失敗するとは何事だ」と言われた考え方が、今は世間にも少し広がってきました。
自身が年齢を重ねたことも大きいと言います。若い頃なら生意気だと言われた発言も、今は「石川さんが言うなら」と受け止めてもらいやすくなりました。
転機の一つがコロナ禍です。ゲームのルールそのものが変わり、リモートオフィス系のサービスやモバイルバッテリーのように、需要が大きく動いた事例が生まれました。
コロナ以前は、失敗せずにやりきった人が役員になっている印象があったと石川さんは振り返ります。大きな出来事を経て、成否には本人の責任だけでなく運も大きく関わると、役員側も感じやすくなったのではないかと話します。
打席に立つ数と、新規事業を「業務」にできない会社
石川さんは、若い人ほど新しいことに挑戦する打席に一年でも早く立った方がいいと考えています。デザイン仕様を変える、販売方法を変えるといった小さなことでも構いません。
一方で、新規事業をルーティンワークに組み込めている会社と、そうでない会社の差は大きいと久下さんは問いかけます。
相談の現場では「これって業務扱いですか?」という質問がよく出るそうです。残業規制が厳しく、新規の取り組みが本業を圧迫すると手を挙げづらいという事情があります。
結果として、タイムカードを押した後に新規プロジェクトを進めるような形になることもあります。人事としては良しとはしにくい状況です。
それでも石川さんは、実務で新規の経験を積めること自体が貴重だと言います。学費を払うMBA以上に価値があるかもしれない、という見方です。
一度経験しておけば、次の機会に「だったらあいつにやらせてみようか」と声がかかりやすくなります。経験が複利のように増えていく、というのが石川さんの実感です。
会社が新規事業を認めていない場合は、副業でこっそりやるのも一つだと石川さんは話します。実際、対面で伴走している人の中にも、プロボノに近い形で副業に取り組む力のある若手がいるそうです。
労働時間の変化と、仕事とプライベートの境目
話題は労働時間の変化に移ります。石川さんはリクルート時代、年間3000時間ほど働いていたと振り返ります。今の一般的な2000時間の1.5倍にあたる量です。
毎晩12時ぐらいまで仕事してた人間からすると、あとプラスもう一社ぐらい働けるだろ、みたいな感じで。
二人は当時の栄養ドリンクのCMや「24時間戦えますか」という時代の空気を振り返り、今との差を語り合います。
一方で、アイデアを扱う仕事は勤務時間の外でも頭を占有します。久下さんは、オフの時間にどれだけ精神的にコミットできるかで差がつくと考えています。
石川さんは、自分の場合はどこからが仕事でどこからが仕事でないかの境目が曖昧だと言います。ただ、それが苦ではなく楽しいので構わないという感覚です。
どこが仕事で、どこが仕事じゃないか、もう境目が曖昧な感じがしますね。ほんと、空気のように、みたいな感じかな。
情報の受け取り方には違いもあります。久下さんは仕事のヒントが目に入ると集中しすぎて周りが見えなくなるタイプ、石川さんはいろいろな情報が同時に入り、どこかでポンと出てくるタイプだと語ります。
町会活動から見えた社会構造への興味
最近、仕事以外で興味があることとして石川さんが挙げたのが町会活動です。面倒そうだと避けていたものの、自分の住む町の自治会が2年後に100年を迎えると知り、俄然興味が湧いたと言います。
以前に経験したPTAも、やってみると学校や教育委員会の関係が見えて面白かったそうです。町会に関わると、さらに知らなかった社会構造が見えてきました。
その一つが民生委員です。ほぼボランティアに近い立場で、一人暮らしの高齢者を見舞うなど、地域を支える役割を担っていることを石川さんは知りました。
そういう方がいるのを知らずに、この社会がどう動いてるかっていうことをわかってなかったわけですよね。
災害時に地域がどう動くかといった問いにも関心が広がります。久下さんは、結局どんな場面でも組織構造や仕組みの回り方を見てしまっているのでは、と指摘します。
本とYouTubeで伝える「人柄」と、説明しにくい価値
石川さんは仲間とFacebookで動画配信をしています。コロナ初期に、ピンで働くコンサルタント3人で「暇だしやってみる?」と軽く始めたもので、57回続いているそうです。
本は信頼感を伝え、動画はキャラクターを伝えると石川さんは整理します。伴走というスタイルでは相性が重要なため、話している様子を見せる意味は大きいと考えています。
ちゃんとした人かどうかの信頼感を伝える。人柄までは伝わりにくい
明るさや話すテンションなど、人柄と相性の判断材料を伝えられる
伴走という仕事は、体験したことのない人が大半で、説明コストが高いという課題があります。提案書を求められることもありますが、石川さんはあえて用意していません。
提案書を書いた時点で僕の仕事の3分の1ぐらい終わってるんで、それは勘弁してほしいなと思いながら。
信頼してくれない相手の仕事を疑われながら続けるのはしんどい、と石川さんは言います。信用されてから始めた方がやりやすいので、そこで商談が進まなくても構わないという割り切りです。
久下さんは、価値を説明しにくい人材が増えており、それを許容できる領域が伸びていると感じています。「これができます」と明確に言い切れる仕事ほどAIに置き換わりやすいという見立てです。
肩書が外れた人材と、かっこつけない自己開示
久下さんは、デザイナーの前につく「グラフィック」「プロダクト」などの言葉は、職種をブーストするのではなく細かく切っているだけだと指摘します。
その言葉を外した「デザイナー」が最強である一方、含まれるスキルは外から見えません。ソフトウェアも書け、セールスもでき、起業経験もあるが「結局よくわからない」人が面白い、という話に広がります。
そうなると最終的に見られるのは人柄やキャラクター、オンラインでの活動です。石川さんはFacebookで「嘘をつくのはやめよう」と心がけていると話します。
ただ、かっこつけない自己開示は簡単ではありません。石川さんは、会社勤めの頃や従業員がいた頃は、周りに迷惑がかかると思うとできなかったと振り返ります。
今は何やっても自分一人なので、石川さんこういうところダメだなと思われても、まあそんな奴ですって感じでもいいかなと思えてる。
久下さんは、自分をどこまで「ドヤる」かがデザイナーの永遠のテーマだと打ち明けます。雑誌のプロフィール文は取材対象側が書くことが多く、「世界から高い評価を得ている」と自分で書ける胆力があるかどうか、というのです。
もちろん本当に評価されている場合もあるし悪いとは思わないけど、自分でそういうのを書く胆力がない。
石川さんは、母親の介護など親孝行ネタも最初は書くのに抵抗があったと言います。今は自然体で書けるようになり、その方がむしろ楽だと感じています。
見せ方と見られ方は独立事業者にとって共通の悩みです。石川さんは「ブランドですからね」とまとめ、適度に突っ込んでくれるフォロワーの存在に助けられていると語りました。
まとめ
後編は、新規事業や社内起業で本当に効いてくるのは案の正しさより「共感の作り方」だという石川さんの実感を軸に、失敗を語れる時代の変化や、説明しにくい価値をどう伝えるかまで話が広がりました。
- 正しさを説得しても人は動かず、相手を認めて共感を作れる人が起案を通していく
- 新しいことに挑戦する打席に早く立つほど、経験が複利のように積み上がっていく
- 新規事業は大半が失敗し、成否には本人の努力だけでなく運も大きく関わる
- 明確に説明できる仕事ほどAIに置き換わりやすく、人柄や相性が人間に残る価値になる
- かっこつけない自己開示は、従業員を持たず自分一人になったからこそできるようになった
