コンセプトデザイナーという肩書きにたどり着くまで
番組冒頭、久下さんは坪沼さんを長年の友人として迎え、いま何をしている人なのかを尋ねます。
主に渋谷を拠点に、渋谷肥料と渋谷土産っていう2つのプロジェクトの代表をやってまして。
渋谷肥料は2021年に法人化し、渋谷土産はまだ有志の集まりのプロジェクトですが、すでに商品をリリースしていると話します。
学生時代から「自分が何者なのか」に迷い続けてきたと坪沼さんは振り返ります。本職のデザイナーと仕事をするなかで、自分はデザイナーではないと感じていたそうです。
ただ、コンセプトを描くだけでなく形にするところまで自分でやっていると気づき、最近は「コンセプトデザイナー」を名乗り始めたといいます。
コンセプトを作る人ですって自分では言うんですけど、0から1、特に何か作るって言ったら何でもやんなきゃいけない。
形にするのってデザイナーだよなと思ったから、最近コンセプトデザイナーですって名乗り始めた。
久下さんは、企画や起案フェーズにユニークさがあり、それを先導している点で「コンセプトデザイナー」はわかりやすい肩書きだと受け止めます。
渋谷肥料と渋谷土産、2つのプロジェクトの問い
坪沼さんは、2つのプロジェクトにはそれぞれ世の中への問いがあると説明します。
渋谷肥料は、渋谷を消費の終着点から新しい循環の出発点にシフトできないかっていう問いなんです。
渋谷から出る事業系の生ゴミを肥料に変える技術自体は難しくないといいます。むしろ大事なのは、できた肥料をどう使うかというルートの設計だと話します。
地方なら近くの農家に使ってもらうルートを描きやすいものの、渋谷ではそうはいきません。そこで都市ならではの強みに目を向けます。
売れるマーケットは東京の方がずっと大きいとか、付加価値の高いマーケットだとか、最新のトレンドと組み合わせやすいとか、渋谷だったら発信力があるとか。
肥料から生まれた商品が売れれば、その商品のために肥料を使い、ゴミを循環させるという流れが成り立ちます。都市発のサーキュラーエコノミーのモデルケースをつくる試みです。
もう一方の渋谷土産は、点のポイントにフォーカスしたプロジェクトです。
渋谷土産は、私の好きな渋谷の力で渋谷をさらに魅力的な街にすることはできないかっていう問い。
つまらないと言われがちな街も、見る角度や見る人が変われば面白くなる。坪沼さんはスクランブル交差点を例に挙げます。
日本人には人が多くて避けたい場所でも、海外の人にとっては整然と行き交う様子が美しくダイナミックに映り、写真を撮るために訪れる人もいると話します。
ただの交差点だもんね。
あるものを別の視点から見て新しい魅力を形にする。そうした「ポイント」をたくさんつくっていくのが渋谷土産の狙いです。
渋谷の生ゴミを肥料に変え、都市の強みと掛け合わせて循環の仕組み全体をつくる
既存の渋谷の要素を別の視点で捉え直し、新しい魅力を形にする点のプロジェクト
建築の解体コンクリートから生まれた「建築土産」
渋谷土産の第一弾は、建築の解体コンクリートを使ったプロダクトです。久下さんが「廃材を粉砕して固めるのか」と尋ねると、坪沼さんは訂正します。
厳密には粉砕してなくて、ザルでより分けてたんですけど。本当は粉砕したい。
実際には、解体中の東急百貨店東横店の現場にヘルメットを被って伺い、東急建設が見守るなかスコップで解体コンクリートをいただいてきたといいます。
スコップで採るため、大きな石も小さな砂利も砂も混ざります。それを固めて板材のようなプロダクトにしていると説明します。
この建築土産はいま反響が大きく、第二弾の企画に取り掛かれるのは来年になるかもしれないと話しています。
渋谷肥料が生まれたきっかけと、久下さんが残した一言
久下さんは、学生時代の坪沼さんが常に自転車で移動する自然派のイメージだったと振り返り、サーキュラー系のカルチャーをいつ好きになったのかを尋ねます。
坪沼さんは、実はそのきっかけに久下さんも関わっていると明かします。
本邦初公開の話なんですけども、久下さん、実は結構絡んでるんですよ。
渋谷肥料の立ち上げは2019年。渋谷スクランブルスクエアの常設施設「渋谷QWS」のプレオープンイベントで開かれたアイデアソンに一般参加したのが発端でした。
当時問題になっていたハロウィンのゴミ問題と向き合うアイデアで優勝し、賞品として3ヶ月の利用権を得ます。そこからより地に足のついた取り組みを考えるようになりました。
渋谷ってなんか資源がない、資源がないから消費するだけの場所になってて、でもゴミがたくさんあると。
そのゴミがみんなの欲しくなる資源になり、そこから欲しいものが生まれれば、真の意味で循環型社会がつくれるのではないか。それが起点でした。
なぜ渋谷なのか。ここで久下さんの発言が効いてきます。当時はSDGsが広まり始めた頃で、坪沼さんは概念自体は素晴らしいと考えつつ、ある違和感を持っていました。
久下さんがね、SDGsあんま面白くないねみたいなことを言ったんですね。それはすごく頭に残ってて。
大事だと思われていることを、みんながワクワクするものに変えるにはどうするか。坪沼さんは「カオスなものと掛け合わせる」という答えにたどり着きます。
久下さんは、坪沼さんが環境というカルチャーから入ったのではなく、人々の価値観をシフトさせる行為そのものに関心があったのだと受け止めます。
ジャーナリスト志望から独立まで、坪沼さんのキャリア
久下さんは、いまの起業に至るまでのキャリアを尋ねます。坪沼さんは高校生の頃、スポーツジャーナリストを目指していたと語ります。
大学では近代思想のゼミで卒業論文を書きました。そのなかで、酒井さんや久下さんから受けた影響が大きかったといいます。
人が楽しいと思うもの、人って感情の生き物だと思うから、感情が動くものが世の中を動かしていくんじゃないか。
絵を描くのは好きでもプロダクトデザイナーではないと感じていた坪沼さんにとって、コンセプターやコンセプトデザインという領域を知ったことは大きかったと話します。
大学卒業後は内定を辞退し、酒井さんの事務所で付き人のように働き始めます。しかし、うまくいかなかったと振り返ります。
あんま優秀じゃなかったらしく、リリースされて。
酒井さんからは「お前は凡人すぎて心配だ」と言われたそうです。それでも26、27歳の頃、挑戦して失敗してもなんとかなると考え、独立を決めます。
フリーランスとして自分の事務所を開業し、クリエイティブディレクションを中心に仕事を重ねました。ただ、企業案件では割り切れなさも感じていたといいます。
答えがスマートフォンじゃないなと思っても、お仕事としてスマートフォンの答えを出さなくてはいけない。
そもそものところから自分で意思決定できることをやりたい。その思いと2019年の渋谷区とのご縁が重なり、2つのプロジェクトを立ち上げて代表になりました。
プロジェクトを支える仲間と、共創スペースの力
渋谷肥料と渋谷土産はそれぞれ別のメンバーで動いています。渋谷肥料のコアメンバーは坪沼さんを含む3人です。
1人は2002年生まれの大学生で、高校時代からフードロスに関心を持ち、海外留学も経験していました。渋谷QWSの見学に来た際、坪沼さんと引き合わされます。
坪沼さんが感心したのは、翌日には一緒にやりたいと連絡が来たことでした。彼女はフードロスを支援ではなく、みんながイケてると感じるものとして扱いたいと考えているといいます。
もう1人は会社員で、サステナビリティやサーキュラーエコノミーに純度高く関心を持つ人です。仕事では大きな数字の話になりがちなため、手触り感のある取り組みを求めて2020年から参加しています。
さらに、お菓子をつくるパティシエやブランドのデザインを担う人など、外部の専門家とも協働しています。その多くが渋谷QWSでの出会いから生まれたつながりです。
なんかCUESを使い倒してる。
渋谷QWSはインキュベーションやコワーキングの側面を持ちつつ、坪沼さんはこの場を「共創スペース」として捉えています。
私たちはコクリエーションの場所を作っている。共創スペースなんだって。
壁の仕切りをほぼ設けず個室を作らない設計や、年代の近さが、顔の見える関係性を生んでいると話します。毎日会う顔見知りが、あるきっかけで急に仲良くなることも多いといいます。
いい意味でみんな素人なんですよ。0から1をやるってそうじゃないですか。だから何か前進してったらみんなで喜べる。
0から1をやると不安や迷いが多い。そんなとき、一歩踏み込んでくれる人がいることがありがたいと坪沼さんは語ります。
まとめ
前編では、渋谷の生ゴミや解体コンクリートを循環の出発点に変えるプロジェクトの狙いと、その担い手である坪沼さんのキャリアが語られました。技術よりも仕組みと視点、そして仲間との共創が鍵になっています。
- 渋谷肥料は生ゴミを肥料に変え、都市の強みと掛け合わせて循環をつくるプロジェクト
- 渋谷土産は既存の渋谷を別の視点で捉え直し、建築土産などの形にするプロジェクト
- 「ゴミを肥料に変える」ことを渋谷というカオスな街でやる発想の背景に、価値観をシフトさせたい思いがある
- ジャーナリスト志望から独立を経て、そもそもから意思決定できる場としてプロジェクトを立ち上げた
- 渋谷QWSという共創スペースの、個室を作らない設計や顔の見える関係性が活動を支えている
